POSITISM

適度に適当に。

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スラッシュ/ゲーム - /40 -


ハコニワノベル

「だから、喰われたんだよ! そのバケモノが、じきにこっちにも来る。だから逃げるぞ、早くしろ!」
「いやいやいや、ちょっと状況が掴めないんですけど?」
「説明してる時間はない! 森本部長たちはどこに行ったんだ?」
「フランス庭園を拠点にするそうです。僕とミッチー先輩はそれを伝えるためにですね、ここでじゅじゅさんたちを……」
「よし。フランス庭園には行かない」
「なぜですか?」
「あんなバケモノを相手にするのに、参加者が固まってたら一気にやられる可能性があるからだよ」
「その、バケモノ? でしたっけ? さっきから何度か聞いてますけど、なんなんですか?」
「だから、今は説明してる時間がないんだよ。とにかく、見晴らしがよすぎるここじゃまずい。……よし、ギリシャ庭園に身を隠すぞ」

 襟首を掴まれて強制的に走らされ、ギリシャ庭園へ続く門を通り抜けた。
 貝の中から現れた女神の噴水の裏側に回り込んで、身を低くして隠れる。「だから、じゅじゅさん」と話しかけたら「大きな声を出すな」とやたらドスの利いた声で言われてしまい、質問を続けられなかった。

「まだ現れそうにないな。今のうちにお前らの武器を見せてくれ。……棒状の武器が三つ、いや、小谷のは槍か。……これならあるいは、なんとかなるかもしれないな」
「こ、近重さん……、わ、私無理です! あんなのと戦えません」
「智子さん大丈夫ですか? さっきから顔色悪いですよ」
「さっきも言っただろ、福田と秋山はバケモノに喰われたんだよ……、私たちの目の前で」
「あ、秋山先輩が……、私を庇って……」
「チコちゃん、それってもしかして菜子と、朋美ちゃんはもう……」
「……」
「じゅじゅさん、何も情報がないと心構えってやつができないので、手短に質問に答えて下さいよ。バケモノにそのショットガンは効かなかったんですか?」
「……効かなかった。福田の持ってた爆弾もだ」
「銃火器、爆発物が効かないのか……。で、いったいどんな姿なんですか? そのバケモノ」
「頭だけが異常にデカイ、ライオンみたいなやつだ。頭だけデカイくてバランス悪いくせに、突進してくるスピードが早い」
「それ生き物なんですかね? にわかには信じられませんよ」
「口から大量のヨダレを出してたし、一見すれば生き物っぽいな。それなのに、そのバケモノめちゃくちゃ固いんだよ。ショットガンが効かなかったから蹴りつけてやったら、まるで固い石でも蹴ってるのかと思ったぐらいだ」
「じゅじゅさんに蹴られてなんともないなんて、まさにバケモノじゃないですか。そんな奴に、今追い詰められていると……、これは最悪の状況ですね」
「最悪だな」
「あとこれは、聞き辛いんですけど……、朋美さんと秋山さんはどうしてそいつに?」
「日本庭園に辿り着いたら、福田の姿を確認した。そこまではお前と電話してたんだよ。けどな、日本庭園の滝の上にそのバケモノが既にいたんだよ。そいつがこっちに気が付いて振り返ったらな、……原口が喰われてる最中だったんだ」
「そのバケモノ、遺体を喰ってたんですか……」
「口のまわりを血だらけにして貪っててな、想定外の緊急事態だったから福田を連れて逃げようとしたんだよ。そしたら福田が持ってた爆弾をそいつに投げつけたんだ」
「……それが一回目の爆発」
「そこからが最悪で、バケモノが物凄いスピードで突進して……、福田に噛み付きやがった。助けようと思ってこいつを一発ぶっ放してみたけど、傷ひとつ付けられなかったんだよ……くそっ! なんでよりによってハンターがヨリシロなんだよ! ?」
「ヨリシロ? なんですかそれ」
「……なんでも無い、気にするな」
「まぁ、いいですけど。で、その後はどうしたんですか?」
「ショットガンが効かないから何度か蹴りつけてたらな、福田が噛み付かれたままで”逃げて下さい!”とか言い出して、そのまま爆弾を爆発させたんだよ」
「二回目の爆発か……」
「爆発を受けても目立った外傷がなくて……、福田はそのまま喰われちまった。助けてやれなかったよ……。けど、至近距離の爆発だったからバケモノも目をやられたらしくて、こっちの動きが分からなくなった。その隙に逃げようとしたんだ」
「相手がこちらの正確な位置が分からないなら、容易く逃げられそうな気がしますけどね……」
「私が! ……わ、私が……全部私が悪いの!」

 突然、智子さんが叫ぶように声を出した。

「私、足がすくんで逃げられなくなって……、バ、バケモノがっ、わた、私に噛み付こうとして……、でも気がついたら私、地面に倒れてて。それ、それでっ……、バケモノの方を見たら、見たらっ……、あぁっ! !」
「中居、無理に話さなくていいよ」
「そうだよ、チコちゃん。もういいから、大丈夫だから」
「……美知恵先輩」

 そこで智子さんは泣き崩れた。ミッチー先輩が抱きしめながら頭を撫でて「チコちゃんは悪くないよ、怖かったよね。もう大丈夫、大丈夫」と落ち着かせている。

「あとは大体話さなくても分かるだろ?」
「えぇ、なんとなく分かります。……それで、ここに隠れてどうするんですか? そのバケモノがここに入ってきたら戦うしかないですよ? ここの庭園は門を通らないと出入ができないですし」
「通り過ぎてくれたら一番いい。あんなのとまともに戦っても勝機なんてないしな。だからなるべく静かに身を隠すんだ。……もしも、バケモノがここに入ってきたら、絶対にここで仕留めてやるつもりだけどな」
「銃火器や爆弾の効かない相手なんですよね? 勝機あります?」
「口の中だ」
「口の中?」
「外側は石みたいに固かったけど、口の内側は動物と同じように柔らかそうだった。だから、なんとかして口の中に攻撃出来れば仕留められると思う」
「口を開けさせる妙案、あるんですか?」
「ない。あるとすれば……、誰かが囮になるってやつだな」

 そこで全員口を閉じた。
 誰かが囮になって、バケモノの口を開いた状態にさせ、その開いている口の中に致命傷を与えられるほどの攻撃を仕掛ける。そう考えると、それができそうな武器はミッチー先輩の槍しかない。しかし、槍をバケモノの口の中に突き刺そうと思えば、囮役が槍を突き刺すまでの間、バケモノの口を開かせ続けないといけない。バケモノがこちらの思惑通りに動いてはくれないだろうし、これはかなりリスクが高い戦いを挑まないといけないらしい。そんなリスクを背負うぐらいなら、バケモノが通り過ぎてくれた方がいいだろう。

「フフフ。おやおや、こんなところに隠れてたんだね」

 顔を上げると、門から山田社長が入ってきていた。最悪のタイミングだ。しかもAK-47をこちらに向けて構えている。じゅじゅさんが電話で言っていたように、水に浸けるだけでは使用不可能にはならなかったらしい。それも合わせて最悪だ。ここで発砲されれば、こちらも無事では済まないだろうし、下手をすれば例のバケモノがやって来るかもしれない。

「社長じゃないですか、ご無事で何よりです」

 じゅじゅさんが噴水の物陰から門の方へと出て行く。僕たちに後ろ手で出てくるなと合図を送りつつ、社長の方へと歩み寄っていく。

「そんな物騒なものをこっちに向けないで下さいよ。怖いじゃないですか」
「ふん、近重か。お前がもっと良いアイディアを出して業績を上げてたなら、こんなことにならなかったんだ! お前も同罪だ!」
「それは厳しいですよ、社長。私の努力が足りなかったのは認めますから、ね? その銃を下げてもらえますか?」
「私はね、冗談で銃を構えているわけじゃないのだよ。……君は、私がこの銃を撃たないとでも思っているのかね?。これは脅しではない!」

 山田社長がAK-47を空に向かって発砲した。ドーンという重たい銃声が鳴り響いた。空模様と相まって、鳴り初めの雷鳴のようにも聞こえる。

「脅しではないということが、分かってくれたかね?」
「……ぅ」

 じゅじゅさんが後退りをしている。「フフフ、怖いかね? 命乞いでもしてみるかね?」と山田社長が徐々に詰め寄って来ている。ズルズルとじゅじゅさんは後退していく。じゅじゅさんは怯えた目で山田社長の方を見ている。詰め寄られた分だけ、後ろに下がる。しばらくそれが繰り返されると、じゅじゅさんは止まった。まるで息を殺しているようにも見える。

「やっと観念したのかね。さぁて、お望みどおり殺してあげよ……っ……」

 再度AK-47を構え直そうとした山田社長の左半身が突然消えた。いや、消えたのではなく目の前で喰われた。庭園を繋ぐ門と同じぐらいの大きさの獣が、いつの間にか山田社長のすぐ後ろにいた。かじり取った山田社長の左半身を荒々しく咀嚼している。山田社長の残った右半身がAK-47と共に地面へ倒れ込んだ。



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スラッシュ/ゲーム - /41 -


ハコニワノベル

 身体の三分の二ほどが頭のライオン――のような獣、いや、獣のようなものが目の前にいる。大きさは三メートルぐらいで、その巨大な顔はライオンというより、獅子舞の獅子に近い。夢中で貪っている口から絶え間なくヨダレが垂れている。「あれですか?」と智子さんに確認すると、智子さんは怯えたまま声もなく頷いた。

 ――バリン、ゴキッ。

 衣類や骨に構わず、かじり取った山田社長の左半身を食べ続けている。固いらしいその身体はサビのように赤黒い色をして、目は真っ白だ。多分、朋美さんがあいつに噛み付かれたままで爆弾を使ったからだろう。爆発による光で目がやられているように見える。なので時折鼻でクンクンと臭いを嗅ぎ、散らばった山田社長の残骸を探して貪っている。

「どうします? 出て行くまで待ちますか?」
「このまま大人しく出て行くわけないだろ。どうやら目は見えていないらしいな……、やるなら今か」
「この状況なら、今倒すべきですね」
「あんなのをどうやって倒すんですか?」
「小谷の武器でぶっ刺すんだよ」
「えっ? 私の武器って……、この槍ですか?」
「そうだ。その槍をあいつの口の中から一気に……」
「で、出来ないですよ! そ、そんなの」
「ミッチー先輩の傷害常習犯っぷりなら余裕ですよ」
「私がなんですって? どういう意味! ?」
「……山田社長、もう時期完食されてしまいますね。それで誰にします?」
「爽太、どういう意味かって聞いてるでしょ! ?」
「待て待て、今騒ぐんじゃない。奴に気付かれたら面倒なことになる」
「誰にするって何よ! ん? それ、本当に何の話?」
「囮ですよ」
「おっとり?」
「もうこのさい鳥取でいいです」
「え? えぇ? ? とっとり?」
「お前が喋るとメンドくせぇことにしかならないのかよ。囮だよ。お、と、り」
「囮? それってもしかして……」
「誰かがあのバケモノをひき付けて口を開かせる。その隙にミッチー先輩がズブリ! っとやっつける単純な作戦ですよ」
「ムリムリ、そんなの無理だよ! それに囮役の人、食べられちゃうかもしれないじゃない!」
「そうなんですよね」
「そうなんですってあんた……。それに私、槍なんて使ったことないし……」
「なら、私が突き刺す役をやるさ。囮役はもちろん……」

 物凄い目力でこっちを見てきている。なんでそんなに見てきているのか理解できない。「分かってるよな?」とか聞こえるように独り言を言うなんて、じゅじゅさんどうしちゃったんだろうか。もしかして、僕に惚れてしまったのかもしれない。極限状態、または一時的な緊張状態に陥ると恋に落ちやすい。確か、吊り橋理論って名前だったはずだ。

「私がやります」

 ミッチー先輩の隣で座り込んでいた智子さんが口を開いた。

「チコちゃんは、もうよく頑張ったから無理しなくていいよ!」
「そうだぞ中居。こういう役は、死んでも大して困らない奴がやればいいんだから」
「そういう話なら、この中に適任はいませんね」
「お前なぁ……、空気読もうぜ」
「読んでますよ、常に」
「読んでてあえての言動だとしたら、お前最悪だな」
「……とにかく、私がやります! あのバケモノの口を開かせればいいんですよね。とにかくやってみます!」
「中居、待て! 急に飛び出したりするな! ……くそっ、もっと落ち着けってんだよ。どいつもこいつも! 爽太! 仕留め損なったらあとは頼んだ」

 智子さんがバケモノに向かって走って行く。バケモノは山田社長を食べ終わって地面に滴っている血を舐めながら、グルグルと同じ場所を回っていた。じゅじゅさんは智子さんとは別の方向へ移動して槍を構えた。

「……お前のせいでっ! 私の大切な、大切な人たちがっ! うわぁぁっ! !」

 手にしたペン状の武器に付いているボタンを押し込んで針を飛び出させ、それをバケモノに向かって突き刺した。

 ――ギィン。

 鈍い金属音が響いた。「返せっ! 返してよ! 返してっ!」そう叫びながら智子さんは何度も何度も針を突き刺そうとする。その度に鈍い金属音が鳴り響く。まるで、古い時代劇の殺陣でも見ているように。――ギィン、ギン、ギィンッ!
 何度目かの金属音のあとに、聞き慣れない音が鳴った。すると、今までその攻撃をまったく意に介す素振りのなかったバケモノが突然飛び跳ねた。よく見ると智子さんの武器が右前足の付け根に深々と突き刺さっている。

「ブォォォォォッ!」

 雄叫びと同時にバケモノが暴れだした。もう、口を開かせてどうこうするような状況じゃない。目が見えていないためか、バケモノは手当たり次第に低木や花壇、噴水を破壊していく。
 じゅじゅさんがバケモノに近付こうとした瞬間、滅茶苦茶に暴れているバケモノがじゅじゅさんの方へ跳びかかった。

 ――ギィィィッン!

 今までで一番高い音を響かせてから、じゅじゅさんが槍ごと低木の向こうに吹き飛ばされてしまった。更にそのままバケモノは智子さんの方へ飛びかかり、その牙で智子さんの左足を奪い去った。「あっ、ぎぃやぁぁぁぁぁぁっ! !」飛び散る鮮血が辺りに飛び散っていく。「近重さん! チコちゃん!」隣でミッチー先輩が叫んでいる。目の前でバケモノはドタバタと暴れ続け、さっきまで身を隠していた噴水は噛み砕かれて既に見る影もない。
 ふいに意識が薄れていく。



   ◆



(ほら、どうにもならないじゃないか)

「なにが?」

(無駄に考えたってロクなことにならないのが分かっただろう?)

「そんなことないよ」

(またそうやって無理に良い方へ考える)

「……」

(そもそも、君が無駄に考えて起こった結果だろ?)

「……」

(都合のいい方へ考えるなよ、そもそも朋美さんが死んだのは、君が軽率なことを言ったからだ)

「……」

(そして朋美さんを追いかけて行くことになった秋山さんも死んだ)

「……い」

(近重さんからのアイコンタクトに気付いていたんだろ?)

「……さい」

(それなのに無駄なことを考えてたら、中居さんが飛び出したじゃないか。全部君が無駄に考えた結果だ)

「……さいっ」

(もう考えるの辞めたらどうだい? 君は元から考えることなんて出来ないんだから)

「うるさいっ!」

(やれやれ、そこまでして無駄に考えてどうするのさ?)

「……僕は、人生を楽しく生きたいんだよ」

(人外な君が生きることを、人生と呼んでいいのかい?)

「人生を楽しく生きるために、本気を出さずに楽をして生きる。それが僕の命題だからね」

(少しは本気を出せばいいじゃないか。ほら、今だって本気を出せば……)

「本気は出さない」

(頑なにスタンスは貫くんだ。いいの? 目の前で助けられるかもしれない人がいるのに?)

「それでも……、本気は出さない」

(なぜだい?)

