POSITISM

適度に適当に。

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スラッシュ\パーティ - /01 -


ハコニワノベル

 人生に希望はない。
 希望を求めるだけ無意味だ。
 始まる前に終わっていたのだから。

 自分に残っている記憶を思い返すと、一番最初の記憶は母親のお腹の中での記憶がある。四ヶ月という言葉を何度か聞いていたので、年齢で言うならばマイナス〇.五歳というところだろう。母親が毎日話しかけてくれたので、狭い場所にたった一人しかいなかったけれど、寂しさは感じなかった。それから半年後に母親の体外へと出た。外の世界は眩しくて、直接聞こえる初めて音にものすごく驚いた。その騒がしい音の中から、毎日聞こえていた母親の声を今でもちゃんと覚えている。

「お誕生日、おめでとう」

 そして、それが最後に聞いた母親の声だった。



「おっはよー」
「……」
「ちょっと、しーちゃん! 朝から無視は良くないと思うな」
「……おはよう、伴さん」
「そんなに他人行儀じゃなくてもいいのに。せっかく同じクラスになったんだからさ、もっと気楽にやろうよ」
「……」
「んもー、また無視? しーちゃんってなんて言うのかな、謎! って感じだよね。ほんとミステリアス! あ、センサーだ。おーい、センサーおっはよー」
「もぅ、センサーって呼ばないでよバンチョ。あ、その前におはようだった。しーちゃんもおはよう」
「おはよう、小早川さん」
「しーちゃんズルイよー、千紗は無視しないなんてさー」
「それはバンチョが朝からうるさくしてるからじゃないの? みんながバンチョみたいに朝からエンジン全開なわけじゃないんだし」
「……」
「ちょ、ちょっとしーちゃん、何その目は? 言わなくても分かるよね? みたいな目しないでよ」
「ほら、やっぱり」
「そんなことないってっば! あ! そうだ、うちにさーめちゃんこ可愛い犬がいるんだよね。写メ見て、写メ」
「わ! ほんと可愛いね! 名前は?」
「のびたっていうんだよ。私の相棒。これが今朝ののびたでしょ、これが昨日で……って、しーちゃんさっさと先に行かないでよ」
「……遅刻したら、責任取ってくれる?」
「怖っ! しーちゃん怖いよ。なんで急に責任とか私が嫌いな言葉を使うかなー」
「でも確かに遅刻はちょっと嫌だよ。まだ中学生になって二ヶ月しか経ってないしね」
「分かったってばー。ちぇー、のびたの可愛さをもっと自慢したかったのにー」

 ふて腐れた顔をしながら携帯電話をカバンに入れているのは、クラスメイトの伴千代(ばん ちよ)で、その姿を笑いながら見ているのは、同じくクラスメイトの小早川千紗(こばやかわ ちさ)だ。二ヶ月前に入学した上坂市立鳳華(ほうか)中学で最初に話しかけてきたのが、この朝からうるさい伴だった。彼女はフルネームを文字ってバンチョと呼ばれている。なるべく他人と関わり合いを持ちたくなかったし、できる事なら誰とも友達になんてなりたくなかったのだけど、この朝からやかましいバンチョが私に付きまとい、、いつの間にか小早川さんをも巻き込んでくれたおかげで、残念ながら友達は増えつつある。もちろん、バンチョや小早川さんも私がそんなことを考えていることは知らない。もちろん、あえて言うつもりもない。
 目の前に突然モノクロフィルムのような映像が現れる。そしてそれが次第にはっきりとした色を付け始めていく。驚くことはない。見慣れたものだからだ。「またか……」どんなにうんざりしてもこの映像は消えてくれないし、何を現しているのかを既に理解してしまったのだから、今更消えてくれても意味はない。

「……伴さん」
「な、なにかな?」
「数学の宿題、問いの二だけはやっておいた方がいいよ」
「ちょっと待ってよ、しーちゃん。それじゃ私が宿題やってないみたいじゃない」
「じゃぁバンチョ、宿題やって来たんだ」
「いや、やってないけどさー」
「……」

 悪い癖だ。見えてしまったら、なんとかして救おうとしてしまう。そんなことをして何かが大きく変わることなんてない。それはもう十年前に分かりきったこと。それに、このことが他人に知られて良いことなんてひとつもない。最初は驚かれ、次に頼られ利用され、最後は恐れられ忌み嫌われる。何度経験したら分かるんだろう、何度繰り返せば理解できるのだろう。いい加減自分自身に呆れてくる。どんなに夢みたとしても現実はまったく変わらないというのに。所詮私は人外の存在に過ぎないのだから。

「しーちゃん?」
「……え?」
「大丈夫? なんかすごく表情が思いつめてるけど」
「……ありがとう。小早川さん。伴さんの将来を考えてたらちょっとね」
「それどういう意味ー? しーちゃん酷いよー」
「うーん、でも確かにバンチョ見てるとちょっと不安かな」
「センサーまで酷いー」
「またセンサーって言ったなぁ!」
「そっちだって私をイジメたんだから、おあいこだよーだ!」
「こらっ、待ちなさい!」

 二人が走って行ってしまったので、静かな登校風景に戻った。視線の先には目的地である上坂市立鳳華中学の校舎が見えてきている。今朝の門前担当者は担任である黒岬先生のようだ。黒岬悠介(くろみさき ゆうすけ)、社会科の教師で私のクラス担任だ。校門に近付くと、既に眠そうにしている黒岬先生を確認した。眠たい理由はいつも通りネットゲームだ。いつも週明けは眠そうにしているので、駄目な大人と言える。悪い人ではないが。

「ふぁあぁ、あ、おはよう。おはよう。おっと、こらこら、ふざけてないでさっさと教室に入りなさい。お、伴は今日も元気いいな、おはよう」
「黒ちゃんおはよう!」
「待て、黒ちゃんじゃなくて黒岬先生だ」
「えぇー、細かいことはいいじゃん」
「お前、先生は敬わないと駄目だぞ?」
「黒岬先生、おはようございます」
「小早川か。はい、おはよう。伴はもう少し小早川を見習うように」
「考えておきまーす」
「こら、バンチョ」
「捕まりませんよーだ」
「もぅ、また逃げられた」
「あの元気をもう少し別のところで発揮できればいいんだけどなぁ」
「……おはようございます」
「ん? あぁ、七ノ宮おはよう」
「しーちゃん、またバンチョに逃げられちゃったよ」
「大丈夫、どうせ購買でパン買ってから教室に移動するだろうから、昇降口で待ってれば捕まえられるよ」
(買うのはいつも通りピーナッツパンやな)
「そっか。そう言えばそうだね」
「はいはい、おしゃべりはそこまでにして教室に向かいなさい」
「はーい」

 上履きにはきかえていると小早川さんが「捕まえた!」と言いながらバンチョを捕まえていた。バンチョは口にピーナッツパンを咥えている。微笑ましい光景ではあるけれど、何の感慨も感じない。それどころかため息が出る。

「しーちゃんどうした? おなか空いてるの? ピーナッツパン、半分こしてあげようか?」
「伴さんと一緒にしないでくれる?」
「せっかく心配してあげたのにー」

 パンを咥えたバンチョを引きずる小早川さんと一緒に、教室へと向かった。



/02へ≫
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スラッシュ\パーティ - /02 -


ハコニワノベル

 教室の入口が見えてくる。それと同時に別のものも。

「今日は部活動か……」
「え? しーちゃん何か言った?」
「なんでもない。二人とも先に行っててくれる? ちょっとお手洗いに……」
「はーい」
「まふぁ、あふぉでねー」
「こら、お口の中にものを入れながらしゃべらないの」
「ごふぇんなふぁい」

 軽く手を振って二人が先に教室に入っていく。私はトイレに向かうと洗面所で顔を洗った。このあと教室に入るといつもの調子で彼女がやってくる。しっかりここで気合を入れておかなければならない。いや、気合を入れると言うよりも、気を緩めないようにしなければ。どうしても彼女のような人間を相手にしていると、地が出してしまいやすくなる。何が起こるのか分かってはいたけれど、今朝は面倒なことが続く日だ。ハンドタオルで顔を拭き終え、鏡に映る自分を少し哀れんだ目で見てからトイレを後にした。教室に入り、廊下側の後ろから二番目の席に着く。すると、すぐに高飛車な声が聞こえてきた。耳障りにも程がある。

「今朝は随分とごゆっくりなさってますわね、七ノ宮さん」
「……」
「おい、七ノ宮。泉さんが話しかけてるのに無視するなよ」
「いいのよ龍彦。朝からこの泉に話しかけられて、驚くのも無理はないもの。そうでしょう、麻衣子」
「あ、は、はい」
(せやな、朝っぱらからあんたに話しかけられると疲れるしな)

 今時お水なご職業のお姉様方ぐらいしかしていない、くるくると無駄に巻いている髪型で、高飛車が服を着て歩いているようなこの女は紫ノ宮泉(しのみや いずみ)。残念なことにこのクラスの学級委員長をしている。家が資産家らしく、言葉遣いや態度にはかなりの問題があるものの、教養高く、バレエや乗馬といったセレブなお稽古で鍛えられた運動神経を持ち、ピアノやヴァイオリンなどもたしなむ絵に描いたようなお嬢様。更に付け加えるなら、曲がったことや間違ったことを嫌い、弱きを助け強きを挫くを地で行くクラスや学校内に一人はいるヒーロータイプの人間。これで性格が良ければ非の打ち所の無い素敵なお嬢様だったのだけれど、そこは天が与えてくれなかったのだから仕方がない。
 この紫ノ宮泉に絡まれるようになったのは、先月の中間テストの結果のせいだ。多少間違えておこうと適当に間違った回答を埋めていたというのに、クラス内どころか学年で一位の成績を収めてしまった。今時そんなことをしなくてもいいのに、テスト結果を貼り出すのがこの中学の決まりらしく、無駄にでかでかと貼り出された。それを見た紫ノ宮泉が「この泉より上位に入る方がいらっしゃるなんて、信じられませんわ。あなた、この泉のライバルですわね」とか話しかけられてから、三日に一度はこうして絡まれている気がする。

「それで、七ノ宮さん。あなた部活動はどこに所属するかお決めになって?」
「……」
(ほらきた、ほんま何でもかんでも絡めばいいと思ってんとちゃうか)
「おい、七ノ宮。聞いてるのか?」
(お前は黙っとけ)

 毎回、紫ノ宮泉の後で繰り返すように言い寄ってくるのは、紫ノ宮泉の取り巻きで、同じクラスの御影龍彦(みかげ たつひこ)だ。本人と紫ノ宮泉は気付いていないだろうけれど、この男、紫ノ宮泉に惚れている。クラス全員がそれに気が付いているのは間違いない。恋愛感情的な憧れからか、紫ノ宮泉への異常な忠誠心はまるで下部、いやまさに犬のような存在にしか見えない。しかもよく吠える。それから、この二人の影に隠れるようにしているのは金原麻衣子(かなはら まいこ)。図書委員をしていて物静か。いかにも目立つことが苦手なタイプだ。この金原麻衣子がなぜ紫ノ宮泉とつるんでいるのか理由が分からなかったのだけれど、先日、バンチョが仕入れた話によれば、金原麻衣子は紫ノ宮泉と幼馴染ということらしい。ふむ、どんな過去であれ、過去を知るのは面白い。

「まだ決め兼ねてらっしゃるのかしら? この泉、既に五つの部活動に入部致しましたわよ。龍彦、説明して差し上げて」
「はい。まず陸上部、それからバレー部。弦楽部に、演劇部、更に茶道部です」
「いかがかしら?」

 何がいかがなのかは分からないけれど、どうやら所属する部活数で私に勝ち誇りたいらしい。沢山所属すれば勝ちという発想が既におかしい。このまま無視を決め込んでいても、解放してくれないのは既に見えているので、ここは素直に答えてやるとする。

「決めてる」
「あら、それは何部で、いくつ所属されるのかしら?」
「弓道部」
「それだけですの?」
「そ、弓道部だけ」
「せっかくお決めになった部活動ですから、あまりこういう話はしたくないのですけど、この鳳華中学の弓道部は設備も環境もよろしくなくってよ?」
「別にいいよ」
「泉は、あなたの有意義な中学生生活を心配して助言差し上げてますのに」
「あほか、大きなお世話や」
「え?」
「……大きなお世話」
(どうにも修行が足らんな、言葉遣いに気を付けんと)
「ふふん。これはごめんなさい。あなたがお決めになったことに横から口を挟み過ぎましたわね。行くわよ龍彦、麻衣子」
「はい」
「は、はい」

 勝ち誇ったように縦巻きロールを揺らしながら、まるでモデルのような歩き方で自席へと紫ノ宮泉とその他二名は戻っていった。まだ朝礼も終わっていないというのに随分と疲れた。

「しーちゃん、お疲れー」
「……」
(バンチョ、ほっぺにピーナッツバターついてるで)
「お疲れのところ申し訳ないんだけどさー」
「宿題は見せない」
「な、なんで分かったの? あれ? 私まだ何も言ってないでしょ?」
「顔に書いてある」
(主にほっぺにやけどな)
「え? ほんとー? うーん。仕方ないなー……、千紗ー宿題見せてー」

 パンを食べ終えたからなのか、更にエンジン全開なバンチョは元気よく小早川さんの席へ走っていった。残念だけど、小早川さんも宿題は見せてくれない。もっと言うと自分で解こうとしない限り、今日これからの未来は変わらない。

「今日はセンサーって二回呼んだから駄目!」
「そんなー、いけずー」
「さっさと自分で解きなさいって。……んあっ! バンチョ、先生来るよ!」
「ほら、やっぱりセンサーじゃん」
「怒るよ?」
「ごめんちゃい、ごめんちゃい」

 チャイムと同時にざわついていた教室が少しずつ静かになっていく。それぞれが自分の席に着席すると、教室の入口が勢い良く開けられた。

「みんな席に着けよーって着席してるな、偉い偉い。じゃぁ委員長、号令頼む」
「起立、礼」
『おはようございます』
「着席」
「ふぁぁあ、先生ネットゲームやり過ぎで眠いけど、みんな元気か? おし、出席取るぞー。安達、磯部。磯部? あれ? 磯部は遅刻か? 仕方ないな。遠藤、片岡……」

 いつも通り、何も変わらない。変えることのできない一日が始まる。一限目の国語が始まってから磯部が教室に入ってくる。遅刻の理由は嫁のサポートがどうとかだ。二限目の数学で宿題を一問ごとに当てられて回答する。問いの二はバンチョが当てられる。バンチョは慌ててとんちんかんな回答を黒板に書いて怒られる。三限目の理科は水溶液の性質実験。四限目の体育は五十メートル走で、紫ノ宮泉がこれ見よがしに好タイムをたたき出し、自慢してくるのがいつも通りにウザイ。昼休みにバンチョが本日二個目のピーナッツパンをかじる。五眼目の音楽でバンチョが居眠り。六限目の社会で黒岬先生が居眠り。今日の授業風景は以上の通り。
 見たくなくても見えてしまう。これは最初の記憶がある頃からずっと見えてきたものだ。これから先も変わらないし、変えることが出来ないもの。予知だとか予知夢、デジャヴといった類ではなく、ただただ確定した未来が見えてしまうだけ。
 ただ、それだけのこと。



