POSITISM

適度に適当に。

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スラッシュ/ゲーム - /28 -


ハコニワノベル

 ――僕が選択したカードは運力だった。
 これで僕の勝ち抜けは決まり。まぁ、百年に一度の逸材である僕が、こんなところでリタイアするはずがないのだから、当然と言えば当然の結果だ。それに僕には、選択したカードが運力であるという確信に近い自信があった。自分のことながら、これを間違えているようじゃ先が思いやられることになっただろう。
 隣を確認するとミッチー先輩は顔を伏せたままだったのでそっとしておきつつ、視線をまんべんなく応接室内に広げてみる。今回のゲームも現時点でそれなりの人数が被害にあってしまったようだ。首の切り取られた参加者の遺体を機械的に本部の社員が運んでいくのが見える。それにしても、あの数の遺体をどこに運んでいるのだろうか。安置するにしても、放棄するにしても数が多過ぎる。最初のゲーム会場であった四階のフロアにでも運んでおくのだろうか。

「わっ……、どうしよう」
「真樹、落ち着け。落ち着いて選んでくれたらいいからなー」
「だ、だけど」

 少し離れた場所で真樹さんと朋美さんが見えたので近づいてみる。

「これはこれは、どうもどうも」
「また、君かー」
「奇遇ですね」
「奇遇って、今社内で生きてる人はみんなここにいるでしょ……」
「そう言われたらそうですね。そうか、もうこれだけしか生きていないのか」
「何と言うかさー、君って何事にも客観的な視点しか持ってないよなー」
「そうでもないですけどね」
「……」
「どうしたんですか? 真樹さん」
「真樹はどうもしないんだよー。私が体力を選んじゃったから、真樹に選んでもらおうと思ってさ」
「……え、選べないよぅ」
「それなら安心して下さい」
「え?」
「この僕が選んで差し上げますよ。颯爽とね」
「そうかー、真樹が選んでくれたなら何が出ても文句は言わないけど、君が選ぶなら文句言うし、もしものときは一生枕元に立ってあげるぞー」
「それは楽しみですね」
「……本気で選ぶの?」
「僕はいつだって本気ですよ」
「朋美、爽太君に選んでもらってもいい……かな?」
「いいよー。どのみち誰かに選んでもらうんだしなー」
「そう……、分かった。じゃぁ爽太君、お願いするね……」
「了解しました。……じゃ、コレで」

 左に設置されたカードをなんの前触れもなく表向きにする。「ちょっと、いきなりなの! ?」とか「潔すぎるだろー」だとか言われたけれど気にしない。なぜなら迷う意味がないからだ。迷って何かが変わるのなら、長い時間をかけて迷った人が報われないことが起きるはずがない。だけど世の中ってやつは基本的に迷おうが、悩もうが結果が劇的に変化することなどあり得ない。それなら、迷ってる時間の方がもったいない。
 表向きになったカードは――運力。

「おおー。君は運がいいんだなー」
「よ、良かったぁ……。私、真ん中にしようと思ってたんだよ! ありがとう、爽太君!」
「礼には及びませんよ。僕もちょっと試してみたかった部分もありますしね」
「試すって恐ろしいこと言うなよー。ま、助かったからいいけどさー。とにかくありがとなー」
「いえいえ。それでは僕はまだカードを選択しなくちゃいけないので失礼しますね」
「選択しなくちゃいけない?」
「あぁ、こちらの話なので気にしなくて大丈夫ですよ」

 その場所を離れ、プロジェクタが映し出されていた壁まで移動する。既に参加者は全員一度はカードの選択を終えているようだ。振り返って応接室内を確認すると、首を切り取られた人、勝ち抜けた人以外、つまり現時点でカードを選択して貰わなければならない人だけが、周りの参加者に声をかけていたりしている。きっと数えるまでもなく二十二人が残っているのだろうけれど、その人数を数えてみる。
 ――二十、二十一。あとは志津バアを含めて二十二人。
 思った通り二十二人だ。となれば、あとは片っぱしから選択するだけか。やれやれ、こんなタイミングでヒーローにならなくてもいいとは思うけれど、僕という存在が自然とヒーローになる運命なのだろう。
 頭の中で何度も思い出しておいてから声を出した。

「すいませーん、体力のカードを選択しちゃった人! 今からカードを選択してまわります! 二十二人の皆さんの命、預かります!」

 一瞬だけざわざわしたけれど気にしない。
 まずは先頭の列にいる人のカードは――、左側。
 次の人は右側、その次は左側、その次は右側で、確かその次は左側。よしよし、ここまで全部運力のカードだ。気を抜かないように次の人へ進む。ここは真ん中で、その次の人は右側、その次は真ん中。今のところハズレなし。ここから先が微妙になってきているから、しっかりと思い返しておこう。

「おい、なんでお前なんかに命を預けなきゃいけねーんだよ」
「あらあら、三好さんじゃないですか。お疲れ様です」
「なんでお前でしゃばってんの?」
「ちょっと今話しかけないでもらえません? 一個間違ったら残り全部間違えちゃうじゃないですか」
「なんの話だよ。とにかく俺はお前に選んで欲しくなんかねーよ」
「……えーと、うんうんうん」
「話し聞けよ! お前の選択で殺されたら死んでも死にきれねーし」
「あー、ちなみに三好さんはどれを選択して欲しいですか?」
「俺の個人的な考えなら、右側のカードだな。どうせ選択するなら、俺の指定したカードにしろ、な?」
「分かりました」

 真ん中のカードを表向きにする。

「ちげーし! 右側って言ったろ! お前何して……」
「はい、運力でした。良かったじゃないですか。では、僕はこれで」
「はっ、礼なんかしないからな」
「それは期待してないですよ」
「はっ、一生期待するんじゃねーぞ」
「安心して下さい。今まで三好さんに何か期待したことなんて一度もないですよ」
「チッ」

 さて、次に集中しなくては。今ので十一人だから――、次は真ん中だ。その次が右側、またその次が左側。えーと、確か次も右側で、その次は左側だったな。ここまで全て運力だ。しかし、どうしても後半が曖昧になってきているな。一旦深呼吸をしておこう、そう思って顔を上げると応接室にいるほとんどの人がギャラリーになっていた。これはきっと、ヒーローが見たくて見たくて仕方がないのだろう。写真は言ってくれればポーズを取ってあげようじゃないか。
 気を取り直して次に進んで左側、次に右側。
 ――思い出せ、思い出せ、次は確か左側。
 その次が、右側。更にその次は左側、その次が右――いや、ここは真ん中だ。危ない危ない。今のは気が付かなければ完全に間違えるところだった。確かここでターン――じゃなくて右側だ。よし、あと一人。

「タノシソウ、やるやんか」
「志津バア、遅くなってごめんね」
「ええよ、それよりもほれ、ちゃっちゃと選んでくれへんか?」
「もちろん。最後のは忘れたくても忘れられそうにないから自信、いや確信があるよ」
「せやろ? ほな、よろしく」
「はいよ。真ん中で最後だ」

 真ん中のカードを表向きにする。分かってはいるけど運力のカードだった。やれやれ、自分と朋美さんを含めて二十四人。全員運力のカードを選択することが出来た。まぁ、決まっていたのだから別に驚くようなことじゃない。

「やれやれ。妖怪はここらで自主リタイアでもするかな」
「え? 志津バアリタイアするの?」
「そろそろ年寄りには向かないやろーし、ここらが引き際やで」
「でもさ、リスクなしって本部の人言ってたけど、それが本当にリスクなしかは分からないよ?」
「あー、それは大丈夫やろ。アタシを殺そう思っても殺せへんしな」
「流石は妖怪だね。ってそういう冗談じゃなくてさ」
「心配いらん。なんせアタシは妖怪ってだけじゃなく、死ねない理由もあるしな」
「死ねない理由?」
「孫が可愛いねん」
「あー、そういうことね。じゃぁ、大丈夫か」
「そう言うことやな」
「え、でもそれってさ……」
「皆まで言うなや、タノシソウ。アタシはとっても楽しいんやけどな、フフフ」
「……いや、これはマズくない?」
「ほな、頑張って」

 再び照明が落とされて、前方の壁にプロジェクターの映像が映し出された。

「参加者の皆さんお疲れ様です。たった今、運力のゲームが終了致しました」



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スラッシュ/ゲーム - /29 -


ハコニワノベル

「運力のゲーム参加者数が六十四名、そのうち自分で勝ち抜けた人数十八名。他人にカードを選択して勝ち抜けた人数が二十三名。合計で四十一名、生存率64%……あり得ない。半数以上が勝ち抜けているなんてあり得ない事態です。しかし、不正はなかったので紛れもない事実ですか……、せっかく知力を勝ち抜けた人数をエレベーターで減らしたと言うのに。……まぁ、いいでしょう。さて、他人にカードを選択して勝ち抜けた二十三名の方は次のゲームに進むか、ここで自主リタイアするかを選択して下さい」

 プロジェクター内の紙咲さんは見るからにイライラしながら話している。どうやら、勝ち抜いた人数に不服があるみたいだ。それに口を滑らせていたけれど、あのエレベーターのワイヤーに細工をしたのはどうやらこの人のようだ。そう言えば最初のゲームの後でも生存率がどうのと気にしていたんだっけ。この辺りにこのスラッシュ/ゲーム開催の謎が隠されているのかもしれない。

「はいはーい、アタシはリタイアするで」

 志津バアが宣言した。その瞬間首を切られやしないかと思ったけれど、紙咲さんは「かしこまりました」と言うだけで、そのあとでやってきた本部社員に連れ添われながら志津バアは応接室を出て行った。その本部社員が来る前に「きばりや、タノシソウ」とだけ言われてお尻を強く叩かれた。もう少しでお尻が四つに増えるところだったと思う。
 その後、僕にカードを選択してもらった人たちもバラバラとリタイアを宣言していき、最終的に次のゲームに進んだのは二十五人ほどだった。驚いたのはその二十五人中、十三人が顔見知りだということ。ミッチー先輩、長谷川さん、三好と高畑の二人もいる。智子さん、真樹さん、朋美さんの三人組どうやら次へ進むようだし、秋山さん、それからじゅじゅさんと、ルー姉さんも勝ち抜けらしい。黒柳徹子――じゃなかった、森本部長もいるじゃないか。あとは、黒瀬さんとのんさんだ。それぞれがそれぞれに無事だったのは良かったと言えるだろう。その他の参加者で顔見知りはいないけれど山田社長と、企画部の鈴木部長が残っている。

「運力のゲームを勝ち抜いた皆さんには、これから最後のゲームに参加して頂きます。知力、運力と続いたので察しはついていると思いますが、次のゲームは体力のゲームです。最後は体力を思う存分に使っていただきます」
「それで、その体力のゲームはどこでやるんだ?」

 口を開いたのはじゅじゅさんだった。

「……チッ。最後のゲームの会場はこのKGC社ビルではございません。今から皆さんには体力のゲーム会場となる上坂噴水公園に移動して頂きます。出発は十五分後を予定しておりますので、それまでに階段で一階のエントランスにお集まり下さい。出発時間に遅れますと、首が飛びますので十分にお気をつけ下さいませ」

 なぜか突然不機嫌になってそこまで言ったかと思うと、すぐにプロジェクターが消され照明が元の明るさに戻った。それにしても相変わらず暗い。外はどうやら分厚い雲で覆われているらしい。どうやら雨は降っていないみたいだけれど、降りだすのは時間の問題だろう。
 それにしても噴水公園に移動するのか。クリスマスイベントの設営でここ最近行くことが多い。噴水公園でゲームが開催されるとしたら、クリスマスイベントはどうなるのだろう。この僕が立案した素敵な素敵な企画で、設営準備も真面目にこなしたあのイベントは。KGCが潰れるとしたら、全て無に帰するのだろうか。やれやれ、残業代ぐらいはきちんともらいたいところだな。

「ちょっと爽太!」
「っ! あの、いきなり耳を引っ張るの辞めませんか……いや、辞めて下さいミッチー先輩」
「あんたさっき何したの! ?」
「なんの話ですか?」
「ほら、さっきみんなのカードを選んだじゃない。しかもそれが全部運力のカード! あんた何したの?」
「別に何もしてないですよ」
「何もしてなくて全部運力のカードを選んだって言うの?」
「いや、厳密に言えばそうじゃないんですけどね」
「どういうこと?」
「あっ、あの、だから耳をですね、その……、いや、ほんとにそろそろ千切れます……よ」
「怪しいなぁ」