「      だからね」



   ◆



「爽太! 何ぼーっとしてるのよ! 近重さんとチコちゃんがっ!」
「……ミッチー先輩はじゅじゅさんをお願いします」
「い、いいけど。あんたはどうするの?」
「智子さんを助けに。あとあのバケモノ倒してきます」
「ちょ、ちょっと待ちなさい。あんなの倒せないわよ、私の槍だって弾き飛ばされたのに」
「とにかく、ミッチー先輩はじゅじゅさんを頼みます」

 くだらない自分が嫌になる。このぐらいのことで揺らいだ真似をしてどうなる。こんなことは最初から考える、考えないの話じゃなく分かりきっていることじゃないか。何をどうするか? そんなの決まっている。今できることを、できる限りやるだけ。たったそれだけだ。それ以上も以下もない。やれやれ、百年に一度の逸材であるこの僕でさえも、少しだけ冷静さを失っているらしい。まだまだ精進が足りないみたいだ。
 軽く息を吐いて右手の棒を握り直してから、暴れまわるバケモノの方へ飛び出した。



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スラッシュ/ゲーム - /42 -


ハコニワノベル

 バケモノの動きは徐々に大人しくなってきている。どうやら、暴れ続けたせいで疲れているようだ。暴れたところで右前足の付け根に、深々と刺さっている針は抜けそうにもない。
 荒く呼吸をしながらヒョコヒョコと移動をしながら、グルグルと同じ場所を回っているこの目の前のバケモノは、異常に体表が固い。じゅじゅさんのショットガンでも無傷だったらしいし、ミッチー先輩の槍も弾き飛ばしていた。それなのに、智子さんの針は深々と突き刺さった。これはどういうことだろうか? 突き刺さった箇所は右前足の付け根。丁度、胴体と前足との境目部分だ。もしかすると、境目部分の体表は固くないのかもしれない。
 ぐるぐる移動を続けるバケモノを見つつ、智子さんの元へ駆け寄った。

「智子さん、大丈夫ですか?」
「……へへっ、少しは敵討ちになったかな」

 微かに微笑みながらそう言う智子さんの上半身を抱えて「十分、敵討ちになったと思います」と言ってから「だけど、考えなしに飛び込むのは感心できないですね」と付け加えた。

「……だって、我慢……できなかったんだ。絶対、ゆる……せなかったんだ……」
「智子さん、もう喋らない方がいいです。出血も凄いですし、早く止血しないと」
「な、なんだかさぁ、今、心地いいんだ。ふわふわ……してる……よ」
「……」

 抱えていた智子さんの上半身をゆっくりと寝かせてから顔を上げると、こちらに向けて体勢を低くし、鼻をヒク付かせて構えているバケモノの姿があった。どうやら、ここら辺りに飛び散っている血の臭いに向かって飛びかかろうとしているらしい。智子さんは片足を噛みちぎられていて逃げることは出来ないし、無理に動かせば今以上に出血してしまうだろう。小さく「やれやれ」とつぶやいてから、智子さんとバケモノの対角線上に立った。
 後ろから「爽太! 辞めろ! 無茶だっ!」とじゅじゅさんの声、良かったどうやら無事だったらしい。まぁ、殺しても死ななそうな人だから大丈夫だと思っていたけれど。「爽太、落ち着きなさい」とミッチー先輩の声も聞こえる。だけど、視線の先で跳びかかる構えをしたバケモノは、もう数秒も待ってくれないだろう。二人の声に振り向かないまま左手を上げて応えておいた。
 その瞬間、まるで上げた左手が合図だったかのように、バケモノが跳びかかった。

「グィィァァッ、グルァッ!」

 低い唸り声をあげながらバケモノが一直線に突撃して来ている。針の突き刺さっている右前足を使わずに移動しているので、ド、ドド、ド、ドドという妙な足音を響かせながら近付いて来る。右手の位置を棒の端から真ん中へ移して、それを縦に構えた。
 軽自動車ぐらいなら入ってしまいそうなほどの、巨大な顎が目の前に開けられたかと思うと、すぐに視界は暗くなった。

「爽太!」
「バカヤロウ!」

 ――臭い。
 そして暗い。更に足元はブニブニとした妙に柔らかい踏み心地だ。なるほど。これは、どうやらじゅじゅさんが言っていた通り、バケモノの口の中は柔らかいみたいだ。僕の右手にある棒がバケモノの上顎と下顎に少し突き刺さってつっかえ棒になってくれたお陰で僕は無事だし、バケモノは完全に口が閉じられないまま、開くこともできなくなっている。噴水を噛み砕くほどの強靭な顎を難なく受け止めるとは、この棒はデキル奴だな。刺さっている部分は簡単に抜けそうになさそうだ。しかし、ミッチー先輩の名付け案に「つっかえ棒」があったのが頂けない。このままだとつっかえ棒のイメージがまとわりついてしまうじゃないか。

「さてと」

 口の中に入って無事だったところまではいいものの、ここからどうしたものだろうか。さっき、智子さんに考えなしに飛び込むのは感心できないとかなんとか、自分で言っていた気がする。気がするだけだろうけれど、今となってはどうしようもない。

「そ、そんな……、爽太がぁっ! 爽太がぁ!」
「落ち着け、小谷。口が軽くて憎たらしい奴だったけど、憎めない奴だった」

 外からミッチー先輩とじゅじゅさんの声が聞こえる。そうか、ミッチー先輩の槍を外から渡して貰えばいいじゃないか。勝手に死んだことになっているのが不服ではあるけれど、今それをどうこう追求している時間はなさそうだ。

「お悲しみのところ申し訳ないんですけども」
「なっ……、爽太……なのか?」
「僕以外に、こんなにも聞き惚れるような、素敵な声は出さないですよ」
「お前、無事なのか?」
「今のところは大丈夫みたいですね」
「バケモノも妙に大人しくなっちまったけど、何したんだ?」
「単純に口が塞がらなくて気持ち悪いんじゃないですかね。ところで、ミッチー先輩の槍を取ってもらえませんか?」
「! ! 口の中からならやれそうか?」
「ここからなら、多分」
「よし小谷、槍を貸してくれ」
「え、あ、あれ? 爽太、無事なの! ? なんで? さっき食べられたんじゃ……」
「小谷、いいから槍」
「あっ、はいっ!」
「それから中居の止血を大至急頼む。このままだと危険だ。私は止血の仕方がいまいち分からんから頼む」
「わ、分かりました! やってみます」
「爽太、槍、入れるぞ」
「お願いします」

 すると突然、視界が薄く明るくなった。それと同時にバケモノの喉の方へ身体が勝手に移動していく。視界が明るくなった理由は、バケモノの口の隙間から雲が見えたことで分かった。どうやらバケモノが真上を向いたらしい。当然、僕が自分でバケモノの喉の方へ移動していたのではなく、重力で落ちそうになっただけだ。右手の棒にまるで公園にある鉄棒やうんていに捕まってぶら下がるような格好になった。しばらくすると今度はバケモノが頭を激しく揺さぶり始めた。

「くそっ……、おい爽……、なん、……を大人し……ないか?」
「む、無理だ、と、思い、まっ……すよ」
「だ……な」

 首を上下左右に振り回され、棒にしがみ付いているだけで精一杯だ。じゅじゅさんの声も跡切れ跡切れにしか聞こえない。こちらの声も同様だろう。この状態では槍を渡して貰うこともままならないじゃないか。次第にバケモノも開きも閉じもしない口が気持ち悪いのか、今度は地面に自分の下顎を何度も叩きつけるようになった。バケモノの口の中が大きく揺れ動く。――と、上着のポケットの中で何かが同じように揺れ動くのを感じた。揺さぶられながら左手をポケットに捻じ込むと、冷たくて固いものに触れた。携帯だと思ったけれど、どうも違う。揺さぶられながら強引にそれを引っ張り出してみると、ピエロのようなキャラクターが薄気味悪く笑っているのが見えた。

「……これが、殺人的にかわいい笑顔ってやつですか」

 それを落とさないように握り締め、右腕全体で棒にしがみ付く。これは安全ピンを引き抜いて投げ付ける手榴弾タイプの爆弾だ。朋美さんが僕にくれた爆弾だ。――これを、バケモノの腹の中に放り込めば、なんとかなるかもしれない。

「じゅじゅさん! 聞っ、こえます、か?」
「途切れ……れだな。どうし……」
「離れて! 離れてくだ、さいっ!」
「なんだっ……」
「離れ、てく、っださい! 離れて……、離れぇ、離れてて……下さいよ」

 そのまましばらく揺さぶられ続けて、じゅじゅさんの声が聞こえなくなるのを待ってから、左手のそれの安全ピンを引き抜いて「しっかりお食べ」とつぶやいて、バケモノの喉の奥へと投げ込んだ。その瞬間に、投げ込んだ爆弾が近くまで戻って来た。どうやらえづいて爆弾を口まで戻されたらしい。衣類や骨に構うことなく咀嚼していたのだから、これしきのものでえづくなんて、バケモノらしくないぞ。「食わず嫌いは感心しません……よっと」と足元に転がったそれを喉の奥へ蹴り込んだ。――今度は戻って来なかった。
 やれやれ、これで一安心――じゃないな。この状況で僕はどこに身を隠そうと思っているのだろうか。確か手榴弾なんてものは安全ピンを引き抜いてからものの数秒で――。

 バケモノの喉の奥から閃光、衝撃、遅れて爆音。



 ――ドンッ!



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スラッシュ/ゲーム - /43 -


ハコニワノベル

 分厚いカーテンがきちんと整えられた窓が等間隔に並んで続いていくのが見える。視線の先に並んだ窓の一つから、外を眺めている少女を見つけた。その少女に近付くとなぜかいきなり殴られた。
 窓の外には管理の行き届いている庭、その庭の中央には先進的なデザインの銅像。それから手入れの行き届いた花壇、奥の方には植物で作られたアーチも見える。
 少女に引っ張られて部屋に入り、巨大な円卓に座らされる。すると、目の前に暖かくて高そうな紅茶が注がれた、これまた高そうなティーカップが置かれた。香りがその高級感をより醸し出して――いや、実際は高いのかどうか分からない。
 隣にはさっきの少女が座っているのだけど、ティーカップを見つめたまま固まって、徐々に顔色を悪くしている。どうやらこの紅茶がお気に召さないらしい。この紅茶はそうそう飲めるようなものではない。ごく一般の人間には手の届かないほどの高級な紅茶だろうというのに、なんと贅沢でわがままな少女なのだろうか。少女を見つめてそう思いながら、ティーカップを手に取って一気に飲み干した。するとその途端、また少女に殴られた。そのまま胸ぐらを掴まれて何か怒られながら、何度も何度も揺さぶられて――。

「爽太! おい、爽太!」
「……ぇ?」
「しっかりしろ! くたばんじゃねーぞ」
「なんだ、じゅじゅさんか」
「なんだじゃねーだろ! お前自爆テロしてんじゃねーよ」
「……何の話ですか、それ? 僕は今少女と一緒に紅茶をですね」
「お前こそ何の話だよ……。お前覚えてないのか?」
「あっ!」
「どうした、思い出したか?」
「あの紅茶、飲んだら駄目だった……気がする」
「なに寝ぼけたこと言ってんだよ、ったく。……はぁ」
「じゅじゅさん、ため息をつくと幸せが一つ逃げるらしいですよ」
「減らず口叩けるなら無事みたいだな。だいだいなぁ、何の相談もなく爆発させるやつがあるかよ」
「爆発?」
「そうだよ、お前があのバケモノの口の中で、やたらと騒ぎ出したと思ったら突然静かになったから、こっちは何事かと思ってたらいきなりドンっ! だ。ちゃんとこっちに分かるように伝えてからやれってんだ」
「まぁまぁ、近重さん。一応全員無事だったんですから、そこら辺にしませんか……」
「あ、あぁ。まぁ、それはそうなんだけどな……」
「結果オーライですよ。ほら、待てば海路の日和有りってやつです」
「お前毎回タナボタじゃねーかよ! あー、ほんとこいつメンドくせぇ……」
「……あ!」
「どうしたの爽太? どこか痛む?」
「智子さん大丈夫ですか! ?」
「今は寝てるよ。だけど早く病院に連れて行かないと危ないと思う」
「それにしてもだ、小谷がいてくれて助かったよ。お前、看護師の資格でも持ってるのか?」
「いえ、両親が地元で医者をやってまして……」
「ミッチー先輩って、いいとこのお嬢さんだったんですか……、信じられない」
「どういう意味?」
「そうか、それで怪我人に対しての対応ができるわけか。でもさ、それなら実家で働けばいいんじゃないのか? なんでわざわざKGCで働いてたんだよ?」
「私、子供の頃に両親とあまり過ごしたことがなくて、それでよく友達と公園で遊んでたんです。夕方になって友達がみんな家に帰っても、私は公園にずっといたんです。家に帰っても誰もいないから。そんな調子でずっと公園にいることが多くて、いつの間にか公園に対して物凄く愛着心が湧いちゃって……、それで公園に携わる仕事がしたいなぁって。まぁ、両親は私に医者か看護師になってほしかったらしいですけど」

 少し恥ずかしそうに視線を逸らしながらミッチー先輩は言った。「……それはそうでしょうね」と返すと「私は自分の選択に満足してるからいいの」と強めに言われた。「そういうもんですかねぇ」と言いながら上半身を起こした。

「さてと。とりあえずだ、中居を雨風が防げる場所に移動させるぞ」
「あ!」
「なんだよ? 文句あるのか爽太?」
「いや、そうじゃなくて! バケモノはっ! ?」

 起こした上半身を左右に捻りながらバケモノの姿を探す。あれだけ巨大なのだからすぐに視界に入りそうなのに、右を向いても、左を向いても、あのバケモノの姿は見えなかった。周りにバケモノはいそうになかったので、自分が本当に無事なのかを手探りで確認する。するとなぜか全身がずぶ濡れになっていることに気が付いた。

「お前、本当に覚えてないんだな」
「え?」
「あそこにいるよ、爽太が倒したバケモノ」

 ミッチー先輩が言いながら指さした方向を立ち上がって確認してみると、あのバケモノと同じ色をした敷物のようなものが見えた。「なんですか、あれ?」と聞くと「だから、あのバケモノだって」とじゅじゅさんが返しながら手招きしている。
 近付いてみると、まるで割れた陶器のように、ひびの入ったバケモノの体表だけがそのまま残り、周りには放水したあとのような、ドロドロとした液体が飛び散っている。

「お前がこいつの口の中で自爆テロしたあと、お前だけ口の中から吹き飛んでそこの噴水の水の中に突っ込んだんだよ。バケモノは風船の空気を抜くみたいに口や手足から肉片と血を吹き出して、あっという間にこうなっちまった。ざまーみろだな」
「じゃぁ、こいつはもう……」
「しばらく様子を見てたけど、完全に死んじゃってると思う」
「つまり、お前がこいつをぶっ倒したってわけさ」
「流石ですね」
『自分で言うな!』

 なぜ二人からキツめに叩かれたのか分からないけれど、少しフラつくのでリアクションはしないでおこう。
 バケモノの頭らしきものから飛び散った液体の噴出方向を見る。「あぁ、そうだ」とつぶやいてその方向に向かって歩く。「何してるんだよ」と、じゅじゅさんに言われたけれどお構いなしに歩く。歩きながら探す。あの臭いは強力な胃酸だったのかもしれないけれど、あれなら、もしかしたら――まだあるかもしれない。

「爽太もしかして、これ探してる?」

 ミッチー先輩が棒をこちらに差し出しながら聞いたので「それも探してましたが、今は別のものです」とだけ返して探すのを再開する。花壇の影、噴水の死角、単純に吹き飛ばされているのならこの方向にあるはずだ。

「この棒じゃないなら何を探してるのよ?」
「忘れ物ですよ」
「忘れ物? あんた、あのバケモノの中で何か失くしたの?」
「僕のじゃないですよ」
「?」

 探す範囲を扇状に広げながら進んで、ついに低木の先でそれを見つけた。

「これなに? 腕時計にしては形が変だよね。アクセサリーかな?」
「メリケンサックですよ」
「メリケンサック?」
「秋山さんの武器だったものです」

 爆風で少し形が歪になってしまっているメリケンサックに、手を合わせて黙祷する。ミッチー先輩も続いて黙祷をしていた。それからそのメリケンサックを拾って、まだ眠っている智子さんの手に持たせた。

「これでよし」
「お前たまーに、ほんとごくごくたまにだけど、ロマンチックなことするよな」
「僕はいつでもロマンチシストですけどね」
「どこがだよ」
「あ、それからミッチー先輩。僕のゴボウ返してもらえますか」
「ゴボウ?」
「こいつの名前ですよ、名前」
「その棒の名前……ゴボウなのっ! ?」
「良い名前でしょ」
「いや、変だし! 私が考えてた名前の方がよっぽど良い名前じゃない!」
「バビブベ棒のどこが良い名前なんですか? そのセンスは理解し兼ねますよ」
「ゴボウの方が変でしょ! だって野菜じゃない!」
「でも、ユーラシア大陸原産なんですよ」
「え?」
「いやぁ、携帯は防水に限りますね」
「くだらない言い争いはそれぐらいにして、中居を運ぶぞ」
「どこに運ぶんですか? 安全な場所なんてまったくないと思いますけど」
「屋根のあるところなら、各所にあるベンチぐらいだし」
「噴水の制御室に運ぶ。あそこなら雨風は大丈夫だろ。早くしろよ、ぼちぼち降り始めそうだ」



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スラッシュ/ゲーム - /44 -


ハコニワノベル

 噴水の制御室は、大噴水から扇状に広がるカスケードに合わせて広がる階段の途中にある。普段は入り口に施錠されていているので入れなくなっているけれど、今は異常事態かつ緊急事態なので、仮に施錠されていたとしても鍵や扉を破壊するなりして入ることになるだろう。
 智子さんの左足は太ももの途中から下が綺麗に無くなってしまっていて、本来ならすぐに救急車を呼んで、病院に搬送すべきなのだけれど、ゲーム開始前に紙咲さんから聞かされた「ゲーム終了前に会場から出ることはできません。正確に言うならば出ることは可能ですが、命はないものとお考え下さい」という強制的なルールがあるので、病院への搬送どころか噴水公園から出ることすら出来そうにない。
 会場から外に出られないというルールの真偽を確かめてみるリスクをおかして良い場面でもないし、噴水公園に入ってからずっと姿を見せていない本部の社員を探し出して、なんとか病院への搬送を頼んでいる時間もない。仮に本部の社員を発見して頼んだとして、それが承認される保証すらないのだから、今は病院への搬送は断念するしかない。
 ギリシャ庭園を出て、中央広場の大噴水を横切る。この僕が残業までして設営していたライトアップの機材が見える。誰が見ても完璧なセッティングとしか言いようがない。――あれ? 赤いライトが少し足りていない気がする。いや、クリスマスイベントは中止になってしまった今となってはそれも関係ないか。そう考えると設営された機材が妙に虚しく見える。
 大噴水の水音と一緒に、生暖かい風が流れてくる。空はもうかなり暗くなっていて、いつ雨が降り始めてもおかしくない。中央公園にある時計を振り返って確認すると、時刻は何時の間にやら十八時半。雨雲のせいでかなり暗くなっていると思っていたけれど、雨雲がなくても十分暗くなっている時間になっていたようだ。

「あのー」
「なんだ?」
「どうして僕だけが智子さんをおぶっているんですかね?」
「男だからだろ」
「男女平等! 差別反対!」
「あと少しだろ、ごちゃごちゃ言うな」
「爽太、ファイト!」
「まぁ、紳士中の紳士である僕はやりますけどね」
「紳士なら、お姫様抱っこで運んでくれると思うけどな」
「あぁ、私もそんなイメージあります」
「こいつにそんなイメージはまったく沸かないけどな、はっはっは」
「……やれやれ、この中でレディなのは智子さんだけみたいですね」
『全員だろ(でしょ)』