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スラッシュ\パーティ - /03 -


ハコニワノベル

 見えていた通りの授業が終り、終礼を終えてから渡り廊下を歩く。そのまま各部活動の部室として主に使われている旧校舎を抜け、鳳華中学の敷地内で最も奥に位置する弓道場へと移動した。鳳華中学では一学期の中間テスト終了後に、各部活動への入部を行うようになっている。別に部活動に入る必要性はまったく感じないのだけれど、育ての母である祖母に「絶対に入らなあかん。あんたのためや」と、やんわり脅されたので弓道部を選択した。祖母に逆らおうとすると散々な未来が即座に見えてくるので、今まで一度も逆らったことはない。それでなくても祖母は私の人外な部分を知りつつ、特別扱いや忌み嫌うこと無く接してくれる人で、祖母がいなければとっくの昔に自分で人生に幕を下ろしていたのだろうから、感謝してもしきれないし、尊敬しているので逆らうつもりはさらさら無い。
 弓道場に足を踏み入れてみると、かなり古いらしく建付けが少し悪くなってきている印象を受けた。しかし倒壊してしまうような未来は見えていないので、道場としてはしばらくは機能するだろう。射場の床はあまり清掃されているようには見えず、矢道にはチラホラとゴミが見える。的場は一応近的と遠的があるものの、安土の状態はあまりよろしくない。今朝、紫ノ宮泉に言われたことを思い出した。「この鳳華中学の弓道部は設備も環境もよろしくなくってよ?」だからどうした、そんなことは知っている。別に私は所属するだけで構わない。

「あれ? ねぇねぇ雛、あの子入部希望者かな?」
「ん? どうだろ。あんなに小さかったら引き分けすら出来ないんじゃない?」
「ちょっと聞いてみるよ。へーい彼女ー! 入部希望者かーい?」

 袴姿の女子二人組がこちらに近付いてくる。二年生らしいので先輩ということになりそうだ。

「えっと、私は弓道部二年の島崎朋笑(しまさき ともえ)、でこっちが」
「王子雛(おうじ ひな)、トモと同じ二年だ」
「どうも」
「で、わざわざこんな奥地まで来てくれたあなたの名前は?」
「一年五組、七ノ宮静香(ななのみや しずか)です」
「もしかして、入部希望者?」
「えぇ、まぁ」
「やったー! やったよ雛。これで団体戦に出られるね」
「トモ、ちょっと待てって。いくらなんでも先走り過ぎ」
「とりあえず入部届けは受け取っておくよ! ふふふ、これでもう逃げられないからね」
「腹黒い部分が出ちゃってるぞ、トモ」
「えっと、七ノ宮ちゃん。弓道の経験はあるのかな?」
「はぁ、まぁ」
「あるんだ! やった! 雛これで来月の大会は団体戦もエントリーできるよ!」
「だから待てって。七ノ宮さん、突然で悪いんだけどさ、ちょっとさ射ってみてくれないかな。そこの近的で、射法のみでいいから」

 ――スタン! スタン! スタン!

 とりあえず三度矢を放っておいた。今日も百発百中やな。振り返ると二人が口を開けたままで的を見つめている。

「ぜ、全部中白だよ雛……。私、今まで同じ的に連続して中白に当てたことなんてないよ」
「私もないな……。七ノ宮さん、弓道の経験あるって言ってたけど、どれぐらい?」
「十年」
「じゅ、十年? 私らより経験年数あるんだ……、だからか。ほぇ、びっくりしたよ」
「トモ、さっきは先走り過ぎって言ったけど訂正。これはいけるぞ」
「だよね、だよね。えっとね七ノ宮ちゃん、来月さ規模は小さいんだけど弓道の大会があってね……」
「上坂弓道大会ですね」
「そう! その大会に私たちも出場するんだけど、今部員が四人しかいなくてね、団体戦にエントリー出来なかったんだよ。七ノ宮ちゃんが入部してくれたからさ、憧れの団体戦に出られそうだよ! ありがとう」
「ちょっと待て、トモ」
「なに?」
「あのさ、七ノ宮さん。ご覧の通りうちの弓道部は設備も悪いし、団体戦に出場できないほど部員数もいないようなレベルの低い部活動だよ」
「ちょっと雛、何を言うつもりなの?」
「七ノ宮さんレベルの弓術があるならさ、もっといい環境で練習すべきじゃないかな。低いレベルの環境で練習するよりもさ」
「ちょ、ちょっと雛! そんなこと言って入部取り消されたら困るんだけど!」
「だけどさぁ、上を目指せる人は上を目指すことが出来る環境で練習すべきだと思うぞ、私は」
「それはそうかもしれないけどさぁ……」
「あの」
「はい、なんでしょう」
「私が入部したら困りますか?」
「全然、まったくそんなことはないよ。ね、雛」
「まぁ、入部したいって言うなら止めはしないさ」
「良かった。それじゃぁ、よろしくお願いします」
「ほんと? やった!」
「本当にいいのか?」
「えぇ、元々入部する気ですし、仮にここで断っても島崎先輩が入部届けを勝手に出すでしょうし」
「え? なんでバレたんだろ?」
「悪いな、トモは自然と腹黒いことをしでかす奴なんだ」
「そんなことはありません。私は純白な心の持ち主ですよ」

 残り二人の部員も二年生で、私と同学年での入部希望者は今のところないらしい。ちなみに、今年はこれ以上部員が増えないことがさっき見えたので「入部希望者が来たってことは、あと何人か来るかも!」と喜んでいた島崎先輩の思惑は外れる。もちろんあえて言うつもりはない。

「おぉ、お客さんとは珍しい」
「イチロー! 聞いて、聞いて! あの子、入部希望者だよ。ほら、これ入部届け」
「それはまた更に珍しい。どれどれ、七ノ宮?」
「一年五組、七ノ宮静香と申します」
「あぁ、思い出した、思い出した。この間の中間テスト、学年一位の子だね」
「えぇ! 学年一位……。雛、恐ろしい、恐ろしい子だよ、この子は」
「学年一位は凄いなぁ。文武両道ってやつだ」
「だけどねぇ、わざと間違えちゃいかんよ。静香ちゃん」
「え……?」
「まぁ、いいか。それと、お婆さんは元気にされとるかな?」
「祖母をご存知なんですか?」
「まぁねぇ、古い付き合いだよ」
「祖母は毎日元気です。元気過ぎるほどに」
「はっはっは、そうかそうか。それはなにより。本間一朗太(ほんま いちろうた)がよろしく言っていたとお伝えて下さい」
「はい、伝えておきます」

 本間先生は国語を専攻していて、もうじき定年を迎えるお爺ちゃん先生だ。物腰が柔らかいのに、瞳の奥は芯が通っていて嘘は通用しそうにない。その証拠に、中間テストでわざと不正解を記入していたことが見破られている。一年生の国語を担当しているのは若松という女の先生なので、本間先生は私の中間テストには直接関わってはいないはずなのに。流石は祖母の知り合いだというだけはある。これで次回以降のテストで手を抜くことができなくなってしまった。一瞬、紫ノ宮泉のくやしがる顔が浮かんでしまい、ため息を出さないようにするのが大変だった。



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スラッシュ\パーティ - /04 -


ハコニワノベル

 しばらく部活についての話をしてから、弓道場を後にした。ブラスバンド部が鳴らしているだろう楽器の音と、運動部の掛け声がそこら中に響いている。その音を聞きながら旧校舎を通り抜け、渡り廊下を通り昇降口へ。靴を履きかえて校門を出た。
 既に柔らかい日差しになってきているので、周りには同じように帰宅する生徒がチラホラと見える。その流れに合わせるように自宅の方へと進む。「また明日ね」と言った声が聞こえる度に、羨ましくなっている自分がバカバカしい。交差点に差し掛かったので駆け足で歩道橋に上った。夕方の風が心地よく感じて、小さく深呼吸を一度。気を取り直してまた歩き始める。
 気分転換に本を買って帰ろうと思い、駅前にある大型書店へ向かおうとした瞬間に、いつもの映像が見える。大型書店の一角から黒煙が立ち上っている。ボヤか何かだろう。あいにくそういったアクシデントに対しては極力関わらないようにしているので、大型書店に寄るのは辞めて、帰宅することにした。
 駅を越えると住宅街が広がり、通行人の数も一気に少なくなってくる。スーパーで買い物をした女性が自転車で行き交うのを何度か見かけながら歩く。住宅街を抜けた場所にあるY字路が見えた。ここを右に行けばすぐ自宅なのだけれど、左側へ少し進んだ場所にある喫茶店に入った。

「いらっしゃい。あら、静香ちゃん。おかえり」
「ただいま、瑠衣(るい)さん。いつもので」
「かしこまりました」

 ここは瑠璃の色という喫茶店で、レトロな雰囲気の静かな店だ。店長の瑠衣さんはいつも和服を着ている。今日のはすみれ色に白い帯だ。ちなみに本名は何度聞いても教えてくれない。瑠衣が本名かどうかも怪しい。まったくの謎だ。厨房の奥へと移動して行く瑠衣さんを見ながら、いつも座っている窓側一番奥の席に座った。
 この店にはもう一人名物店員がいる。その店員がそろそろ来る頃なので、一度座ったものの、立ち上がって三歩ほど席から離れておいた。

「静香ちゃん! おまた……あぁっ!」

 派手な音を立てながら、私が頼んだミルクティーは、さっきまで私が座っていた席中にぶちまけられている。厨房の方から「ミッチー、またやったな!」と少しドスの利いた瑠衣さんの声が聞こえる。

「ごめんなさぁい! あちゃー、またやっちゃったよ。静香ちゃん、汚れなかった?」
「大丈夫。分かってたから」
「そっか、それなら良かった。超特急で作り直してくるから、待っててね!」

 盛大にこぼれたミルクティーの後片付けをしてから、名物店員である彼女は厨房へと戻って行った。彼女の名前は山城美知留(やましろ みちる)。愛称はミッチーらしいけれど、瑠衣さん以外からそう呼ばれているのを聞いたことがない。一日に両手では足りないほどに飲み物をこぼすという、この店の名物店員だ。いつもスカイブルーと白のストライプ柄のエプロンを着けているのだけれど、そのエプロンだけはまったく汚れないという、こぼしのプロだ。ちなみに、さっきのは予め見えていたので避けておいた。ミルクティーがこぼれた席の向かい側に座り直す。

「静香ちゃんごめんね、遅くなりました」
「おおきに、瑠衣さん。あの人は?」
「今お仕置き中」
「そっか」
「んで、中学生活はどう? イケイケ?」
「イケイケて、それはないわー」
「あら、最近の子はそういうの言わないのね。じゃぁ、イケメンはいる?」
「おらへん、おらへん。将来イケメンになるのはおるけどな」
「将来の有望株はいるのね。いいわね、そういうイケイケなの。羨ましい。ゆっくりしていっていいけど、あまり遅くならないうちに帰りなさいね」
「はーい」

 この店のいいところは圧倒的に客が少ないところだ。まぁ、あの名物店員のおかげか興味本位で来店する客は後を絶たないものの、常連になる人はほとんどいない。これで経営が成り立っているのは、夜になるとバーになることが大きいのだろう。夜は名物店員もいないので、近所の常連客で賑わっているらしい。夜の八時以降は未成年お断りらしいので、夜八時以降の店の姿を私は知らない。くだらない酔っぱらい達の会話から察するに、瑠衣さんが歌って踊るパフォーマンスが最高らしい。確かにあの大人の魅力たっぷりで、大和撫子な瑠衣さんが歌って踊るのなら、最高と言っていいのだろう。聞いた話ではあるけれど、どうやら瑠衣さんは最終的に脱ぐらしい。どういう意味かは分かるけど、知らないことにしておく。
 ミルクティーをゆっくり飲みながら、今日出された国語と社会の宿題を片付ける。家に帰ったら弓の稽古があるので、宿題が出された日はここで片付けてから帰るのが日課になっている。
 静かな店内に、私の携帯電話から鳴り出した若い女の子の声が響きわたる。

 六月の雨はちょっとセンチだけど
 こっそりお揃いにしたんだよ
 君と一緒の青い傘

 最近売り出し中のアイドルユニットのCDデビュー曲らしい。無音でバイブのみにしていたのを、バンチョが勝手に設定したらしい。確証はないけれど、確信はある。どうやらメールを着信したみたいだ。届いたメールを確認すると「お散歩中」というタイトルのみで、バンチョとそれから今朝見せられた犬が、一緒に写っている写真が添付されていた。その写真を見るのと同時に、別のものも見えたので、軽く返信しておいた。

 件名:Re:お散歩中
 本文:帰ったらちゃんとリードを繋げなさい

 件名:珍しい!
 本文:しーちゃんから返信きたの2回目だヨ!
    いつもちゃーんとリード繋いでるから大丈夫
    !!
    ありがちょ

 返信した直後に再度返信メールが来た。間違いなく大丈夫じゃないけれど、これ以上助言する意味はない。そのまま携帯電話をマナーモードにして、宿題の残りを片付けていく。

「静香ちゃん、何してるの?」
「宿題や、宿題」
「何か分からないところがあったら、私が教えてあげるよ!」
「断る」
「なんで? 遠慮しなくてもいいのに」
「分からないところはないから」
「強がっちゃってぇ。ほら、お姉さんに見せてごらんってば。なになに、この主人公は最後の決断をしたときに何を思ったか? ……あぁ、ごめんごめん。私、理数系が得意だから文系はちょっとお手伝い出来ないや」
「別に頼んでないしな。あ、それから、そろそろ戻った方がええで?」
「大丈夫、大丈夫。バレないバレない」

 そこでまた厨房から瑠衣さんのドスの利いた声が聞こえる。

「ミッチー! あんたまだ皿洗い終わってないのに、油売ってんじゃないでしょうね! ?」
「すぐ戻りまーす!」

 雷に撃たれたように飛び上がってから、名物店員は私が飲み終えたミルクティーのカップを持つと、厨房へと吸い込まれて行った。そしてカップが割れる音がして、ドスの利いた声の雷が落ちた。



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スラッシュ\パーティ - /05 -


ハコニワノベル

「ただいま」
「静香さん、お帰りなさい。お庭の方で大奥様がお待ちになられてますよ」
「すぐに行くって伝えといて」
「かしこまりました」

 家政婦である三杉さんにそう伝え、自分の部屋に入る。荷物を置いてから道着に着替えて、庭へと向かうと祖母が仁王立ちして待ち構えていた。

「お帰り」
「ただいま」
「部活は入部したんか?」
「したよ。弓道部」
「弓道部か、どんな感じやった?」
「んー。設備は大したことないかな。あと部員が私入れて五人。けど、雰囲気は悪くないよ」
「そうか、それはなにより」
「あと、顧問の本間先生がおばあちゃんによろしくって言ってたよ」
「本間? もしかして一朗太か?」
「うん、そう」
「あの古狸、まだ生きてたんか。それは愉快愉快」
「あの人、誰なん?」
「若い頃にな、お互いに弓で競い合った仲や」
「競い合ったって……、おばあちゃんと張り合える人いたんだ」
「静香、アタシを誰だと思ってんねん。アタシが弓で負けるとでも思うか?」
「ううん、思えへん」
「せやろ。もちろんアタシの全戦全勝や。せやけどあの古狸な、知り合ってからずっと、負けると分かってても挑んできよんねん。その根性だけは認めたらなあかんな。随分ご無沙汰やから、今度遊びに行ったろ」
「ええけど、うちがおらんときにしてや?」
「なんや、まだ学校で地を出してないんか」
「出すつもりないもん」
「アホやなぁ。ええか静香、自分で生き辛くしたって何にもならん。そのままの自分を受け止め、受け入れてくれる人を探さなあかんで」
「いないよ。おばあちゃんみたいにしてくれる人なんて。これから先でもそんな人、見えたことないし」
「ほぉん、まぁ……ええけどな。さぁて、ほな今日も弓の稽古始めよか」
「はい。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」

