| POSITISM | - 前向き親バカおとーさんの素敵な妄想エッセイ集。 - |
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彼と初めて出会ったのは、朝から雨の降る日だった。
真也との関係が曖昧になってから三ヶ月ほど過ぎ、気が付けば春は過ぎ去って梅雨になっていた。雨が降っていると気分が落ち込み気味になってしまうから、雨は得意じゃなかった。たまたま寄った雑貨屋で、なんとなく傘を見ていた。普段は折り畳み傘を鞄に入れているものの、折り畳み傘はなかなか乾きにくくて毎日使うには厳しい。だけどビニール傘はあまり使いたくないと思っていた。そこで私は、ぽっかり浮かぶ空──のような傘を見付けた。その傘を差して歩けば、少しは気分が晴れるだろうと思った。まるで一目惚れのように私はその傘を買った。
- 最終雨 -
素敵な傘を買ったものの、どうしても使う気分になれなかった。雨が降っていても折り畳み傘を使って出掛けていた。あの傘を使うきっかけがなかった。いつも使おうとして手に取るものの、どうしても使う気になれずに置いてしまう。そんなことを繰り返していた。
そんなある日、好きな料理研究家のインタビュー記事が載っている雑誌を買っただけの、些細なきっかけは訪れた。その雑誌を読み進めてなんとなく捲ったページに、様々なメディアで紹介されるほど有名な占い師の星座占いが載っていた。反射的に双子座の部分を読み進める。
「恋愛運は…絶好調!やった!」
無駄に声を出して喜んだ。きっと真也との関係も良くなる。そう思えた。
──翌日、朝から雨が降っていた。
私はあのぽっかり浮かぶ空のような、晴色の傘を持って家を出たんだ。
◇
もう一度、君が笑えるなら。僕は自分を変えてしまえるだろうか。
水曜日。朝から雨が続いている。いつかの日と同じような朝だ。通りを歩く人たちはみんな俯いて、透明のビニール傘や黒い折り畳み傘ばかりが並んで見える。時折ピンクや黄色。何も変わらない雨の日の風景だ。僕は家から出て雨を身体に受けた。昨日、日差しを受けた節々が火傷のように少しだけ変形している。でも痛みはもう無かった。
僕はきっと何も出来ないだろう。何も変えられないだろう。だけど、それでも僕は、変わりたかった、変えたかった。自分を、君を、君との距離を。でも、変わらなくて、変えられなくて、それでも変えたい。それならば、僕は変える。そんな考えがいつかの日からずっと僕の頭の中にあった。
探す、探す、探す。あの青くて、雲が高く、清々しい空を。そしてその中で輝く笑顔を。探して、探して、探していく。目の前を流れていく透明、黒、ピンクに黄色、色とりどりに咲く雨の花。そしてその中に、あのぽっかり浮かぶ空を見付けた。
「やぁ、おはよう」
彼女は何も言わずに微笑んだ。何があったのか、どう思っているのかは解らない。ただ、彼女は少し嬉しそうに晴色の傘を二度、くるくると回した。
◇
再び彼に会ったのは、雨の降る水曜日の朝だった。
二日酔いの火曜日を乗り越え、翌朝になると酔いは冷めていた。いつもより少しだけ早く目が覚めて、朝食も出掛ける準備もすぐに終わってしまった。今日がゴミの日だと気が付いてゴミをまとめる。ゴミ袋を縛る前に、ふと思い立って集める。沢山の思い出を、沢山の経験を、沢山の気持ちを。プリクラ、お揃いのストラップ、貰ったプレゼントのネックレス、歯ブラシ。その全部を一緒にゴミ袋に入れた。きつく、きつく縛る。
少しだけいつもより早い時間に家を出る。雨の日のゴミ出しはなかなかに面倒だ。私は晴色の傘を広げて、鞄とゴミ袋を器用に持ってゴミ出しを終えた。思い出したように「あ…」と一声零してから携帯電話を取り出す。メモリーの〇番に入っているデータを消した。ピッという電子音。メールも画像も消した。その度にピッと電子音。その電子音がなぜか可笑しくて笑った。
坂道を下る。周りの傘とぶつからないように気をつけながら。紫陽花が多く植えられている場所。なんとなく彼を探した。彼は既に外に出てきていて、私を見ているようだった。
「おはよう」
人が沢山いるので心の中で挨拶をした。彼は何も言わずに何かを決心したような、それでいて微笑んでいるように見えた。自然と私も微笑を返す。もう一度この傘を自慢するように二度、回した。その傘の回転が止まると、彼は私に向かって跳んだ。
◇
君の持っているその素敵な空に、僕は届くだろうか。
目の前で君が微笑んでいる。あのぽっかり浮かぶ空のような晴色の傘が二度回る。僕はその微笑と、その傘を見ていた。まるで時間が止まったかと思うほどに、僕はゆっくりと君と回る空を眺めていたんだ。
「変わらないのは僕だった」
「変えられないのは僕だった」
「変えたいのは僕だった」
くるり、くるり。傘は二回転して止まる。きっと彼女に僕の声は聞こえていないだろう。だけど僕は変える。自分を、君を、君との距離を。だから僕は、跳んだ。君の近くへ、君の持つその晴色の傘へ。
◇
止まない雨はないように、失恋という雨もいつか晴れる。
雨粒が傘を奏でる音とは違う、少し大きな音がした。私はそれがとても可笑しくて、人前なのを忘れるぐらい大声で笑った。しばらく笑ってから背筋を伸ばした。笑わないように、噴出さないように、出来るだけ真面目な声で、出来るだけ正しい口調で言えるように。それから一度、深呼吸をするように、大きく息を吸い込んだ。
「本日の天気は、雨のち晴色パラソル。所によりアマガエルが降るでしょう」
ほら、梅雨明けはもうすぐそこだ。
完。
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