 と、しぶしぶ耳は開放されて、なんとか千切られることはなかった。やれやれ、この傷害常習犯め。スラッシュ/ゲームが終わったら訴えてあげるから、覚悟しておいてもらおう。
 それに、さっきのカード選択については怪しむ必要性なんてどこにもない。僕にはどこに運力のカードがあるのかが分かっていただけだ。単純にそれだけ。だからさっきのカード選択については知ってさえいれば、誰にでもできた芸当なのだから、怪しんだり驚いたりするようなことじゃない。まぁ、一度間違えかけたのだけれども。

「爽太君、さっきはありがとう」
「真樹さん、お礼はいいですって」
「それにしても、君って奴は凄いんだなー」
「今頃気が付きました? 僕は凄い奴なんですよ。なんせ百年に一度の逸材ですからね」
「あんたそれ、自称でしょ」
「小谷先輩も無事だったんですね」
「あ、チコちゃんも勝ち抜けられたんだ。良かった! 良かった! 顔色悪いけど大丈夫?」
「みんな顔色悪いですよ……。私も体力のカードを選べばリタイアできたのに……。なんで朋美はリタイアしなかったの?」
「んー? そりゃ、ここまで来たら願いを叶えたくなっちゃったからかなー」
「相変わらず朋美はマイペースだね」
「よっし! みんな勝ち抜けたんだから、次のゲームは協力できるならしようね!」
『分かりました小谷先輩』
「じゃ、みんなで一階へ行こーっ!」

「……ですから、僕が百年に一度の人材であると言うことは自称ではなく、事実。紛れもない事実なんですよね。持って生まれた才能とでも言いますか……って誰もいないしね」
「美知恵の彼氏君は独り言が好きなのか?」
「あ、秋山さん。別に独り言は好きじゃないですよ。独り会議とかは好きですけど」
「それは何をもって区別するんだ?」
「強いて言えばハート、ですかね」
「ハートねぇ……」
「信じていない目ですね」
「うーん。ところで、君はこの次のゲームをどう見る」
「華麗に無視ですか」
「ま、いいじゃない。で、参考までにどう見てる? 次のゲーム」
「体力のゲームってやつですか?」
「そうそれ」
「うーん、なんとも思ってないですね。と言うか思っても仕方がないですし」
「それはどういう意味で?」
「始まってもいない得体の知れないゲームに入れ込むほど、僕は落ち着きを失っていないだけですよ」
「ハハハ。君はやっぱり抜け目のない奴だな」
「いやいや、それほどでもありますよ」
「なんと言えばいいのか分からないけど、私には次のゲームは嫌な予感しかしていないんだよね」
「参考までにですけど、その嫌な予感ってどんなのですか?」
「ま、始まってもいない得体の知れないゲームのことだから気にしないでいいんじゃないかな」
「それは確かにそうですね」
「あぁ、そうだ。そう言えば君にお礼を言おうと思ってたんだよね」
「お礼ですか?」
「あのさ、最初のゲームで中居を励ましてくれただろ?」
「えーと、そんなことありましたっけ?」
「覚えてないのか……。まぁ、とにかくだ。君が励ましてくれたお陰で、中居が随分と救われたんだ。本人はあまり気が付いていないみたいだから私が代わりにお礼を言っておくよ。ありがとね」
「なんのことなのか、正直思い出せてませんけど……多分、紳士中の紳士的言動のなせることなので、僕にしてみれば当然のことですね。だからお気になさらずに」
「君は紳士中の紳士にはまったく見えないけどね、ハハハ。それじゃ、私は先に行くよ」

 最後に失礼なことを言いつつ手をあげながら、秋山さんは階段を降りていった。
 そう言えば集合時間は十五分後だ。そんなに時間があるわけじゃないので、僕も階段を降りることにした。



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スラッシュ/ゲーム - /30 -


ハコニワノベル

 階段を降りながら情報を整理していく。
 今のところはっきりしているのは、次のゲームが体力を主に使用するゲームだということだけだ。これまでの傾向から考えれば、命の危険に晒されるのは間違いないだろう。その体力のゲームに参加する人数は二十五人。確か、最初のゲームが終わったときに聞かされた話の中で、総参加者数が百五十五人だったのだから、現時点での生存率は16%程度――いや、自主リタイアした人も生存しているのだから、生存者は四十一名。生存率は26%。それでも四分の一まで減っている。逆に言うならば百十四人が今日だけで殺されたということだ。
 最初のゲームで人がたくさん殺される異常事態に混乱したからだろうけれど、参加者の大多数は人が殺されていくことに鈍感になっている気がする。そりゃ、周りで機械的にあれだけの人数が殺されていけば、感覚が狂ってしまうのも頷けるけれど、さすがにちょっと鈍感になり過ぎている気がする。本部の社員に従うしかないと、勝手に思い込んでしまっている人が多い。よくよく考えてみれば、こんな理不尽な要求に従う方がどうかしている。
 紳士中の紳士であるとことの僕は、こんな状況であっても鈍感にはなれない。なぜなら既に――、五年ほど前のあのときから、僕の感覚は狂っているのだから。いや、もっと前からだったっけ?

「おっと危ない、変なとこまで思い出しかけたな」

 独り言をつぶやきつつ階段を降りて行く。そういえば、自主リタイアした人たちは本当に無事に帰れたのだろうか。今までのことを考えるとノーリスクだというのは怪しい。ここはひとつ殺しても死にそうにない、溶解する妖怪にでもメールでも送ってみるか。



 件名:お元気?
 本文:無事でござるか?



 志津バアにメールするときに気を付けないといけないことが三つある。
 一つ目は、絵文字を使わないこと。これは「飾る暇があるんやったら、とっとと要件を書け」ということらしい。
 二つ目は、簡潔な内容にすること。これは「携帯電話みたいなもん、長時間も眺められへん」ということらしい。
 三つ目は――、なんだったのか思い出せないけれど、絶対にやってはいけないことだったことは確かだ。



 件名:元気
 本文:無事。



 返信された内容は素っ気ないけれど、これはいつも通りなので気にしない。一応確認のメールだけしておく。



 件名:リスクは?
 本文:何もなし?



 件名:ない
 本文:既に自宅へ向かう電車内。



 件名:それはよかった
 本文:さすが妖怪



 件名:せやろ
 本文:あとは任せた



 何を任されたのかいまいち分からないけれど、ひとまず志津バアが無事なら、他の自主リタイアした人たちも無事だろう。――多分。
 そんなメールのやり取りが終わるのとほぼ同時に一階にたどり着いた。メールをしていて気が付かなかったけれど、一階と二階を塞いでいた防火シャッターは既に収納されていたみたいだ。なるほど、これなら自主リタイア組は普通に階段で外に出れたのだろう。

「よぉ。さっきのすごかったな」
「え? あぁ、黒瀬さん」

 一階エントランスに出たところで黒瀬さんから話しかけられた。

「ほら、さっきのゲームで全部運力のカード選択したろ?」
「あれは、ほら、あれですよ、たまたまですよ」
「たまたま? そんなわけないと思うけどな」
「どうしてですか? あんなのたまたまですよ、たまたま」
「単純に三分の一を連続して選択するとしてだ、確か体力を選択した二十三人全員だろ? それを単純にかけると……」
「0.0000000008%ぐらいですよ」
「計算早いな……って、また携帯か」
「便利なものは使った方が楽ですからね」
「まぁ、そうだけどな。でだ、その天文学的な確率なことを、お前はやってのけたんだぞ。これがたまたまで済ませられるかよ」
「僕は連続しようがなんだろうが関係ないと思いますけどね。どんなタイミングであっても三分の一じゃないですか」
「俺がたまたまじゃないって思ってるのは、確率が天文学的だからじゃないんだけどな」
「それじゃぁ、なにをもってたまたまじゃないと?」
「お前さ、言ってただろ」
「なにをですか?」
「”今からカードを選択してまわります! 皆さんの命、預かります!”とかさ」
「言いましたっけ?」
「本気で覚えてないのか? それとも覚えてないフリか?」
「フリじゃないですよ」
「フリじゃない……って、あぁ、真似か」
「これは覚えてない真似……って、先に言わないで下さいよ」
「お前、食えない奴だな」
「意外と美味しいですよ?」
「そういう意味じゃない」
「いやいやいや、こう見えても歯ごたえシャキシャキで、味がじわっと広がる高級食材ですよ」
「お前は、いろんな意味で食えないな」
「意外と美味しいのに……」
「もういいって。ま、次のゲームもお互い気を付けような」
「あぁ、黒瀬さん」
「なんだ?」
「黒瀬さんの下の名前ってなんでしたっけ?」
「渉だ、ワタル。それがどうした?」
「いやぁ、良い名前だなぁと思って」
「ん? それだけか?」
「特に深い意味はないですけど、黒瀬さん気を付けて下さいね」
「どうした急に?」
「いや、次のゲームでいつ殺されるか分からないじゃないですか」
「それはお互い様だ」
「そうですけど、黒瀬さんの方がきっと危なくなりますよ」
「なんだそりゃ」
「なんとなくです。なんとなく」
「一応忠告として受け取っとくよ」

 黒瀬さんとの会話はそこで終った。
 黒瀬さんはこれまでのゲームで首を切ったであろう人物よりも、身内に気を付けるべきだ。あの穏やかじゃない発言の対象は黒瀬さんだ。そして黒瀬さんにそんな穏やかじゃない発言をするであろう人は一人だけ。――あの人だけだ。やれやれ、これは厄介なことになりそうな気がする。



 件名:せやろ
 本文:あとは任せた



 ふと、さっき受信した妖怪メールを思い出した。――思い出さなきゃよかった。
 それに、さっきの黒瀬さんの対応を見てると、僕が言いたかったことのほとんどを、既に分かってるような感じがした。まぁ、電話で直接言われたのもあるんだろう。あぁ、そうか。だからこそヤボ用なのか。

「体力のゲームに参加される皆さん、こちらにお集まり下さい」

 その声のする方に視線を移すと、今までプロジェクターに映し出された姿しか見れなかった紙咲さんがいた。思ったよりも背は低い。勝手なイメージで長身スレンダー美人を思い描いていたのを修正しておこう。

「今からこちらが用意したバスで上坂噴水公園まで移動して頂きます。現地に到着した瞬間からゲーム開始となりますので、お手洗い等は今のうちに済ませておいて下さい。また、バスでの移動中にゲームのルールをご説明いたします」

 近づいてみるとプロジェクターで見るよりも美人だった。背は想像より低いもののスレンダーだし、ロングの黒髪ストレートに赤フレームのメガネも似合っている。プライドの高そうな雰囲気がとてもよく伝わってくる。
 ふと、紙咲さんの指先が気になった。何かを指で引っ張るようにしきりに指を動かしているからだ。まるで、空中にある何かをニギニギと掴みとるようにも見える。僕の視線に気付いたからなのか、こちらに気が付いた紙咲さんはその動作を辞めてしまった。もしかするとクセなのかもしれない。しかも人にはあまり見られたくない類の。紳士中の紳士である僕がレディの嫌がることをし続けてはならないので、自然に視線を紙咲さんの顔へ移した。

「準備が出来た方からバスの方へご乗車下さい。間もなく出発いたします。遅れた方は首を頂きますのでご注意下さい」

 相変わらず、さらっと恐ろしいことを発言していることに誰もツッコミは入れなかった。早速バスへ移動していく人もいれば、トイレに行く人。その場で話し込んでいるミッチー先輩と三人組みたいな人たちもいる。僕は特にすることもないので、エントランス内を軽く見回してからバスへ移動した。
 KGC前に停車していたバスに乗り込む。ざっと数えてみると四十人は乗れそうだ。通路に座席を出せばもう少し乗れるタイプのバスだ。既に乗り込んでいる人数は七人。知り合いは特にいない。奥の方に疎らに座っているので一番前の席に座ることにした。窓から見える空は予測通り分厚い雲で覆われている。雨はまだ降ってはいないけれど、いつ降ってもおかしくない天気だ。



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スラッシュ/ゲーム - /31 -


ハコニワノベル

 定刻通りバスは勝ち残っている参加者全員を乗せて出発した。紙咲さんがまるでバスガイドのように社内マイクを手に取って話し始めた。こういうシチュエーションもいいと思う。

「今から、体力のゲームについてご説明させて頂きます。まず、これから上坂噴水公園の方まで移動します。だいたい十五分ぐらいでしょうか。そこが体力のゲーム会場になっております」
「で、ルールは?」
「……チッ。まず、皆さんにして頂くことは宝探しです。会場のどこかに皆さんのIDカードでのみ開けることのできる宝箱が設置されています。まずはその宝箱を探して下さい」
「宝箱? 中に財宝でも入ってるんですか?」
「いいえ。宝箱の中には皆さんが参加表明時に書き込んだ武器が入っています」
「武器ってことは、戦うの?」
「……チッ。先に説明をさせて頂いてよろしいですか? その後で時間があれば質問を受け付けますので」

 また不機嫌になった紙咲さんが続ける。

「皆さんには会場に入って宝探しをして頂きますが、皆さんの会場入りから一時間後に、三体のハンターが会場に入ります。このハンターは、皆さんを発見すると襲ってきますのでご注意ください。もちろん殺すつもりで襲いかかってきます。そのハンターと戦うためにも、一時間以内に自分の宝箱を発見しておいて下さい。もちろん、武器の変更申請等は受け付けられません」

 周りから「うわー」とか「もっとマシな武器を書けばよかった」という声が聞こえる。これだから素人は困る。どんな状況であっても自分が扱えそうな武器を選んでおくことが、間違いのない選択だろう。それにしても僕は何を武器にしたんだったっけ?