 二百射して、的中も二百。三歳から始めた弓は、四歳のときには既に百発百中になっていた。そもそも、三歳の私に弓を教えてくれたのが祖母で、祖母が言うには「アタシの次に才能がある」ということらしい。才能の有無は分からないけれど、それから十年間毎日弓を引いてきた。今までは友達らしい友達もいなかったので、弓が一番の友達とも言える。
 道着を脱いで、浴室に入った。手早く髪と身体を洗って、三杉さんが準備してくれた湯船にゆっくりと浸かる。

「十年か……」

 弓を初めてから十年。人生に絶望してから十年。あっという間のようにも感じるし、やっと十年経ったようにも感じる。大きく息を吐きながら湯気の立ち込める天井を見上げた。



   ◆



「なんでも未来が見えちゃうそうよ」
「しかも的中率は百発百中らしい」
「それなら今週末勝つ馬でも教えてもらうかな」
「そんなことしたら、変な呪いでもかけられるんじゃないか」
「それにしても母親がいないんじゃねぇ」
「アレが母親を殺したって噂もあるぞ」
「やめろよ、縁起でもない」
「大護もとんでもない娘を授かったもんだな」
「まぁ、そのおかげで死なずに済んだんだろ」
「逆を言えば、見えたことを偽れば、誰でも殺せるんだよ」
「やめなさいよ」
「でもそうだろう? 今は三歳だからいいけど、これから大きくなるにつれて悪知恵も付いてくる」
「そうだな、そうなると手が付けられなくなるな」
「だから、いっそのこと今のうちに……」



「あー、バケモノだー」
「バケモノ! バケモノ!」
「……」
「お前がバケモノだって知ってるぞ! だってお父さんが言ってたし」
「バケモノ退治だ!」
「喰らえ、バケモノ!」
「うぁ、睨まれた! 呪われるぅ」
「早くお祓いしないと!」
「もう、バケモノは死ねよ」
「そうだ! そうだ!」



「死ね、死ね、早く死ね!」

「死ね、死ね、早く死ね!」

「死ね、死ね、早く死ね!」



   ◆



「誰が死ぬか、どアホ」
「なんや、またいらんもんでも見えてたんか?」
「……おばあちゃん。いつの間に」
「隙だらけやったで」
「見えてたんじゃなくて、思い出してただけ」
「それはそれで珍しいことやな。学校でなんかあったんか?」
「ううん。そんなんとちゃうよ」
「まぁ、なんかあったとしても、アタシは知ったこっちゃないけどな。ふっふっふ」
「……」
「なんやその目は」
「別になんでもない」
「ふぅん、なかなか生意気になってきたやないか。ええこっちゃ、ええこっちゃ」
「うち、先あがるね。おばあちゃん、のぼせないように気を付けてよ」
「了解、了解。おおきに、おおきに」

 身体をバスタオルで拭き、下着と肌着を着ただけの格好でドライヤーを手に取る。髪の毛を乾かしている自分を鏡で見つめながら、さっきまで思い出していたことを思い返した。いつだってそうだ、最初は驚かれ、次に頼られ利用され、最後は恐れられ忌み嫌われる。それの繰り返し。小学生になってからは未来が見えることは誰にも言っていない。ただ、見えてしまったことをそれとなく教えてしまって気味悪がられたことが多々ある。そこから呪いだとか、祟りだとか騒がれて、それが過ぎ去ると私の周りには誰も寄り付かなくなっていた。その方がこちらも気が楽だったから、あえて他人と関わろうとは思わなかった。
 成長するにつれて、見えてくる未来もはっきりした映像になった。十年前と比べたら、いつ誰に、何が起きるのかという、細かな部分さえ分かるようになった。昔は側にいる人の未来が無造作に見えていたけど、感情や思考を落ち着かせることで、ある程度見える範囲を自分のみに狭めるようになったのもつい最近の話。未だに怖くて試したことはないけど、集中すれば辺りにいる数十、いや数百人の未来だって見えるとは思う。それが出来たとして、何も変わらないことは分かっている。誰かに心から信頼されることなんてない。所詮、私は人外の存在なのだから。



   ◇



「はじめましてー! 私、千代っていうんだ。よろしくね」
「……」
「あれれ? もしかして人見知りちゃんなのかな? 大丈夫、安心して! 私はとっても優しい心の持ち主だから、怖くないよ」
「……」
「んもー、無視しないでよー。ねぇねぇ、私と友達になろう! うん、そうしなよ! ね?」



   ◇



「どうせ、同じことの繰り返しになるだけや」

 パジャマに着替えて自分の部屋へ逃げるように戻った。その日は夕飯を食べずにそのまま眠りについた。



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スラッシュ\パーティ - /06 -


ハコニワノベル

 真っ黒な何かが私にぶつかる。尻もちをついて見上げた先に真っ黒な何かがいる。徐々にその真っ黒な何かが私に近付いてくる。じりじりと後退りしているけれど簡単に追いつかれ、ついにその真っ黒な何かが私を――。

「夢……ちゃうな、未来か……」

 時計を確認すると午前四時を回ったところだった。最近ははっきり見えるようになっていた未来だったので、今見えた未来はちょっとだけ新鮮に感じる。さっき見えた未来にはまったく覚えがない。つまり、今まで見えていた未来が変わるような、何かしらの変化が、私に関係するどこかで既に起きたということだろう。それでも、最終的にたどり着くはずの未来は大きく変わらない。結局ゴールは同じで、少しコースが変わったぐらいのことだろう。今までにも、多少の変化はあった。私が自分の人生に幕を下ろしていないのも、その些細な変化の一つに過ぎない。そう、最後はどうせ変わらない。
 起床時間までしばらくあるので、そのまま眠ろうと目を閉じてはみたものの、空腹過ぎて眠れそうにない。特にすることもなく手持ち無沙汰だったので、古いアルバムを引っ張り出した。産まれたばかりの自分、それを抱きかかえて笑う父。静香と達筆な字で書かれた半紙を持つ祖母。誕生日のケーキを食べる自分。七五三で着飾った自分。幼稚園の入園式、卒園式。小学校の入学式、運動会、遠足、修学旅行、卒業式。中学の入学式、ついこの間遠足で行った、上坂植物園での写真。一緒に写っている黒柳徹子みたいな人は、園内の案内をしてくれた人だ。控えめだけど綺麗なブルーセレストのスーツに、上品なバラのフレグランスを付けた人で、とても丁寧な案内をしてくれた。数年後には部長クラスになるのは間違いない。それから、教室で窓を眺める自分。これはバンチョが勝手に撮った一枚だ。
 ただ、このアルバムに母の写真は一枚もない。それどころか、私が産まれる前のアルバムにだって母の写真はない。私は母から産まれたのは間違いないけれど、母の顔は一度も見たことがない。親族の噂では既に死んでいると思われているが、母は姿を消しただけだ。私を産んだ日に産院からいなくなった。ただ姿を消しただけでなく、自宅に置いてあった母に関係する、ありとあらゆるものを処分したか、または持って行ってしまったので、突然姿を消したのではなく、前々から姿を消すことを決めていたのだと思う。母に対しては父も祖母も「いつか帰ってくる」というようなことを言っているけれど、母が帰ってくる未来は見えたことがないので、母はずっと帰って来ない。これからもずっと。

 六月の雨はちょっとセンチだけど
 こっそりお揃いにしたんだよ
 君と一緒の青い傘

 目覚ましのアラーム用にマナーモードを解除していた携帯電話が突然鳴り出した。こんな早朝から何事かと確認しようと手を伸ばすと、鮮明な映像が見えた。「だからちゃんと繋がなあかんって言うたのに」携帯電話の画面を確認すると、伴千代の文字。しかもメールではなくて着信だ。まだ四時半にもなっていないというのに電話してくる神経が少し羨ましい。

「……」
「あ、え? 繋がってるかな? しーちゃん! 朝早くからごめんね! あのね! あのね! のびたが、のびたがいなくなっちゃったの!」
「……」
「ちゃんと繋いでたと思ってたリードが外れちゃったみたいで……」
「……だから?」
「え? あの、あのね。しーちゃん、メールで忠告してくれたでしょ? ちゃんとリード繋げなさいって」
「……」

 ――最初は驚かれ。

「もしもーし? 聞いてるかな?」
「……だから、何?」
「あの、だからね、しーちゃんの予言が当たったんだよー」
「たまたまでしょ。それをわざわざ報告するために電話したの?」
「ちがーう! しーちゃんに聞いたら分かる気がしたの」
「……何が?」
「のびたが今いる場所! しーちゃんの予言は当たるんだよ!」
「たまたまだって」
「たまたまなんかじゃないってば! ほら、昨日の数学、宿題の問いの二! あれも当たったもん」
「……そ、それは偶然だって」
「それなら偶然でいいよ! 今、いろいろ探したんだけど八方塞がりなんだよー。お願い! しーちゃんが今思い付く場所を教えて!」
「……」

 ――次に頼られ利用され。

「ほんと何でもいいんだ、方角だけでもいいからさー、お願いします!」
「……」
「しーちゃん、お願い! わらをもすがる気持ちなんだよー」
「……」
「この通り! お願い、お願い!」
「……いつも散歩してるコースを逆に進んでみたら?」
「うん! 分かった! ありがとね、しーちゃん!」

 そこで突然電話は切られた。終話音が虚しく鳴り続ける携帯電話を閉じる手が震えている。
 ――最後は恐れられ忌み嫌われる。それの繰り返し。

「ま、しゃーない。どうせ繰り返す未来だったんやろ」

 自分に対して鼻で笑って携帯電話を枕元に置こうとすると、また携帯電話が鳴り出した。恐る恐る出てみる。

「しーちゃん! ありがとー! いたよいたよ! のびたいたよー! 飼い主もいないのに勝手に散歩しちゃってましたよ、まったく心配したんだぞーのびた。それでも今日も可愛いなぁ!」
「……」
「ほんとしーちゃんの予言は当たるよね。びっくりしちゃったぜー。ほら、のびた! あんたもお礼言いなさい」
「たまたまいて良かったね。それじゃ……」
「待って待って!」
「何?」
「……しーちゃん怒ってる?」
「何に?」
「いや、なんか急に他所他所しいしゃべり方になったというか、声のトーンっていうのかなー」
「……べ、別に」
「ほ、ほら! 今の、今のだよー」
「……」
「私、何か怒らせちゃうようなことしたかな?」
「……別に」
「ほんとにほんとー?」
「まぁ、こんな朝早くに電話されるのはちょっとね……」
「あ! う! そ、そりゃこんな朝早くからは迷惑かなぁとは思ったけど……」
「けど?」
「その、大丈夫だって思ったんだよぅ」
「大丈夫? 何が?」
「今朝、のびたと散歩しようと思ったらのびたがいなくて……」
「いなくて?」
「必死に探したけど見つからなくて……」
「見つからなくて?」
「そうだ、しーちゃんに聞けばきっと見つかるかも! って思って……」
「思って?」
「朝早いけど、電話しても大丈夫だって思ったんだよぅ」
「だから、なんで大丈夫だと思ったの?」
「だって……」
「だって?」
「だって、しーちゃんとは友達だからさ!」

 なんだろう。何かで頬が濡れた気がする。きっとあくびをしたせいだ。



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スラッシュ\パーティ - /07 -


ハコニワノベル

「あ、しーちゃんおはよう」
「おはよう、小早川さん」
「あれ? んふふふー」
「……どうしたの?」
「なんだろう、しーちゃんが嬉しそうだから、一緒に嬉しい気持ちになっただけだよ」
「私が?」
「なんとなくだよ、なんとなく。あ、バンチョだ。バンチョー! おはよう」
「おっはよー! あぁ! 静香様、静香様! ありがたや、ありがたや!」
「バンチョ、何してるの?」
「いや今朝さぁ、しーちゃんの予言のおかげで私は救われたんだよー」
「まったく話が見えないんだけど」
「今朝のびたがいなくなっちゃってさー」
「え、そうなの?」

 少しだけ二人から距離をとって歩く。最初は驚かれ、次に頼られ利用され、最後は恐れられ忌み嫌われる。それの繰り返し。呪文のように頭の中で繰り返す。

「どうしようもなくなってさー、しーちゃんに聞いたら一発だったんだよー」
「すごい!」
「だから、神様、仏様、静香様ってわけだよー。もう足向けて寝れないね。寝るかもしれないけど」
「たまに、しーちゃんって鋭いよね。それ以外のことはあり得ないって、まるで確信があるみたいに言い切ったりさ」
「……」
「そうそう、後で考えてみたらあの時! って思うことが多いよ」
「うんうん。もしかして本当に予言だったりして?」
「……」
「しーちゃん、実際のところどうなの?」
「私も気になる。ねぇ、しーちゃんどうなの?」
「……」
「んー?」
「バンチョ、しーちゃんの顔に近付き過ぎだって!」
「……」
「ま、そんなのどっちでもいいや。のびたは無事に見つかったんだから、それだけで十分」
「ははは。それもそうだね」

 ふいに祖母の言葉を思い返す。



「アホやなぁ。ええか静香、自分で生き辛くしたって何にもならん。そのままの自分を受け止め、受け入れてくれる人を探さなあかんで」



 その言葉と同時に見えた映像には、笑っているバンチョと小早川さんが見えた。それと、多分笑っている自分の後姿も。理由も分からないまま、今朝と同じように頬が濡れる。どうしようもなくなって立ち止まると、バンチョが駆け寄ってきた。お願いだから、今は側に来ないで欲しい。どうしていいのか、どういう顔をすればいいのか、なんと言えばいいのかさえ、今すぐには分かりそうもない。

「しーちゃん、どうした? むー、やっぱりさっき聞いちゃいけないこと聞いちゃったかな? ごめん! 誰にだって聞かれたくないことや言いたくないこと、一つや二つ、いや三つ四つは……、ま、まぁ何十個かはあるよね」
「私も調子に乗り過ぎちゃって、その、ごめんなさい。しーちゃん、これで拭きなよ」

 差し出されたハンドタオルを受け取ると、思わず「おおきに」と言ってしまった。

「あれ? あれれ?」
「どうしたのバンチョ?」
「今さー、しーちゃん関西弁でしゃべんなかった?」
「そうだね」
「しーちゃんってさ、もしかして普段は関西弁でしゃべるのかな?」
「……」
「あのさー、もっかいしゃべってくれないかなー、関西弁」
「しつこいよ、バンチョ」
「私さ、関西弁というか方言大好きなんだよね。可愛いじゃん!」
「……どこが可愛いねん」
「キャー! 千紗今の聞いた? んもー、超可愛い!」

 いきなり抱きつかれて呼吸に困った。「ほんまにやめて……」と言ったあと、小早川さんがバンチョを引き離してくれるまで、ほとんど息が吸えないほど強く抱きしめられた。なんだか耳のあたりがそわそわする。

「殺すきか!」
「うぉー! 本場のツッコミだよ! 本物だよ! スナップが効いてるねぇ」
「ええかげんにせぇ!」
「うわー、しーちゃん顔真っ赤だよー。ますます可愛いねぇ」
「頭、なでんなや!」
「よしよし」
「……ぅ」
「バンチョ、ほんとにいい加減にしなさいね」
「うふふ、はーい」

 なぜかそのままバンチョと手を繋いで歩くことになった。振り解こうとしても離してもらえなかったので、抵抗するのはすぐに諦めた。昇降口でやっと手を解放してもらい、日焼けしたかと思うほどに熱くなっている顔に戸惑いながら、こっそり深呼吸をする。さっきから変だ、自分で自分を制御できていない。

「あー、そう言えばさー」

 上履きにはきかえながらバンチョが口を開く。

「駅前の本屋で昨日ボヤがあったらしいよ」
「あ、それ私も聞いた」
「なんか大騒ぎになったんだってー」
「突然燃え出したんだってね」
「爆弾じゃないかって話も聞いたよー」

