POSITISM

適度に適当に。

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世界の終わりを変えるモノ - 第十九話 -


ハコニワノベル

 図書館の中はいつも以上に人が少なかった。膝から下がずぶ濡れになっている以外は概ね問題ない。そのまま、本を物色することもなく図書館内をうろうろしてみた。

(流石にいないか……)

 一通り探してみたものの、あの子はどこにもいなかった。それでもあの子が、どこかにいるんじゃないかと何度も何度も探す。どうして、こんなに必死に探しているんだろう? あの子の持っていた本が気になるからだろうか。ただ、あのときチラッと読んだだけの物語なのに。気が付くと、いつもの窓際の席とアイスランド語の辞書が置かれている本棚の間を、行ったり来たりしていた。



   ◆



 どうしても入りたくなかった。そこには僕にとって、終わりに等しい現実があることを知っていたから。けれど、入らなければならないということも解っていた。扉に手をかけては開けられずに、また扉の前で行ったり来たりを繰り返す。
 ──病院、本人確認、親族はいない。
 暑くないのに汗が出て、寒くないのに身体が震えている。口の中の水分が全て無くなる気がした。行ったり来たりを繰り返しても何も変わらず、どうしようもなくなってから覚悟を決め、固く目を閉じてから、扉を開いて中へと入った。薬品のキツイ臭いと線香の香りが入り交じって漂っている。
 恐る恐る目を開くと、寝台の上でシーツだろうか、白い布をかけられている。顔には一回り小さい布。線香をあげ、リンを鳴らして手を合わせる。それはどことなく、思い描いている現実ではありませんように、と祈っているような気がした。恐る恐る小さな布を、ゆっくりと持ち上げ、見てはいけないものを見るように覗き込む。

「松野由香里さんでしょうか?」

(……はい、本人です)

「ご愁傷様でした」

 警察官なのか、医者なのか解らない男性に、深く頭を下げられた。だけど、「ご愁傷様」という言葉に嫌気がさした。もう、由香里に会おうにも取り返しがつかない、どうしようもないのは解っている。解っているけど、それでも他人に「取り返しつきませんね」と改めて宣言されているみたいで、ぶつけようの無い憤りだけが、心に残った。
 男性が安置室を出て行ってからも、僕は昨日まで明るく元気だったのに、寝台の上で眠るように目を閉じて、何か言いたそうに、ほんの少しだけ口が開いている由香里の傍で、そのまま立ち尽くしていた。

(どうして、こんなことになったんだろう……)

(あのとき、どうして由香里は振り返ったんだろう……)

(僕に何を言いたかったんだろう……)

(……違うか。何を言って欲しかったんだろう)

 気付いているのに、解っているのに、その答えを考えることが怖かった。目を閉じると由香里との思い出が、目まぐるしく思考を埋め尽くしていく。



   ◆◆



「あたしは、朋章のこと……好きやで。めっちゃ好きや」

(……)

「無理に言わんでええよ? 朋章がほんまにそう思ってくれたときに、朋章の口からちゃんと聞かせてくれたらええから」

(……)

「ほら、もう駅だし……あたし帰るね」

 由香里は手を放して横断歩道を途中まで進むと、くるりと振り返った。



   ◆◆



(どうして、振り向いたりなんかするんだよ……)

(僕が、言わなかったから……?)

(あのとき、僕が、由香里への想いを伝えなかったから……?)

 ──頬に涙が伝う。

(僕が、想いを伝えていたら、由香里は横断歩道を渡らなかった……?)

(この想いを伝えるだけで、僕は、由香里を救うことが出来たのかな……)

(ただ、好きだと、伝えるだけで……)

(だけど、もう、由香里には届かない……)

(届かない想いなんて無意味だよ……、届けられない言葉なんて、……無意味だよ)

(届かないよ。届かない。誰にも聞こえない……)

(誰……に、も……、聞こ、え……ない……)

 線香が燃え尽きていた。涙も乾いていた。空っぽのまま僕は安置室から逃げ出すように出て行った。何も考えないようにしていても、由香里のことばかりを考えてしまう。どうやっても、由香里に会えないことを強く自覚してしまう。それが辛くて、それを忘れたくて、左の手の甲を強く噛んだ。それでも血がにじむだけで、思考は止まらない。何度も何度も強く噛んだ。噛めば噛むほどに、現実を現実として理解しようとしている自分がいる。左の手の甲に血のにじんだ歯形を増やしながら、感情と思考が逆さまに突っ走っている。



   ◆



 図書館の中でしばらく立ち尽くしていた。
 ふと左の手の甲を確認すると、何事も無かったかのように、あのときの歯形は残っていなかった。

(こいつみたいに、何事も無かったことになればいいのに……)

 由香里を失って、声を失った。しゃべらなくても問題の少ない、日雇いの肉体労働を掛け持ちしながら、行きもしない大学の授業料を払い、ただ生きていた。
 神話の物語が好きなのは、人も神も魔物も等しく繁栄し、滅んでいくところだ。この世に絶対の神がいるなんて信じられない。だけど、それと同じぐらいに、絶対の神がいるなら、あのときに戻して欲しいと願う。そんな自分が幼稚でくだらない存在に思えた。
 いつもの窓際の席の方を見ると、その先の窓に大きな木が見える。ふと思いついて、その木を調べてみようと思った。植物図鑑を手にとって、いつもの窓際の席に座った。

(写真と見比べると、モクセイ科の落葉樹トネリコ……に近いかな。あの木、原産は日本じゃないかもしれない……)

 雨はまだ降っていたけれど、なんとなく気になってその木の近くまで行くことにした。植物図鑑を本棚へ戻し、そのまま図書館を出て目的の木へと移動する。木が植えてあるそばに立て札があり、その立て札に「みんなの木、ユグドラシル」と書かれていた。

(ユグドラシル……って、確か、世界樹の名前だよな……)

 傘をさしたまま、そのユグドラシルを見上げる。木の葉で大きくなった雨粒が降り注ぎ、少しだけ頬を塗らした。



   ◆



「あたしはな、死んでしまったあたしのこと、忘れないでいてほしい」

「けどな、あたしのこと忘れられへんのは、まぁ、当然やけど。それを引き摺ってほしくはないんよ」

「要するに新しい恋が出来へんとか、落ち込み過ぎて普段の生活もままならなくなってまうのは、嫌やねん」

「そりゃ、他の女と付き合われるのはしゃくやけど、その人の一生が幸せに過ごせるなら、やっぱりそっちのほうがええやん」



   ◆


(由香里、残した側の気持ちは解ったよ……)

(けどさ、残された側の気持ちは……、どうしたらいいんだよ)

(君を忘れずに、それでも前を見て生きていく。それはとても難しいんだ……)

(君を忘れることすら出来ないよ……)

(逆に君が残されたなら、僕は君にどうして欲しいかなんて、やっぱり解らない……)

(だけど、今、こうして残されてみて、残された側としてどうしたいか)

(それは少しだけ、ほんの少しだけ、解ったような気がするよ)

 見上げたユグドラシルから、雨粒が落ちて何度も頬を塗らす。それに混ざるように涙も流れて行った。




≪第十八話へ
第二十話へ≫

COMMENT

傷付くのが怖くて

失うのが怖くて

それならいっそ一人がいい。

何度思ったことか(笑)
  • 2008.03.25[火]

切ないな。。

残した気持ちはまだよくわからんけど、
残された気持ちは少しはわかるしねぇ。。

ただ乗り越えられるように祈るだけ

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