「制限時間は明日の夜明けまで。明日の夜明けまでに生き残っていれば願いを叶える権利を得られます。もしくは、生存している参加者が一名になった時点でゲームは終了となり、その一名に願いを叶える権利が与えられます。ハンターから逃げ延びるか、隠れてやり過ごすか、もしくは……、他の参加者を消してしまう。など、どのように攻略するかを今のうちにしっかりと考えておいて下さいね」

 バス内が静まり返った。
 今、この人が発言した内容に参加者それぞれが思惑を巡らせていることだろう。本部が用意するであろう三体のハンターと戦い、逃げ隠れしながら明日の夜明けを待つよりも、いち早く武器を手に入れて他の参加者を消す――つまり殺してしまう方が、願いを叶える権利を得られる可能性が高いことは、誰が考えても分かることだろう。特に、殺傷能力の高い武器を選択していた人はそう考えているだろう。

「また、ゲーム終了前に会場から出ることはできません。正確に言うならば出ることは可能ですが、命はないものとお考え下さい」

 KGC社内でのゲームと同じだ。半ば強制的な密室状態で、自らの命を危険に晒すゲームを行う。今回はそれが野外で行われるだけだ。それに付け加えるとすれば、今回のゲームは参加者同士の殺し合いが容易に想像できるという点ぐらいだろう。
 携帯電話で日の出の時刻を検索すると、明日の午前七時二分だと分かった。ついでに現在時刻が間もなく十六時半になる。日の出まで十四時間半。ハンターとかいう得体の知れないものに追われながらを考えれば、逃げ延びるのはかなり危うい。
 噴水公園の面積は――、7,740平方メートルらしい。携帯電話に表示されている検索結果にはそう記述されている。オフィス街にある公園としてはいびつなほど大きい。しかし、実際に中に入ると分かるのだけど、障害物さえなければ肉眼で端から端まで見渡すことが可能だ。そこそこ視力があるなら、人が歩いるかどうかぐらいは判断できるだろう。つまり、逃げ隠れにはあまり向いていない。
 ハンターは三体。まずこの数え方から考えてみると人ではなさそうだ。人であるなら三人だし、マシーンだとかロボなら三台だ。それをあえて三体と数えるのだから、猛獣の類かもしれない。”ハンターは、皆さんを発見すると襲ってきます”という話だから、話の通じるような相手ではないのだろう。飢えた肉食獣あたりだろうか。いや、その場合なら三匹と呼ぶか――。紙咲さんの口ぶりから考えれば、簡単にどうにかなるような相手ではないのだろう。
 少し質問でもしてみるか。

「一通り、ルールは分かって頂けましたでしょうか」
「あの、質問が二つ、三つあるんですけど、いいですか?」
「どうぞ」
「明日の夜明けになった時点で、ハンターでしたっけ? それがまだいた場合はどうなるんですか?」
「夜明けと同時にハンターは本部側で片付けることが可能ですのでご安心下さい」
「夜明け時点で参加者が複数人いる場合、願いを叶えてもらう権利は誰のものになります?」
「夜明け時点で残っている参加者全員に権利が与えられます」
「なるほど」
「もうよろしいですか?」
「あ、ついでにもう一つ。今日から噴水公園で開催されるクリスマスイベントはどうなるんですかね?」
「KGCが実質的に経営破綻しているため、関連する全ての商事、行事共に中止または廃止となっております」
「と言うことは一般のお客さんは噴水公園に入ったりしないわけですね」
「そうなります」
「ありがとうございました」

 その後、他の参加者から何個かの質問がされていたけれど頭に入ってこなかった。

「せっかく、久しぶりに真面目に準備したのになぁ」
「残念ですねぇ、爽太さん」

 僕の座っている席の通路隣りに座っていた人が喋った。いや、人じゃない。これはマリモだ。いや違う、森本部長だ。どうなっているんだろう、髪の毛の量がいつもの二倍ぐらいの大きさになっているように見える。

「みんなで頑張って準備してましたのにねぇ、ほんと残念」
「そうですよね、しかも癒しとは正反対のことをしようとしてますし……」
「えぇ、えぇ。でも、逆に考えれば素敵なことになるかもしれませんよ」
「素敵なことですか? どうにもそうならないようにしか思えないんですけど……」
「ほら、爽太さんが先程質問してらした中に、明日の夜明けまで生き残っている参加者は全員願いを叶えてもらう権利が頂けるとか」
「えぇ、はい。うん。あ、ありました……ね」
「あのね、あなたさっきからどこを見てらっしゃるんですか。私の顔はもっと下ですよ」
「えっ? い、いやぁ、素敵な髪型なのでつい見惚れてました」
「お口が上手でいらっしゃるわね」
「そんなことは……、えーと、な、ないでござる」
「無理に使い慣れない言葉を言う必要は御座いませんよ? ホホホ」
「そうみたいですね、オホホ」
「さぁ、みんなで協力して夜明けまで頑張りましょう」

 森本部長がバス内の参加者に向けてそう言うと、何名かがそれに応えていた。もちろん全員がその提案を飲むとは思えない。むしろ先手必勝の考えで、参加者を片っぱしから片付けようとしている奴の方が多いだろう。なぜなら既に、いや、バスに乗り込む前から殺気立っている参加者もいるのだから。
 そのままバスは何事もなく上坂噴水公園に到着した。時刻は十六時四十分を過ぎたところだ。後ろに座っていたはずの参加者が、こぞってバスの前へ前へと押し寄せているため、異常に人口密度が高い。

「それでは、皆さんの首を賭けた最後のスラッシュ/ゲームを、開始して下さい」

 紙咲さんがそう宣言すると、バスの出入口が開かれた。それと同時に押し寄せていた参加者がなだれ込むように外へ飛び出して、あっという間に参加者たちが噴水公園の正門に吸い込まれていった。なんとなくそれをバスの中から見送ってから、僕はバスを降りた。
 正門から噴水公園内に入ると、どうやら僕が最後だったらしく、重々しく正門が閉ざされ外側から封鎖された。この正門が次に開くのはおよそ一時間後、得体の知れないハンターとか呼ばれる何かが入ってくる時だ。



≪/30へ
/32へ≫

スラッシュ/ゲーム - /32 -


ハコニワノベル

 ここ最近、噴水公園にはよく来ていたので、その時の癖というか習慣なのか、何も考えずにクリスマスイベントの設営場所である中央広場の大噴水前まで移動しいた。正門からの移動中に他の参加者の姿をあまり見なかったことを考えると、どうやら武器の入っているとかいう宝箱とやらは、正門以外の五つの門から先にある小さな公園のどこかに隠されているらしい。
 五つの門の先にはそれぞれテーマが決められていて、ギリシャ、イタリア、フランス、イギリス、日本というテーマがある。正門から見て中央広場の裏側にギリシャ庭園、左側奥からイタリア庭園、日本庭園、右側奥からフランス庭園、イギリス庭園がある。
 とりあえず中央広場から一番近いギリシャ庭園へ向かうことにして、中央広場の奥にあるギリシャ庭園への門を通り抜けた。
 ギリシャ庭園には貝の中から現れた女神の噴水が中央にあり、その周りには花壇とベンチ、更にその周りは芝生と低木で囲まれている。その更に外側には背の高い木々が並んでいて、中央広場の方向以外には視界が遮られている。
 噴水の方へ歩いていると、大きめのシャベルのようなものを持っている妖精さん、いや、長谷川さんを見つけた。

「長谷川さんじゃないですか」
「え、えっ、わ、わっー」
「落ち着いて下さい。僕ですよ、僕」
「あ、なんだぁ、爽太君だったんだ。もうハンターがやってきたのかと思っちゃったぁ」
「まだ僕たちが入ってから十分と経ってませんよ」
「そ、そうなんだぁ……、こ、怖いよねぇ、ハンター」
「そうですかねぇ、僕には他の参加者の方が……って、長谷川さんの持ってるそれって、もしかして長谷川さんの武器ですか?」
「え? う、うん。そうみたい」
「そうみたいって、長谷川さんのIDカードで開いた箱の中に入ってたんですよね?」
「そうなんだけど……、私、こんな武器なんて入力してない」
「ちなみに、何って記入したんですか?」
「えっとね、”ハンドパワー”って書いたんだ」
「ハンドパワー……ですか。まぁ、よく見ればそれって大きなシャベルじゃなくてマジックハンドですよね。あながち間違ってはいないような気もしますよ」
「でもでも、こんなので戦えるわけないじゃない。大きいだけのマジックハンドじゃ……」
「箱の中ってこれしか入ってなかったんですか?」
「他には何も入ってなかったよ。もっとちゃんと武器らしいものを記入しておくんだったなぁ、これただのマジックハンドだよねぇ」
 そう言いながら長谷川さんが巨大マジックハンドを二回ニギニギと動かした。それにしてもマジックハンドにしては巨大過ぎる。これなら殴りかかるだけでも十分な破壊力になりそうだ。「よいしょ」とか言いながら長谷川さんが巨大マジックハンドでベンチを掴む。やれやれ、遊び道具にしかならな――、長谷川さんが巨大マジックハンドで掴んだベンチが浮いている。

「長谷川さん、そのままそれ持ち上げてみてもらってもいいですか?」
「え? そんなの持ち上がるわけない……あれ?」

 高々と真上に伸びた腕の先に巨大マジックハンド。さらにその先に到底一人では運ぶことが出来ないベンチが持ち上げられている。「え、なにこれ? 全然重たくないよ?」とかうろたえている長谷川さんに「こっちには落とさないで下さいね」とか言いながら落ち着かせようと試みたのに、パニック状態になった長谷川さんは何を思ったのか、そのままベンチを放り投げた。投げられたベンチは放物線を描きながら、十数メートル離れた低木に突き刺さっている。

「つまりハンドパワーですね」
「そ、そうみたいだね、あははははは」
「一応注意しときますけど、それで僕を掴まないで下さいね」
「う、うん。気を付けるね」
「さてと、僕も自分の武器を探さないといけないので、行きますね」
「あ、爽太君」
「なんでしょう?」
「森本部長が、それぞれ武器を見つけたら中央広場に集合って言ってたよ。なんか、みんなで協力して明日の夜明けを迎えるんだって」
「中央広場ですね、分かりました」