 昨日見えた黒煙を思い出した。分かっていたことだけど、やはりボヤが起きたらしい。だけど爆弾みたいなものが原因では無かったように思う。少なくとも爆発物によって立ち上った黒煙ではなかったはず。それに燃えていたのは確か、本ではなくて――。そこまで思い出していると、目の前に別の黒煙が立ち上る映像が見えた。場所はトイレだ。その映像を注意深く見ると、更に分かったことがある。どこか見覚えのあるそのトイレは、この学校にあるトイレだ。黒煙に邪魔されてどこのトイレかまでは特定出来なかった。
 こういったアクシデントには極力関わらないようにしているけれど、場所が場所だけにこの二人が巻き込まれる可能性がある。集中して二人の未来を見ようとしてみたものの、さっきの黒煙の影響なのか黒くかすんでいてはっきり見えない。使いたいと思ったときに使えない力ほど役に立たないものはない。とにかく、今はこの二人を危険な目に合わすわけにはいかない。この二人はもしかすると私を受け入れ、受け止めてくれるかもしれないのだから。

「バンチョ、小早川さん」
「わわ! しーちゃんが私のことバンチョって呼んでくれたよ! 感激!」
「バンチョはちょっとだまっといて。今日トイレに行くときは私と一緒に行くって約束して」
「トイレ? うん、別に私は構わないけど」
「そりゃ一緒のタイミングだったら別にいいけど、そうじゃないときもあるよー?」
「とにかくトイレに行くときはうちと一緒に行動して」
「私はオッケーだよ。三人一緒だと楽しいしね」
「しーちゃん、そんなに私達と一緒にいたいんだね。やっと、やっと心を開いてくれたんだね。それと自分のことをうちって言うの可愛い」
「そんなん今はええねん。その、なんとも言えんけど、嫌な予感がするんよ」
「千紗、聞いた?」
「うん聞いたよ、バンチョ」
『静香様の予言だ!』
「やかましいわ!」



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スラッシュ\パーティ - /08 -


ハコニワノベル

 一限目、二限目と授業が終わるごとに未来を見ようとしたものの、朝から変わったものは見えなかった。そう言えば、積極的に未来を見ようとするのは久しぶりで、どうも上手く出来ていない気がしてならない。こんなことなら未来を見る訓練もしっかりしておけば良かった。嫌でも見えるものなので、出来れば見えなくなって欲しかった。今みたいに中途半端に見えるぐらいなら、もっとしっかり見える方がいいのかもしれない。
 昼休みに三人で昼食を食べた。中庭にある三人がけのベンチに座って、それぞれの昼食を広げた。バンチョは相変わらずピーナッツパンを取り出してかじる。毎日飽きずによく食べられるものだ。栄養バランスはどうなんだろうと心配してしまう。小早川さんはいつも彩り鮮やかでバランスのよい食材が綺麗に詰め込まれた可愛らしいお弁当。私のは毎朝三杉さんが三段重ねのお重にお弁当を作って持たせようとするのを断って、その中から調度良い量を別の弁当箱に詰めて持ってきている。母がいないことと、お弁当の見た目だけで料理上手だと判断されているけれど、私は料理がまったく作れない。調理中に未来が見えると全てのタイミングが狂ってしまうのと、失敗するのが見えるとそこで作るのをやめてしまうからだ。失敗すると分かっていることを、そのまま継続するような無駄なことはしたくない。

「ねぇ、しーちゃん。特に何も起きない平和な一日だよー?」
「何も起きないなら起きないでいいんじゃない」
「……せやね」

 何度も何度も見えている黒煙は、間違いなくこの学校のトイレで立ち上る。それがいつなのか、どこのトイレなのかが分からない。もしかすると、今日じゃないのかもしれない。
 そのまま何事もなく昼食を終え、教室へ向かう。中庭から渡り廊下に入り、階段を登る。教室のある二階の廊下は昼休みなだけあって、どたばたと騒がしい。教室に入ろうとしたところで、小早川さんが申し訳なさそうに口を開いた。

「しーちゃん、トイレに行ってもいいかな?」

 軽く頷いて応え、三人でそのまま教室を通り過ぎ、二階の女子トイレの前まで移動した。入り口を凝視しながら集中する。「し、しーちゃん?」と小早川さんの何度目かの呼び掛けに「ええよ、ここは大丈夫そう」とだけ言っておいた。実際はここが大丈夫なのか、はっきりとは見えていない。トイレだというだけで女子トイレを想像していたけれど、男子トイレで黒煙が上がる可能性だってあるはずだ。好き好んで男子トイレの中に入ったことはないけど、そんなに作りが違うとも思えない。
 女子トイレの入り口を見ながら考えていると、隣にいたはずのバンチョがいないことに気が付いた。左右をきょろきょろと見回していると、耳障りで高飛車な声が聞こえてきた。

「あら、七ノ宮さん。こんなところで何をなさってますの?」
「……」
「さっきから辺りをきょろきょろと。いつもの落ち着きがなくってよ」
(なくってよとちゃうわ、相変わらず話しかけられるだけで疲れるやつやな)

 よく見れば、いつも側にいるはずの御影龍彦がいない。いるのは金原麻衣子だけだ。

「人を待ってるだけだから」
「そうでしたか。泉には誰かを探してるように見えましたわ。あなたにもそう見えたでしょう、麻衣子」
「は、はい」
「……」
「あなたともっとお話したいところですが、先を急ぎますので失礼」
(別にこっちはあんたとなんか、これっぽっちもしゃべりたくないけどな)

 モデルのような歩き方で目の前を通り過ぎて、紫ノ宮泉と金原麻衣子は行ってしまった。行き先は教室だろう。バンチョも先に教室へ戻ったのかもしれない。

「ごめん、お待たせ」
「べつにかまへんよ」
「あれ? バンチョは?」
「急にいなくなったんよ」
「バンチョ、待つの苦手だからねぇ」

 小早川さんと一緒に教室の方へ歩き出した瞬間。目の前に鮮明に立ち上る黒煙が見えた。振り返ってさっきのトイレを凝視する。「ここじゃない」教室へ向かって走った。後ろから「し、しーちゃん? どうしたの?」という声だけ残して教室の中を確認する。バンチョがいない。教室を突っ切って窓を開けると、また黒煙が見えた。ただ、それは未来じゃなくて本当に立ち上っている黒煙だ。焦げた臭いが鼻をつく。黒煙は一階から立ち上っているらしい。踵を返したところで小早川さんとぶつかりそうになった。

「わ! しーちゃん、さっきからどうしたの? ってなにこの臭い」
「燃えてる」
「燃えてる? え? どういうこと?」
「小早川さん、バンチョ見てない? 先に教室に戻ってると思ったのに……。うち、ちょっと探してくる」
「あ、しーちゃん! ちょっと!」

 もし、この黒煙にバンチョが巻き込まれていたとしたら、私は本当に生きている価値がない。何が未来だ、見えたとしてもアクシデントを回避できず、他人も巻き込んでしまうなら、こんな力なんて無意味だ。十年前と何一つ変わっていない。抵抗しても、対策を講じても、逃げても結果は大きく変わらない。コースすら変えることが出来ないのなら、生きていくだけ無駄だ。十年前と同じ結論にしかならない。何度も見えた自分の人生は、十年前の時点で既に見飽きている。その見飽きた未来を何一つ変えられないのなら、生きていくことさえ苦痛だ。決まっている未来を変える唯一の方法は、自ら死を選択する以外にない。
 自分自身に吐き気を覚えながら、教室を飛び出したところで力が抜けた。視線の先に、ピーナッツパンを持って呑気に歩いているバンチョが見えたから。

「バンチョ、なにしててん!」
「ん? あ、部活の前に食べるパンを補充するの忘れてたからさー。千紗待ってる間に買ってこようと思ったんだよね。ちょっと購買が混んでて遅くなっちゃったけど」
「心配さすなや」
「心配? なんで?」
「……」
「しーちゃん? ほら、私は大丈夫だよー。元気元気! てかさ、何か臭うね。焦げ臭い感じ」
「どっかのトイレが燃えてんねん」
「トイレ? どこの?」
「しーちゃん! あ、バンチョ! 良かった無事だったんだね」
「無事? 別に危ないことはしてないよ? ちょっと購買でパン争奪戦してただけだし」
「しーちゃん。あの煙、一階から出てるみたいだよ」
「煙? わ、なんだあれ」

 ジリリリリリリリリ!
 非常ベルが鳴り響く。それと同時に目の前に鮮明な未来が見えた。確認と同時に走る。「しーちゃん、どこ行くの!」バンチョをかわして一階の教職員用トイレへ急ぐ。昨日の本屋で見えたのと同じモノが見えた。燃えているのは物じゃなくて、人だ。



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スラッシュ\パーティ - /09 -


ハコニワノベル

 一階に駆け下りて職員室のある棟へ向かう。渡り廊下を走りきって教職員用トイレの方向へ廊下を曲がった。鼻をつく焦げた臭いと、黒煙が充満しいる。何人かの先生が消火器を持っていたり、近くにいた生徒に避難するように促している。その中にいた黒岬先生に見つかった。

「ちょ、七ノ宮! なんでお前こんなところに来てるんだ。教室に戻りなさい」
「そら無理やわ。それより救急車呼んどいて!」
「へ? 今なんて言ったの?」
「ええから、救急車! それと、そこ邪魔や」

 軽く黒岬先生を押しのけて、先生たちの間を縫うように走り抜ける。教職員用トイレの入り口だと思われる場所からは、もうもうと黒煙が漏れ出している。ハンドタオルで口元を押さえてから、その入口に飛び込んだ。煙で目を開けてられないので目は閉じたまま、呼吸もままならない状況で集中する。見えてきたのは倒れている女子生徒の上履き、場所は一番手前の個室だ。
 薄目を開けて一番手前の個室を確認する。軸足に意識を集中させ、蹴り足をまっすぐ伸ばして高く上げる。少しだけ溜めてから上げたその足を、思い切り個室扉へたたき落とした。鈍い金属音のような音のあと、ドゴっという音とともに個室扉が個室内側へ外れる。さらに扉を蹴り押して個室の中へ入ると、そこに倒れている女子生徒の姿があった。無理やり抱え上げる形で、倒れていた女子生徒をトイレの外へと運び出した。

「うぉ! 七ノ宮、無事か? 他にも生徒がいたのか。さ、ここは危険だから離れなさい」
「あほか、まだ終わってへん」
「そりゃ、まだ消火出来てないしな」
「で、救急車は?」
「さっき消防署に連絡したからじき来る。その子を病院へ連れて行くんだな」
「ちゃうよ。もう一人の方」
「もう一人?」
「ええから、それ貸してもらうで」
「お前消火器持ってどうするんだ……ってまさか」
「先生はこの子頼むわ。ほな」
「いや、いやいやいや! もう入るなって、危ないぞ」

 抱え上げていた女子生徒を渡し、黒岬先生が持っていた消火器を奪い取る。大きく息を吸い込んでから、再びトイレの中へ。今度は躊躇なく一番奥まで進み、さっきと同じように個室扉に踵をたたき落とす。すると、さっきよりも簡単に個室扉は外れた。熱気と黒煙が溢れ出てくるその中に、背中を燃やしながらうつ伏せに倒れている女性を確認した。
 残念ながら、今から消火したとしてもこの人は助からない。しかし、消火しなければ焼き尽くされて、見るも無残な姿になってしまう。死という結果が変わらないとしても、せめて無残な姿にはしたくない。安全ピンを抜き、ホースの先端を個室内に向ける。思い切りレバーを握ると、勢い良く消火剤が個室内へと噴射された――。

「あのな、七ノ宮」
「なんですか?」
「いや、まぁいいか。結果として無事に一人助けたんだしな」
「せやろ?」
「だけどなぁ、教育者としてはそれで済ませるわけにはいかないんだよね」
「難儀な職業やな」
「とにかくだ、先生の言う事は聞きなさい。それと、勝手な行動を慎みなさいってことだよ」
「ええやんか、結果オーライやろ」
「だからさ、それはそうなんだけどって話。分かった?」
「はーい」

 病室から黒岬先生が出て行く。あの日から三日、私はここ上坂西病院で入院している。消火器を持ってトイレに突入したあと、どうやら煙を吸い込み過ぎて倒れたらしい。あのとき、一番奥の個室内で燃えていたのは若松先生だったということは、後で聞いた話だ。ただ、あのときに見えていたから知ってはいたけれど、病院に搬送されたときには既に亡くなっていたことも聞いた。出火の原因はタバコらしく、学校側はそういうことで既に処理をしてしまったらしい。私は参列出来なかったけれど、他のクラスメイト全員は若松先生の通夜に参列したとのことだった。顔は綺麗なままだったという話をバンチョと小早川さんに聞いて、不謹慎かもしれないけれど少しだけ嬉しく思った。それだけでも消火器を噴射した甲斐があったと思いたい。
 出火原因と言われているのはタバコだけれど、あの出火の原因はタバコでないことは間違いない。ただそれについては、今はまだ何も言わないでいる。
 静かな病室にコンコンというノック音が聞こえる。返事をしかけて一気にうんざりしてしまったのは、黒岬先生の他に毎日お見舞いにやって来る人物だということがすぐに分かったからだ。何も応えていないのに、スライド扉が開けられた。

「失礼しますわ」
「また来たんかい」
「あら、この泉の命を救って頂いたお礼は、どれだけ言っても言い足りません」
「だからって毎日来んなや、うっとうしい」
「照れなくても良くってよ?」
「良くってよ? ちゃうわ。ほんま、あんたやって分かってたら助けへんかったのにな」
「何をおっしゃってるのかしら? この泉を助けるという素晴らしいことをしたのですから、誇りに思って下さればいいだけです」
「はぁ……、さいですか。あのさ、来てすぐで悪いんやけど、もう帰ってくれない? ちょっとしんどいし」
「そうですね、長居して回復に支障をきたすわけにはいきませんもの。要件だけお伝えしたら、すぐに帰らせて頂きます」
「要件?」
「これが、今日の授業で取っておいたノートですわ。この泉との差がこんな理由で開いてしまうのは不本意ですものね」
「逆ちゃう? 差は縮まると思うで」
「それからこれは……」
(今のスルーしてまうんかい!)
「クラス全員で作った千羽鶴。ちなみに、この一番黄金に輝いている鶴は、この泉が折ったものですわよ」
「いや、その情報は一切不要やろ……、まぁええわ。おおきにって伝えといてや」
「かしこまりましたわ。それでは泉はこのへんで失礼致します。一日でも早く退院されるのを、心待ちにしておりますわよ」
「まぁ、ぼちぼち頑張ります」
「それでは、お大事に。ご機嫌よう」

 あの日、一番手前の個室で倒れていたのは紫ノ宮泉だったらしい。必死だったので誰かまでは確認していなかった。なぜ教職員用トイレにいたのかと聞いたら「ウォシュレットが付いているのは、あそこだけですわ」とか言っていたので、あのまま燃えていても良かったんじゃないかと思う。その理由を聞いたときに「やっぱり、ただのあほやんか」と言ってしまってから面倒になり、そのとき一緒にいた黒岬先生と紫ノ宮泉に対しては、標準語で話すのを辞めた。
 翌日、私は退院して、翌週からいつもの生活に戻ることになった。



≪/08へ
/10へ≫

スラッシュ\パーティ - /10 -


ハコニワノベル

「あら、静香ちゃん。いらっしゃい。いつものでいい?」
「うん」
「なになに、元気ないじゃない。どうしたの、若い子はイケイケじゃなきゃだめよ?」
「別に元気ないんとちゃうよ、なんというか平凡やなぁって」
「平凡? 日々の生活がってことかしら。それなら平凡でいいじゃない、変化ばかりだとそれはそれでつまらないものよ」
「そんなもんかなぁ……。あ、瑠衣さん。あの店員そこでこぼすから少し離れておいたほうがいいよ」
「静香ちゃんのミルクティーおっ待たせー! とっととと、あ!」

