POSITISM

適度に適当に。

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ある、サクラの季節 - 06:夜の蝶 -


ハコニワノベル

 この店で働くようになってもう四年。この世界のキャリアで言えばベテランになろうとしている。物心が付く頃から母親に男の扱い方や、お酒の入れ方、タバコに火を付けるタイミングなどを徹底的に叩き込まれた。その母親が腰痛で店に出られなくなった四年前、私はついにデビューした。
 みなみ、十二歳の夜だった。

「みーなみちゃん!」

「あら、西川さんいらっしゃい。最近来てくれないから、みなみのこと嫌いになったのかと思っちゃった」

「ごっめーん!ちょっと仕事が忙しくてさ、だから今日はめいっぱい飲むから許してよー」

「んもぅ、仕方ないなぁ。じゃぁ沢山飲んでってね」

「任せといて!あと久しぶりだから、みなみちゃんのヴァイオリン聴きたいな」

「リクエストは高く付くわよ?」

 暗い照明に渦巻くタバコの煙。くだらない大人たちの会話とお酒の香り。そこに響く私のヴァイオリン。私にとっては物心付いたころからいつも傍にあったものだ。母親が作ったこの店はバーでありながら自宅も兼ねている。カウンターの奥にある階段を上ると、そこには六畳のスペースにベッドが二台と、小さなテーブルがあるだけの我が家が広がっている。ここで生まれ育てば嫌でも大人の世界に足を踏み入れることになる。
 駅前の商店街近くにある飲み屋街、その一角にあるダイニングバー・トゥナこと、私の家はある。母親が腰痛になるまでは夜の間だけ営業をしていたが、腰痛で母親が夜の店に出られなくなり、変わりに私が夜の店に出るようになると、昼間の間に母親が簡単なパスタや定食でランチを出すようになり、今では昼はランチが食べられるダイニングバーとして定着している。
 働き出してからすぐに男の人が怖くなり、それを態度に出す度に母親に叱られた。その特訓の成果もあって、今ではとても自然な笑顔を振りまけるようになった。中学生になると言い寄ってくる客も増えた。でも誰も私が十代であることを知らない。化粧というマスクを付けた私は年齢不詳だったからだ。
 そんな夜の生活という秘密を持っていることが嬉しかった。ぬくぬくと日々を生きている同級生と私は違う。どんなに学校で存在感が薄くても、夜になれば私は宙を舞うことができた。ただ、それだけが嬉しかった。
 年を重ねるごとに客の誘いを断るのが上手くなり、自分の素の表情を作り出すのが苦手になった。それでも構わないとさえ思っていた。私はきっとこのまま夜の世界で生きていくのだと、いつの頃からか当たり前のように信じていた。

「奈津。あんた高校行きなさい」

「ちょっとお母さん、いきなりなぁに?」

「あんたのおかげで、常連のお客さんも付いたし、この店を建てたときの借金もどうにか目処が立ちそうなのよ。だから今からでも勉強して、高校行きなさい」

「いやよ。私はここでずっと働くの。そしていつか私のお店を出すんだから」

「いいかい奈津、子供の頃からあんたには苦労かけてるけど、お母さんみたいな人生を歩んじゃいけないよ。ちゃんと高校を出て、自分のやりたいことをやって欲しいのよ。ヴァイオリンもお母さんの都合で辞めさせちゃったし…今更、何を言ってるんだろうって思われるかもしれないけど、お母さん、母親らしいことをあんたにしてやりたいんだよ」

「お母さん…」

「あぁ、でも私立高校は辞めてね?」

 申し訳なさそうに、そう言った母親の背中を見て思わず泣いた。
 幸い国語と社会の授業については、客との話題に繋がるからと真剣に受けていたこともあり、なんとかなるレベルだったが、その他の授業は夜働いている影響でほとんど寝て過ごしていた。なので数学や理科の受験勉強は想像を絶するものになった。「マイナスってなに?」とか「こまごめピペット?」と宇宙語かと思うような用語を解読するところから始まった。
 受験する高校は毎日ドレスばかりで年相応の可愛らしい服が着れなかったことから、一番制服が可愛い桜花坂高校に決めた。「あの制服を着るんだ」と念仏のように唱えながら、夜働いて、学校で眠り、バーが開くまでの間にみっちりと勉強を続けた。
 そんな苦労もあって、合格発表で自分の受験番号が掲示されているのを見たとき、軽く魂が抜けそうになった。それは母親も同じで合格を告げると驚きすぎて煩っていた腰痛が治ってしまった。それぐらい私が高校に合格することは奇跡のようなものだった。