 また二人からキツめに叩かれた。この二人、もしかしなくても根本的な部分で似ているのかもしれない。「暴力反対! 智子さんに響いたらどうするんですか」と言ってみたら「中居、悪かったな。大丈夫か?」「チコちゃんごめんね、大丈夫?」とか言っている。「やれやれ、お二人のどこに淑女らしさがあるのやら」とは思うだけにしておいた。でないと次は智子さんを落としかねない。

「あとですね……今、気が付いたんですけど僕、ずぶ濡れでものすごく寒いです」
「寒そうだな」
「それだけ? それだけなんですか?」
「いや、お前が勝手に吹っ飛んで水の中に突っ込んだだけだろ。私だって、お前を水の中から助けてやるときに水の中に入って、パンツの膝下ビシャビシャなんだぞ?」
「でも暖かそうなコート着てるじゃないですか。ミッチー先輩は智子さんに着せてあげているというのに……」
「ん? ……そうか、そうだな。悪かった」
「最初からそうやって素直に非を認めてですね、僕にそのコートを羽織ってくれればいいんですよ」
「悪かったな、小谷。寒かっただろ? ほら、これ着とけ」
「いや、悪いですよ! 私は大丈夫ですから!」
「いやいや、お前が着てくれないとさー、後ろのジェントルマンが許してくれそうにないんだよ。な? あいつの顔を立ててやってくれよ」
「じゃ、じゃぁお言葉に甘えて……。わぁ、暖かい! これってアセドの新作ですか?」
「アセドだけど、それは国内未発売の一点物」
「すごーい! 私もいつかこんなコートをカッコよく着こなせるようになりたいなぁ」

 言いながらミッチー先輩がくるりと回ってみせた。確かにかっこいいコートだと思う。
 Amore Separazione Dolore、イタリアのファッションブランドで、「身に付けていないと苦しい」というキャッチコピーで有名な超一流ブランドだ。有名ではあるものの国内には数店舗しか存在していないため、知名度は高いが持っている人が少ないという、通好みのブランドで、略してアセドとかASDなどと呼ばれている。1908年にイタリアはミラノで開業した革靴店が、徐々に革製品を取り扱うようになり、世界各国の珍しい素材を集めて様々な商品展開を行っていった結果、当時の王室御用達のブランドとなり一流ブランドになった――と、携帯電話の画面には表示されている。

「なに携帯なんて見てるんだよ。中居を落としたりしたら、ただじゃおかねぇぞ?」
「落としませんよ。お二人が僕に衝撃を与えなければですけど」
「爽太、ここから階段だから、気を付け……わっ」

 注意を促した本人がバランスを崩した。やれやれ、自分で言っておいて自分で転んでしまうとは、まさに本末転倒じゃないか。あぁ、このあとミッチー先輩はコケて、そのコケた恥ずかしさを隠すためにやたらと空回りな言動をする、いつものパターンになると思ったのに、バランスを崩したミッチー先輩を颯爽とじゅじゅさんが抱き留めた。「大丈夫か?」とか男前なセリフ付きだ。「あ、ありがとうございます……」とかミッチー先輩も恥ずかしそうに言っちゃってる。まったく、これは何歌劇団だ。
 二人を軽くスルーしつつ階段を慎重に降りる。「ツッコめよ」とか後ろから聞こえたけど、今はスルーしておこう。もう目の前に噴水の制御室が見えているし、智子さんを安静にしてあげる方がツッコミを入れることよりも大切だ。妖怪がいたら怒られそうだけど。

「で、どうやって入るんですか?」
「最悪、鍵か扉を壊して入るしかないな」
「開いてたりするといいんですけどね」
「いや、それはないんじゃないか? 一般の利用者が勝手に入られるとマズいし、通常時は誰かがここで待機しているか施錠されてる。鍵は運営部の経理部内にある金庫で管理されてるはずだからな」
「とにかく開けてみません? もしかしたら誰か先に入っているかもしれないですけどね」
「ちょ、ちょっと! 怖がらせるようなこと言わないでよ、爽太」
「確かに、その可能性はあるな」
「近重さんまで、やめて下さいよぉ」

 じゅじゅさんが「ま、オバケが出るわけじゃないさ」と冗談を言いながら入り口に近付いてドアノブを回す。すると、ドアノブが音もなく回り切った。つまり、鍵がかけられていない。すなわちそれは既に誰かがここを開けたということになる。「誰か先に入っているかもしれない」さっき自分で言った言葉を思い出した。
 振り返りもせずにじゅじゅさんが片手で待ての合図をこちらに示し、肩紐に取り付けられたカートリッジの一つをショットガンにセットして扉の横に張り付いた。驚くほどスムーズな身動きだ。まるでどこかの軍隊で訓練されているかのように見えた。
 じゅじゅさんが一度短く呼吸して、勢い良く扉を開け放った。――が、そこには誰も居なかった。慎重にじゅじゅさんが中を確認してくれたけれど、両手を外人のように広げながら出てきたので、どうやら本当に誰もいないらしい。
 一応「どうします?」と聞くと「他にあてもないしな」とじゅじゅさんが制御室の中へ入っていくので続いた。制御室奥に仮眠用のベッドを発見したので、そこに智子さんを寝かせた。

「よし、私と小谷は一度森本部長たちのところに戻ってくる。現状を把握しとかないと動きようがないし、中居をなんとか病院へ連れて行く方法も相談しないとな」
「わ、私もですか?」
「ん? どうした小谷。そんなに爽太と一緒にいたいのか?」
「えっ! ? いや、ちががっ……違うんっ」
「冗談だよ、冗談」
「それでこのナイトは智子さんの護衛ですね」
「ナイトは余計だけど、そういうこと。あと、お前は一度その服を脱いで絞れ。少しはマシになるだろ」
「じゅじゅさんが人のことを気遣うなんて……、今夜は雪でも降りますすね」

 そのあと「どういう意味だよ」と軽く小突いてから、じゅじゅさんとミッチー先輩は制御室を出て行った。
 言われたことを言われたようにするのは好きじゃないけれど、これ以上ずぶ濡れでいるのにメリットはないので作業服を脱いで、外で絞ろうと扉の方へ移動した。

「動くな」

 僕と智子さん以外に誰もいないはずの制御室内に、男の声が響いた。



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スラッシュ/ゲーム - /45 -


ハコニワノベル

 こういう場合に焦って行動するとロクでもないことにしかならない。だからこそ冷静になる必要がある。これは今までの経験で培ってきたことだし、今日一日だけでもそれが間違いのないことだということが、痛いほど証明されている。
 叫ばないように気を付けながら、その声の主に訪ねてみる。

「あの、どちら様でしょうか」
「……一人、いや二人か」

 その声が後から聞こえたので、相手を驚かさないように気をつけながら振り返った。なぜなら、僕の後ろには智子さんが寝ていて、今の僕は智子さんを護衛するナイトだからだ。もしも声の主が智子さんに危害を加えようとするなら、すぐに駆けつける必要がある。そんなことを考えていた直後、慌てて振り向かなくてよかったと痛感した。刃渡り数十センチの鋭利で巨大な刃物が視線のすぐ先に見えたからだ。
 制御室内は薄暗いので、相手の姿を完全に捉えらきれていない。しかもこちらは下着とインナー姿で、ゴボウは智子さんが寝ている仮眠用のベッドに立てかけているという、読んで字のごとくに丸腰状態だ。今攻撃されたら一溜まりもない。更に思い出したけれど、この状況はとても寒い。いろんな意味で。

「もしかして、最初からここにいたんですか?」
「突然誰かが入ってきたから、隠れただけだ」
「つまりここの鍵を開けたのはあなたということですか」
「そうだ」
「ふむ。とりあえずですね、僕はこの服を絞ってまた着たいんですけど」
「服? ってなんでそんな格好してるんだ、冬だぞ? ……ん? なんだ、お前だったのか」
「へ?」

 視線の先に見えていた巨大な刃物が下がり、それを持っている人が近付いてきた。扉側から入る薄暗い光を頼りに、ようやくその男の姿を捉えることができた。

「なんだ、黒瀬さんじゃないですか」
「よぉ」
「脅かさないで下さいよ。……てか寒いんで、これ絞っちゃってきていいですか?」
「さっさと行け。早くしないと風邪引くぞ」

 そのままの格好で扉を開け、作業服をこれでもかと絞って中に戻る。まだ濡れてはいるけれど、さっきよりは随分マシだ。「ほら、これで身体拭いとけ」と黒瀬さんがタオルを投げてくれた。「ありがとうございます」と言って思い切り身体を拭きだしてから、そういえばと声を出した。

「このタオルって黒瀬さんのですか?」
「いや、誰のかは知らんよ。そこの棚に入ってた」
「ふむ、まぁ別に誰のでもいいんですけどね」
「相変わらずだな」
「黒瀬さんはずっとここにいたんですか?」
「最初に運良く武器が見つかったから、そのあとすぐにここに入ったよ」
「でもここって元々鍵がかけられてませんでした?」
「かかってたさ」
「壊したんですか? それともピッキング?」
「人聞きの悪いこと言うなよ。これだよ、これ」

 そう言って黒瀬さんが指先にブラつかせていたのは鍵だった。タグに噴水公園制御室と書かれている。黒瀬さんの話によると、運力のゲーム後で次のゲームが噴水公園で行われるということを聞いたあと、一階に降りる前に三階の運営部フロアに立ち寄って、この鍵を持ち出したらしい。なんという抜かりのない人だろうか。思考がロジカルにできているに違いない。
 まだ濡れたままの作業服をロッカーの扉にかけて、タオルで身体を拭きつつ黒瀬さんの隣に座った。

「でも、鍵って金庫に保管されてるんじゃないんでしたっけ? まさか、ピッキング? それともバールのようなもので……」
「だから人聞きの悪いことを言うなって。電子ロックの金庫だからな、暗証番号知ってれば誰でも開けられるよ」
「許可は取ったんですか?」
「許可? 取る必要ないだろ。既にKGCは会社として機能していないんだからな」
「まぁ、確かにそうですけどね。あ、そうだ。さっき僕たちがここに入ってきたときはどこに隠れてたんですか? 誰もいなかったと思うんですけど……」
「あぁ、ここだよ」

 黒瀬さんが言いながら指さした場所に、マンホールのような丸い穴がある。その横に外されたと思われる蓋もあった。「なんですか、ここ?」穴の中をのぞき込みながら聞くと「噴水のポンプ室への出入口だよ」と黒瀬さんが蓋を閉めながら教えてくれた。

「ショットガンを持った奴が突入してきたから隠れたんだよ。普通、えげつない武器をもった奴が現れたら逃げるなり、隠れるなりするだろ?」
「それは確かにそうですね。ふむ、こんなところにポンプが設置されてたのか」
「制御室と呼ばれてはいるが、実際に行う制御っていうのはポンプを操作することだからな。で、さっきのショットガンを持ってた奴は一体誰だったんだ?」
「企画部の近重さんですよ」
「あぁ、あの人か……。しかしあの人、どこかで訓練でもしてたのか? 素人じゃないだろあの動きは」
「僕もそう思ってます」
「あとは小谷と、そこのケガ人か。それにしても、このケガは尋常じゃないな……。誰にやられたんだ?」
「智子さんはハンターにやられたんですよ。他には秋山さんとか朋美さんとか、真樹さんもハンターにやられちゃいました……」
「そうか……」

 お互いにそこから言葉が続かなくなって、制御室内が静かになった。地下から噴水のポンプ音と、浅く短い智子さんの呼吸音だけが聞こえる。この重たい空気の中で過ごすのも耐えられそうにないので「それって青龍刀ですか?」と聞いてみたけれど「多分な」としか返ってこなかった。そして室内が再び静かになる。

 ――ガチャ。

 唐突に入り口のドアノブが回される音が鳴った。「じゅじゅさんかな?」とつぶやきかけたものの、すぐに黒瀬さんが青龍刀らしい刃物を手に取ったので飲み込んだ。黒瀬さんはすぐに壁を背にして息を殺している。じゅじゅさんもそうだけど、この人もどこかで訓練されていると思う。とても素人とは思えない。とりあえず僕もゴボウを手に取った。

「入ってこないな……、ちょっと様子を見てくる」
「無茶しないで下さいよ」
「分かってる。何か起きたら食い止めてやるから、お前はポンプ室に入れ」
「流石にそれはできない相談です」
「……まぁ、好きにしろ」

 小さく会話をしてから黒瀬さんが入り口の様子を伺うために、仮眠用のベッドが置かれているスペースから入り口の方を伺いながら出ていった。それに合わせるように僕も息を殺して、いつでも動けるように心構えをした。地下から噴水のポンプ音と、浅く短い智子さんの呼吸音、それから自分の心音が聞こえる。ゴボウを握る右手に少しだけ力を入れた。まぁ、僕は下着とインナー姿なのだけれども。
 すると黒瀬さんがふらっと戻ってきた。「どうでした?」と聞いても答えてくれない。さっきは訓練されたショットガンを所持した相手がいきなり突入してきたし、今も突然の来訪だったのだからものすごく緊張することが続いて、クールに装っているだけで、実はかなり憔悴しているのかもしれない。まぁ、普通の人ならばそれも仕方のないことだろう。

「代わりに僕が様子を見てきますよ」

 そう言いつつ、黒瀬さんとすれ違うようにして入り口の方へ移動しようとすると、突然黒瀬さんが手に持っている巨大な刃物を僕目がけて振り下ろした。

 ――ギンッ!
 鈍い音を出しながらゴボウでその斬撃を受け止める。黒瀬さんにゴボウを片手で押さえつけられて、再度振り上げられた刃物がウォンという空気を割く音と共に、今度は横になぎ払われる。その横からの斬撃を防ぐために押さえつけられたゴボウを、無理やり横に構えようとした。すると、ゴボウがぐにゃりと曲がった。

「お前硬いんじゃないのかよっ!」

 ゴボウはブーメランのような形になったものの、横からの斬撃を難なく防いだ。その直後、跳ねるように元の棒状に戻った。その反動で黒瀬さんの刃物を大きく弾き、刃物はロッカーに突き刺さって抜けなくなった。



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スラッシュ/ゲーム - /46 -


ハコニワノベル

「黒瀬さん、いきなり襲いかかってくるなんて、どうしたんですか? もしかして、さっきまでのは油断させるための演技だったんですか?」

 黒瀬さんはロッカーに突き刺さった刃物を抜き取るのに必死になっていて、こちらの声がまったく聞こえていないようだ。やれやれ、なにかロッカーに恨みでもをあるのだろうか。さっきから叩いたり蹴ったりして、刃物をぐりぐりと動かしている。刃物の峰がノコギリ状になっていて、その部分が完全に引っかかっているのだから、そんな無理矢理に抜き取ろうとしても抜けるものじゃないだろう。
 それにしても、さっきまでのクールでこちらに敵意のなかった黒瀬さんはなんだったのだろうか。いきなり襲いかかってきたのはなぜだろう。元々、ここに入ったときから攻撃しようと思っていたのか、それとも突発的に行動したのか――。どちらにせよ、今の黒瀬さんはこちらを敵視しているのは間違いない。

「黒瀬さん。とりあえず落ち着きましょうよ」
「……っ」
「大丈夫ですって、僕らは別に黒瀬さんを攻撃しようとか思ってないですよ。それに、どうしても駄目だと言われるなら、大人しくここから出て行きますから」
「……っ」
「あの、どんな事情があるか知りませんけどね! せめて会話ぐらいしましょうよ。言葉のキャッチボール、分かります? ほら、さっきみたいに、円滑なコミュニケーションしましょうよ」
「……っ」

 埒があかないので、黒瀬さんの肩を掴んでこちらを向かせると、その表情はさっきまでの黒瀬さんと同一人物とは思えないほど無表情になっていた。「え、誰?」と自然と口から出たぐらいだから、黒瀬さんを知らない人だったら別人に見えたかもしれない。

「何があったんですか、ほんの数分前はいつも通りの黒瀬さんだったじゃないですか……、落ち着いてて、幅広い視点で思考するクールガイ黒瀬だったじゃないですか。聞こえてます? せっかく褒めたんですからリアクションぐらいしてくださいよ。おーい、黒瀬さーん!」
「……ぉっ」
「え? なにか言いました?」
「っげ……ろぉっ!」
「ゲロ? それは……嘔吐物の方ですか? それとも温泉の方?」
「……に、逃げろっ!」

 叫んだ黒瀬さんに突き飛ばされる。その直後、黒瀬さんは頭を掻きむしって「ぐぉぉっ」と唸りながら苦しんで、そのまま膝から崩れて倒れた。逃げろ――、つまりここにいたら危険だということを伝えたかったのだろうけれど、自分で襲いかかっておいて逃げろとはデタラメな人だ。まるで森のくまさんじゃないか。あのお嬢さんだってクマが追いかけて来なければ、逃げたりしなかったというのに。
 これはもしかすると、黒瀬さんは何かしらの意図があって、僕に攻撃を仕掛けてきたのかもしれない。ドアノブを回した相手から逃げるために一芝居をうったとか。いや、演技にしてはさっきの攻撃は手加減を感じられなかった。あれは確実に相手の命を奪い去る意志が入っていたはずだ。あれだけ激しく暴れていたのに、今はまるで人形のようにぺたりと床に倒れている。さっきの今で黒瀬さんの中で何が起こったのだろうか。
 何かが起こる? もしかして黒瀬さんは何かされたのかもしれない。例えば催眠術で操られたとか、絶対的な弱みを握られて命令されたとか。そういうことなら、こちらに攻撃してきたこともある程度はうなずける。でも時間にしたら数秒、ここから入り口の方へ移動して、更に戻ってくるまでの数秒間でそんなことができるだろうか。
 ふいに、生暖かい空気の流れが制御室内に入り込んできて、入り口の扉が開かれたことが分かった。誰かが入ってくる。