 ティーカップの砕ける音と、トレンチがわんわんわんと回転する音。「ミッチー? そろそろ差し引くバイト代もないんだけど?」という瑠衣さんの声。慌てて後片付けする名物店員。いつも通りの光景で、いつも通りに平和だ。
 入院する前は未来が見えるタイミングが、極端に直前になっていたから、何が起こるのか前もって知ることが出来なかった。ただ、それが楽しくも感じていたのは事実だ。それが退院してからは、またもとの生活に戻ってしまった。この間開催された上坂弓道大会でも見えたままの結果で、個人優勝と団体は下から二番目になった。特に代わり映えのしない日々。見えたことを繰り返すだけの日々だ。

「なぁ、瑠衣さん。なんでもええねんけど面白いことない? 面白い話とかさ」
「んー。面白いことっていうのはね、自分で見付けるからこそ面白いんだよ。まぁ、人によっては鉛筆が転がるだけで大笑いしちゃったりするから、一概に面白いかどうかは言えないっていう側面もあるけどねぇ」
「そらそやろな。うん、ごめんなさい。今の聞かなかったことにしといて」
「ふふふ。あぁ、だけど面白い話と言えば」
「なんかあんの?」
「全国でね、人が燃える事件が多発しているらしいのよ」
「人が燃える?」
「大半は放火魔みたいな奴が人に火を付けてるらしいけど、中にはそうじゃない事件も起こっているらしいわね」
「へぇ……」
「あぁ、こんな話は面白いなんてものじゃなかったわね」
「ううん、ちょっと興味でたわ。おおきに」
「だからって下手に首を突っ込んじゃ駄目よ? 探偵の真似っ子とか危ない目にあうんだから」
「そんなしょーもないことせーへんよ。仮にしたとしても、うちはそんなヘマしーひんし」
「そうだとしてもよ。大人の忠告は素直に聞いておくのが、世渡りのコツよ。静香ちゃん」
「覚えときます」

 今聞いた話は、別に特別な話ではない。新聞やニュースでことあるごとに取り上げられている事件だから、誰だって知り得ることのできる情報だ。ただ一点だけ一般の報道などで流れている情報と違うのは、大半は放火魔まがいの人による事件なのに”中にはそうじゃない事件も起こっている”ということ。これは何かしら有力な情報元から瑠衣さんが聞いた話なんだと思う。つまり、誰かが火を付けたわけじゃないのに人が燃える事件も起きている。あの若松先生のように。
 それから毎日、人が燃える事件のことを人知れず調べるようになった。類似の事件を省いたとしても多発しているこの事件は、もしかしたら若松先生の事件とも繋がりがあるのかもしれない。どこかで核心的にそう思っていた。なぜなら、この事件の未来を見ようとするとはっきりとした未来が見えないからだ。見えるときはどうとも思わないのに、見えなくなると無性に見たくなる。人間という生き物はそういうものかもしれない。新聞、インターネット、テレビ、噂話などの情報収集をしつつ、自分で行動出来る範囲内で事件が発生したときは、事件の現場まで行ってみたりしてみたものの、有力な情報となるものは一切手に入らなかった。そのまま次第に事件の発生頻度は落ちていき、それと正比例するように事件に対する調査熱も冷めてしまった。

「しーちゃん、どうして今日雨が降るって教えてくれなかったのさー」
「うちは天気予報のおねーちゃんとちゃうねん」
「バンチョもたまには自分で天気予報ぐらい確認しようよ」
「だってー、テレビの天気予報よりしーちゃんの予言の方が当たるんだもん」
「だから予言じゃない言うてるやろ。たまたまや、たまたま」
「それにしては的中ばかりだってばー」
「だけどバンチョ、今六月なんだよ? 梅雨時期なんだしさ、雨が降りやすいのは分かってるでしょ」
「まぁそうなんだけどね。おかしいなー、今朝家を出たときはいけるって思ったのにぃ」
「自分を信じた結果なんやからしょうがないやろ。小早川さん、帰ろうか」
「うん」
「ちょっ、ちょっとちょっとー。なにかな? もしかして二人は私を放ったらかしにして帰っちゃうのかな?」
「せやね」
「うん。そうだね」
「ひどいー! 二人とも酷いよー。私泣いちゃうよー。えーん、えーん」
「こっちをチラチラ見ながらなんて、泣かれへんやろ」
「体育座りまでしちゃっても、魂胆丸見えだよバンチョ」
「ちぇ。じゃぁさ、じゃぁさ! 傘に入れてくれないかな?」
「どうせそのつもりだったんやろ? しゃーないから、これ貸したるわ」
「あ、あれれ? 折りたたみ傘! だけどこれを借りちゃうとしーちゃんが」
「うちの傘はこっちにあるから」
「えー! なんで傘二つ持って来てるの? もしかしてさ、私が忘れるのが分かっててわざわざ二つ……」
「ちゃうわ、部室に置いてる置き傘や」
「しーちゃん! ありがとね! んもー、いいこいいこ」
「だから勝手に頭をなでなですなや!」
「うふふー」
「さ、しーちゃんもバンチョも一緒に帰ろう」

 くだらない話をバンチョが繰り広げながらの帰り道。雨が傘に落ちる音、なんとも言えない雨の香り、くるくる回る傘。終りに向かって生きるだけの人生だとしても、こんな日々が続くのなら悪くはない気がした。
 駅前で二人と別れて住宅街を抜けY字路を右に。今日は瑠璃の色には寄らずに真っ直ぐ家へと向かう。強めの雨が降っていて、跳ね返りがすごかったから早く着替えてしまいたかった。自宅の門の中に入り郵便物を確認する。ピザのチェーン店のチラシ、新しく駅前に建つマンションの広告、神社の宮司の家にキリスト教の冊子はどうかと思う。あとは通販関連のカタログだ。と、その中に見慣れない封筒が入っているのを確認した。
 封筒に手を伸ばし手に取った瞬間、持っていた傘を落とした。興味を失っていたはずのあの黒煙が、それも一つや二つじゃない数が見えたからだ。雨に打たれながらその封筒に視線を落とすと、宛名が書かれていない代わりに「スラッシュ\パーティ ご招待状」という文字だけが書かれていた。



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スラッシュ\パーティ - /11 -


ハコニワノベル

 傘を拾い、玄関から家の中へ。謎の招待状以外は下駄箱の上に置いて自分の部屋に入る。濡れたままで荷物を適当に置き、その招待状を恐る恐る開けた。



          スラッシュ\パーティ ご招待状



 短夜の候、いかがお過ごしでしょうか。
 これからの十枚グループにとって大きな転機を迎えるに当たり、当グループと
 皆様方とのより一層の親睦を深めるパーティを、6月26日(10時~)より、
 下記の場所にて開催する運びとなりました。
 大変重要な発表もありますので、ご多忙中とは存じますが、ご出席いただけま
 すようお願い申し上げます。
 また、今回のパーティでは更に幅広い交流の場としたいため、参加されます
 場合は、パートナー1名と2名1組みでの参加をよろしくお願い致します。
 なお、準備の都合上6月18日までに出欠を、ご連絡ください。

                 記

 平成 ××年 ××月 ××日

  1.日時 6月26日(土) 午前10時~(終了時間は未確定です)
       場所 陽碧の館(ひみどりのやかた) 大広間
       当日は間に合う時間に迎えを準備致します。
       電話番号 XX-XXX-XXXX
  2.会費 不要
  3.ドレスコード 準礼装で構いません


                           主催 十枚グループ



 いたずらの類ではなく、きちんとした招待状であることは招待状そのものの材質、それから文面からすぐに分かった。しかし、この招待状を手にしたときに見えた未来の理由は見つかりそうもない。主催と名乗っている十枚グループについて調べてみると、とてつもなく巨大なグループだということしか分からなかった。真偽の程は分からないけれど、あの帝園グループを統括しているという噂レベルの情報もチラホラあった。そんな巨大なグループがなぜ私の家に招待状を出してきたのか。宛名がないところを見ると、無造作に招待しているようにも見えるが、とにかく怪しいことには代わりない。見えた未来を考えれば、この招待状には極力関わらないでいた方がいい。確実にアクシデントに見舞われる。自分だけでなく、家族にだってそんなアクシデントが起こるパーティになんて参加してほしくなかったので、濡れたままの招待状を鍵付きの引き出しへとしまっておいた。
 大きく息を吐き出したところで、自分が濡れていることを思い出し何も考えないようにして浴室に向かう。濡れた制服を洗濯かごに入れ、バスタオルで身体を拭いてから道着に着替えて弓の稽古に向かった。

「おばあちゃん」
「なんや?」
「十枚って知ってる?」
「十枚? 一枚二枚三枚……の十枚か?」
「ううん、そっちじゃなくて、十枚グループ」
「……静香、どこでその名前知ったんや?」
「え? いや、ちょっと小耳に挟んだんよ」
「小耳にねぇ……。とりあえず悪いことは言わん。その名前は忘れとき」
「なんで?」
「なんでもや」
「おばあちゃんがそう言うってことは、相当なんやね」
「まぁ、触らぬ神に祟りなしっちゅーやつや」
「おばあちゃんでも触らないん?」
「触りたくないし、関わり合いたくもないな」
「そんなレベルの話なんだ……」
「どうしたんや? そのグループがどうかしたんか?」
「ううん。ちょっと見えただけだよ」
「良くないことか?」
「うん。だけどこっちから近付かないようにするから大丈夫」
「そうしとき。絶対関わったらあかん」
「分かった。やけど、ちゃんと教えてもらわな納得できひん」
「あかん。知らぬが仏っちゅーこともあるで」
「おばあちゃん……」
「な、なんやその目は」
「おばあちゃん。お願い」
「あかんと言ったら、あかん!」
「おばあちゃん。お願いお願い」
「う……」
「お願いします」
「孫っていうのはほんまに反則やわ。しゃーない教えたる。教えたるから、その顔やめぇ」
「うん」
「ほんま生意気になりよってからに……」
「で、十枚って何なの?」
「あほ! その名前を気軽に口にしたらあかん。小耳に挟んだ言うてたけど、そのグループ名を口走ってる奴は知り合いか?」
「ううん、全然ちゃうよ」
「そうか。下手したらそいつの命はないで」
「グループ名言うだけで命ないの?」
「それぐらい危ないグループや」
「何してるグループなの?」
「簡単に言うと、世界を牛耳ってる十個のグループの集まりやな」
「世界を牛耳ってる?」
「まぁ、大げさに言えば世界で一番権力を持ってるグループや」
「国よりも?」
「そらそうや」
「ふーん、そうなんや」
「教えたんやけど、名前はさっさと忘れとき。覚えててもいいことないで。あと、絶対に関わったらあかんで?」
「はーい」

 弓の稽古を終えてからお風呂に入り、夕飯を食べた。今日のメニューは和風おろしハンバーグ。煮込みハンバーグだったので柔らかくて美味しかった。おばあちゃんは「もっとガツンと肉々しいのでええのに」と文句を言いながら、バクバクと食べていて可笑しかった。
 三杉さんと一緒に夕飯の後片付けをしてから部屋に戻り、中を伺うようにして鍵付きの引き出しを開ける。もう一度中に入っている招待状を手に取ると、沢山の黒煙が舞い上がる映像が見える。このスラッシュ\パーティとかいうパーティに参加すれば、どうにもならないレベルのアクシデントが待ち構えているのは間違いない。それにしてもこの招待状、いったい誰が誰宛に出したものなのだろうか。祖母にこのパーティの主催である十枚のことを聞いたものの、特にパーティ関連で思い当たるふしはなさそうだった。だとすれば父宛なのだろうか。
 ――コンコン。
 突然ドアをノックする音。そっと招待状を引き出しに戻してドアの方を向く。

「はい?」
「あ、静香。まだ起きてたか?」
「起きてたでお父ちゃん。どないしたん?」
「いやぁ、あのね、よく分からないんだけど、人が沢山集まるところに行くと危険なことになりそうだよ」
「分かった。気を付けてみる」
「ま、またさ、お父さんの気のせいかもしれないから、気にし過ぎないようにね」
「分かった。おおきにお父ちゃん」



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スラッシュ\パーティ - /12 -


ハコニワノベル

 真っ黒な何かが私にぶつかる。尻もちをついて見上げた先に真っ黒な何かがいる。徐々にその真っ黒な何かが私に近付いてくる。じりじりと後退りしているけれど簡単に追いつかれ、ついにその真っ黒な何かが私を――。場面は変わり、広い部屋のあちこちで黒煙が立ち上っている。焦げ付いた臭いと沢山の悲鳴の中でどうすることも出来ずに立ち尽くす。

「なんなんやろな、この未来……」

 詳細は分からないけど、例の招待状にあったパーティに参加さえしなければこの未来には辿り着かないはず。それでもこうして何度も見せられていることを考えると、回避できない何かがあるのかもしれない。
 ゴロゴロと遠くで雷が鳴っている。カーテンを少しだけ開けて外を確認すると、音もなく雨が降り注いでいた。携帯電話で時間を確認すると午前五時を過ぎたところだった。少しだけきつめに目を閉じて布団に潜り込んだものの、結局眠ったのか眠れなかったのか分からないまま起床時間を迎え、ため息と共に起き上がった。
 昨日寝る前に父が部屋の前までやって来たことを思い返す。「人が沢山集まるところに行くと危険なことになりそうだよ」と言っていた。父は私ほどではないけど、ほんの少しだけ未来が見えることがある。本人はそれが未来だとは言わないし、見えているとも言わない。多分、今までにそれを他人に言うことで様々なことを被ってきたからだと思う。最初は驚かれ、次に頼られ利用され、最後は恐れられ忌み嫌われる。抜け出せない負のスパイラル。

「人が沢山集まるところか……」

 横目で鍵付きの引き出しを確認する。疑いようはないだろう。世界を牛耳っているとまで言われるほどの権力をもった組織が主催するパーティなのだから、当然参加人数も多いはず。ただ、会場となる陽碧の館は何千人も入れるほど大きな館ではない。敷地内にという意味でなら可能だろうけど、パーティと銘打っているのだから室内だろうし、あの建物内で一番広い場所に入るとしても数百人程度なはずだ。
 宛名がないことから、あの招待状が誰宛のものなのかもまだ確定はしていない。祖母はまったく知らないようだったし、ここは父に確認をしてみた方が良さそうだ。制服に着替えてから父の部屋へと向かった。

「お父ちゃん」
「ん? 静香か?」
「おはよう。ちょっと入ってもええ?」
「ええよ……って、駄目! 今は駄目! 普段はいつ入ってもええけど、特に今は絶対に駄目!」
「別に今更隠したって遅いわ。入るで」
「あっ、だ、駄目ぇ!」

 朝から気分の悪いものを見てる。まぁ、あの未来よりはまだマシだから目をつぶろう。しかし、こうして目の前でアダルトな映像が入ったDVDを必死に隠す父の姿というのも滑稽なものだ。今までも隠せていないのだから、今更隠そうとするのは何のためなのだろう。しかもこの後、父は祖母にだけは言わないでくれ! それだけは勘弁してくれ! というようなことを、何度も私に言うことを既に知っている。それだけに余計に滑稽だなと思ってしまう。

「あ、ああ! あのね。お父ちゃんも、その、男だからさ」
「……」
「頼む! このことは母さんには内緒にして!」
「……」
「お願い! お願いだよ、静香」
「……」
「母さんにだけは言わないでくれ!」