 長谷川さんは巨大マジックハンドを抱えながら中央広場の方へ行ってしまった。とりあえず、ギリシャ庭園の中で宝箱らしきものを探してみたけれど、既に開かれた宝箱が四つほど見つかっただけで、未開封の宝箱は見当たらなかった。長谷川さん以外の参加者をギリシャ庭園内で見かけていないので、ここは既に探され尽くした場所なのかもしれない。
 一旦中央広場に戻ろうと、門の方へ歩いているとダーンという重く大きな音が聞こえた。映画やドラマで鳴るような軽い音とは質が違うけれど、間違いなく銃声だろう。きっと、銃火器を武器として入力していた参加者が試し撃ちをしたに違いない。
 そう思った矢先に再度銃声。直後、参加者のものと思われる女性の悲鳴が聞こえた。

「やっぱりこうなるよな」

 無駄に独り言をつぶやいてから、中央広場に向かう。
 中央広場の大噴水近くで身を屈めている数名の姿を確認した。そのうち一人は長谷川さんだ。そうこうしているうちに三度目の銃声。今度は悲鳴は聞こえなかった。銃声はかなり遠くで撃たれたもののようだ。参加者が別の参加者を狙い出しているのは明確なので、僕はとにかく武器を探すことにしてフランス庭園に続く門へ移動した。
 フランス庭園にはロココ調の豪華絢爛な噴水が設置され、花壇には色とりどりのバラが植えられている。今の季節でも花をつけているものも少しはあるが、基本的には花を付けていない茨だけが生い茂っている。ここでも宝箱を探してみると、開封済みの宝箱五つと、未開封の宝箱二つを発見した。ただし、僕のIDカードで開く宝箱ではなかった。あと気になったのは、未開封の宝箱があからさまに隠されていたことだ。きっと既に自分の武器を手に入れた参加者が、別の参加者に武器を与えないために隠しているのだろう。他の場所でも同じように隠されているとすれば、ハンター呼ばれる何かが投入される前に武器を手に入れることが難しくなってしまっている。
 ここでも他の参加者を見かけないということは、ここも探し尽くされた場所ということになる。参加者を狙い出した参加者がいる現状で、安易に移動するのは危険を伴う。ましてや、未開封の宝箱がある場所に待ち伏せされたりすれば一溜りもないだろう。かといって、このまま武器を手にしなければハンターからも無抵抗な状態で狙われてしまう。なんだか面倒なことになってしまった。

「隣はイギリス庭園か……、確か噴水が大きくてプールのようになってる場所だな」

 門の方ではなく、奥にある茨の植え込みを抜けた。何度かお気に入りの作業服に刺が引っかかったけれど気にせず奥へ向かう。芝生を超え、低木は隙間に身体をねじ込んで抜け出た。背の高い木の間を用心深く抜け、裏側からイギリス庭園に入る。
 そこで何名かの参加者を発見した。どうやらこちらには気付いていないらしい。通常入ってくる門の方を伺いながら、プールのように水が溜め込まれている噴水に身を隠している。僕はさらにその後ろ側にいる状態だ。見えているのは男が三名。しかし、もしかするとまだ他に隠れているかもしれない。ここは迂闊に動かない方がいいだろう。
 花壇に身を隠していると、未開封の宝箱を一つ発見した。これもどうやら隠されているようだ。とりあえずIDカードをかざしてみたものの、残念ながら開くことは無かった。

「おい、来たぞ」
「逃がすなよ、少しでも可能性を高めないとな」
「まぁ、女だしなんとかなるだろ」

 噴水の方から声が聞こえたので隠れながら見てみると、三人が隠れながら伺っている門から、秋山さんと智子さんが二人で入ってくる姿が見えた。どうやら彼らは待ち伏せしているらしい。三人の手にはそれぞれ、刀のような刃物を持っているのが二人、もう一人が手にしているのは多分スタンガンだ。やれやれ、待ち伏せなどという非紳士的行為を見逃すことが、紳士中の紳士である僕に出来るはずなんてない。なにか武器になりそうなものを探したけれど、どうやらこれぐらいしかなさそうだ。
 僕はそれを手に取って待ち伏せしている男たちの方へ気付かれないように移動した。



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スラッシュ/ゲーム - /33 -


ハコニワノベル

 刃物を持った二人が噴水の左右の通路に別れて進んで行く。秋山さんと智子さんは僕からみて右側の通路をこちらに向かってきている。左側へ進んだ男はプール状の噴水に身を潜めながら進んでいるので、きっとあの二人を挟み撃ちにしようとしているのだろう。スタンガンらしきものを持っている一人は噴水の裏側で隠れながら様子を伺っているようだ。

「これはこれは、どうもどうも」

 スタンガンらしきものを持っている一人に話しかけると、叫び声だけは出さないものの、まるで飛び上がるかのように驚いていた。きっと意識を門側からやって来る二人に集中し過ぎていたのだろう。

「な、おま、お前ど、どこからっ」
「落ち着いて下さい。僕の名前は爽太ですよ」
「そ、そんなこと聞いてねぇっ! 仕方ない。これ以上邪魔されるとこっちも困るんだ、悪く思うなっ……つぅ……」

 スタンガンらしきものを突き出そうとしてきたので、手に取っていた未開封の宝箱で気持ち強めに殴りつけてみた。宝箱自体の重みはそんなにないけれど、簡単に破壊出来ないようになっているらしく、かなり固い。とても痛かったのだろう、どうやら気絶してしまったようだ。非紳士的行動をしようとするからこうなる。男なら紳士たれ。と強く語っておきたいところだけど、相手がのびているのでまたの機会にしておこう。

「ちょっと待ちな」

 古臭いセリフが聞こえたので、身を隠しつつ声の方を確認すると、右側に進んでいった男が背中に刃物を隠しつつ秋山さんと智子さんに話しかけているのが見えた。反対側も確認すると左側に進んだもう一人の男は、間もなく秋山さんと智子さんの後ろ側にたどり着こうとしている。
 このままだと右側の男に意識が向かっているうちに、左側の男に襲われてしまう。かと言って僕が不用意に飛び出せば、右側の男が隠し持っている刃物を振りかざすのを早めるだけだ。やれやれ、悩んでいる時間もあまりない。
 僕は右側の男の方へ飛び出した。すると右側の男が刃物を高々と振りかざし、まさに振り下ろそうとしているのが見えた。「バレてたか」と口からこぼしていると、不思議なことに気が付いた。右側の男がまったく動かないのだ。いや、よく見れば細かく震えているのが分かる。近づいて確認してみようとすると、右側の男が仰向けに倒れた。

「何しやがった! ? これでも喰らえ!」

 左側の男がプール状の物陰から飛び出して秋山さんに襲いかかった。これはまずい。ここはこの宝箱を無理矢理投げつけるしかない。そう思い立ってすぐに、宝箱を力任せに投げようと投球フォームに入ったものの、僕は宝箱をそのまま足元に置いた。なぜなら、左側の男がプール状の噴水内に吹き飛んだからだ。

「不意打ちするのに叫びながらじゃ駄目だろう、素人さん」
「秋山先輩、この人たち大丈夫……ですかね?」
「さぁ? 手加減してる状況じゃないから本気でやっちゃったからなぁ。まぁ、死んではないと思うぞ」
「は、ははは……痛そう」

 僕が宝箱を投げつける間際に見たのは、秋山さんの綺麗な右フックだった。

「秋山さんって、左フックだけじゃなくて右フックもあるんですね」
「ん?」
「あ、爽太君」
「どうもどうも」
「基本的にパンチならそこそこ出来るよ、私は」
「それはスポーツジムとかで覚えたんですか?」
「いいや、スポーツジムじゃなくてボクシングジム」
「ガチじゃないですか」
「一応、免許持ってるんでね」
「素人に拳を使ったら駄目じゃないですか」
「状況が状況だからな、あまり気にしないことだよ」
「と言うか、素手じゃないんですね」
「お? あぁ、これか? これは私の武器だな」
「どう見てもごついメリケンサックですけどね」
「そうなんだよ、私はちゃんと愛情と記入したのにな。まさかこんな武器になるとは」
「愛情……アイジョー。なるほど、それはちゃんとした武器ですね」
「え? 爽太君、どういう意味?」
「いや、なんとなく思い付いただけですけどね。アイアン・ジョーですよ」
「アイアン・ジョー?」
「ダジャレみたいなものですけどね、アイアンは金属って意味で、ジョーはアゴですよアゴ」
「ハハハ、それ面白いな。金属でアゴを割るか、気に入った」
「秋山先輩に一番持たせたらいけない武器な気がする」
「安心しろ中居、お前に気合を入れる時は外してやるから」
「絶対ですよ?」
「任せとけ。ところで美知恵の彼氏君。君の持ってるその宝箱、もしかして未開封か?」
「そうですよ」
「中居、IDカードかざしてみ」
「はい」

 智子さんがIDカードをかざすと、電子ロックの外れる音が無機質に聞こえた。「ビンゴだな」と秋山さんが言いながら宝箱を開くと、その中には三色ボールペンのようなものが入っていた。

「これが中居の武器か。ちなみに何って記入してたんだ?」
「わ、私は耳掻きと……わっ!」

 智子さんがおもむろにそれを手にして、何かをカチっと押し込んだ瞬間。ペン先から鋭い針が五十センチほど飛び出した。こんなもので耳掻きをされたら、簡単に鼓膜とさようならになってしまうだろう。これはもう耳掻きと言うより耳貫きと呼びたい。

「中居の武器もえげつないな、ハハハ」
「もう一回押すと引っ込むんだ……、もっと使い勝手の良さそうな武器が良かったなぁ」
「それは悔やんでも仕方ないですよ。まだ武器が見つかって良かったじゃないですか、僕なんてこの通り丸腰ですよ」
「君もまだ見つけてないのか」
「そうなんだ。あ、だったら今ここにのびてる人から奪うっていうのは?」
「刃物が二つに、スタンガン一つを奪うんですか? どれも別にいらないなぁ」
「三つ? 私が吹っ飛ばしたのは二人だぞ?」
「あぁ、そこの裏にもう一人いるんですよ。まぁ、宝箱で殴っちゃって気絶してますけど」
「私、この刀もらっちゃおうかな」
「中居、武器はそのままにしといてやれ」
「でも危なくないですか? 意識を戻したらまた襲ってくるかもしれないし?」
「不意打ちでなければこんな素人恐れることもないさ」
「そうかもしれませんけど……」
「中居は他の参加者の命を奪おうと思ってるのか?」
「そんなこと思ってないですよ!」
「それなら、ハンターとか言うのが入って来た時に、こいつらを丸腰にしてたら間接的に命を奪うことにならないか?」
「……そ、そうですね」
「だろ? だったらこいつらはこのまま見逃すべきだ」
「分かりました」

 のびてる三人を噴水裏に並べて座らせてから、僕たちはイギリス庭園を出た。

「私らは中央広場に向かうけど、君は?」
「僕はまだ自分の武器を見つけてないですからね、どこかで未開封の宝箱見かけませんでした?」
「日本庭園で何個か見かけたよ」
「じゃぁ、僕は日本庭園に向かいます」
「さっき銃声も聞こえてたから気をつけてな」
「大丈夫ですよ。三回聞こえただけで、それ以来聞こえてませんし」

 そう言い終わるのと同時に四度目の銃声。――しかも今度は、銃声後に男性のうめき声まで聞こえた。

「な? 危ないぞ」
「だ、大丈夫ですよ。きっと、いや、多分」
「爽太君、無理して近づかない方がいいんじゃない?」
「ご心配なく。僕ぐらいになると弾丸を避けるのも造作も無いですから」
「冗談抜きで気をつけろよ。こんな状況だし、集合場所である中央広場も安全とは言えないしな」
「心得ております。お二人も気をつけて」

 二人と別れて日本庭園の方へと向かう。閉ざされた正門を横切り、日本庭園への門が近付くにつれて男性のうめき声が近づいてくる。やれやれ、どうやら発砲している参加者は日本庭園の中にいるらしい。門の横に続く低木の植え込み部分に潜り込むようにして、僕は日本庭園の中へと入った。



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スラッシュ/ゲーム - /34 -


ハコニワノベル

 低木をほふく前進状態で抜け出ると、火薬の臭いがまだはっきりと残っている。学生の時に旅行先のアメリカで射撃体験したときに嗅いだ硝煙のそれと同じ臭いだ。それから妙に血生臭い。
 日本庭園は他の庭園と違って噴水ではなく滝が設置されている。日本庭園と言われるだけあって、雰囲気は和風だ。全体が小高い丘になっていて、奥には立派な紅葉の木とその間を縫うように小川が流れ、更にその奥には滝が設置されていて、なかなかに風流だ。
 いつもなら滝の音と、木々が風にそよぐ音が心地よい場所なのだけど、今はその心地よい音の合間に男性のうめき声が聞こえている。さっきよりも随分声が小さくなっている気がする。