「同士討ちさせようと思ったのに、失敗か」

 入り口の方から今度は女性の声が聞こえた。そういえば、さっきはドアノブが回されただけで扉は開かれていない。黒瀬さんが入口側に移動したときも扉は開いていないはずだ。ということは、今聞こえた声の主はこちらが何人いて、誰なのかは気付いていないのかもしれない。
 これ以上中に入られて智子さんを危険に晒しては、ナイトとして示しが付かない。ここは覚悟を決めて先手必勝、こちらから仕掛けるしかないだろう。右手のゴボウを握り直して、勢い良く入り口側へ飛び出した。

「き、きゃーっ!」

 突然の悲鳴。そしてカランと何かが転がる音。目の前にいた女性は両手で顔を隠して、ぺたりと座り込んでしまっている。そのそばに先端に丸い球体が取り付けられた杖のようなものが落ちている。「あ、あのー」と声をかけると「ち、近寄らないで変態!」と叫ばれた。紳士中の紳士で、かつナイトという高貴な人間を捕まえて変態とは失敬な。

「変態とは失礼ですね」
「へ、変態以外の、な、なにものでもないじゃない……そ、そんな格好で、飛び出してくるなんて」
「この高貴な格好のどこが変態だと……あぁ、これはこれは失礼を」

 そういえば僕は今下着とインナー姿だった。しかもインナーは濡れていてスケスケだし、下着も水を吸ってピッチピチに肌にフィットしている。この格好で右手に棒を持って飛び出してきたら僕だって「変態」と叫ぶかもしれない。いや、でもこれはこれで未来を先取りしたファッションのような――、気はしないな。うん。

「と、とにかく、近寄らないで!」
「近寄ってきてるのはあなたじゃないですか」
「……?」
「どうしたんですか、そんなマジマジと僕を見て。はっはーん、さては変態と罵ってしまったものの、僕の肉体美にその目を奪われてしまったんですね。しかしそれは仕方のないことですよ。うん、仕方ない」
「……なーんだ」
「な、なんだとはなんですか! まるで貧相な身体とでも蔑むような発言ですね。もっと、ほら! しっかり見て下さいよ。ほらほら、素敵でしょ」
「爽太君か」
「……え?」

 座り込んでいた女性がゆっくり立ち上がって近づいてくる。「とにかく、服を着なさい」と、そっぽを向かれながら言われたところでやっと気が付いた。

「のんさんじゃないですか」
「今気が付いたの? っていいから、とにかく服を着て……」
「別に僕は恥ずかしくないですよ?」
「……私が恥ずかしいのっ!」
「恥ずかしがらなくても、いいんだよ?」
「怒ろうか?」
「いや、それがですね、今服が濡れてて着れないんですよ」
「なら、濡れてる服持ってきて、乾かしてあげるから」
「えぇ?」
「いいから早く!」
「……はい、これです」
「今着てるのも濡れてるんでしょ、全部脱いで」
「ちょ、ちょっとのんさん、積極的ですね」
「茶化さないで! ほ、ほら私は壁側を向いとくから」

 やれやれ、こんな状況で全裸になるとは思わなかったな。別に困ることなんてまったくないけど。僕は着ていたインナーと下着も、のんさんが指示した場所に脱いで置いた。一応、紳士的な意味で大切な場所はタオルで隠しておいた。あと、のんさんがこちらに何か仕掛けてくる可能性もあるから、ゴボウだけは手に持ったままだ。

「どうやって乾かすんですか? ここ、乾燥機とかないですよ?」
「これで乾かすの」

 そう背中越しにのんさんが答えてから、先端に丸い球体が取り付けられた杖のようなもの、というより杖を振り上げて小さく叫んだ。「カラカラに乾燥した世界」するとのんさんの目の前に小さな四角い物体が現れた。その物体の中に僕の服を全部入れると、その物体の中でみるみるうちに服が乾かされていく。なんだ、のんさんはイリュージョニストだったのか。これからはプリンセス・のんコーとでも呼ばないといけないな。

「はい、乾いたからさっさと着なさい」
「おぉ、ふかふかじゃないですか! ありがとうございます、プリンセス・のんコー様」
「なによそれ」

 のんさんが少しだけ笑ってから、倒れている黒瀬さんを見つめて「渉、やっと見つけた」とつぶやいた。すぐにその表情が強張っていくのが見えた。
 そういえばこの人だったな――。おいおい、ということは黒瀬さんが危ないじゃないか。



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スラッシュ/ゲーム - /47 -


ハコニワノベル

 作業服を着つつ、さりげなくのんさんと黒瀬さんの間に入る。これで、のんさんが黒瀬さんを狙ったとしても、なんとか防ぐことができるだろう。この僕がいる限り、ここでは思い通りにはさせないぜ。ふふふ。とか考えていたら「ち、ちち、ちょっと! 普通下着から履くでしょ! ……バカッ!」と叫ばれた。のんさんは物凄い勢いで壁側を向いた。
 まさに計算通りだ。これでしばらくは、のんさんの動きを封じることができる。まぁ、計算なんかはしていないことは、ここだけの秘密だ。まぁ、結果オーライだから問題はない。
 それにしても、この拒絶っぷりはどうなんだろうか。KGCに訪れた男性のお客さんのうち、実に六割が口説こうとするほどの女性であるのんさんだというのに。もしかして、逆に男性恐怖症だったりするのだろうか。とりあえず今は拒絶してくれる方が助かる。

「その杖、なんなんですか? 乾燥機を作ったように見えましたよ」
「……世界の杖」
「世界の杖、なるほど! ……えーと、それってなんなんですかね?」
「私が参加表明時に書いたのは文字通り”世界の杖”って書いたよ。だからこの武器を見つけたときは、地球儀が付いてるだけの杖かと思ってた」
「あぁ、その球体は地球儀だったんですね。なるほど、地球がくっついてる杖だから世界の杖か。いや、だからってさっきのはなんだったんですか? 魔法でも使っちゃったとか? あ、もしかしてのんさんって魔女っ子?」
「別に魔女じゃないよ。……あのね、爽太君。私このゲームにどうしても勝ち抜けたいの」
「いつも大人しいのんさんが、勝ち負けに貪欲なのは珍しいですね」
「どうしても、どうしても叶えたい願いがあるの」
「そのどうしても叶えたいっていうほどの願いっていうのは、どんな願いなんですか?」
「それは言えない。言えないけど……、どんなことになったとしても、絶対に、絶対に叶えたい願いなのっ!」
「それはつまり……えーっと、そのですね、つまり……」
「……つまり、なに?」
「黒瀬さんを殺してでも叶えたいんですか?」
「……」
「もしもその願いが叶わないなら、黒瀬さんを殺すつもりですよね?」
「……そうよ! でも、なんでそれを爽太君が知ってるの? ……そっか、渉から聞いたのね」
「違いますよ」
「え?」
「今朝、一階と二階途中の階段と、運力のゲームが始まる前に三階で電話してませんでした?」
「……聞いてたんだ」
「聞いてたわけじゃなくて、聞こえたんですよ」
「……ふふふ、あはははは!」
「どうしたんですか、突然笑い出したりして。僕はまだ絶妙なボケはしてませんよ?」
「バレてるなら仕方ないわ。爽太君には恨みなんてないけど、私の邪魔をするならあなたも一緒に……」

 世界の杖を振りかざしながら、のんさんが振り向く。

「一緒に殺して……! !」

 こういうときの言い争いで強烈な言葉を言ってしまうのは、大抵の場合気持ちの裏返しだ。だから今のんさんが言っているのは本音じゃない。その証拠に、振りかざされた世界の杖は振り下ろされていない。直後、再び「きゃーっ!」という悲鳴。振り向いたのんさんが、僕の姿を目視したとたんに悲鳴をあげて、また壁側を向いてしまった。

「どうしたんですか、何かいました?」
「あ、あのねぇ、何度も言ってるじゃない! 下着、履きなさいよっ!」
「まぁまぁ、どんな順番で服を着るかなんて、人それぞれの自由じゃないですか」
「だ、だからって上着まで着てるのに、のに……、どうして下は丸出しなのよっ!」
「いや、だからですね、どんな順番で服を着てもいいじゃないですか」
「へ、変態!」
「僕は変態じゃなくて、紳士でかつナイトですよ」
「と、とにかく早く下着を履きなさい!」
「下着だけでいいですか?」
「あのね、いい加減にしないと、本当に……殺しちゃうんだからね?」
「その杖で、ですか?」
「そうよ、この杖さえあれば私に不可能なんてないんだから」
「ということはやはりその杖は、ただの杖じゃないんですね」
「この杖は、私が思い描いた世界を作れる杖よ」
「思い描いた世界?」
「さっきはカラカラに乾燥した、砂漠のような世界を思い描いて作ったから、君の服がすぐに乾いたの」
「へぇ、それは面白い武器ですね。……あ、じゃぁ黒瀬さんが突然豹変したのって」
「そうよ。私がこの制御室内を”殺さなければ殺される世界”にしたの。だけど、私のイメージが曖昧だったみたいね」
「ふーん、つまりその杖で作れる世界は、のんさんが思い描けない場合は作れないわけですか……。あれ? さっき僕もここにいたんですけど、僕は別に変化なかったですよ?」
「あまり大きな範囲で世界は作れないから、爽太君とそこに寝てる子は、その範囲に入らなかったのかもね」
「なるほど、なるほど。世界の杖か……、便利ですねそれ」
「だから私がその気になれば、後ろを向いたままでも君を殺すのは簡単なの。例えば、この部屋から空気がなくなったら、どうなると思う?」

 背中を向けたままで、のんさんが世界の杖を振った。空気がなくなる? そんなことできるはずが――。のんさんを中心に四角い物体が広がって、僕はその物体に飲み込まれた。それと同時に視界が歪む。何が起きているのか分からない。もしかして、本当にこの部屋から空気がなくなった? これは――考えること――さえ、難しい。
 目の前に広がっていた四角い物体が、音もなく消えてなくなった。

「ほ、ほら……ほらね。はぁ、はぁ……、これで分かったでしょ」
「……かはっ、はぁ、はぁ。……本当に魔法の杖じゃないですか……、それ。だけど、自分も空気のない世界に……、入っちゃうなんて、のんさんって魔女っ子じゃなくてドジっ子ですね」
「だってそれは、爽太君が下着を履かないから……って、イヤーっ! なんでまだ履いてないのよ!」
「いや、履く暇なかったじゃないですか、さっきの今じゃ」

 これ以上この方法で時間を稼ぐのも、そろそろ限界だろう。僕は下着を履いて、それからズボンも履いた。ふかふかのほかほかになった服に身を包まれて、さっきまであった下腹部あたりの強烈な寒さからやっと開放された。少しだけ身震いがする。それを恐る恐る確認してからのんさんが振り向いて「とにかく、邪魔はしないでね」と言ったときだった。

「杏、いいかげんにしろ」
「黒瀬さん! 無事ですか?」
「渉……」
「お前がどうしても叶えたい願いって、俺だろ?」
「ちょっと黒瀬さん、目覚めた途端にナルシスト過ぎるでしょ、それ」
「……そうよ! それが悪い! ?」
「え、そうなんですか? のんさんの願いが黒瀬さん? だったらなんで殺そうと思うんですか、矛盾してません?」
「渉が、私を一方的に捨てたのが悪いのよ!」
「黒瀬さん、それは幾ら何でも酷いですよ」
「だからそうじゃないって何度も言ってるだろ」
「のんさん、それは勘違いらしいですよ」
「じゃぁ、どうしていつも連絡しても繋がらないの?」
「ほら黒瀬さん、正直になりましょうよ」
「だからそれは仕事だって」
「システム部は毎日深夜作業なんですよ。のんさん知らないんですか?」
「週末に連絡しても、いつも忙しいしか言わないじゃない」
「流石に毎週末仕事っていうのはおかしくないですかね、黒瀬さん」
「疲れててゆっくり休みたいんだよ! だからそれに関しては謝っただろ?」
「それについては謝罪したそうですよ」
「あのね……」
「あのな……」
『お前(君)は黙ってろ(て)』

 見事にハモって言わなくてもいいじゃないか。だいたい痴話喧嘩なら、他人に聞こえない場所でやるべきだろう。勝手に巻き込んでおいて爪弾きにするなら、最初から巻き込まないで頂きたい。巻き込まれる側のことも少しは考えて欲しいものだ。
 僕は仲裁に入るのを諦めて、智子さんが寝ている仮眠用ベッド横に座り込んで「仲直りしたら教えて下さいね」とだけ言っておいた。今の二人に、果たしてその言葉が聞こえたかどうかは怪しいところだ。



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スラッシュ/ゲーム - /48 -


ハコニワノベル

 他人の痴話喧嘩ほど見ていて見苦しいものはないと思う。あれからずっと同じような言い争いが続いていて、少なくとも僕は辟易している。どうしてもっと簡単に喧嘩が終わらないのだろうか。僕と静香の喧嘩なら、いつも数秒で終わる。大抵喧嘩になる理由は僕にあって、静香が「死にたいんか? ええで、一思いにやったるわ」と言えば、あっという間に首筋に矢が突き刺さって喧嘩終了だ。長引かないぶん、後腐れもない。その代わり何度も同じことで喧嘩になるのだけれども。

「だから、私は渉のことを心配してるのに……、渉は私のことを気にかけてなんてくれないじゃない! いつもいつも、忙しいとか仕事だとか言うだけで、私が何かしてあげようとしても、別にいいとかしか言わないじゃない……」
「それはお前に迷惑かけたくないからだ。せっかくの休みなのに、俺のせいで一日潰させたくないだけだよ」
「そんなの私の勝手でしょ? 私がそうしたいんだからいいじゃない。なのに、休みの日に私を避けてるのは別の女の子がいるからなんでしょ? だから、私とは会いたくないのよ!」
「だから違うって言ってるだろ!」
「なによ! 都合が悪くなるとそうやって怒鳴って! 怒鳴ればこっちが大人しくなるなんて思わないでよね!」
「都合が悪くなったから怒鳴ったんじゃない!」
「じゃぁ、なんで怒鳴るのよ!」
「それは……」
「それは? ほら、やっぱり都合が悪くなったからじゃない」
「……あぁ、もう!」
「なに? 今度は黙り込むわけ? 渉って大事なところで逃げるよね、いつも」
「だからっ! ……」
「だからなによ?」
「……面倒なんだよ」
「……」

 決定的だった。それまで大声を出していたのんさんが「……そっか」と小さくつぶやくだけになった。それぐらい決定的な一言だった。黒瀬さんは別に好きな人ができたわけじゃなくて、単純にのんさんのことが面倒になっただけらしい。やれやれ、それならそれでさっさと言ってしまって喧嘩を終わらせてくれればよかったじゃないか。僕は別に二人の関係がどうなろうと興味はない。それよりも早く、この居たたまれない空気を変えて欲しい。

「他に好きな人ができたわけじゃないんだ……」
「あぁ」
「……私、渉が最初の人だった」

 突然のカミングアウトだ。あの、申し訳ないけれど、これ以上は外でやってくれないだろうか。そう強く思った。

「私、男の人と付き合ったことなくて、付き合うなら生涯付き合える人じゃないと嫌だった。沢山の人が私に声をかけてくれたけど、なにか違うなーって思ってたんだ」
「……」

 黒瀬さんはずっと黙ったままだ。もちろん僕も黙ったままで、淡々とつぶやくようにのんさんだけが言葉を発している。

「二年半前、私が新人だったときの新人歓迎会でさ、私は上司や先輩にお酌をして回ってた。みんな可愛いとか、綺麗とか適当なことを私に言ってきて、私はちょっとその雰囲気が苦手だった。だから愛想笑いだけして、次々にお酌していったの。そのとき最後にお酌したのが渉で、他の人と違って何も言わなかった。最初はね、こんな人この会社にいたっけ? って思っちゃった。そのあとも、私はいろんな人に呼ばれてお酌してたから、結局ほとんど座れないままで二次会に行くことになって、その途中で貧血で倒れちゃってさ。さっきまで私に何度も声をかけてきたくせに、誰も私が倒れてることに気付かず行ってしまって……。大げさかもしれないけど、私このまま死ぬんじゃないかなって思ってた。そしたら、誰かがこう言うの。大丈夫? って。なんとか顔を向けたら渉がいて、それで私タクシーで家まで送ってもらったんだよ。渉はもう、そんなの覚えてないかもしれないけど、私にとっては絶対に忘れられない。それから少しずつ渉のことが気になって、半年間ずっと悩んで何度も迷って、それからやっと決心して告白して、私たち付き合ったじゃない。ずっとこのままの幸せが続くと思ってた、一生続くと思ってた……のにっ! っひ、ぐ……」

 ついにのんさんが完全に泣き出してしまった。こうなると男は弱る。男同士なら拳で語ってしまえることが、相手が女性であるだけで出来なくなるし、別にこちらに非がなくても負い目を感じるのだから、多少なりでも非があると自覚していれば、その負い目は確固たるものになってしまう。女性の涙はそれほど威力が大きい。
 制御室内にのんさんの泣き声が響いていて、雰囲気は最低だ。できることならここから出たい。

「杏」
「……なに」
「俺な、お前のそういうところが面倒なんだよ」
「……ぞんなのっ、何度っも、っひ、っひ、言わないでっ、よっ」

 鬼畜だ。黒瀬さんは鬼畜だと思う。
 ここまで追いつめた相手を更に突き落とすなんて、さすがの僕でもなかなか真似できそうにない。のんさんの泣き声が大きくなっていく。それを見つめながら黒瀬さんがのんさんに近付いた。