 父が土下座しているのを朝から見てる娘というのはどうなんだろう。

「お願いします! それだけは、勘弁を!」
「……別に」
「ん?」
「別に言わへんよ」
「そうか! それは良かった!」
「良くはないやろ」
「え? あ、うん。そやね……」
「まぁ、ええわ」
「ほんと? 許してくれるの?」
「I don't forgive, I forget.」
「ん?」
「そのまんまの意味や」
「ん? んん?」
「そんなことよりも、お父ちゃん」
「なに?」
「とりあえず、パンツぐらいは履いてくれへん?」
「あ、き、キャー!」
「キャー! ちゃうし、胸なんか隠さんでええわ! 下やろ、下!」

 一発きつめにどついてから、十枚のことをそれとなく聞いてみたけど、父もパーティのことは知らない様子だった。となるとあの招待状は私宛のものだろうか。もしくはあちこちへ無造作に配られているものか。材質や文面から判断すればいたずらとは思いにくいし、見えてくる未来から判断すればいたずらにしてはことが大き過ぎる。あの招待状で二つ気になっていることは、十枚と呼ばれる世界を牛耳っているような組織が、より一層の親睦を深めるという目的のためだけにパーティを行うだろうか。もう一つは同じく招待状に書いてあった「大変重要な発表」という部分。それをわざわざ匂わせて内容を書かないところだ。宛名のない招待状を配って人を集めているし、パートナーと二人一組での参加を促しているのだから、ほぼ無造作に人を集めているように思える。無造作に人を集めて発表するぐらいなら、招待状に書いてしまっても問題なさそうなのに。

「考えるだけ無駄か……」

 吐き捨てるようにつぶやいてから、雨の中を学校へと出発した。
 そういえば今朝の朝食時は父がものすごくよそよそしくしていて「どうしたんや、大護?」と何度も祖母に言われ、何か話しかけられる度に私の方を確認してくるのが面倒だった。最終的には「なんや静香と喧嘩でもしたんか。どうせまたアダルトDVDでも見てたのがバレただけやろ」と断言されて、父は食後のお茶を盛大に吹き出していた。そんな父が少しだけ可哀想に思える。まぁ、自業自得やけど。
 あの未来を回避すればいいだけなのだから、帰ったら不参加の連絡をしてしまおうと決めていた。そうすれば無駄にアクシデントに見舞われることもない。それは間違いないはずだった。それなのに私は、この日家に帰ってから例のパーティに参加する旨の連絡をすることになる。そんなことになるとは見えていなかった。ただいつも通りの通学風景だと信じて疑わなかった。

「しーちゃんおっはよー! 雨だねー。あ、そうそう聞いて聞いて! 昨日さ、うちにパーティの招待状が届いたんだよ! それがなんかちゃんとした招待状でさ、宛名は書いてなかったんだけど私宛に間違いないよ、あれは。だからさ、私参加しますってすぐに連絡したんだ! すごくない? パーティの招待状だよ? あー、パーティなんて久しぶりだなー。楽しみー! あ、あれ? しーちゃんどうしたの? 怖い顔して……、あ、おなかでも痛いんじゃない? 食べ過ぎは駄目だぞー?」

 ほんの少し、黒煙がはっきり見えた気がした。



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スラッシュ\パーティ - /13 -


ハコニワノベル

 バンチョが嬉しそうに見せてきたのは、私が鍵付きの引き出しに入れているあの招待状と同じものだった。何度か辞めておいた方がいいと止めてみたけど、バンチョはパーティに参加すると言って聞かなかった。そればかりか、パートナーを小早川さんに決めてしまって、二人とも当日着て行くドレスのことで盛り上がっている。その姿を見てため息をつくと「しーちゃんが妬いてるー、可愛い」と言い出して頭を撫でられた。説明しようにも不安を煽るだけになるので言い出せない。

「千紗ー、週末服買いに行こうよ」
「いいね! 行こう行こう!」
「しーちゃんも行かないかい?」
「うちはええわ……」
「あー、しーちゃんが拗ねちゃったよー」
「そんなんちゃうよ」
「そう? じゃぁ千紗、週末に上坂Pharaoh(ファラオ)にショッピングだよ!」
「うん。あぁ、ちょっと今から楽しみになってきちゃった。バンチョはどんな服にするの?」
「んー? 準礼装で構いませんって書いてあるからなー」
「じゃぁ、ちょっと押さえ気味かな」
「そうじゃないよ千紗」
「え?」
「準礼装”で”構いませんって書いてあるってことはさ、それより上なら構わないってことでしょ?」
「えぇ? そういうことなのかなぁ。まぁ、どうせならパーティらしい服がいいけど……」
「でしょでしょ? だったら可愛いのにしちゃおう! うん、そうしよう」

 バンチョと小早川さんを止めるのを諦めた時点で、例のパーティに参加しようとは決めてはいた。しかし、部活に顔を出したことでその気持ちはより一層強いものになった。王子先輩の家にも招待状が届いたらしく、既に島崎先輩をパートナーとして参加する胸の連絡をしたと聞いたからだ。

「パーティと聞くと、おめかししたくなるのが乙女ってものだな」
「雛はドレス持ってるんだっけ?」
「まぁ、何着かはあるよ」
「さすが王子製菓の令嬢だね。招待状が来るのもうなずける」
「あまりその話を人前でするなよトモ」
「ごめーんね」
「まったく、反省するつもりもないだろ」
「王子先輩って王子製菓と関係あるんですか?」
「あるよあるよー。聞いて驚くといいよ雛のお父さんはね、王子製菓の社長なのだ!」
「だから、なぜトモが自慢げに言うんだよ。七ノ宮さん、今のはあまり他言しないでくれると助かる。父親は父親で、私は私だからさ。その、無用なトラブルに巻き込まれるのは御免なんだよ」
「はい。分かってます。島崎先輩よりは確実に」
「あー、後輩のくせして生意気だね。先輩権限発動してジュース買ってこさせちゃうぞ」
「部活動という意味で言えば、どっちが後輩だか分かってます?」
「う……。雛、恐ろしい、恐ろしい子だよ、この子は」
「七ノ宮さんは既にトモの扱い方が上手いな。この分なら心配ない」
「ちょっと、どういう意味?」
「そういう意味だ」
「そう言えば、そのパーティの招待状って宛名のないやつですか? スラッシュ\パーティとかいう名前のパーティの」
「ん? そうだぞ。七ノ宮さんのところにも届いたのか?」
「いえ、クラスメイトのところに届いたらしくて、今日見せてもらいました」
「そうなのか。まぁ、主催があのグループだしなぁ」
「王子先輩はそのグループのこと知ってらっしゃるんですか?」
「いいや、全然。ただ、父親の仕事関係の話で何度か聞いたことはあるよ」
「さすがセレブなお嬢様は違うね」
「まだ言うか? トモ」
「だって本当のことじゃん。あ、七ノ宮ちゃんはどうなの? 一般人? それともお嬢様?」
「さぁ、どうなんでしょうね。あまり意識したことないです」
「七ノ宮さんの家はさ、もしかして七福神宮と関係あったりするのか?」
「あ、あれはうちの家です」
「えー! ? ここらじゃ一番大きな神社だよあそこ。やっぱり、お嬢様じゃない」
「でもどうして七福神宮と私が関係あると思ったんですか?」
「いや私さ、歴史的な展示物とか好きなんだよ。あそこの神社にさ紅麒麟(こうきりん)って国宝あるだろ。その紅麒麟と一緒に展示されてる代々所持している人の名前が七ノ宮なんだよ」
「よくご存知で。紅麒麟はうちの家が所持してるものです」
「はぁ、本物のお嬢様かぁ。一般人なのは私だけってことだね」
「トモの家だって島崎フーズじゃないか」
「ただ外食チェーンを経営してるだけだよ。私の家はセレブじゃなかったしさ」

 そのあと、島崎先輩によるいかに自分がセレブではなく、一般的な幼少時期を過ごしたのかを無駄に聞かされた。その内容から判断するに、セレブなのかどうかを判断することは難しかった。とにかく最後までセレブに対するコンプレックス全開で、王子先輩と私に対して何度も「ドレスなんて持ってないし」という言葉を使っていた。収集がつかない状況になったのを見かねて、王子先輩が「私の持ってるドレスを一着貸してやるから」と言った瞬間にケロっとしていたので、最初からドレスを借りることが目的だったようだ。
 家に帰ってからもう一度招待状を手にとる。集中して未来を見ても新しいものは見えなかった。ただ、黒煙が立ち上る中に知り合いの顔が増えただけ。一つため息を吐き出してから覚悟を決める。招待状を手にしたままで、祖母の部屋へと向かった。

「おばあちゃん、今ちょっとええかな」
「ん? ええで。入り」
「失礼します」
「どないしたんや、かしこまって」
「あのな、これ見て欲しいねんよ」
「なんや招待状? って、これは……」
「昨日、届いてた」
「だから昨日聞いてきてたんやな」
「うん」
「で、わざわざ言いに来たってことは、参加するってことかいな?」
「うん」
「そういうことか。ほんで理由は?」
「友達が二人参加すんねん。あと部活の先輩も二人」
「それだけちゃうやろ?」
「……人が沢山死ぬ」
「そういうことが起きるのが見えたんやな?」
「うん」
「ほんで?」
「おばあちゃんに、見て欲しいんよ」
「しゃーないか。可愛い孫の頼みやし」
「お願いします」
「……お。静香、参加しといで。なんかすごいもんが見えたわ」
「すごいもん?」
「それが何かは、行ってからのお楽しみやな」
「ふぅん」
「あとは、一つだけ約束や」
「なに?」
「アタシより先に死んだらあかんで?」
「それは大丈夫やわ。うちもおばあちゃんも十年や二十年じゃ死なないよ」
「そうかそうか。ほな、気合入れて参加してき」
「うん。おおきに」

 祖母の部屋を出る前に「弓、持って行きや」と言われた。少しだけ笑って「そのつもり」と返してから自分の部屋に戻った。



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スラッシュ\パーティ - /14 -


ハコニワノベル

 招待状に書いてあった電話番号に連絡すると、とても丁寧な対応で参加受け付けが完了した。丁寧過ぎて余計に怪しく感じてしまったのは、その対応がまるでロボットや兵隊のように機械的な対応だったから。心がこもっていないというか心がないというか。ただ怪しいと思えば何でも怪しく感じてしまうので考えることを変えて、この胡散臭いパーティに参加して知り合いをきちんと守れるだろうか。ということばかりを考えた。
 特に考えがまとまるでもなく、日々は過ぎていった。
 週末、バンチョと小早川さんが服を試着する度に写真付きのメールを送られて対応に困った。似合っていると返すべきなのか、もっと違う感じのほうがいいと返すべきなのか。もしくは似合っていないと正直に返していいものなのだろうか。
 写真付きのメールといえば、祖母は写真付きのメールを嫌っている。若いイケメンとメールしていたと思ったのに、相手が自分撮りした写真を送ってきたときに、とても残念な顔をしていたからとかどうとか。それ以来、要件のみの簡潔なメールを好むようになったと言っていた。私もその考えに賛同したい。電話やメールは要件だけで十分だ。
 パーティに参加するとは決めたものの、そのパーティで起こることの詳細は分かっていない。分かっているのは立ち上る黒煙の数が尋常じゃないということ。その黒煙が立ち上るのは見えているけれど、黒煙が立ち上る原因は分かっていない。それからもう一つ分かっているのは、真っ黒な何かが私に近付いてくるということだけだ。それが何で、また何のために近付いてくるのかは見当もつかない。黒煙は見ようと思えばいつでも見えるけど、真っ黒な何かのほうは見ようとしても見れなかった。そもそも、あの未来についてはあり得ないことが一つ起きているし、寝起き間際でしか見えたことがないので、もしかすると夢なのかもしれない。
 鍵付きの引き出しから取り出した招待状をなんとなく見ていると、祖母との会話を思い出した。祖母は”すごいもん”が見えたとかなんとか。祖母は私や父のように未来は見えない。その代わり、その人がどう生きるのかが見えるらしい。祖母の言葉を借りるなら「運命っちゅーやつや。どや? ロマンティックやろ?」とのこと。それが見えてしまうことで様々なことを被ってこなかったのかを聞いたら「別に。なーんもないで? アタシはな毎日を精一杯生きるだけや。まぁ、気に食わん奴は徹底的に潰してきたったけどな」と楽しそうに笑っていた。たぶん本当の話だろう。祖母ならやり兼ねる。いや、やっている。

 六月の雨はちょっとセンチだけど
 こっそりお揃いにしたんだよ
 君と一緒の青い傘

 今日だけで何度目か分からないが、またメールを受信した。内容を確認すると、どうやらついにパーティに着て行く服が決まったらしい。添付の写真を見てみると、意外なことにバンチョの方が落ち着いた感じのグレーのワンピースドレスで、小早川さんがシースルーで薄い青のフリフリなドレスに桜色のリボンが付いている服だった。どちらかと言えばバンチョの方が派手目の服を選ぶと思っていたのに。しかも写真に写っている小早川さんは、変なスイッチでも入ったかのように沢山のポージングをしている。しかもポージングの度にメールが送られてきて収集がつかなくなるほどだ。ずっとメールの相手をするのもしんどいので「ええと思う」とだけ返信をして携帯を置いた。
 翌週になると、毎日パーティの話題ばかりになった。バンチョと小早川さんは、日に日に待ち切れなくなってくのが目に見える。そしてパーティ前日の金曜日を迎えた。

「楽しみだなー。というか早くあの服着たい!」
「そうだね。パーティってどんなことするのかな」
「やっぱりダンスじゃない?」
「それって舞踏会じゃないの?」
「えぇー、私カッコいい人からシャルウィダンス? って聞かれる予定なのにー」
「聞かれることは前提なんだ」
「しかも何人からも言われちゃってさー、私どうしたらいいんだろー! ヤバい!」
(一番ヤバいのはバンチョやろ)
「でも、運命の出会いとかあったりするかもね」
(いやいやいや、小早川さん? バンチョみたいなこと言うてへん?)
「だよね! パーティに参加するぐらいなんだからお金持ちでしょ。玉の輿だよ、玉の輿!」
(君らまだ中学一年やで? 玉の輿とかありえへんから)
「あ、そうだ。ねーねーしーちゃん」
「なに?」
「私さー、この間買ったドレスにピンクのコサージュ付けようと思うんだけどね、どこに付けるのが可愛いかな?」
「どこでもええんちゃう?」
「いや、普通に左胸のところだとインパクトがないし、右側とか、肩ぐらいまで上の方とかいろいろ悩んでるんだよー」」
「ほな、ココに付けたらインパクトあるで?」
「え? どこどこ?」
「ココやココ」

 人差し指でバンチョの額をつんつんしていると「ひーどーいー」とバンチョが怒っていた。怒ったバンチョをなだめながら、自分が着ていく服を考える。準礼装で構わないのだから、動きやすい格好にしよう。

「せっかくのパーティだけど、しーちゃんが行かないのは残念だね」
「そうだよー。パートナー一名ってのがなければ一緒に行けたのにー」
「あ、言うてへんかったっけ?」
「なにを?」
「なんの話? しーちゃん」
「うちもパーティ参加するで」
「えぇ? そうなの?」
「招待状、うちにも届いたからな」
「だったら一緒に服買いに行けば良かったね」
「うちは新しく買ってまで準備せーへんよ」
「それなりの服が既にあるってことかー。だけどこれで更に楽しみになったなー」
「そうだね。あ、ということはしーちゃん」
「何?」
「パートナーは誰なの?」
「あ……秘密や、秘密」
「えー! 教えてよー」
「あかん。当日のお楽しみや」
「ちぇー」