「高校始まったら、あんたもうお店に出なくていいからね。お母さん、腰の調子もいいし」

「え……うん。わかった」

 そんな話をしてなぜか怖くなった。私が私でいられるのは、夜だけ大人の世界を飛び回っていたからだ。それがあと数日で出来なくなる。大人の世界に入れなくなったら、自分がどうにかなってしまうんじゃないかと怖くなった。それでも日々は無慈悲に進んでいく。
 後三日、後二日、今日で最期。

「みなみちゃん、ごめんけどタバコ買って来て。マルボロの赤」

「あ、はーい」

 時計を確認すると二十三時まであと十五分。肌寒いので薄手の白いカーディガンを羽織って外に出た。春先の風が少し強く吹いていた。

「今日で最期か…」

 独り言が口からこぼれた。そして急に不安が押し寄せてくる。

(私が私でなくなったらどうしよう)

 不安は少しずつ大きくなっていく。

(そもそも私って何だろう…)

 このままどこか遠くへ逃げ出したくなった。早く逃げ出さないと明日には私はただの高校生になってしまう。夜の間だけ自由に大人の世界を飛び回ることが出来なくなってしまう。
 フラフラと商店街にあるタバコの自動販売機を目指して歩いていると、どこからか歌声が聞こえてくる。


  子供の頃 早く大人になりたいと
  何も考えずに言えたけれど

  この頃 大人になりたくないと
  毎日何度も呟いている

  だけど時間は 勝手に進み
  気が付けば 僕も 大人に近付いていく

  Youth Return
  なにもかもを奪わないでよ

  Youth Return
  僕の自由を決め付けないでくれ

  ほら また今日が過ぎていく
  明日がやってくる


 気が付くとタバコの自動販売機を通り過ぎ、その歌声とギターの音が聞こえる方へと足が向かっていた。「キィ」とブレーキ音を鳴らした二人乗りの自転車が目の前に止まって、しばらくしてから通り過ぎた。その自転車が走ってきた方向から、ギターの音と声が聞こえて来る。


  子供の頃 大きな夢だって
  何も考えずに言えたけれど

  この頃 叶えられそうなことばかり
  毎日何度も呟いている

  だけど時間は 勝手に進み
  気が付けば それも 叶えられずに過ぎていく

  Youth Return
  なにもかもを奪うのは僕だ

  Youth Return
  僕が僕を望むように変えよう

  ほら 顔を上げて進もう
  明日がやってくる

  君にも 僕にも 明日はやってくる


 私がいることに、歌い終わってから気が付いたそのストリートミュージシャンは、深く頭を下げた。私はなぜかお客さんから貰ったタバコ代の千円をギターケースに入れて、お店へと走った。

「遅いよーみなみちゃん」

「ごめんなさい」

「え?どうしたの?みなみちゃん?なんで泣いてるの?」

「私、実は今日で最期なんです。そう思ったら悲しくなっちゃって…」

 泣きながら、タバコ代の千円はうやむやになり。それから明け方まで私の送別会ということでどんちゃん騒ぎになった。あんなに不安でいっぱいだった私の心の中は、あのストリートミュージシャンのことでいっぱいに変わっていた。この感情が何なのか理解出来ずにいた。
 ドキドキして眠れなかった私は朝早くから可愛らしい制服に身を包み、入学式へと向かった。



   ※



「南野奈津」

「はい」



   ※



 入学式が終わり教室へと入ると、同年代らしいそれぞれのクラスメイト達が楽しそうに、これから始まる高校生活に胸をときめかせているように見えた。後ろの方でヴァイオリンの話題が出たのに反応しそうになったけれど、私は必要以上に馴れ合わないと決めていたので我慢した。
 自分の座席である窓際の一番前に腰を下ろす。楽しそうに会話をしているクラスメイト達の中で、たった一人つまらなそうにしている男子が目に留まった。廊下側から二列目の一番後ろで頬杖を付いて座っている。その男子を見つめていると、ふと目が合った。私は目を丸くした。なぜならその男子は昨日のストリートミュージシャンだったから。
 まるで電撃のような感覚が身体に走り、そこでようやく気が付いた。昨日の夜からずっとドキドキしていた理由。──それは鮮やか過ぎる一目惚れだった。




≪05:姉妹×姉妹へ
07:ドジふんじゃったへ≫

COMMENT

しのめんさん、重厚感たっぷりの人生をありがとう。
背負った十字架の重さでひろしのTシャツへくっつきそうよ。
窓際の一番後ろの席で授業中に外ばっかり見てるワケあり女子高生みたいでちょっと感動☆

『カラン カラン』
ごめんなさい、まだ準備中・・・し、しのめんさん!

みたいな、感動ぉ。

時間いい?
あ、そ。

お礼に一曲プレゼントしたいと思うの、メンデルスゾーンのコンチェルトでいいかしら?
あたしのストラディバリでしのめんさんの暴れん坊将軍が鎌首をもたげなければいいんだけど。

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