「俺がなんでこのゲームに参加したか知ってるか?」
「……じらなぃ」
「杏が参加するって知ったからだよ」
「……なん、で」
「お前ってさ、俺が最初の彼氏なんだろ?」
「……そっ、ぅだよ」
「で、お前の中で付き合うっていうのは、最終的に結婚するってことなんだよな?」
「……うん」
「あと、お前の中で一週間連絡が取れなくなったら、別れたことになってるよな?」
「だって、そうっ、じゃない」
「それはな、一般的じゃないんだよ」
「……?」
「お前の恋愛に対する感覚は、世間一般から大きくズレてる」
「……う、うそ」
「嘘じゃない、そうだよな?」

 突然話をふられたので「えぇ」と言いながら頷くことしかできなかった。のんさんは「えっ、え? 嘘……、ほんとに? なんで?」とか言ってる。どれだけ箱入り娘だったのだろうか。ということは、さっき言っていた最初の人とかいうのも、最初の彼氏っていう意味なのか。やれやれ、世間知らずにも程があり過ぎるじゃないか。もっと恋せよ、レディ。

「そういうの、全部面倒になったんだよ」
「……」
「付き合ったって言っても、夜の十時には家に帰っちまうし、キスだってしてない関係だろ?」
「……だ、だってそういうのは結婚してからだって、お父さんが……」
「ズレてるんだよ、そういうの。そんなのこっちだって面倒になるだろ」
「……で、でも」
「とにかく、面倒なことは終わらせる」
「……そ、それって私と、わか、わ、別れるってこと?」
「お前の中だと、もう別れてるんだろ? 俺たち」
「だ、だけどそれは私の勘違いで……その」
「もう面倒なんだ、耐えられないんだよ」
「……ぅっ」

 単純計算すれば、この二人が付き合った期間は二年ほどになるはずだ。その二年間、黒瀬さんはずっとこの調子で振り回され続けていたのかと思うと、心底同情してしまう。それに引き換え、ここまで来るとのんさんは、精神的な病に侵されているとしか思えない。付き合う定義の一般的なものがどんなものであるか、僕には言い表すことは出来ないけれど、のんさんの基準がそれから大きくズレているのは言うまでもない。まぁ、さっき黒瀬さんがはっきり言っていたことだけれど。
 黒瀬さんは、もう泣くこともなく、心ここにあらずで床に座り込んでいるのんさんに、更に近付いていく。もうこれ以上、のんさんを突き放す必要はないとだろう。下手をすれば、のんさんが自棄を起こして無理心中しようとするかもしれない。あの杖でさっきみたいなことをされたら、僕はおろか智子さんまで巻き添えになってしまうじゃないか。それだけはなんとしても止めないと。
 僕は「黒瀬さん、もうそこまでにしときましょうよ」と言い出そうとした。その言葉は喉から口へ移動して、外に飛び出そうとしていた。だれど僕は、その言葉を無理矢理飲み込んで止めた。その努力のおかげもあって、なんとか言葉のマーライオンにならずに済んだ。
 そして僕は今、耳を疑っている。なぜなら今、黒瀬さんが信じられないことを言ったからだ。

「杏、結婚しよう」



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スラッシュ/ゲーム - /49 -


ハコニワノベル

「えっ?」

 のんさんではなく、僕がそう言った。さっきあれだけ何度も何度も、面倒になったとか言っていた黒瀬さんが、最後の最後に言ったのはなんだったのか、もう一度咀嚼しながら思い返してみたけれど、何度思い返しても「結婚しよう」という言葉だった。それでも聞き返さずにはいられない。

「……なんで?」

 今度はのんさんが言った。僕も同じことを言いたかった。

「だからもう面倒なんだよ、お前のそういう勘違いやズレてる感覚に合わせるのは」
「……」
「だから結婚しちゃえば、毎日会えるよな? 毎日一緒にいられるよな? そしたら杏も納得がいくだろ?」
「……う、うん」
「もう疲れたんだよ、面倒なことは終りにしよう」
「うん」
「もう一回言う。杏、結婚しよう」
「……はい」
「はぁー、やっとヤボ用が終わったな」
「えへへ、私、渉のお嫁さんになれるんだね」
「えーと、お二人さん……。これ以上は外でやってくれませんかね?」
「悪かった。変なもの見せたな」
「いや、まぁ、それはもういいですけどね……。あ、ご結婚おめでとうございます。と、一応言っておきますね」
「一応は余計だろ」
「爽太君、ありがと。それから、えーっとなんだっけ。その、ごめんね」
「もういいですって」

 やれやれ、ここに入ってから今までの時間はなんだったのだろう。今日はいろんなことが起こってはいるけれど、今のが一番疲れた。今は和やかな雰囲気になっているけれど、さっきまで命を狙われるという状況だったじゃないか。できればこんなことは二度と経験したくない。頼まれたって経験するものか。まぁ、さっきも頼んではいないけど。
 そんな僕の心情は伝わっていないのか、目の前の二人は幸せそうに見つめ合っている。ほんとに外でやってくれればいいのに。

「ごほっ、ごほっ!」

 智子さんが大きく咳き込んだ。よく見てみれば顔色がかなり悪くなっている。あれだけの出血を考えれば仕方がない。僕は目の前で、既にウェディングベルが鳴っているとでも思っているような、絵に書いたようなバカップルのことは忘れて、智子さんの様子を伺う。もっと早くからこうしておくべきだったのに、それに気付かずに放置してしまっていたのだから、僕はまだまだナイトとしては未熟だな。いや、今はそんなふざけたことを考えている場合じゃない。
 智子さんの額に手を乗せてみると、かなりの熱だということが素人でも分かる。いくらなんでもこの熱は高すぎるだろう。このままだと、智子さんは遅かれ早かれ――。
 携帯電話のデジタル時計は十九時十分を示している。日の出まではまだ十二時間もある。それまで智子さんをこのままにしておくわけにはいかない。しかし、どうしたものか。

「その子、大丈夫か?」
「大丈夫じゃないですよ。片足失ってますし、出血量が尋常じゃないですからね」
「病院へは連れて行けないの?」
「この会場、つまり噴水公園から出たら”命はないものとお考え下さい”っていうルールがあるじゃないですか、だから今はどうしようもないんですよ」
「仮に会場から出たらどうなるんだろうな……」
「多分ですよ? これは単なる予感ですけど、首を落とされると思います。今までのゲームみたく」
「なんでそう思うんだ?」
「/3」
「は?」
「いや、だから/3ですよ。”すらっしゅさん”」
「いや、だからなんだよそれ……。あ、GSに表示されたリンクの文字列か」
「そうです、それですそれ」
「でも待ってくれ、それがなんで首を落とされる予感に繋がるんだ? あ、もしかしてスラッシュってslashか。それが首を切るって意味なのか?」
「違いますよ」
「それだと、あの文字列がさっきの予感にどう繋がってるのかさっぱりだな」
「さっきのはですね、”まったく繋がってない”ですよ。だから、特別な意味なんてない予感ですよ。まぁ、そんなことよりもですね、明日の日の出よりも早くゲームを終了させる方法ってないですかね?」
「終了? それって確か、生存している参加者が一人になったらゲーム終了になるってやつでしょ?」
「それだと意味がないんですよね……。ゲーム終了後に、智子さんを病院へ連れて行く人までいなくなってしまいますから」
「うーん、もう一つあるとすれば、本部の社員を全員始末する方法かな」
「そっか! こんなゲームを開催してる本部を片付けちゃえば、ゲーム自体も終わるもんね。渉、頭いいね!」
「いや、それがですね……。この体力のゲームが始まってから、もう少し正確に言うなら噴水公園に入ってから、一度も本部社員の姿を見ていないんですよ。どこかで本部の社員を見かけたりしました?」
「そういえば見てないな」
「でしょ? 今までのゲームのことを考えると、そこが明らかに違うんですよ」
「それは……、俺たちに武器が与えられたからだろうな」
「でしょうね」
「え? それってどういうこと? 私、あまり付いていけてない……」
「要するに、今まで強制的なルールに為す術もなく従うしかなかった参加者側が、武器を手に入れることによってルールの放棄、つまり本部の社員に対して、従う以外の選択肢が選べる状況になったんだよ」
「今まではルールによって本部社員は守られてきてますからね。武器を手に入れた参加者が反旗を翻す可能性を考慮して、今回は姿を隠してハンターなんてのを投入してきたんでしょうね。自分たちに危険が及ばないように」
「そっか、中にいるのが参加者のみになれば、最後の一人になるまで参加者同士で争うか、夜明けまでにハンターによって数を減らされるしかないってことね……。あれ? あれれ? あ、あのね、もしかしてさ……。このゲームって生き残れる可能性の方が、かなり低くなってない?」
「そうなってますね」
「わ、やっぱり!」
「杏、お前気付いてなかったのか……」

 結局、現時点では智子さんを病院へ運ぶ手立てが無いのことは変わらない。まだハンターが二体残っている状況で、本部社員が出てくることはないだろう。きっと本部は、参加者の願いをできる限り叶えたくないはずだ。それは、ここまでのゲームでの犠牲者数が物語っている。ということは、残り二体のハンターを片付けてしまえば、本部社員が残りの参加者を減らすために噴水公園内に入って来るかもしれない。今考えられる最短のゲーム終了へのシナリオは、これしかなさそうだ。
 残っている問題は、智子さんに残された時間がごくわずかだということだろう。このままだと一時間は持たないかもしれない。一時間以内にハンター二体を片付けて、本部社員も片付けるのは不可能だ。とにかく時間がない。

「こ、このままじゃ私たちも殺されちゃうじゃない!」

 のんさんが叫んでから力なくぺたりと座り込んだ。そしてカランと何かが転がる音。先端に丸い球体が取り付けられた杖のような――、これだ!

「のんさん!」
「な、なに?」
「この杖で、ものすごく時間がゆっくり流れる世界って作れます?」
「え? えぇ? ……う、うん。作れると思うよ」
「ものすごくゆっくり時間が流れるんですよ? 例えば普通の世界でいう一時間が一日ぐらいに」
「……うん、思い描きやすいから作れるんじゃないかな」
「ほんとですか! あの、その時間がゆっくり流れる世界の中に、智子さんを入れてくれませんか?」
「……なるほどな」
「え? うん、いいよ。あまりよく分かってないけど」
「時間はゆっくりであればあるほどいいんで、一分が一年とか。とにかくできる限りゆっくりでお願いします!」
「で、お前はどうするんだ?」
「残り二体のハンターを片付けて、本部社員を引きずり出します」
「確かに、それが一番早そうだな」
「黒瀬さんはのんさんの護衛に回ってもらっていいですか? 僕はとりあえず森本部長のところに行ってきます」
「分かった」
「爽太君! わ、私、頑張るからね!」
「期待してますよ、のんさん」

 随分と久しぶりだなと感じながら制御室の外に出た。空が真っ黒になってはいるけれど、雨はまだ降っていない。



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スラッシュ/ゲーム - /50 -


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 とりあえず、扇上の階段を登って中央広場に戻る。森本部長たちがいるはずのフランス庭園へ向かうためだ。一応注意深く辺りを見回してみても、参加者の姿は確認できない。物音も特に目立った音は感じない。それにしても作業服が乾いたとはいえ、年末の夕暮れ時は手が悴むほど寒い。ゴボウを落とさないように握り直した。
 そういえばこいつ、黒瀬さんに襲われたときに曲がったんだっけ? 山田社長の銃剣、あのバケモノの顎、黒瀬さんの青龍刀を難なく防いだのだから、硬度はかなりあるはずだ。それなのに、あの時は簡単にぐにゃりと曲がってしまった。確かこう、片方を押さえつけられたままで、反対側を引っ張ったら――。ぐにゃり。ゴボウはまた簡単に曲がってしまった。

「なんだお前、実は軟弱なやつだったのか」

 中央広場で一人つぶやきつつ、ゴボウを引っ張る力を緩めると、また跳ねるようにして棒状に戻った。中央広場のベンチに腰掛けて、ゴボウを何度か曲げたりしているうちに分かったのは、ゆっくりと力を加えると曲がる特性があるらしい。加えられた力がなくなると、反動をつけて元に戻るようだ。逆に瞬間的に力を加えた場合はビクともしないのに、材質は何で出来ているのか益々分からない不思議なやつだ。
 ゴボウの検証をそこまでにして思考を切り替える。残りのハンターは二体。あの身体の三分の二ほどが頭だったバケモノのようなものが、あと二体もいるのかと思うと、これはかなり面倒なことになってきている。いつもなら他人に丸投げしてさっさと帰ってしまうレベルだろう。だけど、ここで面倒くさがっていたら智子さんが危険だ。のんさんに時間がゆっくり流れる世界を作ってもらったとはいえ、あまりのんびりしている暇はない。なによりもレディを見捨てるなんて、紳士中の紳士である僕の辞書には存在しない選択肢だ。
 ベンチを後にしてフランス庭園へ近付いていく。一応、ハンターやこちらを狙う参加者がいないことを確認しつつ移動していく。まぁ、僕は訓練された兵士ではないので、誰もいないことを確認したあとは、ゴボウをステッキのように回しながら歩いているのだけれど。
 特に不穏な様子もなく、フランス庭園へ続く門前に到着した。ここでも一応身を隠しつつ、耳を澄ませてみたものの特に音がしない。というより、まったく何も聞こえない。付近に生き物がまったくいないように感じるほど、何の音も聞こえてこない。とりあえず何もいないなら安全だろう。今度はそっと門から庭園内を覗いてみると、誰かが倒れているのが見えた。よく確認してみると、倒れているのは二人いる。疎らな街灯で庭園の奥の方は暗くてよく見えなかったものの、特に争っているような雰囲気はなかったので中に入り、倒れている二人に近付いた。

 ――そこに倒れていたのは、じゅじゅさんとミッチー先輩だった。

「ちょ、何してるんですか! こんなとこで寝てたら風邪引きますよ……」

 軽口を叩いた瞬間に、視界が歪む。気がつくとじゅじゅさんの顔が間近に見える。「あら?」とつぶやいてから、いつの間にか自分も倒れていることに気が付いた。起き上がりつつ目の前のじゅじゅさんを見てみると、どうやら意識を失っているだけのようだ。呼吸はしているので命の別状はないだろう。その隣で倒れているミッチー先輩も同じだ。ただ二人とも耳を抑えている。とにかく、近くのベンチに二人を座らせるなりしないといけな――。

 キーンッ。

 耳鳴りのような音が聞こえた瞬間に、再度視界が歪む。思わず耳を両手で抑えたけれど、効果があまりない。徐々に頭痛、口が痺れる感覚が強くなっていく。気分が悪い。このままだと吐いてしまいそうなほどだ。なんとか目を開いてみても視界が歪み過ぎて、今自分がどこを向いているのかさえ分からない。

 キーンッ、キーンッ。

 耳鳴りのような音が何度も何度も聞こえてくる。なるほど、じゅじゅさんとミッチー先輩もこの音でここに倒れていたのか。膝が地面に付いた感覚がして、そのすぐあとに左頬が地面にぶつかった。視界が滲んでボヤけていく。



(……ん)



 既に両腕には力が入らない。耳を抑えるほどの力も残っていない。



(……さん)



 耳鳴りのような音は相変わらず続いている。



(……たさん)



 耳鳴りのような音の合間に何か聞こえる気がする。ザッザ、ザッザとノイズのような音。



(爽太さん)



 いや、誰かが僕を呼んでいる。もしかしてさっきので僕は三途の川を渡ってしまったのかもしれない。これは天女さまの声に違いない。あぁ、ついに極楽浄土へ辿りつけたということか。――ちょっと待て。誰かが呼んでいる? 誰が? どこから? 何のために? 徐々に意識が戻ってくる。頭痛は相変わらずだし、吐き気も収まっていない。けれど、耳鳴りのような音が聞こえなくなった代わりに、どこからか僕を呼ぶ声がはっきり聞こえてきている。

(爽太さん、爽太さん)
「聞こえてますよ……、どこの天女さまですか?」
(ご無事でしたか、それはなによりです)
「僕はいつでも無事ですよ」
(完全に意識を失ってしまうと、近重さんと小谷さんのように動けなくなってしまいますので、イギリス庭園から裏に回ってこちらに入って下さい)
「えらく的確な天女さまですね……、そういえばどこかで聞いたことのある声ですし」
(私ですよ爽太さん。覚えてらっしゃらないですか?)
「……?」
(さっきまでの攻撃で記憶が飛んでいるのかもしれませんね……)
「覚えてらっしゃらない……、あ!」
(思い出して頂けましたか?)
「思い出したというわけではないですよ。これは気が付いただけです、森本部長」
(ご名答です。さ、そこにいては十分にお守りすることができません。イギリス庭園からこちらへ回って来て下さい)
「じゅじゅさんとミッチー先輩はどうしておけば?」
(今はそこにいて頂く方が安全です。身動き出来ない状態で門の外に出しても危険ですので……、申し訳ないのですが爽太さん、これ以上遠い位置にいるあなたをお守りし続けることができません。また耳鳴りがしてしまいますので、すぐに門から出て裏に回ってくだ……)