 パートナーのことはまったく考えていなかった。そうか、参加するにはパートナーが一人必要なんだった。とにかく参加して、知り合いを危険から守ることしか考えていなかった。そんな危険の中にわざわざ誰を誘えばいいのだろうか。パーティの開催は明日だというのに。



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スラッシュ\パーティ - /15 -


ハコニワノベル

 より鮮明な黒煙が見えて目が覚めた。昨日いろいろ考えてはみたけど、パートナーはどんなに探しても見つからないのが見えたところで諦めた。パートナーなしでもどうにか参加してしまえばなんとかなるはずだ。
 そのまま部屋を出てお風呂に入る。昨日、三杉さんに頼んでおいたのでお湯がきちんと沸かされていた。さっと汗を流して湯船に浸かる。顔を強めに叩いて気合を入れる。今日開催されるスラッシュ\パーティという胡散臭いパーティで大量の人が死ぬ。死因は若松先生のように身体を燃やしてだ。理由も原因も分からない。だけど、せめて知り合いは守りたいと強く思った。他人と関わらないようにしていた自分が、まさかこんな気持ちになるなんて思ってもみなかった。例え自分が人外の存在だと知られても構わない。手を伸ばして守れるだけ守ってみせる。きつくそう誓った。
 お風呂から出てシフォンブラウスに袖を通し、フリフリなペチコパンツを合わせた。パッと見はパーティでも問題はないと思う。靴はミュールかヒールのあるものがいいとは思うけれど、動きやすさを考慮してグラディエーターを履くことにしている。髪の毛をツインテールにしてから編み込んでお団子にした。これも動きやすさを考えてのヘアセットだ。
 部屋に戻って弓の確認をする。自分で所有している弓の中で一番小さい弓と矢をペチコパンツに仕込む。矢が三本しか仕込めなかったので、パーティバッグに何本か入れておいた。

「戦闘準備万端か?」
「おばあちゃん、おはよう」
「おはようさん。なかなかおしゃれなことしてるやないか」
「まぁね。これを使わないで済むならそれでいいんだけど」
「そうはいかんのやろ?」
「多分ね」
「ほぅ、多分なんか。ということは全部は見えてへんのか」
「うん。生きては帰ってくると思うよ」
「それなら安心やな」
「何人助けられるか分からへんけど……」
「あんまり他人を気にし過ぎとると足元すくわれるで?」
「ん、気を付ける。おばあちゃん……」
「自分で決めたんやろ? しっかり行って来ぃや」
「うん」

 強く抱きしめられてから「静香なら大丈夫や」と太鼓判をもらった。
 準備を終えるのとほぼ同時に携帯電話に連絡が入り、しばらくすると家の前に黒塗りの車が到着した。祖母に「行ってきます」と伝えてから家を出ると、黒塗りの車の前に温厚そうなドライバーが降りて私を待っているのが見えた。そのドライバーに近付くと軽く頭を下げてから乗車を促してくれた。とりあえず事故ったり、パーティと関係ない場所に連れて行かれるのは見えなかったので大人しく乗車した。ドライバーは何もしゃべらないまま車を出す。
 自宅が遠ざかっていくのを横目で見ながら、これから起こることをできるだけ見ようと集中した。

「失礼ですが……」

 突如話しかけられて面食らった。

「なんでしょうか」
「お連れ様とはどちらでお待ち合わせでございましょうか」
「あ、えっと、現地集合ってことにしてるんです」
「左様でございましたか。かしこまりました」

 何事もなかったかのようにドライバーは無口に戻った。タクシーでもないのに、助手席前にドライバーの名札が設置されているのが見える。帝園グループ本部第二実働部隊、山川真司(やまかわ しんじ)という人らしい。

(帝園グループ本部て、あの巨大なグループの一番偉いとこちゃうん? なんでそんなとこの人がドライバーなんかしとんやろ? しかも実働部隊て、物騒な名前やな)

 目の前にいきなり4320という数字が映った。一瞬だったのでよく分からないが、デジタル表記だったように見えた。なにを指し示しているのだろう。どうも上手く未来を見ることができないでいる。軽く頭を振るようにして気を取り直し、これから起こることを見るために再度集中していく。これから数分後だろうか、会場である陽碧の館の入り口で持ち物検査されるのが見える。ドライバーに気付かれないようにしながら、パーティバッグから矢を取り出して足元に置いた。そのあとパートナーはどこにいるのかをしつこく問われるのが見える。こればっかりはどうにもなりそうにない。「……さま」とにかく強行突破するなりして会場に入るしかない。最悪の場合は、受付の人間に気絶してもらうなりしてもらうことにしよう。「……くさま?」話しかけられると気が散るので黙っていて欲しいところだ。話しかけられる?

「お客様?」
「え! あ、はい?」
「到着いたしました」
「あ、どうもありがとう」

 外からドアを開けられて車から降りた。目の前に石造りの巨大な塀が見える。周りには同じような車が数台止まっていた。視線を塀から横に移すと、しばらく行ったところに巨大な門が見える。「あちらへどうぞ」というドライバーに従って門の方へ近付く。

「ようこそ、いらっしゃいませ。招待状の確認をさせて頂いてよろしいでしょうか」
「はい」

 招待状を見せた相手は黒いパンツスーツを着た女性だ。首に下げているカードには紙咲音々(かみさき ねね)と書かれている。

「失礼かと思いますが、お荷物の検査をさせて頂いておりますのでご協力下さい」
「構いませんよ。はい、どうぞ」

 パーティバッグを差し出すと機械的に中身を確認されていく。手馴れた様子なので、こういうことは当たり前に行っているのかもしれない。

「はい、問題ございません。あら? お客様、失礼ですがお連れ様はどちらで?」
(来たか……。まぁ、最悪はこの人に気絶してもらうしかないな)
「あ、あれ? さっきまでいたのにな」
「パートナーさまがいらっしゃいませんと、中にお通しすることができないのですが……」
「いや、ほんとにさっきまでいたんですけどね。もう、どこ行ったのかなー」

 右手に力を込める。軽く首筋に手刀を打ち込んで、ほんの数秒間意識を失ってもらうだけ。「おかしいなぁ」と言いながら右手を振り上げた瞬間だった。目の前に見知らぬ背中が見えている。これは未来ではなく現在だ。その背中は「お連れ様ですか?」の問に大きくうなずいて持ち物検査を受けている。あっけに取られている間に、その背中は門の中へと消えて行ってしまった。



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スラッシュ\パーティ - /16 -


ハコニワノベル

 我に返ってからすぐにさっきの背中を追いかけてみたものの、どこにも見当たらなかった。
 探すのを諦めて周りを確認しながら歩く。陽碧の館の中には入ったことが無かったけど、管理の行き届いているのがよく分かる庭が広がっている。庭の中央にはどこかの芸術家きどりな人間が作ったと思われる銅像が建てられている。きっと天秤を表しているのだろうけど、どうみても鍋にしか見えない。しかもそれが錆で血まみれになっているようだ。建てられた当初がどうであったにせよ、あまり趣味はよくない。
 手入れの行き届いた花壇を抜けると、植物で出来たアーチがあった。そのアーチを抜けると館の入り口が見えた。入口前にある噴水横で、何度も見た記憶がある服を着た二人組を発見した。

「あ、しーちゃん! やっほー!」
「やっほーちゃうやろ」
「しーちゃん随分ラフな格好だね」
「準礼装でええって書いてあったやろ? うちは中学生らしい格好の方がええわ」
「でもさー、たまにはこういうの着てみたいじゃん!」

 そう言うとバンチョが立ち上がってくるりと回って見せた。グレーのワンピースドレスに大きめのコサージュを胸元に付けている。「なんや、ココに付けなかったんや」と額をつんつんすると「つけませんよーだ!」と舌を出して拒否された。それにしても、小早川さんの変わりようがすさまじい。おしとやかに立ち上がるとシースルーの薄い青がまぶしいカクテルドレスに、大きめの桜色のリボンが目を引いた。胸元がかなり大きく開いていて、大人な雰囲気はばっちりなのだけど、どうしても背伸びし過ぎた感は否めない。

「どう?」
「いや、どう? って言われてもなぁ」
「可愛い?」
「……まぁ、そやね」
「ねぇ、可愛い?」
「いや、まぁ……」
「しーちゃん? 可愛い?」
「もうどないやねん! 可愛いって言われたいだけやんか」
「うふふ。だって言われてみたいんだもーん」
「ちょっと気合入りすぎちゃう? もっといつも通りのほうが、小早川さんは可愛いと思うで」
「しーちゃん、お世辞が上手ね」
「うわ、なんなん。バンチョ! 小早川さんどないしたん?」
「なんかさー、服買いに行ってから千紗のスイッチ入っちゃったみたいなんだよね」
「そういう願望があったんか……、人は見かけによらんとは言うけど」
「あ、そうだ。しーちゃんのパートナーはどこにいるの?」
「さっきまでおったで?」
「どんな人? もしかして男の人だったりして!」
「あー、もしそうならさ千紗、今日はお邪魔しちゃ駄目だぞー」
「一番邪魔しそうなのバンチョでしょ」
「あれ? バレた?」

 二人からやいやい言われながら「ほな、またあとで」と別れた。館の入り口から建物内に入ると、広々としたエントランスが広がっている。正面にカーブしている階段が左右に広がり、天井には巨大なシャンデリアが吊るされている。
 周りを見回しながらパーティの参加者と思われる人たちを確認していく。さっきの背中はここにはいないようだ。それにしても参加者がそれぞれに着飾って歩いているのを見るたびに、その多くの人が黒煙を巻き上げるのかと思うと滑稽に思えて仕方がない。黒煙の発生はこのエントランスではなく、もっと巨大な広間だった。スタッフだと思われる黒いスーツを着た人たちの説明によれば、パーティはさっきの階段を上った先にある大広間で行われるらしい。黒煙が立ち上るのはきっとそこだろう。
 ひとまず、ここに入る前に現れたあの背中を探すことにして、エントランスから廊下の方へ移動した。等間隔に窓が並び、それぞれの窓に濃い緑色のカーテンが取り付けられているのが見える。廊下を進みながら窓の方を確認すると、さっき歩いていた中庭が見える。中庭を横目に見ながら進んでいくと、趣味の悪い銅像が視界に入った瞬間に門が見えた。更にその門の外で黒煙巻き上げて燃えている人が二人。最初の黒煙はどうやら門の外で発生するみたいだ。
 視線を前に戻して廊下を曲がりさらに進んで行く。曲がってから人気がまったく無くなってしまった。そればかりか先に進めば進むほど暗くなっていく。

「申し訳ない、立ち入り禁止だ」

 突然聞こえた声の方を確認すると、ストライプのスーツに真っ赤なハンカチを胸ポケットに入れ、メガネをかけた男がいた。なぜかカーテンをマントのように羽織るようにしている。

「それはどうもすいません」
「すまない、決まりだ」
「ちょっと人を探してたもので。こちらには来ていないようなので戻ります。ご迷惑を……」

 軽く頭を下げようとすると、目の前から男がいなくなっていた。その直後に真後ろから声が聞こえる。

「悪い、時間だ」

 身体を反転させながら飛び退いた。ペチコパンツに仕込んだ弓矢を触って確認する。危険な予感がした。こいつは”私に見えない”移動を繰り返している。自分に振りかかる火の粉に関しては、今まで見たくなくても必ず見えていた。自分が怪我をするとか、何かしらの被害を受ける場合は、どんなに遅くてもそれが起こる前までにその未来が見えていた。だからこそ対処もできた。それなのに今、目の前にいる相手は、未来を見ることなく行動されている。こんなことはあり得ないはずなのに。

「お前か? さっきうちと一緒に入ったんわ」
「ごめん、人違いだ」
「さっきからなんやねんお前、ふた言でしかしゃべられへんのか」
「そうでも、ない」
「また、ふた言やないか」
「たまたま、だろう」

 そう言った途端、また視界から男の姿が消えた。廊下の先の暗闇から「それ以上は、入らないことだ」という声だけが聞こえた。徐々に男が離れて行くのが分かったものの、このまま先へ進んでいいことは何一つ起こりそうにない。それどころか、廊下の先で起こる未来を見ようとしてみると、身体が震え出してしまう。見ない方がいいということなのかも知れない。深追いをして知り合いを守れなくなるようなヘマはできないので、エントランスの方へ戻ることにした。



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スラッシュ\パーティ - /17 -


ハコニワノベル

 さっきの男は何者なんだろうか。立ち入り禁止と言われた場所へ進んで行ったところをみると、このパーティの関係者かもしれない。そうじゃなくても近寄ってプラスになることはないだろう。”私に見えない”状態で移動できる人間なんているはずがないのに、さっきの男は何度も移動して見せた。立ち入り禁止エリアを見回りをする役割を担っているのかもしれない。

「あら、七ノ宮さん。こんなところで出会うなんて奇遇ですわね」

 廊下を曲がったところで耳障りで高飛車な声が聞こえた。視線を声のした方へ移すよりも早くにため息が出た。視線を移すと、もっと大きなため息が出た。それは視線の先に紫色のゴージャスなドレスなのに、なぜかミニスカートになっているドレスを着て、髪の毛をどれだけ盛ったらそうなれるのか想像できないぐらい、重力を無視した髪型をした紫ノ宮泉がいたからだ。

「なんであんたがおんねん」
「この泉こそ、パーティにふさわしいのですよ。あなたのお家にも招待状が?」
「まぁ、せやけどな」
「同じですわね」
「あんたのパートナーは? 御影か? それとも金原?」
「違いますわ」
「そうか。ほんならあの二人今日はいないねんな」
「それも違いますわ」
「は?」
「龍彦は、麻衣子と一緒に参加しておりますの」
「そうなんか……。面倒になったなぁ」
「何かおっしゃいまして?」
「いや別に……」
「ちなみにこの泉のパートナーは、あちらの方ですの」

 そう言って紫ノ宮泉が指さした先には、他の参加者とにこやかに話をしている短髪で奇抜な色合いだけどオシャレなスーツを着こなした男がいた。年齢は三十代中ごろぐらいだろうか。なかなかの男前だ。その男は紫ノ宮泉の手招きする仕草に気が付くと、爽やかな笑顔を見せながら近寄ってきた。

(これは裏表のある顔やな)
「泉ちゃん、どうしたの? こちらは?」
「一さん、ご紹介致しますわ。こちら、この泉のクラスメイトでかつ命の恩人でもある、七ノ宮静香さんです」
「どうも、はじめまして。君が泉ちゃんの命の恩人さんでしたか。私は塗紙一(ぬりがみ はじめ)と申します」
「一さんは、このパーティの主催でいらっしゃいますの」
「ちょっと待って泉ちゃん。確かにそうなんだけどね、そういう言い方をしちゃうと誤解を植えつけてしまうよ。ほら、私一人で主催しているわけじゃないんだし」
「それでも主催の一人であることに変わりありませんわ」
「主催ってことは十枚?」
「あぁ、えぇっと……、静香ちゃんだっけ? 私は確かに十枚の一員だけどね、あまり主催というかもてなす側は不得手なんですよ。どちらかと言えば参加して楽しみたい方でしてね。だから、あまりかしこまらなくていいですよ」
「はぁ、別にかしこまることはまったくないですけど」
「そう。それは良かった。だったら話は早い。今日はお互い大いに楽しみましょう」
「あの」
「なんだい?」
「ちょっと気になってるんですけど、十枚ってなんなんですか?」