「や、やめてくだ、さい……」
「……」
「っつ! ぐあぁ、ぎ……ぃ」
「……ほれ」
「ぐぁっ、やめ、やめてっ……、た、たすけ」
「さて。そろそろかな?」

 日本庭園はあまり隠れる場所がないので、低木伝いに声の聞こえる丘の裏側へ移動する。丘の裏側に近付けば近付くほど、硝煙と血生臭い臭いが強くなっていく。それと同時に声もはっきりしたものになってきた。

「たすけて、たすけてぇ……」
「もうそろそろね、君の意識は飛ぶよ。そうなったら、二度と意識が戻ることはないね」
「おね、お願いしま……す、たすけ……て」
「汚い手で触ろうとしないでくれる? それにさっきから聞いてたら自分から襲いかかって来たくせに、助けてだなんて虫が良すぎるでしょう? 自業自得なんだから、仕方ないよね」
「いやだ、死にたく、死にたくない」
「やっぱり男は女に比べたらしぶといね。もう大丈夫だよ。大体分かったから……。今、楽にしてあげるね」

 ――五度目の銃声が、すぐ目の前で鳴り響いた。
 その音が何度か木霊して消えたあと、男性のうめき声は一切聞こえなくなった。

「ちょっと返り血が付いちゃった。至近距離過ぎたかな」

 ほふく前進状態で低木の隙間から相手を伺おうとしてみるけれど、どうしても腰の辺りまでしか見えない。かと言ってこの距離で相手に発見されたら命はないだろう。どうやら男らしい。そして手にしているのはAK-47だ。 中学生の頃にサバイバルゲームが一時期流行って、エアガンをみんなで買ったりしていたのだけれど、AK-47はその当時みんなの憧れの銃だった。 Avtomat Kalashnikov-47、カラシニコフの1947年型自動小銃で略してAK-47。と、携帯電話で検索してみたところ載っている。そうだったのか、ひとつ間違えばアイドルグループの名前に思えなくもないのにな。と無駄なことを考えた頭を切り替える。
 目の前十数メートル先にいる男が持つAK-47は、ただのAK-47ではない。銃口のすぐ下に不釣合いな装飾の剣が取り付けられている。どうやって固定しているのかまでは見えないけれど、どうやら銃剣のようだ。しかもよく見れば、赤黒い液体――血が滴っている。その男の向こうに仰向けに倒れている男性が見えた。微動だにしないところを見ると、今さっきの銃声の餌食になったのだろう。
 AK-47を持った男が、仰向けに倒れている男性を引きずりながら移動し始めた。幸い、僕が隠れている低木とは反対方向である庭園の奥へと移動していく。離れていくにつれて、低木の隙間からも相手の全体像が背中越しに見えた。どちらかと言えば小柄で線も細い。どことなく哀愁を漂わせた背中だった。けれどすぐに庭園奥に植えてある紅葉の木に重なって姿が見えなくなった。辺りを確認してから紅葉の木まで移動して、庭園の奥を伺う。

「やっぱり、男は重たいな。女なら始末が楽でいいのにね」

 そんなことを言いながらその男は、男性の死体を引きずって行く。引きずられている男性の頭部が原型を留めていないところをみると、さっきの銃声で飛び出した弾丸は彼の顔面に向けて発砲されたのだろう。しかも、かなりの至近距離で。
 男の足が止まり、突然こちらに振り返った。

「誰かいるんですかね?」

 そう言いながら男は引きずっていた男性の遺体をその場に残し、AK-47をこちらに向けて構えた。僕は相手を伺うのを辞め、紅葉の木に身を隠した。

「隠れているなら出てきた方が身のためですよ」

 男がこちらに一歩歩み寄った。既に直線距離にして十メートルもない。

「それとも、あぶり出して欲しいのですか?」

 更に一歩こちらに歩み寄ってくる。踏みつけられた砂利の音まで聞こえている。

「出て来いっ! 出て来ないなら、ハチの巣にしてやるっ!」

 AK-47のセフティ解除音が間近で鳴り響いた。

「……」

 更に二歩、僕が潜んでいる紅葉の木に男が近寄ってくるのが気配だけで分かる。
 AK-47を構え直す音がした直後、さっきよりも間近で銃声が鳴り響く。すぐ横の地面に何かがぶつかって派手な音を出した。音の振動で、周辺の空気がビリビリと震えている。これはなかなかのピンチじゃないか。大抵こういう場合に、ヒーローとかヒロインが助けてくれるだとか、猫の鳴きまねでやりすごしたりするのが黄金パターンだ。けれど、ヒーローやヒロインもどうやら来てくれなさそうだし、ましてやこのタイミングで猫の鳴きまねなんてすれば、例え僕の鳴きまねが本物の猫とまったく同じであったとしても、この木の向こう側にいる男は安全な位置から僕を狙ってくるだろう。まぁ、そんな愚策を実行するような僕ではない。

「……気のせい、ですかね」

 男はそれ以上近付かず、きびすを返して男性の遺体と共に庭園の奥へと消えて行った。

「もう二秒ほど遅れてたら犬の鳴きまねするところだったな」

 無意味なつぶやきをしてから、一度低木まで戻って身を隠した。
 しばらくすると、さっきの男が庭園の奥から現れ、僕の目の前を横切って門の方へと行ってしまった。それを見届けて、一応辺りを確認してから庭園の奥へ入る。さっきの男性の遺体から流れていたであろう血のあとが、滝へと続く通路上に残されている。その血を目で追いかけて行くと、血の線は滝の裏側に続いている。
 ざっと滝の周辺を探してみたけれど、秋山さんと智子さんが何個か見かけたという未開封の宝箱は見つからなかった。ここも未開封の宝箱は隠されているのだろう。もしかすると、別の場所に宝箱を移動させられているかもしれない。
 遺体が捨てられていることは容易に想像出来るけれど、この日本庭園であと探していないのは滝の裏側のみになったので、仕方無く滝の裏側へと移動した。そこには予想通り、二人の男性の遺体が乱暴に投げ捨てられていた。どちらも同じように頭部の損傷が激しい。遠くから見ていた時には気が付かなかったけれど、切り傷や刺し傷が二人とも至る所に付けられている。きっとあの銃剣で死なないように傷つけられながら、最後に至近距離で発砲されている。見るだけでも惨たらしい殺し方だ。やるならひと思いにやってあげればいいだろうに。
 簡単に両手を合わせて立ち上がろうとすると、視線の先に未開封の宝箱が見えた。近付いて確認してみたものの、僕のIDカードでは開かない宝箱だった。

「やっぱり、隠れてたんだね」

 後ろの方から、さっきの男の声が聞こえる。振り返ってみたけれど、まだこちらの視界には入らない距離にいるらしい。逆に言えば相手の視界にも、僕はまだ映っていないのだろう。となれば、今なら逃げ出すことも可能かもしれない。軽く身体を低くして、近くにあった岩の後ろへ移動する。

「おっと、あまり動かないことだよ。慌てて動けば、君もそこに転がる死体のようになるだけだ」

 残念ながら、相手には僕が見えているらしい。「出て来い!」などと言われたけれど、出て行く義理も義務もない。そうこうしているうちに、銃声。これで何度目だろう? もう数えるのも面倒だ。その瞬間に僕の隠れている岩が弾丸で少し削り飛ばされた。隠れている場所もバレている。これがサバイバルゲームなら、両手をあげて相手の前に出れば、撃たれることなくゲーム終了になるけれど、いかんせんこの相手は、現時点で少なくとも二人を殺しているし、あのAK-47は本物だから、そう簡単に見逃してもくれないだろう。そもそもこれはサバイバルゲームでもないのだし。

「さぁ、大人しく出て来い」

 やれやれ、これは覚悟を決めなくちゃいけないらしい。



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スラッシュ/ゲーム - /35 -


ハコニワノベル

「早く出て来い」
「嫌ですね」
「何? 拒否権があるとでも思っているのかね」
「拒否権? 自分の意見を主張するのに、そんなもの必要ないですよ」
「まぁ、悪あがきはしないことだね。大人しく出て来るのなら、苦しまずに殺してあげよう」
「それは困ります。僕はとにかく楽に生きたいだけですから」
「この場から生きて戻れるとでも思っているのか?」
「思ってますよ」
「調子に乗るなっ!」
「調子に乗る? いやいや、こんなものじゃなく、まだまだ乗れますよ」
「ふざけるなっ!」

 銃を構える音は岩を挟んで僕の対角線上で鳴った。なるほど、今はお互いに相手の姿を捉えきれていないらしい。携帯電話を取り出して構える。程なくして銃声が響いた。弾丸が岩に当たってはじけ飛んでいく。

「ちなみに、そこから更に先へ進んでしまうと噴水公園の敷地から出てしまうことになる。つまり、もう逃げ場なんてものはないんだ」
「それはどうも、ご忠告ありがとうございます」
「見たところ、君は武器らしいものを持っていないじゃないか。私はここで、君が痺れを切らすのを待ち構えていればいいだけ。君には、この状況を打破する手立てがまったく無いということだよ。だから大人しく出てきたらどうかね」
「それはどうですかね」
「いつまで強がっていられるかね? もうじきハンターが投入される時刻になる。ここは正門から一番近い庭園だ。となれば、そのハンターはすぐにここへやって来るだろう。その時刻になったら、私は身を隠すよ。もちろん、君がそこから出てきた瞬間に撃ち殺せる場所にね」
「いやいや、その時間になったらとっととどこかに行っちゃって構わないですよ」
「それは私に哀願しているのかね」
「失礼な。哀願ってのは、するものじゃなくてさせるものでしょう」
「何をわけの分からないことを言っているんだね。フフフ。まぁ、錯乱状態になるのも分からなくはない」
「さくらんぼ? さくらんぼと言えばですね、僕はさくらんぼのくきを口の中で二重で結べるんですよ」
「いよいよ、パニック状態か……。フフフ、いいね。とてもいい。極限状態の中で必死に生きようとする。そういう人間をね、こうしてじわじわと追い詰めて殺す。これは最高に良い気分だよ」
「それはそれは、とても嫌な趣味してますね。もしかしてそんな理由で人を殺してるんですか?」
「生き物はいつか死ぬよ。遅かれ早かれね」
「あー、なんとなく言いたいことは分かりますよ? だけど、それは人を殺す理由にはならないですね」
「君に分かったような口を聞かれる筋合いはない。別にそれが動機などではないよ。君に、君のような一般社員に分かるかね? 企画二課から地道に業績を積み重ね、企画部の部長になり、そこから何度も苦汁を舐めながら耐えに耐え、やっと、やっと入社してからの努力が報われたと言うのに……。その報われた矢先に会社が無くなったんだぞ? 君のような努力すらしない社員がいたから、こんなことになったんだ!」
「あぁ! いつも気弱そうで胃薬飲んでるイメージがあったから、誰なのか分かりませんでしたよ、山田社長」
「社長の顔もまともに覚えていないような、君のような不真面目な社員がいたから、業績が伸び悩んだんだ。君にはここで死んで詫びてもらう、絶対にね」
「僕がどれほど会社に貢献していたのか知ってるんですか? 知ってるなら、そんなことをこの百年に一度の逸材である僕に言えるわけがない」
「今更何を言ったところで、会社は元には戻らんのだよ。もう終わったんだ。だからっ! 私の役に立たなかったクズで、ゴミ当然な社員たち全員を、私はこの手で撃ち殺すと決めたんだよ」
「要するに、武器という力を手に入れたから、それを振りかざしたいだけですか。今時の中学生でもしないですよ、そういうの」
「だまれ! 私の役に立たなかった者は撃ち殺す!」
「いやー、さっきも言いましたけどね。僕はとにかく楽に生きたいだけです。もう、それだけですよ」
「仕事っていうのは楽じゃない! 地道な努力の積み重ねしかない! なぜ分からない! なぜ分かろうとしないっ! これだから最近の若い奴らは……」