 天女さま、じゃなくて森本部長の声がそこで途切れると、再び耳鳴り音が聞こえ出した。ゴボウを手にとって門から外へ飛び出す。すると耳鳴り音がピタリと聞こえなくなった。どうやらフランス庭園内でしか聞こえてこないらしい。そういえば、さっき森本部長はどうやって僕に話しかけてきたのだろうか。話によればフランス庭園の奥にいるらしいけれど、僕は門に近い位置にいたはずだ。トランシーバーみたいなものは持っていないし、携帯電話で会話していたわけでもない。まだぼやけている頭で考え続けるのも限界なので、とりあえず森本部長に言われたように、イギリス庭園側からフランス庭園内を目指すことにする。
 イギリス庭園の門に辿り着くと、正門側の通路の方からズルズルという、何かを引きずっているような音が聞こえてきたので身をかがめて隠れてみたものの、その音は少しずつ遠ざかっていったので深追いせずイギリス庭園内に入った。プールのような噴水があったはずなのに、噴水の姿はほとんど残っていない。まるでむしり取られたようにあちこちを破壊されていて、そこら中が水浸しになっている。
 慎重に奥へと進んでいくと、前にここに来たときにいた三人組がいた。いや、正確に言うならばあの待ち伏せをしていた三人組だろうと思われる三人組だ。そうだと判断したのも折られてしまってはいるが刀のような刃物を持ったのが二人、それからスタンガンのようなものを持っているのが一人だったからで、正確な判断はできていない。なぜなら、全身の骨という骨を砕かれた状態で殺されてしまっているからだ。身体の所々から、折られた骨が飛び出してしまっているが痛々しい。
 これをやったハンターか別の参加者がここにいるかも知れないと、身を隠しつつ伺ってみたけれど他には誰もいなかった。三人組のいる場所へ戻って、軽く手を合わせて黙祷だけしておいて、イギリス庭園の奥に生える木々の間を進んで行く。



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スラッシュ/ゲーム - /51 -


ハコニワノベル

 木々の間をある程度進んでいくとフランス庭園側の低木に辿り着いた。前は隙間なくびっしりと低木が植えられていたので、前に通ったときは隙間に身体をねじ込んで抜けたのだけれど、今はその中の数本が切り取られていて、通路のようになっていた。その切り取られた部分からフランス庭園内に入る。芝生を越えると、茨の植え込み場所が無理やり移動されていて、防御壁のような配置になっている。その防御壁の最前線に、巨大なマリモを確認した。

「森本部長」
「無事だったか、爽太」
「あ、ルー姉さん」
「悪いけど、森本部長は今手が離せないんだ」
「手が離せないって……」

 森本部長は目の前で拡声器のようなものを持って叫んでいる。叫んでいる内容が「私が二十歳のことですが、その当時は……」といった昔話のようである。殺されてしまう可能性があるのだから、自分の命が終わる前に主張しておきたいことがあるのかもしれない。しかし、森本部長の近くにいけばその主張は聞こえるものの、少し離れるとまったく聞こえてこない。拡声器のスイッチがきちんと入っていないのだろうか。

「あの、森本部長は何をしてるんですかね?」
「戦ってるんだよ」
「戦ってる? 時間という残酷なものとですか?」
「そこから噴水近くを見れば分かる」
「噴水近く? ……あ」

 そこにそれはいた。どこからどう見てもペリカンだ。大きさは動物園などで見かけたときの記憶と大差はない。唯一、奇妙な点があるとすれば頭が三つ付いているということだろうか。それでもペリカンだという印象は変わらない。頭の三つあるペリカンだ。「なんですか、あれ?」とルー姉さんの方を振り向かずに聞く「どうやらハンターってやつらしい」と言われた。「まぁ、そうですよね」とだけ返した。

「あいつが変な音で攻撃してきてるんだよ。耳鳴りみたいな」
「あの音ってあいつが出してたんですか……」
「その音をある程度離れた場所で聞き続けると、門のところにいるじゅじゅや、小谷みたいに意識を失うみたいだな。長谷川がその攻撃のせいで、あっちのベンチで横になってる」
「おぉ、妖精さんが。あれ? そういえば他の人はどこに行ったんですか?」
「長谷川と一緒にいた三人はやられたよ……」
「三人? ……あぁ、あの三人ですか。僕が残ったときに見かけた名前も知らない人たち。やられたってことは……」
「あのペリカンにやられた。至近距離だったからだと思う……、身体が破裂してしまったんだよ」
「……それはまた壮絶ですね」
「門と裏側の出入口は常に交代で見張りを立てていたんだけどな、あのペリカンが空から飛んできちまって、そのまま門の内側にられてな。そのとき門の見張りだった三人が至近距離であの音の犠牲になった」
「あいつ飛べるんですか……。厄介ですね」

 三人が犠牲になったらしい。さっきイギリス庭園で見た三人はこのペリカンのせいではなさそうだ。だとしても、これで新たに六人が殺されてしまったことになる。

「お? お前が爽太か! 無事だったのか、ハッハッハッハ!」

 突然野太い声がしたので振り返ると、たった一人で戦況をひっくり返す、とてもよく訓練された兵士が主人公の映画から、その主人公が飛び出してきたのかと思った。その肩に担ぎ上げられているのは間違いなくM60マシンガンだろう。やれやれ、どんな乱暴者だ。

「どうした? 恐ろしくて声も出ないか?」
「えーと、鈴木部長ですよね? 企画部の」
「知ってたか! ハッハッハッハ、そうだ。俺が鈴木だ。もう部長じゃないけどな、ハッハッハッハ! まぁ、よろしくな」
「あー、はい、よろしくお願いします」
「鈴木部長もさっき合流したところなんだよ」
「悪い悪い、このM60がどこを探しても見つからなくて探しまわってたんだよ。日本庭園の滝の裏側でやっと見つけたんだ。きっと誰かが宝箱を故意に隠してたんだろうな。ま、遅れた分はしっかり役立たせてもらうぞ」

 もう見た目から体育会系のオーラがほとばしっている。しかも手にしているのがM60マシンガンというから、しっくりき過ぎていて逆に笑えてくる。鈴木部長一人でこの戦局を乗り越えてくれそうな、そんな雰囲気だけは確実に持っている。

「鈴木部長、そのM60であのペリカンどうにか出来ませんか?」
「試しに撃ってみたんだけどな、あの音を止めないと弾丸が届かないんだよ」
「あの音は攻撃手段であり、防御手段なのか……。益々厄介だな」
「とにかくだ、マリモちゃんがあの音を防いでくれているうちに、あいつをなんとかしないとな」
「そういえばここは耳鳴り音がしないですね」
「森本部長の武器がなかったら、私たちもやられてるぞ」
「あの拡声器、武器だったんですか?」
「私も聞いてみたんだけど、”声”って入力したらしいよ。そのお陰で、こうしてなんとか戦えてるってわけだ」
「あの武器って叫び続けてないと効果がないんですか?」
「多分そうだな」
「だったら、いずれ森本部長が疲れてしまって、叫び続けることが出来なくなった時点でやられちゃいませんか?」
「そうなんだよな」
「それに、こちらからの攻撃も届かないんじゃ戦えないですし」
「それもそうなんだよ。なぁ爽太、あんたいいアイディアない? ほら、クリスマスイベントのときみたくさ」
「急に言われても……、クリスマスイベントと今じゃまったく別物ですしね。うーん、森本部長が相手の耳鳴り音を防ぐ限界の距離ってどれぐらいですか?」
「限界の距離?」
「要するにですね、どこまであのペリカンに近付いても、意識を飛ばされずに済むかってことですけど」
「それを知ってどうするんだ?」
「音で守られていて、遠距離からの攻撃が届かないわけですから、至近距離から攻撃をしちゃえば届くんじゃないかなぁと」
「理屈は分かる。けど、仕留められるか?」
「俺のM60ならいけるんじゃないか?」
「それはどうでしょうね、最初に出会ったハンターはものすごく硬くて苦労しましたよ」
「あんた、ハンターに会ってたのか! ?」
「えぇ、まぁ。じゅじゅさんもミッチー先輩も会ってますよ」
「ハッハッハ! それでいて無事だということは、やったのか?」
「もちろんじゃないですか」
「ハッハッハッハ! 見た目よりもたくましいな! そうかそうか。それなら、みんな無事なんだな?」
「……」
「無事じゃないのか」
「……はい」

 どうやら僕が制御室内に残ってじゅじゅさんとミッチー先輩と別れてから、二人はまだ森本部長のグループと合流することができていなかったらしい。僕はそのままの流れでルー姉さんと鈴木部長に、最初のハンターとの騒動の話、それと朋美さんと秋山さん、それから山田社長が殺されたこと。智子さんは左足を喰われて今は制御室内で、黒瀬さんとのんさんに看病してもらっていること。それから隣のイギリス庭園で三人が別のハンターか他の参加者によって殺されていることを話した。

「そうか……、随分減ってしまったな」
「そうですね。ここにいるのが森本部長に鈴木部長、ルー姉さんにじゅじゅさんとミッチー先輩、それから長谷川さんと僕の七人。制御室内に智子さん、黒瀬さんとのんさんの三人。あと生存してるかどうか不明なのがニ名ですね。全部で十二人しか残ってない計算になります」
「話によれば中居は重症なんだろう? そうなると時間も厳しいな」
「あ、時間に関しては多分大丈夫です」
「そうなのか? だって足を切断されたって……」
「細かく説明するのに時間がかかるのであれですけど、多分時間の問題は解決してます」
「……爽太が何を言っているのかは分からないけど、大丈夫なんだね?」
「はい」
「まぁ、いろいろ考えていてもジリ貧になるだけだ。まずは目の前にいるあのペリカンをどうにか片付けて、あそこで寝てる近重も起こしてやらないとな!」

 ルー姉さんと鈴木部長と僕でペリカンを倒す相談をする。最前線で叫び続けている森本部長の話は、旦那さんとの馴れ初めから新婚旅行の話に差し掛かろうとしている。もう少しだけ時間は残されているようだ。



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スラッシュ/ゲーム - /52 -


ハコニワノベル

「つまり、マリモちゃんに叫んでもらいながら、あのペリカンに近付いて攻撃をしかけるわけか」
「とにかく、攻撃を当ててみないと硬いのかどうなのか、倒せるのか倒せないのか分かりませんし」
「ギリギリまで近付いた距離が、それなりに離れていたらどうする?」
「まずは鈴木部長のM60を使ってみてもらって、それで効くようならそのまま倒してもらいますけど、効かないとなったら意識をギリギリ保てる距離まで僕らが近付いて攻撃する流れですかね」
「まぁ、あれこれ考えていても状況は変わらんだろう。まずはやってみんとな。 ハッハッハッハ! これは腕がなるぞ」

 森本部長にはルー姉さんが説明してくれて、森本部長は片手の親指を立ててこちらに了解を示してくれた。今の話は長女出産から名付けのエピソードに入ったところだ。
 森本部長を先頭に鈴木部長、ルー姉さんと続いて最後尾は僕という一列隊形になった。ペリカンに近付けば近付くほど、耳鳴り音が聞こえてくる頻度が増えてきている。今までずっと森本部長があの拡声器形の武器で耳鳴り音を中和してくれていたのだろう。ペリカンまでの距離は目測で十四、五メートルぐらいだ。

「ここらが限界だね。しかし、これは頭が痛いな……」
「鈴木部長、とりあえずM60を撃ってみてもらっていいですか?」
「おう! 任せとけ」

 鈴木部長が肩に担いでいたM60をガシャンと地面に下ろした。二脚をしっかり固定すると、うつ伏せになった状態でM60を構える。「うぉぉぉぉっ!」という無駄に大きな叫び声と共に、バババババババッという射撃音が連呼する。ベルトに取り付けられた弾薬を一本丸々撃ち終わったところで、射撃音が収まった。目の前のペリカンの周りにかなりの数の薬莢が散らばっているものの、薬莢はペリカンから一定の距離だけ離れた場所に散らばっている。どうやらここからの攻撃も届いてはいないらしい。「駄目だな」と鈴木部長が新しい弾丸ベルトを装着しながらつぶやいた。

「森本部長がやられてしまうと一気に全滅してしまう恐れがあるので、森本部長にはここで待機してもらいましょう。ここから先は三人で行くしかないですね」
「しかしなんだな、近付いて見てみると気味の悪い野郎だね。頭が三つもあるのに、無理やり取り付けられた感じの頭だね」
「この生物は本部によって人為的に作られたものかもしれん。あれだけ巨大な組織なんだから、遺伝子操作ぐらいならやっているだろう」
「あぁ。ちなみに聞きたいんですけど、お二人はヨリシロって知ってます?」
「ヨリシロ? なんか霊的なものじゃなかったか? 取り憑くとか憑依みたいなそんなイメージだな」
「俺はオカルト方面はさっぱりだな。それで、それがどうしたんだ?」
「いえ、なんとなく聞いてみただけなのでお気になさらずに」
「?」
「?」

 ヨリシロ――、依り代。
 神霊が依り憑く対象物のことで、神体や場合によっては神域をしめす。らしい。携帯電話にはそう表示されている。まぁ、今は考えても仕方がないか。鈴木部長とルー姉さんが不思議そうな顔をしているので、これ以上聞いても何も知らなそうだ。思考を切り替えて話を続ける。

「森本部長の話は……、今は部長に昇進したときの話になってますね。ここまで来てもたもたしていても仕方ないです。さて、誰から行きますか?」
「俺が最初に行こう。どのみち今ある武器で一番強力なのはこいつだろうしな」
「了解です。じゃぁ、僕は二番目に行きます。ルー姉さんは、もし鈴木部長と僕がやられた場合、一度森本部長と引いてください」
「分かった。分かったが、加勢した方がよさそうなら私も出るからね」
「それはとても心強いですね」
「おぉし、それじゃぁ早速行くかな!」

 威勢よく声を上げて、鈴木部長は両手の人差し指を耳の中に入れてグリグリとしてから「行くぞっ」と叫んで飛び出した。ずんずんと勇ましくペリカンに近付いていき、両手で抱えるようにして構えたM60を数発撃ち込む。さっきよりもペリカンに近い位置で薬莢が散らばっていく、それを見てさらに鈴木部長はペリカンに近付いていく。もう数メートルも離れていない位置まで進むと、さっきと同じようにM60を地面に下し、バババババババッという射撃音が鳴り響かせた。
 ペリカンの三つある頭の一つに弾丸が突き刺さる。

「ガァァッ!」

 初めて届いた攻撃に驚いたのか、ペリカンが大きく鳴き声を漏らしつつ体勢を崩した。そのままM60の銃撃は二つ目の頭部を打ち抜く。再度「ゲギャァァッ!」という鳴き声と共に、撃たれていない最後に残った頭部を振り回して鈴木部長に襲いかかる。その反撃を無視して銃撃は続き、最後に残された頭部にも連続して弾丸が打ち込まれた。今度は鳴き声を漏らすことなく、ペリカンの身体が地面に倒れ込む。

「よぉし!」

 撃ち尽くした弾丸ベルトを取り外して、地面に転がったペリカンの側で鈴木部長が親指を立てて合図した。僕とルー姉さんは喜ぼうと思っていたのだけれど、森本部長の「鈴木部長、離れて下さい!」という声によって中途半端なタイミングで止まってしまった。
 鈴木部長のいる方を確認すると、さっきまで地面に倒れていたペリカンが起き上がっている。しかも、さっきあれだけの銃撃を受けていたはずなのに、その傷すら確認できない。

「鈴木部長! 一旦ここまで逃げて下さい!」

 僕の声が鈴木部長の耳に届くより早く、鈴木部長はペリカンの横殴りのような頭突きによって吹き飛ばされてしまった。
 攻撃は届いていた、さっきの攻撃によって倒れ込んでいたのだから、間違いなく効果もあったはずだ。それなのにまるで無傷の状態で起き上がってきた。最初に遭遇した巨大な犬のようなバケモノは、体表が異常に硬くて攻撃を受け付けない奴だった。今度のは不死身とでもいうのだろうか――。
 とにかく、このまま引き下がってしまったら対策を講じる手段がなくなってしまう。男には引くに引けないタイミングってやつがある。それが今だ――と、思う。やれやれ、これはまた覚悟を決めなくてはいけなさそうだ。
 ゴボウを確認するように握り直す。

「ルー姉さん、森本部長をお願いします」
「ちょっと待て爽太! 今無理に出て行ってどうする! 一旦引いて対策を練るべきだ!」

 ルー姉さんの静止は敢えて無視して、ペリカンに向かって走る。ペリカンまでの中間地点を過ぎた辺りで、ペリカンが僕を認識した。こちらに向きを変えて三つの頭がそのクチバシをモゴモゴと動かしている。どう見ても嫌な予感しかしない。こう言う場合の嫌な予感は大抵その通りになるので、進行方向を左に九十度回転させて飛び退いた。
 ペリカンがクチバシをパカっとあけたかと思うと、さっきまで僕がいた場所を突風が通り抜けた。後ろからルー姉さんの「うわっ」という声が聞こえた。だけど、今は後ろを確認している暇はない。視線をペリカンに向けると、続けてクチバシをモゴモゴし始めている。一旦スピードを緩めてから今度は百八十度反対側へ方向転換をした。後ろ側にあった右足が突風を感じてぐらついている。
 最初の突風が通った場所の地面が軽く削り取られているのが分かる。あのペリカンは耳鳴り音だけでなく、クチバシから吐き出す風圧でも攻撃可能ということらしい。付け加えるならば、鈴木部長を吹き飛ばした頭突きという、近距離用の攻撃手段まで持っている。さらに不死身かもしれないという要らないおまけ付きだ。はっきり言って、現時点でこのペリカンを倒せる見込みは無い。

「爽太! 戻れっ!」

 後ろからルー姉さんの声が聞こえてくる。どうやら無事のようでなによりだ。それでも今は戻れない。何かこのペリカンを打ち倒すヒント得なければ、遅かれ早かれ追い詰められるのが目に見えているからだ。今退くのは悪手でしかない。とにかく自分の目で見て、触ってみて情報を得なければ。
 最初の突風を避けた場所で、再度ペリカンのいる方向へ進路を変える。次の攻撃がくるまでになるべく距離を詰めるしかない。息を止めて足に力を入れる。視線の先で三度目のクチバシモゴモゴが始まった。ギリギリまでペリカンに向かってから、今度は右に避けるために方向転換をした。その移動と同じタイミングで、ペリカンも同じ方向へ向きを変えてきた。「あ、ヤバいかも」のんきにつぶやきつつ、ゴボウをペリカン側に構えて突風に備える。
 一瞬、吸い込まれるような感覚の直後に空気の壁を感じ、すぐに身体が浮きあがって枯葉のように吹き飛ばされた。後頭部に鈍い痛みを感じたので確認すると、防御壁として並び替えられていた茨の植え込み部分まで吹き飛ばされていた。