 そう言った瞬間、一瞬だけこの塗紙とか言う男の表情が曇ったように見えた。

「んー本来ならね、それは気にしない方がいいんだけど。でも、泉ちゃんの命の恩人さんなわけだし、特別に教えちゃおうかな。十枚というのはね、十個のグループからなる巨大な組織のことだよ」
「それはなんとなく分かります。でもさっきの話で、主催の一人と言われてましたよね? 一人ということは……」
「七ノ宮さん、あなた十枚も知らずに今回のパーティに参加なさったんですの?」
「まぁまぁ、泉ちゃん。普通に生活していれば、十枚のことなんて知る機会なんてないんだから。それと、静香ちゃんはどうやらとても鋭いみたいだし、はぐらかしても仕方がなさそうだ。その疑問にお答えしましょう。お察しの通り今日のパーティの主催は十枚で、十枚とは巨大な組織を指し示すのに、主催の”一人”という言い方は変ですね」
「はい」
「実は十枚という名称は二つのものを指し示しているんですよ。一つはさっきお話した十個のグループからなる巨大な組織の総称。もう一つは、その十個のグループそれぞれのトップを集めた十人のことを十枚と呼ぶんです。十枚っていうのはやっかいな組織でしてね、各グループ内ではグループのトップ争いをやり、各グループ同士では序列を争っているんですから」
「序列ですか……競争が激しい組織ですね。それと今回のパーティの主催は、十人の方の十枚ということなんですね」
「そうです、そうです。ご名答。私はその十人の十枚の一人、序列でいうと五枚目の塗紙一族に所属してまして、その塗紙一族のトップというわけです」
「主に何をしてるんですか? お仕事と言っていいのか分かりませんけど」
「主にコーディネイトや、デザイン等幅広く行ってますよ。最近では清涼飲料水のCMなんかのプロデュースなんかも手掛けましたね」
「ほら、あのミウ★マヤの新曲が流れる清涼飲料水のCMですわ」
「ミウ★マヤ?」

 六月の雨はちょっとセンチだけど
 こっそりお揃いにしたんだよ
 君と一緒の青い傘

 急に携帯が鳴り出して塗紙一が大笑いした。

「いやぁ、静香ちゃんお上手ですね」
「なにがですか?」
「知らない振りしておいて、ミウ★マヤの新曲をこのタイミングで鳴らすとは、高度なテクニックです」
「いや、たまたまです」
「なかなかやりますわね、七ノ宮さん」
「だから違うって……」
「あぁ、そうだ。今日のパーティにはミウ★マヤのお二人も参加されますよ」
「本当ですか? 一さん」
「えぇ。私がお誘いしたので間違いないです」
「あとでご紹介して頂けます?」
「かまいませんよ、泉ちゃん。なんなら静香ちゃんも一緒にどうですか?」
「いや、私は別にいいです」
「そうですか」
「それよりも」
「ん? それよりも?」
「十枚って塗紙さん以外には何一族があるんですか?」
「静香ちゃんは好奇心旺盛ですねぇ。あまり首を突っ込まない方が身のためだと思います。思いますが、せっかくなので我らが十枚をお教え差し上げましょう。私ね、美しい女性には甘いんです」
「はぁ」
「序列一枚目から言うと、檻紙(おりがみ)一族、霧紙(きりがみ)一族、尻紙(しりがみ)一族、塵紙(ちりがみ)一族、塗紙(ぬりがみ)一族、貼紙(はりがみ)一族、守紙(もりがみ)一族、槍紙(やりがみ)一族、璃紙(るりがみ)一族、割紙(わりがみ)一族という十個のグループから成り立ってますよ。細かい話は今日のパーティでそれぞれのトップとお話になればいいと思いますが、私みたいにベラベラとはしゃべってもらえないでしょうね、あっはっは」

 本当にベラベラとしゃべり終わってから、塗紙一と紫ノ宮泉は立ち去って行った。



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スラッシュ\パーティ - /18 -


ハコニワノベル

 携帯電話を確認すると、バンチョから「どこにいるのー? 私たちはもう大広間入ったよー」というメールを受信していた。「こっちも、もうすぐ入る」とだけ返信して、マナーモードに一応設定しておいてから携帯をしまった。そのままエントランスの方へ戻ると、さっきよりも多くの人がいて、誰もが一様に階段を上って大広間の方へと吸い込まれて行くのが見える。その流れを縫うようにしてエントランスを通り抜け、さっきとは反対側の廊下を進む。
 この館の作りは左右対称になっているようで、さっきとまったく同じ作りの廊下が伸びている。等間隔に窓が並び、それぞれの窓に濃い緑色のカーテンが取り付けられている。数えてはいないけど、窓の数も同じなんだろう。そのまま廊下を突き当たりまで進むと、さっきとは反対側に折れ曲がっていて、そこをまた同じように曲がって進んで行く。すると、廊下の先に進めば進むほど暗くなっていく。それもさっきと同じだ。

「さっきはこの辺りやったかな」
「申し訳ない、立ち入り禁止だ」
「やっぱりか」
「悪いが、そうだ」
「てかどこにおんねん。まさか、また……」

 聞き覚えのあるセリフが聞こえた。恐る恐るさっきとは反対側になる左側のカーテンを確認すると、カーテンをマントのように羽織り、ストライプスーツの胸ポケットに真っ赤なハンカチを入れた、メガネの男がいる。これもさっきと同じだ。双子とかでなければ同一人物だろう。今から全力疾走で反対側の廊下に行ったらどうなるだろうか。と考えたけれど、無駄な体力を使う気も起きなかったので実行するのはやめておいた。

「こっちもあかんねや」
「すまない、決まりだ」
「さいですか、それはどうもすいません」
「分かったら、戻れ」
「あのさ、あんたはなにもんなん? もしかして、あんたも十枚の一人なんか?」
「それは、言わない」
「いや、そういう言い方するってことは半分肯定してるのと同じやで」
「それは、どうかな」
「いや、もう隠せへんやろ」
「なにも、隠してない」
「ということは、あんた十枚やな?」

 メガネの奥にある男の目が、少しだけ見開いた。かと思えば男はまた目の前から消え去ってしまい、目の前に続く暗闇の奥から男の声だけが聞こえてくる。相変わらず移動が”見えない”。

「それ以上は、入らないことだ」
「入ったらどうなるん? なにか罰則でも受けるんか? それともどこかに連れ去られるとか?」
「入ってみれば、分かる」
「そらそうやろ」
「とにかく、戻れ」
「なんでそこまで拒絶するん? 立ち入り禁止なんやったら、看板なり貼紙なりしておけばええのに」
「それも、そうだ」
「てか、ここから先は関係者以外立ち入り禁止ってことなん? 反対側の廊下の先も?」
「そういう、ことだ」
「なにが、そういう、ことだ。やねん」
「そういう、ことだ」

 あまり会話にならないので黙っていると、徐々に男が離れて行くのが分かった。それでも、そこから先に進む気は起こらなかった。さっきと同じように暗闇の奥で起こる未来を見ようとすれば、なぜか身体が震えだしてしまうからだ。まるで身体がそれを拒絶しているように思える。それと塗紙一から聞いた話から考えてみれば、十枚というのが道楽でパーティを主催してくれるような、お人好し集団でないのは明らかだ。今の男の話しぶりは少なくとも十枚と何かしらの関係があるというのが分かる。そうなってくると今ここで下手に手を出すのは危険だ。
 大きく息を吐き出してから回れ右をして、廊下をエントランス側へと戻って行く。歩きながら十枚というグループ、十人の十枚のことを考えていた。塗紙一はコーディネイトや、デザイン等を手がけていると言っていた。他の一族は何を手がけているのだろう。例えば一族の中に焼却とか、燃やすようなことを主にやっている一族がいれば、今日これから発生するであろう黒煙の犯人の目星になりえるのだけれど。それと一族内にはどれぐらいの人がいて、トップに立つというのはどういう意味を持つのかが知りたい。十数人ぐらいの中でトップを争っているレベルなのか、それとも数百人、数千人いる中で争っているのか。各一族ごとの確執などもあるのなら、今日のパーティで起こることの理由が見えてくるかもしれない。それが分かるだけでも、こちらの動き方が大きく変わる。いったいどんな理由なのだろうか。

 そもそも、誰が、なんのために、人の命を奪うのか。

 曲がり角が近付いたところでふと足を止めた。足を止めるだけでは足りなさそうなので数歩ほど後ろに下がった。なぜなら、真っ黒な何かが私にぶつかるのが見えたからだ。自分が怪我をするとか、何かしらの被害を受ける場合は、どんなに遅くてもそれが起こる前にその未来が見える。それを見越して対処すれば、無用なトラブルに巻き込まれることはない。そうやって今まで直接的なトラブルを被らないように生きてきている。いや、この時点までは生きてきていた――か。今まさにそれが過去のことに変わった。

 ――ドン。

 気が付いたら私は尻もちをついていて、なぜ尻もちをついたのかが分からず「何かにぶつかられた? いつ?」と状況の把握が出来ないままうろたえていた。キョロキョロと見回した中で人の気配があることに気付き、その気配の方へ視線を上げる。するとその先に誰かが立っているのが見える。窓から差し込む逆光のせいでシルエットしか見えないけれど、どうやら男のようだ。そのシルエットの男が私に近付いてくる。警戒を込めてじりじりと後退りしたものの、ほとんどその効果はなく簡単に追いつかれた。そしてそのシルエットの男が、なぜか私を押し倒した。

「な、なにすん……」

 そのまましゃべれなくなった。柔らかい。最初にそう思ってから、何が起こっているのかを理解するのにかなりの時間がかかった。いや、実際はどれぐらいの時間だったのかも分からない。ものすごく長い時間そうしていたような気もするし、ものすごく短い時間だったようにも思う。
 私はこのシルエットの男に唇を奪われていた。



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スラッシュ\パーティ - /19 -


ハコニワノベル

 真っ黒から真っ白に見えているものが変わっていく。なんだろうこれは、何が起こってるのだろう。あまり思考がまとまらない。力が抜けて身体も動かせない。ただ、真っ黒だった見えていたものが切り開かれて真っ白になる。その真っ白の更に先で黒煙が立ち上っているのが見えた。更にその先を見ようとしてみると、まるで霧が晴れるように真っ白の先、黒煙のその先から何かが見えた。どうやらそれはカップのようだ。
 ――そこで意識が戻った。

「なにすんねん! お前!」

 両手と右足で相手を跳ね上げて距離を取り、ペチコパンツに仕込んだ弓矢を取り外して構えた。構えたものの、弓を引いた右手が震えている。今私は、弓を初めてから十年で初めての経験をしている。ほんの数メートル先にいる目標物に的中させるイメージがまったく湧かない。どんなときでも的中するイメージしか湧いたことがないというのに。射ったとしてもかすりもしないような気持ちになっている。弓は引いたままで、相手との距離を少しずつ開いた。

「なにしてくれてんねん」
「ん?」
「ん? ちゃうわ! お前、今なにしてん!」
「えーと? うーん、分からないね」
「分からないわけないやろ! あんなことしといて」
「あんなこと?」
「は、初めてやったのに! ってなに言わしとんねん! このどアホ!」
「いやぁ、それがさ……、本当に分からないんだよね」
「そんなみえみえの知らんふりすんな!」
「いや、だからさぁ、本当に分からないんだって」
「ほぉ? そんなにうちに殺されたいんやな?」
「殺される? 誰が?」
「お前や、お前!」
「殺してくれるの?」
「はぁ?」
「本当に殺してくれるの?」
「お前、頭おかしいんか?」
「大丈夫。頭はおかしくないよ。多分ね。でさ、どうせ殺してくれるなら、最後に教えてよ」
「何をや! ?」
「さっき僕は君に何かをしたの?」
「あのなぁ……、ふざけんのもたいがいにせぇや!」

 引いた弓から手を離す。シルエットの男に向かって矢が放たれた――はずなのに、一向に矢が飛んでいかない。「弓矢だ! かっこいい!」という声が聞こえ、弓から放たれた直後の矢を掴んでいる男の影だけが見える。さっき廊下を通せんぼしてきた変な男のように、こいつの動きも私には”見えていない”。まさか、こいつも十枚だろうか?

「でさ、僕は君に何かをしたの?」

 目の前、いや、目と鼻の先に男の顔が近付いていた。驚いて上半身を仰け反らせるようにすると、バランスを崩して後ろに倒れてしまった。相手が敵意をもって攻撃を仕掛けていないとはいえ無様過ぎる。咄嗟に反省しつつ受け身のことを考えた途端、私は背中から床に落ちることもなく、身体は斜めになったままで静止した。直後、浮遊感を感じたと思ったら、自分が抱き上げられていることにやっと気が付いた。これは俗にいうお姫様抱っこ状態だ。

「ちょ、な、なにすんねん、ボケ!」
「ん?」
「だから、ん? ちゃうわ!」
「えーと? うーん。なんでこうなってるんだろうね?」
「お前が聞くなや! うちが聞いとんねん! お前、なにしてくれてんの! ?」
「いやぁ、それがまったく分からないんだよね。だから教えてくれる?」
「なんで分からへっ……、ん! ?」

 また、しゃべれなくなった。柔らかい。二回目だ。いや、二回目だ、じゃない。なにを冷静に考えているんだ。そんなことを考えている場合じゃない。引き離さなければ、なんでこんなどこの誰とも知らない奴とこんなことをしなきゃならないんだ。腕で引き離そうとしても、うまく腕が動かない。蹴り倒そうにも、身体をひねろうとしても、拒否するために暴れようにも身体に力が入らない。そのまま一瞬だったのか、一時間だったのかも分からない時間が過ぎ、ようやく唇が解放された。

「……あれ? 僕、君に何かした?」
「ドあほか……、よぉこの状況で知らばっくれられるわ」
「うーん、分からない。なんでこんなことになってるんだろうね?」
「うちに聞くなや」
「ま、いいや」
「いや、よくないやろ」
「分からないことを考えても仕方ないよね」
「なんの開き直りや。なんやこれ、なんかこっちが悪い気がしてきたわ」
「君が悪いの?」
「んなわけあるかっ!」

 目の前のシルエットの男がヘラヘラと笑っているのが分かる。知らばっくれているわけでも、とぼけているわけでもなさそうだ。なんなんだろうこいつは。そしてなんなんだろうこの状況は。見えていたアクシデントを避けたはずなのに、避けられずにぶつかられるわ、押し倒されるわ、初めてを奪われるわ、初めて弓を外すわ、抱き上げられるわ、二回目も奪われるわ、もうなんやねんこれ。思い返しているうちに、怒りがぶり返してくる。

「いつまでこうしてんねん!」
「ん?」
「ん? ちゃう言うてるやろ!」
「ん?」
「二回言わすなや!」
「あー、なんでこうなってんだろうね?」
「だから、うちに聞くなや」
「うーん。なんで君は僕の腕に乗ってるの?」
「ちゃうわ! 逆や逆!」
「え? 僕が君の腕に乗ってるの?」
「あー、もうええわ。降ろせ! とにかく降ろせ!」

 そう言い終わるのと同時に気付いたのは、私は既に降ろされていたということだった。急激な変化に身体がついていかず、その場にぺたりと座り込んでしまった。仮にゆっくり降ろされていたとしても、今は身体に力が入らないので結局は立っていられなかっただろうけど。
 シルエットの男の姿が見えなくなったので、探そうとしてからすぐに辞めた。背中に温もりを感じたからだ。シルエットの男が、いや、今は位置関係が逆になったので見ようと思えばシルエットでない姿が見えるだろうけれど、振り返る勇気はない。なぜなら、その男が”いつの間にか”背中合わせに座っていたから。触れ合っていて温かいはずの背中に冷や汗を感じる。

「あ、そうだ。ねぇねぇ、教えてよ」
「……なにをやねん」
「あのさ、うーんとね」
「なんやねん。はっきり言いや」
「うん。あのね?」
「なんや?」
「君は、誰?」
「はぁ? そんなんこっちが聞きたいわ! お前こそ誰やねん! ?」
「あ、僕? 僕の名前は爽太(そうた)だよ」



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