 そっと足元に落ちている石を拾っておく。

「別に分かろうとしていない、ってわけじゃないですけどね」
「さて、無駄話もここまで。君には死んで貰うよ、そこに転がってる二人みたいにね。そうすれば私の願いが叶う各率がぐっと近付くんだ。最後ぐらい、私の役に立ちたまえ」
「あの、ちなみにですけど……何を願ったんですか?」
「君に言う必要性はない。……が、冥土の土産に教えてやっても構わんよ」
「メイドの土産ですか? それちょっと欲しいです」
「十枚だよ」
「へ?」
「十枚への加入。それが私の願いだ」
「なんですか、その十枚って」
「十枚のことすら知らないのか……。まぁ、死んでしまう君に教えても無意味だろうね」
「一応言っておきますけど、僕が武器を持っていないなんて早とちりしない方がいいですよ」
「ふん、そんな見え見えのハッタリには引っかからないよ」
「ハッタリかどうか、確かめてみます?」
「そんなに言うならやってみればいい。さぁ、どうぞ」
「僕は別に攻撃したくないんですけどね」
「攻撃したくても出来ない、の間違いじゃないかね? 君が武器を持っているなら、既に攻撃してきてるはずだよ」
「だから、僕は別に攻撃したいわけじゃないですから」
「そこまで言うなら攻撃してくればいいじゃないか。さぁ! 私はここだ。どうした? 出来ないのかね?」

 その声が聞こえる方向へ、拾っておいた石を全力で投げつけた。ついでに、さっき録音した銃声を携帯電話から最大音量で鳴らす。ダーン、と言う音とほぼ同時に、相手が潜んでいると思われる付近に石が到達して、激しく音を立てた。「な、なに?」と言う声とガサガサと相手が後退していく音が聞こえた。しかし、これは何度も使える手じゃない。回数を重ねれば重ねるほど効果は薄れてしまうし、ここまで距離が離れてしまったら録音した銃声は既に聞こえないだろう。つまり、二度目のハッタリはできない。この状況を打破するには今しかチャンスがない。
 隠れていた岩の上に登り、滝の石垣をよじ登る。「逃がすかっ!」と言う声と数発の銃声。その中の一発が足をかすめたものの、そのまま石垣を登りきる。石垣の上は平たくてそれなりに広さがあり、大きめの岩がゴロゴロしていたので身を隠すのは容易だった。更に、さっきのハッタリが効いているらしく、山田社長は無理に追いかけては来なかった。銃火器を持っている相手が自分より高い位置に陣取ったとなれば、かなり不利になるからだろう。もちろん、僕は銃火器なんて持ってはいないけれど。
 これで少しは時間が出来た。最悪このままハンターが投入される時間までやり過ごせば、山田社長も移動せざるを得ない。そうなってくれれば、僕も移動がしやすくなる。それにこの位置からなら、相手の動きは分かりやすい。不意打ちや待ち伏せもされにくいはずだ。

「だけど、ここでハンターが投入されるまでやり過ごすのはナンセンスなんだよなぁ」

 滝の上から辺りを確認する。山田社長はさっきよりも随分後方で身を隠しながら、こちらの様子を伺っているのが見える。さっきまでいた滝の裏側には、二人の遺体と未開封の宝箱が一つ。視線を自分の周辺に戻すと、登ってきた方向と反対側にある岩の影に開封済みの宝箱を発見した。その宝箱に近付くと、赤黒い汚れがこびり付いているが分かった。それが血だということは臭いで分かった。更にその血は点々と地面に続いている。山田社長に気付かれないように、その血を追いかけて移動していくと奥にある滝の注ぎ口にたどり着いた。地面の血はそこで消えている。

「さては、さっきのはハッタリだったな!」

 下にいる山田社長が叫んでいる。何度か叫びながらこちらに向かって発砲を繰り返している。今不用意に身を乗り出せば、簡単に狙われてしまうだろう。さて、どうにも手がなくなってきた。遅かれ早かれこうなることは分かっていたものの、もう少し下の岩で隠れつつ時間を稼ぐべきだったかもしれない。今、ここに登って来られたら、別の方向へ一気に駆け下りるしかない。そうなると、ここを陣取られて狙い撃ちされてしまうのだから、かなりのリスクを背負うことになるだろう。
 岩陰から相手の位置を確認しつつ、死角になるように滝の注ぎ口のそばにある岩の裏へよつん這いで入り込んだ。



 ――びちゃ。



 先に伸ばした右の手のひらに、何かがベタリと付いた。下にいる山田社長の方を向いていたので、それが何なのかすぐに分からず、かなり遅れてから手のひらを確認した。――右の手のひらが、赤い。



 手のひらに、ベッタリと、赤い色。
 手のひらに、ベッタリと、赤い色。
 手のひらに、ベッタリと、赤い色。

 テノヒラニ、ベッタリト、アカイイロ。
 テノヒラニ、ベッタリト、アカイイロ。
 テノヒラニ、ベッタリト、アカイイロ。



 アカイ、アカイ、アカイ、アカイ、アカイ、イロ。



 地面に大量の血が滴っている。その更に奥へ、ゆっくりと視線を移動させていく。





 そこに、胸を貫かれて死んでいる、――真樹さんの姿があった。



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スラッシュ/ゲーム - /36 -


ハコニワノベル

 長座の格好で、真樹さんは虚ろな表情をしたまま微動だにしないでいる。その表情は、眠たくなっただけのようにしか見えない。汚れていない左手で確認してみたものの既に脈はなく、身体も暖かくはなかった。そのまま左手で真樹さんの虚ろになったままになっているまぶたを閉ざした。
 相変わらず下から聞こえる山田社長の叫び声と、それに合わせるように何度も鳴り響く銃声を無視しつつ、滝の注ぎ口で手を洗う。その後、もう一度真樹さんの元へ戻って手を合わせた。
 改めて遺体を確認してみると、特に争ったような形跡はない。引きずられたような跡もない。あるのは開封済みの宝箱から滝の注ぎ口までの血痕ぐらいだ。直接の死因と思われる胸の傷、いや、これはもう傷というより穴が空いているという方がしっくりくるぐらいだ。こんな致命傷を与えられているのに、まったく抵抗したような痕跡がないところを見ると、真樹さんが殺されたのは一瞬の出来事だったのだろう。虚を突かれたか、油断していたか、そもそも攻撃に気付かなかったか。でなければ、死因だと思われるこの外傷の説明が付けられない。
 胸からの出血は真樹さんを中心に水たまりのように血が広がっている。
 その穴は直径十数センチぐらいはある。槍のようなもので突き刺された――いや、直径数十センチもある槍で突き刺すなんて現実離れし過ぎている。バズーカのようなもので吹き飛ばされた――とするなら、こんなに原型を留めているのもおかしい。今の時点で言えるのは、下で叫び散らしている山田社長の仕業ではないということだろう。AK-47ではこんな芸当は出来はしない。
 もう一度、真樹さんに向けて手を合わせる。それから真樹さんの両手を重ねて穴を隠すように置いた。本当は指を組ませようと思ったけれど、既に指の関節は硬直していて出来なかった。「真樹さん。すみませんが、今はこれぐらいしか出来ません」再度、手を合わせて短く黙祷した。

「そろそろ、かくれんぼは終りにしようかね!」

 僕がここへ登ってきた方向から叫び声と、石垣をよじ登ってくる音が聞こえる。このままここに隠れていても見つかってしまうだろう。それよりも、真樹さんの遺体が見つかってしまう方が問題だ。山田社長の言動から考えれば、下衆な駆け引きを仕掛けてくるぐらいのことは容易に想像が付く。そんなことになったら、真樹さんが浮かばれない。

「隠れても無駄だよ」

 確実に声は近付いてきている。
 やれやれ、もう少し丁重に葬る時間が欲しいところだけれど、そう言っている時間もないらしい。

「さぁ、ぎりぎりまで痛めつけてから殺してあげようね」

 山田社長がここまで登り切る前に――滝の注ぎ口に飛び込んだ。
 日本庭園の滝の水深は十センチ程度で、水さえなければ急勾配の滑り台のようなものだった。飛び込んだときの着水音で、こちらの動きに気が付いた山田社長が、途中まで登っていた石垣を飛び降りた。すかさず悲鳴に近い声をあげながら発砲してくる。一発目は右側に一メートル逸れた、二発目はかなり上空へと逸れている。三発目は僕の落下方向ニメートルほど先、四発目と五発目は四、五十センチ程の滝つぼに着水していたので音しか分からないけれど、当たってはいない。そのまま後ろを振り向くことなく滝つぼから飛び出して走る。
 後方から追いかけられながら数発の発砲。幸いなのは、山田社長が動きながらの射撃に慣れていなかったことと、真樹さんの遺体に気付かないまま僕を追いかけて来てくれていることだろう。叫び声と銃声は聞こえるものの、弾丸は僕にかすることなく飛んでいるようだ。そのまま最初に追い詰められた紅葉の木を横切って門へと向かう。

「待てっ! 絶対に、絶対に逃がさん」
「待てと言われて、待つ人なんていませんよ。それに、僕にはまだやることがあるので、ここらで失礼します」

 振り向かないまま叫ぶように言い残して門を出る。日本庭園から飛び出しながら、その門を叩きつけるように閉めた。
 逃げる方向は二つ、日本庭園に入る前に通った正門前へと続く通路と、まだ行っていないイタリア庭園のある噴水公園の奥へと続く通路。正門側に移動してしまうと反対側にあるイギリス庭園まで隠れるような場所はない。そのまま噴水公園の奥に伸びる通路を走る。ほどなくして日本庭園の門を開く音が聞こえてから発砲音。今度の弾丸は頭の右側三十センチほどをかすめていく。右耳がミッチー先輩に捻られたときのように痛い。もう少しで人類の未来を左右する脳細胞が入った頭が木っ端微塵になるところだったな。

「逃さんぞ……、絶対に、はぁ、追い詰めて……はぁはぁ、なぶり殺しに……」

 後方からの叫び声が徐々に弱々しく、遠ざかっていく。イタリア庭園への門に滑り込みつつ後方を確認してみると、山田社長は日本庭園を出てしばらく進んだ場所で立ち止まって呼吸を整えているのが見えた。高齢者がAK-47を持って走ったりなんかするからだ。それでも、僕がイタリア庭園に入ったのは見られているだろうし、山田社長が呼吸を整えてしまえばまた追い詰められるのは目に見えている。状況はそんなに改善してはいない。
 日本庭園内でのことを考慮して、辺りを警戒しつつイタリア庭園の奥へと進む。隣の庭園から銃声が何度もしたからなのか、人の気配はまったくない。中央にある水がめを持った女性を模した像の噴水の近くに、三つほど開封済みの宝箱を確認した。

「今度こそ、逃げ場はないね!」

 門から呼吸を整え終わった山田社長が入って来るのが見える。残念ながらイタリア庭園に隠れるような場所はない。噴水の像に身を隠くしながら、庭園の奥へとゆっくり移動する。じりじりと山田社長は距離を詰めて来ている。この距離から撃たれたら、どんなに山田社長の射撃技術が低いとしても、かなりの確率で被弾するだろう。相手に合わせて噴水を回るように移動しつつ、庭園の奥を確認する。低木と花壇が見える。なんとかあの裏へ飛び込むしかない。

「そんな像が盾になってくれると思うかね?」

 連続した銃声に合わせて、目の前の像が砕けて小さくなっていく。数メートルしか離れていないのだから命中率も破壊力も凄まじいものがある。「さぁ、死ね! 死ね! 死ねい! !」不吉なことを連呼しながら銃声が木霊するように続く。既に目の前にある女性の像は水がめが崩壊して、噴水とは呼べなくなっている。元々美しいラインだったウエストの辺りは、更に細く華奢にダイエットしてしまった。女性というのはもう少しふくよかな方が美しいということを教えてあげたいほどだ。
 ダーン、ダーン、ダーンとリズムよく三度の銃声のあと、ついに女性の像は倒壊した。バラバラに倒壊してしまった元噴水のあった方向の延長線上に、AK-47をこちらに構えている山田社長が見える。