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スラッシュ/ゲーム - /53 -


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 起き上がってみると、茨の棘が刺さった以外に大きな外傷はない。軽く飛び跳ねてみたけれどどこかが痛いということもなかった。植え込みに吹き飛ばされたのが良かった。これがもし、岩やコンクリートに叩きつけられたとしたら、もっと大きなダメージを受けていただろう。
 あの突風は吐き出す前にクチバシをモゴモゴする予備動作があるし、一度吐き出してしまえば、次に吐き出すまでにある程度の間隔が開く。これは連続して吐き出せないということだろう。それに突風は、相手にダメージを与えるために吐き出すのではなく、相手を自分から遠ざけるために吐き出しているように感じた。きっと、近付かれたら困る何かしらの理由があるのだろう。

「そういえば……」

 鈴木部長がペリカンに近付いてから今まで、あの耳鳴り音が鳴っていないことに気が付いた。それに、既に気絶してしまっているじゅじゅさんやミッチー先輩に対して攻撃する素振りを見せずに、ずっと放ったらかしにしている。ペリカンの方を確認してみると、吹き飛ばされた鈴木部長や僕にも興味を示している様子はない。
 キーンッ。
 鳴り止んでいた耳鳴り音が再開された。それに合わせるように森本部長が叫ぶのを再開してその音を中和する。ペリカンは耳鳴り音を出しているだけでその場から動こうとしていない。遠距離にいる間は安心しきっているようにも見える。もしかしてこれは――。よし、考えてるだけじゃ仕方がない。もう一度確かめてみるとしよう。
 軽く屈伸をしてから、茨の植え込みに刺さってしまったゴボウを引き抜いて握り直す。さっきは方向転換する動きを読まれて吹き飛ばされてしまった。ということはあのペリカン、それなりに知能は高いと見える。しかし、こちらの動きに反応するということは、常に後手で動作してくるということ。だったら、こちらの動きに相手が反応した瞬間に相手の裏をかけば、つまりフェイントが上手くいけば確実に近付けるはずだ。
 ペリカンに向かって一直線に走っていく。森本部長とルー姉さんの横を走り抜けながら「もう一度行きます」と声をかけた。「辞めとけ、爽太!」とルー姉さんの声、「いい加減にしないと、怒るぞ?」とかも聞こえた気がする。でも今は気にしてられない。
 ペリカンとの距離が近付くと、耳鳴り音が止んだ。ほどなく視線の先にいるペリカンがクチバシをモゴモゴさせ始める。つまり耳鳴り音と突風は一緒に出すことが出来ないわけだ。モゴモゴが収まったのを見計らって、前と同じように左へ方向転換する。ただし、今回は上半身を左に揺らすだけだ。すると、ペリカンが大きく向きを変えたのが見えた。

「ここまでは予定通り」

 ペリカンの動きを確認してから大きく右に方向転換して走る。慌てて追従しようとしたからなのか、ペリカンの突風はかなり離れた場所を通り抜けていった。その隙にペリカンのいる方へ距離を詰める。ペリカンに向かいながら、両手にゆっくりと力を込めていく。
 目の前で体勢を立て直したペリカンが、クチバシをモゴモゴさせているのが見える。さっきと同じように上半身を左に揺らす。ペリカンは今度は釣られること無くこちらを向いたままだ。次は身体ごと右へ方向転換した。ペリカンはその動きにきちんと追従して方向を変える。そして、クチバシをパカっとあけた。僕はそれを見てから左手の力を抜いて、曲げたゴボウを下に構えた。

 パンッ!

 跳ねるようにしてゴボウが元に戻りながら地面を叩く。その反動で右側を向いたまま低くペリカン側に飛び込んだ。ペリカンは僕よりもかなり右側に突風を吐き出そうとしている。その足元に滑り込むような格好になった。その勢いに乗ったまま引っ張るようにゴボウを振り上げる。ぐにゃっとした感触を残して、左側と真ん中の頭が跳ね上がる。振り上げたゴボウを続けて右側の頭のクチバシに向かって振り下ろすと、ガツンという衝撃と同時にクチバシが下側に折れ曲がった。
 その直後、目の前でペリカンがきりもみ状態になって吹き飛んだ。頭二つを上向きに、残り一つを下向きにした状態で突風を吐き出したからだろう。ペリカンが倒れ込んだ場所まで移動して、強めにゴボウで殴りつけてみる。ぐにゃっという感触は変わらない。別に殴りつけたことはないけれど、普通のペリカンを殴りつけたら、きっとこんな感触がするような気がする。そのままペリカンを見ていると、折れ曲がったクチバシ、それから今殴りつけた部分が徐々に治っていくのが分かった。

「尋常じゃない速度で回復してるわけか……、再生っていう方が近いかな」

 このペリカンは不死身ではない。攻撃を受けるとすぐに再生を始める。その代わり、攻撃に対する抵抗力はほとんどないに等しい。攻撃さえ届けば十分にダメージを与えることが可能だ。だから近付かれるのを極端に嫌っているのだろう。しかし、それが分かったところで、この再生速度を越えるほどの攻撃手段が思いつかない。なにせ鈴木部長のM60でさえ、追いつかないほどの速度だ。
 そうこうしているうちに、折れ曲がったくちばしは真っ直ぐに治り、殴りつけた部分の傷は見る影もなくなった。三つの頭を器用に使って起き上がると、鈴木部長を吹き飛ばしたときのように、その頭をぶんぶんと振って頭突きをしようとしてきている。とりあえずその振られている頭をゴボウで叩きつけようと振りかぶったところで、突然ペリカンが動きを止めた。その直後、視界が歪んだ。目の前にペリカンの足が見える。耳の奥に耳鳴り音が鳴り響いている。
 頭痛、それから口が痺れていく。あぁ、気分が悪い。

「そこまでだよっ!」

 威圧的な声と共に、空気を割く音。それから一瞬遅れてパシーンという炸裂音が耳元で鳴る。途端に、耳鳴り音が消えて無くなった。倒れたままで声の方を振り返ると、そこには真っ赤な、まるで赤ワインのように赤い色をしたムチに舌を這わせているルー姉さん――いや、ルー様がいた。

「なかなか反抗的な鳥野郎だねぇ」

 ヒュンフォン――、ヒュンフォン、パーンッ!
 ペリカンの左側の頭が大きく後ろにうな垂れる。

「今からたっぷりと調教してあげようじゃないか」

 ヒュンヒュン、スッパーン!
 今度は右側の頭が大きく外側に弾き飛ばされた。残った真ん中の頭がクチバシをモゴモゴし始めている。僕は起き上がって、体勢を整えようとした。すると、後ろから怒鳴り声。

「生意気だねぇ、アタイがいつ動いていいと言ったんだい!」

 パーン! パシーン!
 自分のことじゃないのにピタリと動きを止めてしまった。まるで生きた蛇のように唸りを上げたムチが、ペリカンの真ん中の頭を左右から大きく打った。ツカツカと、ハイヒールは履いていないのに、まるでハイヒールで歩いているかのようなステップで、ルー様が歩み寄ってくる。

「ルー姉……、ルー様? あまり近付くと危ないですよ?」
「おだまり」
「はい、すいませんでしたっ!」

 勢い良く飛び退いてルー様に道を譲る。そう言えば、じゅじゅさんが言っていたことを思い出した。「ルティが本気出したら怖いからな、気をつけろよ」あぁ、こういう意味かと、予想通りではあったものの、何度も心の中で頷いた。そのあともルー様の攻めが続いていく。罵り、ムチを振り回し、時折とても嬉しそうに笑っている。とても楽しそうだ。

「忌々しい鳥野郎だねぇ。せっかくアタイが打ってあげてるってのに、その有り難い傷をすぐ治しちまうなんて、生意気にも程があるよ! このっ! この馬鹿鳥がっ! ホラ、跪いて靴をお舐めっ!」

 ルー様がムチを振りながら、ペリカンへと更に近付いて行く。しかしペリカンはすぐにその傷を治して起き上がってくる。それを何度か繰り返していると、ルー様が突如「ウフフフフフ」と声を出して、愉快そうに、そして妖艶な表情でニタリと笑った。

「こうしたら、どうなるんだい?」

 そう囁きながら、真っ赤なムチを縄のようにして、ペリカンの首を締め上げた。途端にペリカンがバタバタと暴れ始める。

「そんなに嬉しいかい? そうかい、それならもっとキツク縛ってあげるよっ!」

 ギリギリという音が聞こえるほどに、ペリカンの首が三つともに締め上げられていく。さっきよりも更に激しくペリカンが暴れだす。その度にギリギリとムチが首を締め上げて行く。三度目の締め上げで、まるで糸が切れたかのように、ぐたりとペリカンが動かなくなってしまった。

「なんだい、もうイッちゃったのかい?」

 動かなくなったペリカンに腰をかけて、少し残念そうにルー様がつぶやいた。



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スラッシュ/ゲーム - /54 -


ハコニワノベル

 街灯の明かりで改めて確認すると、薄い灰色だったペリカンの身体が、うっ血によってか青紫色に変わってしまっている。三つの頭それぞれにある大きなクチバシから大量の泡が出ているところを見ると、酸欠も酷かったのだろう。そんな状態になっているというのに、ペリカンの身体から脈動を確認できる。ここまでされて死ねないのもかわいそうだな。

「ルー……様? 姉さん?」
「あー、今はもう、姉さんでいいよ。ちょっと冷めちゃったし」
「プライベートだと、ああいう感じになるんですか?」
「ん? それはどうだろうね……」
「普段はあんなもんじゃないぞ、爽太」
「あら、じゅじゅ起きちゃったの? もう少し寝てても良かったのに」
「あんだけパッシーン、パッシーンとかやられたら寝てらんないね。私もイジメるの大好きだからさ」
「それはゴメンなさいね。だけどもう、イジメおわっちゃったわよ」
「いや、そうでもないぜ? ルティ」

 後ろの方で頭を押さながら座り込んでいる、ミッチー先輩の方へじゅじゅさんが近付いて「小谷、これちょっと借りるぞ」と、ミッチー先輩の近くに転がっていた槍を手に取って戻ってきた。

「んふふふふー」
「じゅじゅのやり口はエグイからなぁ」
「一応聞いておきますけど、それで何をするんですか?」
「決まってるだろ。こうするんだよっ、と」

 ペリカンの首の付け根から身体の中心を通って、突き刺した槍でペリカンを貫いていく。「なかなか突き破らないなぁ」とか楽しそうにグリグリと槍を動かしているじゅじゅさんは、さっきのルー姉さんのように楽しそうだ。こんなことを楽しく感じるなんて、精神的に大丈夫だろうかと心配しそうになったけれど、心配するだけ無駄な気がするので辞めておいた。そんなことを考えているうちに「お? 出た出た。突き破ったぞー!」とか嬉しそうな報告と共に、首を縛られたペリカンの串刺しが出来上がってしまった。

「これでよし。しかしなぁ、ここまでされてるのに生きてるとか、バケモノだろ……ったく、これV2とかじゃねーか?」
「なんですか、そのV2って?」
「ん? あぁー、あれだよ、あ、れ! 二体目のハンターに勝ったからV2ってやつだ、うん」
「その誤魔化しかたはどうかと思いますよ、じゅじゅさん」
「あぁん? お前まだ何か文句あるのか?」
「そもそもですね、ヨリシ……」
「なぁ爽太、お前って串刺しにされたいの? ペリカンばっかり私らがイジっちゃってるもんだから、寂しくなっちゃったのぉ?」
「あの、目が笑ってないんですけど、冗談ですよ……ね?」

 そう聞いたのに、まったく目が笑っていない笑顔のままで「もちろん冗談だよ、半分は」とか言われたので「よっしゃー! V2! V2! 二体目倒したぞー!」とあからさまに叫んでおいた。

「そうそう、なかなか素直でよろしい。従順な方が長生きできるってことだ。な、ルティ」
「私はあまり従順な子は好きじゃないけどね」
「そう言われたらそうだなー。よし爽太、やっぱりお前、串刺しにする」
「駄目っ!」
「お? い、いや小谷どうした? ん? わ、分かってるって、冗談だよ冗談。だから、なんだ、そんな目で睨むなよ……」
「小谷は爽太のこと、好きなんだね」
「い、いや! そ、そそんな、そんなことじゃななな……」
「あはははは、普段はテキパキとしてるのになぁ。色恋となるとこうもあたふたするのか。可愛いじゃないか」
「ととと、とにかく! 爽太をこれ以上イジメないで下さいっ!」
「ま、分かったよ。だから小谷、そう睨むなって。それ以上睨まれたらさぁ……イジメたくなるだろ?」
「ミッチー先輩、あの人なら本当にイジメ兼ねないんで、もう辞めといた方がいいですよ」
「だ、だけど……」
「じゅじゅ、あんまり私の部下をイジメてやらないでくれる?」
「悪い悪い、ちょっと興奮してたもんだからさ」

 じゅじゅさんとルー姉さんが愉快そうに「若いっていいねぇ」とか「私たちも昔はあんなだったはずなのにな」とかガハハと笑っている。確かに、ミッチー先輩をイジったりイジメたりするのは楽しいと思う。リアクションが大げさで分かりやすいし、からかえばからかうほどに、自ら墓穴を掘っていくのは見物だ。だけど、ミッチー先輩は時折本気だったりするからやり過ぎは良くない。からかうつもりで言った冗談を、ずっと本気にしてしまうような人だからだ。確か今も、何か行き当たりばったりで言ったことを誤解されっぱなしになっている気がする。いや、気がするだけかもしれない。

「大丈夫?」
「えっと何がですか? あ、智子さんのことですか? 智子さんなら、今は制御室内でのんさんに……」
「あ、あんたのことを聞いてるの!」
「僕ですか? まぁ、至って普通ですよ」
「傷は?」
「傷? 何のことですか? あ、心の傷ってやつですか? ほら、僕ってガラスのハートを持ってるものだから……」
「あんた肩に怪我してたでしょ?」
「大丈夫ですよ、とくに痛みはないですし」
「ちょっと見せて」
「いや、だから大丈夫ですって」
「いいから、早く! ほら、脱ぎなさい!」
「おー、なんだ小谷もイジメる側だったのか」
「だからかー、自分のイジメる相手を奪われそうになったから、私たちに噛み付いてきてたのか。ふふふ。益々、可愛いな」
「ちがっ! 私はただ、爽太の傷の具合を……」
「お二人とも、ちょっとおふざけが過ぎますよ」
「お前にだけは言われたくないな」
「でも、ちょっと悪ふざけし過ぎたね。小谷、それから爽太も悪かった」
「小谷、ゴメンな?」
「じゅじゅさんは、なぜ僕には謝ってくれないのか理解に苦しみますよ」
「なぜお前に謝らないといけないのか、理解に苦しむな」
「じゅじゅ?」
「嘘、嘘、冗談だって。悪かったよ爽太ちゃん」
「最初から素直に謝ればいいも……、じゅじゅさん? 僕は今、なぜにヘッドロックされているのですかね?」
「仲直りのスキンシップに決まってるだろー」

 しばらくしてからヘッドロックを開放すると「一応こいつにトドメ刺しておかないとな」と、じゅじゅさんが串刺し状態のペリカンをグイグイと持ち上げて揺らした。

「トドメって、どうやって刺すんですか? そいつ、物凄い勢いで再生してしまうんですよ? その槍に突き刺さった状態で生きてるぐらいなんですから」
「暴れられないようにしてしまえば方法はあるだろ。それにしてもあの野郎……。おい! 健ノ介! お前いつまで寝てるんだよ、さっさと起きろよな!」

 じゅじゅさんが茂みの方に向かって大声を出すと「んー? おぉ? 起きたか近重!」という野太い声がして、鈴木部長がガサガサと音を立てながら戻ってきた。「いいのが顎に入っちまってな。悪い悪い、ハッハッハッハ!」と笑っている。「ったく、図体だけデカイんじゃ使えねーんだよ」と、じゅじゅさんが悪態をついているというのに、鈴木部長はまったく気にせず「悪い悪い」と笑っている。この人、底抜けに豪快な人だな。もしくは馬鹿なのかもしれない。

「ライター」
「なんだ純、タバコか?」
「いいからライターを出せって」
「ふふん、俺のライターがそんなに見たいのか? そらよ」
「サンキュー、健ノ介」

 じゅじゅさんが受け取ったライターを手馴れた様子で開けて、中に入っていた液体をペリカンに振り掛けた。「な、何するんだお前!」と鈴木部長が慌てているのを気に留めることなく、借りたライターを投げ返して今度は自分のポケットからライターを取り出して火を付けた。オイルによって勢いを増しながら、炎がペリカンを包んでいく。

「爽太、お前鶏肉好きだろ? ほら、打ち上げのときに食べてた唐揚げをさ、ジューシーだ、ジューシーだとかって言ってただろ」
「それ、食べるつもりですか?」
「せっかく焼くんだ、そのまま焼き尽くしたらもったいないと思わないか?」
「いや、そもそもペリカンって食べられるんですかね?」
「さぁなー。でも、食って食えないことはないと思うぞ?」
「いや、遠慮しておきますよ」
「そんな遠慮することないって。こいつ倒せたのも、お前が頑張ったからだろ? だからご褒美だよ、ご褒美」
「だから、遠慮しておきますって」
「お? それなら俺が食うぞ。意外に美味いかもしれんだろ? ハッハッハッハ!」
「……爽太、気をつけろよ。健ノ介はな……馬鹿だ」
「なんとなくそんな気がしてました」
「その判断はとても正しい」
「なんだ? 何か言ったか?」
『いいえ、まったく』



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スラッシュ/ゲーム - /55 -


ハコニワノベル

 辺りがこんがりと香ばしい香りに包まれている。その香りの中で鈴木部長が「なかなかいけるぞ」と言いつつ、焼いたペリカンを食べている。これじゃあまるで、鈴木部長はハンターを狩るハンターじゃないか。携帯電話で調べてみたところ、中世のアラブでは一般的に食用されていたことがあるらしいので、食べられないわけではなさそうだ。ただし、今焼けているのはペリカン――のような生き物であって、ペリカンという保証はまったくない。完全に焼けたあとは脈動も確認できなかったし、焼けた状態から再生もしなかったので絶命はしていると思われる。
 その肉にかぶり付く鈴木部長は一旦置いて、森本部長を中心に今後の対策を話し合う。

「中居はそのなんだっけ、野々村の作った世界? だとかでしばらくは無事なんだな?」
「一応は無事だと思います。ただ、それでもなるべく早く病院に行かないとマズいですよ」
「爽太の考えでいくと最後のハンターを倒してしまえば、本部の社員が出てくるってやつだけど……、そんな簡単に本部の社員が現れるかねぇ?」
「そこは間違いないと思うぞ、ルティ」
「何か根拠でもあるのですか? 近重さん」
「本部側からしたら、ハンターがいなくなってしまうと、そのままゲーム終了時間まで参加者が生き残ってしまいますからね」
「えっと、例えばですよ? 例えば、新たにハンターが投入されるっていうのもあり得るんじゃ……」
「それはない」
「じゅじゅさん、何でまた断言を?」
「三体で限界だ」
「へ?」
「……要するに、あんなバケモノをそう簡単に増やしたりはできないだろうってことだよ」
「何か事情を知ってるようで……って、ヘッドロック! 辞めましょうよ、本気で痛いんですよそれ」
「ただのスキンシップだって。それにお前がしゃべりだすと面倒くさくなるしな」
「じゅじゅ、それから爽太も暴れるな」
「まずは一旦、現時点で生き残っている参加者で集まるべきですね。それから最後のハンターに対する対策をみんなで考えましょう」
「あ、あの! 森本部長。集まると言っても、どこに集まるんですか? ここに制御室内にいる三人を呼ぶのは厳しいと思うんですけど」
「制御室内に重症の中居さんがいるのでしょう? だったら私たちが中央広場の方へ移動する方が早いですね」
「でも中央広場だとハンターに見つかりやすいですね。それから生死不明ですけど、あとニ名ほど参加者が残ってます。仮に生き延びていたとしたら、そのニ名が僕らを狙わないとも限りません。もっと別の場所にした方が良くないですか?」
「最後のハンターがどんなバケモノか分からない以上、迂闊な行動はしない方がいいかもね。だけど、こんなゲームはもう終わらせるべきだと思う」
「ルティの言うように迂闊に動いてやられるリスクはある。だけどな、最後のハンターがあのペリカンみたいに狭い場所であればあるほど凶悪なやつだったら、隠れていてもやられるのがオチだ。だからこそ早く全員で集まって対策を練るべきだ」
「それでも中央広場は危険じゃないですか?」
「確かに発見されやすい場所だけどな、逃げる方向の選択肢は多い。ここ以外の庭園内じゃ、門を抑えられただけで逃げられなくなるしな」
「なるほど。それで全員で集まったとして、有効な対策を練れますかね?」
「それぞれの武器を知るだけでもかなり違ってくるだろ」
「爽太さん、リスクは承知の上です。それとお恥ずかしい話ですが、あのペリカンのような攻撃をもう一度されたら、長時間音波を緩和するほどの体力が私には残っていません。実力行使に出るのはあまり好きではないのですが、早い段階でハンターを倒してしまう方法を模索しましょう」
「まぁ、そんなに心配するな爽太! ハッハッハッハ! これでも食って落ち着け」

 鈴木部長がペリカンの足を差し出しながら近付いてきたので、軽く左右に手を振って拒否しておいた。続けざまにじゅじゅさんに差し出したものの、同じく拒否されたそのペリカンの足をボリボリと頬張りながら「男はうじうじ迷わず突撃だ」とか言っている。紳士中の紳士で、男の中の男である僕にそんな説教は必要ないのだけれど、確かにあれこれと考えていても仕方がない。僕は「それじゃ、行きますか」とつぶやいた。すぐに「なんでお前が決定権持ってるみたいなこと言ってんだよ!」とじゅじゅさんにヘッドロックされた。きっともう、人類の未来を左右できるほどの脳細胞は、僕の頭の中には残っていないだろう。
 ベンチで寝ていた長谷川さんを起こし、簡単に状況の説明をして移動を開始した。正門側から中央の通路を通って中央公園を目指す。先頭はじゅじゅさん、最後尾は僕という隊列で移動していく。最後尾から見ていると、全員ボロボロになっているのがよく分かった。着ている服だって所々破れているし、傷の大小に違いはあるものの、無傷の人は一人もいない。携帯電話で確認した時刻は二十時を回ったところだ。体力のゲーム開始からまだ三時間しか過ぎていない。それなのにこの状況だ。二十五名いた参加者も、分かっているだけで十三人が命を落としている。既に生存率は五十%を切っているということになる。

「爽太君」

 話しかけてきたのは僕の前を歩いていた長谷川さんだった。起こされてすぐの状況説明になったので、説明をしているときも「うん、うん、うん……え?」という相槌ばかりだった。きっと何か分からないことでも聞きたいのだろう。

「どうしました?」
「あのね、よく分からないんだけど……、私と一緒にいた三人はどこに行ったの?」
「あー、あのですね……、僕はそのとき一緒にいたわけじゃないのでよくは知らないんですよ」
「そっかー。ちょっとだけしか話してないんだけど、ガーデニングが好きだって言ってたから、お友達になれそうだなぁって思ってるんだよー」
「そうだったんですか……、へぇ」

 軽率な発言がよろしくない結果に繋がることは、今日、既に経験済みだ。同じ轍は踏まないようにしよう。妖精さんに残酷な現実を突きつけても仕方がない。今のうちに話題はそれとなく変えておこう。

「ガーデニング流行ってますよね」
「そうだね、本格的にやってる人も増えてるんだよ」
「僕にはできそうもないですよ。水やりとかすぐ忘れちゃうだろうし」
「そういう人は多肉植物がいいよ。水やりの頻度も多くないし、小さな鉢で育てられるしね」
「多肉植物って、サボテンとかですか?」
「そうそう。名前付けて可愛がってあげればどんどん成長してくれるよ」
「名付けまではまだまだできそうもないですけど、機会があれば花屋にでも行ってみます」
「なんだったら私が育ててる多肉のレベッカちゃんを、増やして持ってきてあげる」
「レベッカちゃん……ですか、それはどうもどうも」

 よし、なんとか話題は別の方向になったな。やれやれ、変に気を使った会話は疲れるので苦手だ。元々、長谷川さんと会話するときはペースを握れないことが多いので、こちらが疲れてばかりだったりするのだけれど。

「爽太君……」
「どうしました? まだ気分が悪かったりします?」
「何か、聞こえない?」
「えぇ? 耳鳴り音はしてませんよ」
「そうじゃなくて……、何か変な音……」
「うーん……」
「ほら! やっぱり聞こえるよー」

 ――ズル、ズルズル。
 何かを引きずっているような音が聞こえた。「この音ですか?」と聞くと「うん」と長谷川さんは答えた。その音は僕の後ろから聞こえてきている。後方を注視しながら、徐々に歩く速度を上げて先へと進む。気が付いたら先頭にいたじゅじゅさんに追いついてしまった。

「おいおい、なんだよ。そんなに私と一緒じゃなきゃ嫌なのかぁ?」
「じゅじゅさん、後方から何かが近付いて来てます」
「冗談……、じゃなさそうだな」
「残念ながら」
「流石にここで追いつかれるのはマズいな……。よし。みんな! ちょっと急いで中央広場まで移動してくれ! 森本部長、あとはお願いします。あ、健ノ介は残れよ」

 その声にみんな困惑していたのだけれど、長谷川さんが走ったのをきっかけに、それぞれがバタバタと駆け足で進んでいく。じゅじゅさんがそれに続こうとしないので僕も残ろうとしたら、じゅじゅさんから綺麗なローキックを喰らわされた。

「あのー、痛いんですけど?」
「お前は先に行け」
「時間稼ぎするんですよね? そう言うヒーローっぽいのは、僕にも噛ませてくださいよ」
「駄目だ」
「なんでですか?」
「お前の武器じゃ近距離にならないと何も出来ないだろ。ここは私と健ノ介がやる」
「おぅ、ここは任せとけ」

 ――ズルズル。
 正門側の暗闇から徐々に音が近付いてくる。

「爽太、いいからさっさと行け!」
「無茶はしないで下さいよ」
「ある程度、時間を稼いだらすぐに行くさ。心配しなくて大丈夫だ、ハッハッハッハ!」
「爽太は先に行った連中に状況説明な。それと発砲音が聞こえたら、今後ろにいるのはハンターだってことになるからな。発砲音がしたら全員で逃げる準備を整えろ!」
「……了解しました。先、行きます」

 じゅじゅさんがショットガンを、鈴木部長がM60を暗闇に向けて構えた。その後姿を確認してから僕は中央広場の方へと走る。しばらく進むと中央広場にある街灯の明かりが近付いてきているのが分かる。さらに走って近付くと、その街灯の明かりの中にいる森本部長たちの姿を確認した。
 それとほぼ同じタイミングで僕の後ろから

 バーンッ!
 バババババババッ!

 と、銃声が聞こえた。
 振り返らずに中央公園へ駆け込む。



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スラッシュ/ゲーム - /56 -


ハコニワノベル

「爽太、何が起こってるの?」
「最後のハンターが追いかけて来てるみたいですね。じゅじゅさんと鈴木部長が時間を稼いでくれているので、とりあえず逃げる算段をしましょう」
「今度のはどんな奴だったんだ?」
「それが、僕は見ていないんですよ。暗かったので近付いてくる音しか聞こえませんでした。じゅじゅさんがですね、相手がハンターであれば発砲すると言っていたので、ハンターが来ているというのは間違いなさそうです」

 再びバーンッ! と、バババババババッ! という銃声が重なりあって聞こえてくる。その音が徐々に近付いてきているということは、ショットガンとM60では大した足止めにならないのだろう。考えてみれば、今まで倒した二体のハンターに対しても、銃火器による攻撃はあまり有効ではなかった。銃火器の効かない生命体が、実在しているという事実を認めなければならなそうだ。
 ――ヨリシロ。
 ――依り代。

「神霊が依り憑く対象物のことで、神体や場合によっては神域をしめす。だったっけ」
「爽太、何か言った?」
「一体目がライオンみたいで……、いやどちらかと言えば獅子舞の獅子に近かったな」
「爽太?」
「二体目はペリカンか……。ペリカンというよりも、定義としては鳥か?」
「おーい、爽太?」
「……あ!」

 携帯電話を取り出して検索を行う。履歴に残っていた”依り代”から”神体”、”神”、”神道”と調べていく。さらに関連している項目を調べていく。銃声と誰かの声が耳には入ってきているけれど、今はそれどころじゃない。続けざまに調べていく”神社”、”神の一覧”、”日本の神の一覧”その先で見つけた複数のページをブックマークした。「もしかして、ハンターっていうのは……」と口に出したところで、久しぶりに耳を引っ張られた。

「なにぶつぶつ言ってるのよ。爽太が逃げる算段しようって言うから、みんなで逃げることになったんですけど?」
「あ、ミッチー先輩……、痛いーっす」
「突然だからパニックになるのは分からなくもないけどさ、しっかりしなさいよね」
「別にパニックにはなってませんよ。そんなことよりも、一番アドバイスできない立場の人からアドバイスされたことにパニック起こしそうです」
「そんなに耳を引きちぎられたい?」
「おーい、小谷に爽太。SMなら無事に帰ってから存分にやってくれるか? 全員で中央広場の裏からイタリア庭園側に逃げるぞ」
「だ、そうなので続きはまた今度にしましょう、ミッチー先輩」
「つつ、続きななな、なんて……」
「ミッチー先輩。パニックになるのは分からなくもないですけど、しっかりして下さいね」
「あ、あんたに言われたくないわよ!」

 後頭部をグーで殴られた。しかもかなり強めで。相変わらずこの人は傷害常習犯だな、と思いながら後頭部をさすりつつ渋々と移動を始める。だけどその移動は数歩進めただけで終わってしまった。僕が中央広場の中央まで移動すると、そこには先に移動していたはずの森本部長たち全員が立ち往生していたからだ。

「どうしたんですか?」
「爽太さん。うーん、これは説明するより体感して頂いた方が早そうですね」
「それはいったいどういう意味ですか?」
「ここから先に進めないんです」
「へ?」
「ここから先に進めなくなっているんですよ」
「またまた、そんなわけないじゃないですか」
「では、進んでみてください」

 森本部長が何を言っているのか分からないまま、言われた通りに前へ進む。進む。進む。進もうとしたけれど――進めなかった。
 身体に何かがぶつかっている感覚がして、歩いても走っても、飛んでもしゃがんでも前に進めない。まるで目に見えない壁でもあるみたいだ。ゴボウを前に突き出しながら、見えない壁がどこまであるのかを軽く調べてみると、中央広場の裏側どころか左右共に進めなくなっている。

「なんですかね、これ?」
「分かりません。分かりませんがこの状況は……」
「閉じ込められたということですね。方法は分かりませんけど」
「逃げ場なしで、後ろからはハンターか。まるで誰かにハメられたみたいだな」
「ルー姉さん、一応言っておきますが僕じゃないですよ?」
「別にあんたを疑ってるわけじゃないさ。客観的な状況判断だよ」
「あの! これってピンチってことですよね? どどど、どうしよう! ?」
「小谷さん、落ち着いて下さい。焦っても仕方がないです。どこかに抜けられる場所がないか探しましょう」
「えっとえっと、抜けられなかったらどどどっ、どうすれば?」
「じゅじゅと鈴木部長がハンターを片付けてくれることを祈るしかないな」
「そんな……」
「とにかく、今は抜けられる場所がないかをみんなで探しましょう」

 それぞれが見えない壁の確認をしていく。軽く調べただけなので、例えば上や下からは通り抜けられるかもしれない。どこかに隙間があるかもしれない。後ろから近付いてくる銃声にプレッシャーを与えられながら、当てもなく抜け穴を探す。
 パッシーンッ! という炸裂音がしたので確認するとルー姉――ルー様だった。

「あの、何をしてらっしゃるんで?」
「忌々しい壁じゃないかい。私のムチに無反応だなんてねぇ」
「あぁ! そうか、強度はまだ試してませんでしたね」
「反応しないものには興味が沸かないよ」
「ルー様、ありがとうございます!」

 右手のゴボウを壁に向かって振り下ろす。ガンという手応えが返ってきたものの、分厚い壁を殴りつけている感覚とは少し違う気がした。なので今度は素手で壁を触ってみる。その感触がどことなくワニ革のような感じがした。もしかすると、透明な爬虫類系のハンターがここに横たわっているのかもしれない。今までのデタラメなハンターを考えれば、有り得なくもないだろうし、透明であれば追いかけられていたときに暗いとはいえ姿が見えなかったことにも説明がつく。携帯電話のブックマークからページを開いて確認してみたけれど、”ワニ”ならハンターに成り得るだろう。そう考えれば考えるほどに、目の前に張り巡られているのは壁ではなくてハンターな気がしてきた。しかしそうなると、じゅじゅさんと鈴木部長が、今なにと戦っているのか分からなくなってしまう。どうにかして確認しなければ。

「あ、あんたねぇ、こんなピンチな状況でサボってるんじゃないわよ!」
「ミッチー先輩!」
「ななな、なに?」
「あの、ここをですね、その槍で突き刺してみてもらえません?」
「え? 壁を?」
「お願いします」
「なんで?」
「ちょっと試してみたいんですよ」
「よく分からないけど……、ここを刺せばいいんだよね?」
「はい。思い切り刺して下さい」
「わ、分かった。い、いくよ? て、てて、ていやー!」

 思った通り、槍の刃先が壁に突き刺さった。「ちょ、なにこれ? どういうこと?」とミッチー先輩が慌てている横で、刺された部分を確認する。触ってみたものの体液らしいものは出ていないようだし、動くような素振りもない。

「ちょっと爽太! これに何の意味があったの?」
「いえ、確認してみたかっただけです」
「確認? なにを?」
「壁なのか、そうじゃないかをです」
「え? これ壁じゃないの?」
「少なくとも壁ではなさそうです。だけど、こうなると違うみたいだし……」
「違うってなにが? ていうかコレ抜けないんだけど! ?」
「ミッチー先輩、僕ちょっと確認したいことがあるので失礼します」
「ま、待って! コレ抜いてよ。ねぇ、ねぇってば!」

 中央広場を抜けて扇上の階段を駆け下りる。
 あの壁がハンターでないとするなら、じゅじゅさんと鈴木部長は何に対して攻撃をしかけているのかを確認しておきたい。階段を下りきったところで、走ってくるじゅじゅさんを確認した。

「じゅじゅさん、丁度良かった。ハンターってどんなやつですか?」
「最悪だ! 逃げるぞ爽太!」
「え?」
「なんでV1クラスが出てくるんだよ! くそったれ、音々の野郎っ!」

 ラリアットされた状態で、せっかく駆け下りた階段を駆け上っていく。

「じゅ、じゅじゅさん、鈴木部長は?」
「健ノ介はやられた」
「えぇ?」

 ――ガシャンと金属音が鳴る。直後に大きなものが落ちる音。
 後ろ向きのままになっている僕には見えたのは、グニャグニャに曲げられたM60と、下半身のない鈴木部長が投げ捨てられるように階段の下に転がった姿だった。



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