「何か言い残すことはあるかね? 例えば、私への謝罪とかな」
「特にないです。山田社長への謝罪なんていうのはまったくもって無いですけども」
「そうか……。じゃぁ、死になさい」

 目の前でAK-47の引き金が引かれた。



 ――ダーン。



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スラッシュ/ゲーム - /37 -


ハコニワノベル

 弾丸は左頬から数センチほどの至近距離をかすめて飛んでいった。
 さっきとは逆で、左耳がツンと痛む。

「ふん。動きもしないとはね」
「あの、もしかして山田社長ってかなり射撃が下手なんですか?」
「いいや、わざとだね」
「わざと?」
「そう。やっと追い詰めたんだ、ここからが一番楽しいんだよ。分かるかね」
「分かりかねますよ」
「まぁ、すぐに分かる。次は太ももに撃ち込むから、想像を絶する痛みに悶えなさい。その次は反対の太もも、それから両腕と撃ち込んでいくよ。フフフ、君は助けてと言わざるを得ないだろうね」
「いやぁ、それはどうですかね」
「ここまで追いつめられて、まだそんな軽口が叩けるのは大したものだよ。でもね、そういう奴が目の前で痛がり、苦しみ、悶え、最終的に助けを哀願する。それはもう最高のショーだ。さぁ、君も見せてくれるかね、私という存在にひれ伏す姿を」
「あ、それは遠慮しときます」

 喋るのに夢中になっていたのか、銃口が僕から大きく外れた。そのタイミングで後方の花壇裏へ飛び込む。「この、逃がすかっ!」という声とほぼ同時に銃声ニ発、さっきまでいた場所の足元に一発、もう一発は肩口をかすめた。
 花壇の裏側が小さな崖のようになっていたので、着地のタイミングが合わずにお尻を強く打った。なんというダイナミックな尻餅だ。すぐに体勢を整えて崖に張り付くように隠れる。少し窪んでいるので上からこちらがどこにいるかは分からないだろう。それでもほぼ真上にいるらしい山田社長は何度か発砲し、足元数センチ先を弾丸が跳ねている。そのまま物音を立てないように少しずつ落下した場所から横へと移動していく。一歩、一歩少しずつ。焦るな、焦るな。絶対に物音を立てないようにしなければ。

 ガン。

 何かに足をぶつけた。すぐに弾丸が目の前で跳弾する。「フフフ、そこにいるのかね」という声がまた真上から聞こえている。ほぼこちらの位置はバレているらしい。こんなシビアなタイミングでいったい何にぶつかったというのだろうか。足元にあるらしい何かを、頭上に注意を払いつつ視線だけを落として確認した。――そこに、未開封の宝箱が転がっているのが見える。すぐにしゃがみこんで宝箱を頭上へ持ち上げた。慌てていたので逆さま状態で持ち上げてしまった。すかさずその宝箱に発砲され、衝撃が宝箱越しに頭と腕に響く。
 そのまま宝箱を片手で持ち上げつつ、胸ポケットに入れている自分のIDを宝箱にかざした。期待はしていなかったものの、宝箱から電子ロックの外れる音が鳴った。逆さまにしていたため、そのまま宝箱が開いて、中に入っていたソレがちょうど足の上に落ちた。
 再度宝箱に射撃され、片手でその衝撃に耐え切れず、宝箱はバランスを失い目の前に弾け飛んだ。

「フフフ、君は非常によく逃げた。これ以上君と付き合っている時間はもうない。だから君をじわじわと殺すのは辞めよう」
「そうですか。それは良かった。さ、諦めてお帰り下さい」
「そういう意味の話では……ないよっ!」

 その言葉と一緒に、目の前へ山田社長が飛び降りてきた。その手にはAK-47は無かったものの、代わりに銃剣として取り付けられていたAK-47には不釣合いな、西洋的な装飾の剣を持っている。ロールプレイングゲームなんかで出てくるような剣だ。きっと誰かの武器をどこかで奪ったものだろう。

「さぁ、死ねっ!」

 足の上に乗っているソレを、サッカーのリフティングのように足ですくいあげて手に取り、振り下ろされた剣を防いだ。「なにぃ?」と驚いた山田社長を押し離して小さな崖をよじ登る。山田社長は突然の事態に驚いたのか、押した勢いで尻餅を付く形になった。なんというスタティックな尻餅だろうか。

「ま、待てっ」
「だから、待てと言われて、待つ人なんていませんよ」
「それなら、待つな! 行け!」
「はい、そうします」
「くそったれっ……」

 よじ登った先で花壇に立てかけられているAK-47を手に取り、壊された噴水の水の中に放り投げた。そのままイタリア庭園の門を飛び出して中央広場へと向かった。後ろから追い掛けられている気配はまったく無かった。
 ある程度の距離を走ってから、右手のソレに気が付いた。結局全ての庭園を探し回る羽目になったけれど、大事な場面で巡り合えたのは良かった。長さ、硬さ、重さ、持った時のフィット感。どれをとっても最高のものだ。これはきっと帝園グループ本部が実現可能レベルで最適なものをチョイスしたのだろう。材質が何なのか分からないけれど、さっきの剣を防ぐだけの硬度はあるのだから、なかなか頼りにできそうだ。
 どんな状況であっても自分が扱えそうな武器を選んでおくのが間違いの無い選択。そうだ思い出した、参加表明時にそんなことを考えて記入したんだった。――棒、と。
 改めて右手で持っているソレを見る。木のような、プラスチックのような、それでいて金属のような棒。材質が分からないだけで、他には何の変哲もないただの棒だ。長さは一メートル二十センチといったところだろう。振り回しながら歩くのに丁度いい。

「棒は棒でも相棒なわけか……、棒じゃ味気ないから名前でも付けておこう。んー、何がいいかなぁ……」

 つぶやきつつ歩いていると中央広場が見えた。物陰に身を隠してこちらを伺っている顔に見知った顔がチラホラ見える。

「爽太!」

 最初に駆け寄って来たのはミッチー先輩だった。いつも通り、元気そうだ。いつも通りじゃないのは、その手に物騒な槍を持っていることぐらいだ。シンプルな作りだけど、先端は鋭利になっている。僕の持っているこの棒と同じように材質がパッと見じゃ分からない。昔風に言うならギヤマンの輝きを放つ、どことなく神話の世界から持ち出したかのような槍だ。

「あんた、無事?」
「ミッチー先輩。ちぃーっす」
「大丈夫なの?」
「何がですか?」
「その……肩」
「え?」

 山田社長の売った銃弾が肩口をかすめたときに、どうやら軽く出血していたらしい。

「あぁ、別になんてことないですよ。ダイナミックな尻餅をついただけで……」
「バカ!」

 そこからなぜか作業服の上着を剥ぎ取られ、ミッチー先輩がなぜか持っていた包帯で傷口の治療をされた。その手さばきがあまりにも的確だったので、一瞬いつもなんだかんだでドジを踏むミッチー先輩が、ベテランのナースに見えた。まぁ、一瞬だけのことだったけれど。

「これでよし。他には怪我してない?」
「してないですよ」
「本当にぃ? ……ちょっと右の手首、すごい出血じゃない!」
「いや、これは怪我したとかじゃないですね。時間があまり無かったのでちゃんと洗えなかっただけですね」
「他には無さそうね。うん、行ってよし」
「その前に上着返してもらいますね」
「あ、ごめん! って、あんた上半身裸じゃない! な、何してるのっ! ? は、はや、早く着なさいよっ……ば、バカ!」
「無理やり脱がせたのはミッチー先輩じゃないですか……」

 これは明らかにセクハラ行為だ。証人は周りに沢山いるから決定的だろう。しかも断ったのに無理やり脱がされたのだから、パワハラに脅迫も追加されるだろう。示談で終わらすような甘い対応じゃだめだ、これはもう出る所に出なければならない。

「みんなの前で見せつけてくれちゃうねー」
「ちょっと、朋美ちゃん! そ、そういうわけじゃないから!」
「じゃぁ、こんな緊迫した状況の中で、どういうわけだったんですかねー?」
「あの、それは、えっと、えっとね……、あぁ、うぅー」
「それはそうと君さ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なんでしょう?」
「ここに来る前にどこかで真樹見かけなかった?」
「……真樹さん、ですか?」
「そ、二人で移動してたんだけど効率悪いから二手に別れたんだよ。私はフランス庭園で自分の武器見つけたからここに戻ったんだけど……」
「……ちなみに、どんな武器なんですか?」
「ん? これだよ」

 まるで子供がおもちゃを見せるように、朋美さんが差し出したのはどこからどう見ても爆弾の類だった。全部で三つ、一つ一つにピエロのようなキャラクターが描かれていて、薄気味悪く笑っている。

「これ、何って記入したんですか?」
「殺人的にかわいい笑顔」
「え?」
「殺人的にかわいい笑顔」
「え?」
「だから、私のこの殺人的にかわいい笑顔だよ」
「そしたら爆弾を準備してもらったと」
「変だよねー」
「なんとなく、分かります」
「適当だなー。多分そんなに使いどころもないだろうし、一つ君にあげるよー」
「それはどうも」
「でさ、真樹見なかった?」

 ――右手首に残った血の汚れの一部が、乾燥して剥がれ落ちた。



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スラッシュ/ゲーム - /38 -


ハコニワノベル

「ちょっと待って。もっかい言ってもらっていい? 今何って?」
「真樹さんは、殺されてました」
「……」

 僕が二度そう言うと、中央広場にいる人たちが押し黙ってしまった。

「嘘だよね?」
「嘘じゃないです」
「なんで?」
「……」
「どうして?」
「……」
「……朋美ちゃん、少し落ち着いて」
「ミッチー先輩はちょっとだまってて下さい」
「どこで? ねぇ、どこで見たの?」
「日本庭園にある滝の上ですよ」
「信じられない。……私、確認してくる」
「いや、今は動いたら危険だと思いますよ?」
「おい爽太、それどういう意味だ? まだハンターってのは投入されてないだろ?」

 後ろからじゅじゅさんが近付きながら声を出した。じゅじゅさんもいつも通り元気そうでなによりだ。いつも通りじゃないのは、ショットガンを肩に下げているぐらいのことだろう。あまりにもナチュラルだったから、もう少しでショットガンすらもいつも通りだと錯覚しかけたほどだ。

「山田社長が参加者の命を狙ってるんですよね、それも執拗に。そのお陰で僕も随分攻撃されましたし」
「あの気弱な社長がか?」
「そういう人ほど、内面は捻れているのかもしれないですね。実際、山田社長はそうですし」
「じゃぁ、真樹を殺したのは社長なのね……許せない」
「あ、そこは違います」
「?」
「山田社長の持っていた武器じゃ、どうやってもあんなふうにはなりません」
「……とにかく私、確認してくる!」

 朋美さんが日本庭園の方へ走り出した。

「まて福田! 軽率な行動は慎め……って、そりゃまぁ行くよなぁ……。爽太、お前もうちょっと考えて話せよ。軽率過ぎるだろ、相変わらずの馬鹿っぷりだな。……ま、こうなったら仕方ない。中居、それから秋山、私と一緒に福田を追いかけるぞ」
「あ、はい!」
「了解」
「森本部長、すいませんが少し離れますんで、ここよろしくお願いします」
「分かりました。危険だと判断したらすぐに戻るようにね」
「了解です。よし、行くぞ」

 朋美さんの後を追いかけるように、じゅじゅさんと秋山さんと智子さんが日本庭園の方へ向かった。
 軽率? 確かに軽率な発言かもしれない。けれど、後で知ったら諦めが付くほど人の命は軽くない。仮にこのゲームを勝ち抜いた後で、今の時点で真樹さんが殺されているということを知っていたと分かったら、必ず朋美さんはどうしてあの時言ってくれなかったのかを僕に言うだろう。
 今までのゲームで殺された人の遺体は本部社員がどこかしらに運んでいる。その遺体が正しく遺族の元に戻る保証があるだろうか。少なくとも死因が死因だけに闇に葬られる可能性の方が高い。仮に闇に葬られるとしたら、今が遺体と対面出来る最後のチャンスだろう。やるべきこと、やっておきたいことはそう思ったときに行うべきだ。このゲームに参加している以上、いつ殺されてしまうか分からないのだから。

「爽太、あのね、真樹ちゃんは本当に……」
「脈を確認しましたけど、残念ながら」
「そっか……」
「爽太さん、原口さんは山田社長に殺されてはいないとおっしゃいましたよね? もう少し詳しく話して頂けますか?」
「山田社長の武器はAK-47っていう銃と、西洋的な装飾の剣なんです。多分、剣の方は別の参加者の武器を奪ったものだと思いますが。一応、AK-47の方は噴水の水の中に放り込んで来たので、今は銃を乱射される危険は少ないと思います」
「じゃぁ誰が真樹ちゃんを……」
「そうですね、犯人は分かってないですが……」

 ぞろぞろと集まってきた参加者の武器を一通り確認する。

「ここにいる人たちでもないですね」
「爽太、どういうこと?」
「皆さんの持っている武器じゃ、絶対にできない殺され方だった。……としか言えないです。もちろん山田社長の持っている武器でも無理ですね。ただ、少なくとも二人は山田社長に殺されてます。実際に目の前で一人殺されたのを見ましたし、もう一人の遺体も日本庭園で発見しました」
「……小谷さん、すぐに近重さんに携帯で連絡を取って今の爽太さんの話、特に山田社長の武器の情報を伝えてくださる?」
「わ、分かりました」

 ――ガー、ガー、ピー。
 噴水公園内に設置された園内放送用のスピーカーからノイズとハウリングが鳴った。それぞれが一番近いスピーカーの方を向いた。

「参加者の皆さんお疲れ様です。五分後にハンターが会場に入ります。繰り返します、五分後にハンターが会場に入ります。存分にお楽しみ下さい」

 紙咲さんの声だった。たったそれだけを伝えると、園内放送は無造作にブツリと切れた。

「はい、そうです。名前はど忘れしてしまったんですが銃と剣を持ってるらしいです。え? 銃の名前ですか、それはえっと、うーん。あ、はい、そうします」

 携帯電話で会話をしていたミッチー先輩が手招きするので近付くと、持っていた携帯電話を渡されたので出てみる。

「もしもし」
「爽太か?」
「私だ」
「今はメンドくせぇのは辞めろ。で、社長の銃の名前は?」
「AK-47ですよ、AK-47」
「そうか、AK-47ね……。で、それを水の中に放り込んだんだよな?」
「そうです。だからしばらくは発砲できないと思いますよ」
「無理だ」
「どういうことですか?」
「AK-47は水洗い出来るんだぞ? 少なくともマガジンが刺さったままなら、防水もされてるだろうしな」
「驚くほど詳しいですね、じゅじゅさん」
「ん? まぁ、ちょっとな。しかし、厄介な状態だなこれは」
「そうですね、五分後にはハンターが投入されるらしいですよ」
「さっきの放送ぐらい聞いてたって」
「ちなみに現在位置はどこですか?」
「今か、イタリア庭園を過ぎて日本庭園の門へ向かってる」
「了解です。僕が言うのもなんですけど、気をつけてくださいね」
「後で福田と私に土下座で許してやるよ」
「なんで朋美さんだけじゃなくて、じゅじゅさんにも土下座なんですか?」
「ただの趣味だ」
「それはそれは、良い趣味をお持ちで」
「ま、こっちの方はルティの専売特許だけどな」

 会話をしたままルー姉さんを探すと、その手にインディー・ジョーンズも真っ青になるほどに持っているのが自然な、真っ赤なムチが握られている。

「専売特許なのを確認しました」
「ルティが本気出したら怖いからな、気をつけろよ」
「そうします」
「お前とくだらない話しをしてる間に日本庭園に到着したぞ」
「くだらない話しをしてきたのはじゅじゅさんですけどね」
「……な」
「もしもーし、どうしたんですか?」
「……なんだよ、あれ」
「何ですか? ちょっと聞こえなかったんですけど」
「悪い、緊急事態だ」

 そこで突然電話が切られた。

「近重さん、なんだって?」
「いや、よく分からないんですけど、緊急事態らしいです」
「もしかして山田社長に遭遇したんじゃ……」

 ミッチー先輩の携帯電話に映し出された通話時間は八分三十二秒。さっきの園内放送からそろそろ五分というところだ。日本庭園は正門から一番近い位置にある。あのじゅじゅさんが緊急事態と言った。やれやれ、これは厄介なことに――。



 ――ドンッ!



 突如、爆発音が鳴り響き、日本庭園の方から黒煙が上がった。



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スラッシュ/ゲーム - /39 -


ハコニワノベル

 爆風が一瞬遅れて中央広場に吹き寄せてから、今度は銃声が日本庭園の方向から響いた。――バァン! 山田社長のAK-47とは違って、少し高い音だ。「何? 何が起きてるの?」と隣のミッチー先輩が叫んでいる。

「緊急事態……か」
「え? 何? なんのこと?」
「いえ、こっちの話ですよ。こっちの」
「あんたの言うこっちって、どっちなのか分からない」
「僕にはその発言が分かりませんけ……」

 ――ドンッ!
 言い終わる前に閃光と爆発音。さっきとほぼ同じ場所に新たな黒煙が上がった。ミッチー先輩はその場にしゃがみ込んで「わ! ま、また?」と声を出している。どうやらこんなに見通しのいい場所で、じっとしているのはよろしくなさそうだ。

「森本部長。多分ですけど、じゅじゅ……近重さんたちはハンターと接触しているんじゃないかと思います」
「時間的に考えればそのようですね」
「ハンターは三体。近重さんたちがその三体すべてと遭遇したとは考えにくいです。それに山田社長もどこにいるか分からない状況なので、どこかに身を隠すのがいいかと」
「そうね。でも、全員で動いてしまうと近重さんたちが迷うことになってしまいます」
「ちなみにですが、どこをアジトというか、拠点にするつもりなんですか?」
「花壇に植えられたバラの刺による防御と、裏側の低木をくぐり抜ければ門以外からの出入りが可能な、フランス庭園がベストだと考えています」
「その話しを近重さんたちは……」
「まだ話せていないので知りません」
「えっと、ミッチー先輩。もう一度、近重さんに携帯で連絡取れます?」
「それが、さっきからかけてるんだけど繋がらなくて……」
「今は電話に出れないのかもしれないですね。……森本部長、もう一つ確認したいんですけど、ここにいる僕を除いた……六、七、八人は、明日の夜明けまでハンターと戦うことを決めた人たちですか?」
「そうです」
「近重さんたちを含めて、これで全員?」
「いえ、あと一人、武器を探している最中なのでここには居ませんが、鈴木部長も私たちの考えに賛同して頂いています」
「了解しました。森本部長は全員を連れてフランス庭園へ移動してください。近重さんには僕がここに残って伝えます」
「一人だと危険ね」
「いや、協力者をあまり分断しない方がいいと思います」
「なるほど、分かりました。それなら、ここはお任せしますよ、爽太さん」
「任されました」
「では皆さん、フランス庭園へ移動しましょう」

 森本部長に従って中央広場に集まった参加者が移動していく。
 ミッチー先輩、長谷川さん、ルー姉さんに森本部長、あとの三人は名前も知らない人たちだ。それから今はいない鈴木部長とじゅじゅさん、秋山さんと智子さん、朋美さんで十二人。僕を含めると十三人になる。少なくとも三人が既に殺されているから、ここに集まっていない参加者はあの山田社長を含めて九人。その九人は森本部長の考えに賛同はしていない。つまり、参加者に対して攻撃をしかけてくる可能性がある――。

「近重さんたち、大丈夫だよね?」
「……ミッチー先輩、何してるんですか?」
「何って、あんた一人だと心配だから残ったの」
「危険ですよ? 僕は大丈夫なので、みんなを追いかけた方が……」
「嫌」
「そんな子供じゃないんですから、大人の判断しましょうよ」
「絶対に嫌」
「いや、意地はってる場合じゃないですよ?」
「あんたが誰かに殺されるのなんて絶対に嫌」
「僕は別に殺されませんけどね」
「……冗談じゃなくて、本当に嫌なの」
「だから、僕は別に殺されませんって」
「もし、誰かにあんたを殺されるぐらいなら……、私があんたを殺したい」
「……冗談、ですよね?」
「結構、本気」

 ミッチー先輩はそのまま「冗談、冗談」と笑って言いながら、僕の隣に座った。

「爽太、その武器は何なの?」
「これですか? 棒ですよ」
「いや、それは見れば分かるけど……、何か特別な仕組みとかあるの? チコちゃんのみたいにジャキンと飛び出すとか」
「まったくないですね」
「え?」
「見たままの、素敵な棒です」
「あ、あんた武器に棒って書き込んだの?」
「そうですよ」
「……ま、まぁ、こんな状況になるなんて誰にも分からなかったんだし仕方ないとは思う。思うけどさぁ、せめてもっと武器らしいものにしとくでしょ、普通は」
「その普通というやつがミッチー先輩のそれですか」
「そうだよ。私ね、槍って書いたんだ」
「そうでしょうね」
「こう見えてもね、中学と高校時代は陸上部でやり投げの選手だったんだよ?」
「……やりの重さは女子が600グラムで、長さが2.2から2.3メートル。の、やり投げですね」
「よく知ってるわねって、なんで携帯見てるのよ」
「今調べてみただけですよ。ちょっと貸してもらってもいいですか? ……これ、重たくないですか? 余裕で600グラム超えてません?」
「うん。ただ単に槍って書いたからさ、やり投げ用のやりじゃなくて、槍なんだよね」
「これ、投げれたりします?」
「えー、無理だと思う」
「ですよね。お返ししときます」
「この槍さぁ、前に読んだことのある古い神話に出てくる槍に似てるんだよね。その神話の中ではグングニルって呼ばれてるんだけど」
「確かにそんな雰囲気ありますよ、その槍。じゃぁ、名前はグングニルなんですか?」
「名前? この槍の?」
「あれ、付けたりしません? 自分の所有物に名前」
「……ははは」
「なんですか、急に笑い出したりして」
「爽太ってさ、ちょっとだけ女の子みたいだね」
「付いてるものは付いてますけどね」
「……いや、そういう話じゃないから」
「立派なのがちゃぁんと……、はい! すいませんでした!」

 久しぶりに耳を引っ張られた。捻られはしなかったけれど痛い。さすが傷害の常習犯ミッチー先輩だな、手が早い。
 引っ張られていた左耳をさすっていると「あんたのその棒は?」と聞かれて「どっちの棒ですか?」と聞き返そうになってギリギリのところで踏みとどまった。口を滑らせていたら、もしかすると槍で耳を削がれたかもしれない。

「こいつですか?」
「うん、その何の変哲のない棒はなんて名前?」
「やっとさっき手に入れたところで、実はまだ決めてないんですよ」
「なら私が付けてあげようか?」
「遠慮しときます」
「なんでよ!」
「いや、なんとなくですけど」
「なんとなくなら別にいいでしょ! そうだなぁ……」
「だから、お断りですって」
「いいじゃない、減るもんじゃないんだから」
「愛着が減りそうなんですよ、確実に」
「どういう意味! ?」
「それは察して下さい」

 隣で「こうなったら絶対に納得させるような、良い名前考えちゃうから!」とかなんとか言いながらミッチー先輩がうんうんと思案している。これは絶対にナンセンスな名前を提案してくるに違いない。

「バビブベ棒!」
「却下」

「ひのきの棒!」
「却下」

「棍棒!」
「却下」

「ボウ棒!」
「却下」

「つっかえ棒!」
「却下」

「んー、じゃぁ爽太の棒!」
「却下、それはセクハラですか?」
「は? ……あ! ちち、ちが、違うわ!」
「痛いなぁ、別に殴らなくてもいいじゃないですか」

 その後も予想通りにナンセンスな名前ばかりを提案された。確かミッチー先輩、企画がやりたかったはず。これでは多分、いや確実に、その夢は叶うことのない夢になると思う。非常に残念ではあるけれど。

「おい、お前ら! 楽しそうなところ悪いが逃げるぞ!」

 突然聞こえた声の方を見ると、服のあちこちをズタボロにしたじゅじゅさんと智子さんが、こちらに向かって走って来ていた。智子さんは顔色が悪いように見える。

「じゅじゅさん落ち着いて下さいよ。あれ? 朋美さんと、秋山さんは?」
「……喰われた」
「え?」



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