POSITISM

適度に適当に。

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スラッシュ/ゲーム - /11 -


ハコニワノベル

 週明けの月曜日、残業をするまでもなくライトアップの設営準備が終わった。それもこれも朝から噴水公園で設営作業を続けたからだ。その日の夜は簡単な打ち上げが開催されることになった。三好と高畑は一日しか残業していないというのに、平然とその打上に参加しているのが気に食わなかったけれど、ミッチー先輩が全員に声をかけて集まってしまったのだから仕方がない。
 年末の忘年会シーズンということもあって店の予約が中々取れなかったものの、ダメ元で電話した商店街の中華料理屋で予約が取れたので良しとしよう。お酒を飲まない僕としては、晩御飯らしいものが食べられそうなので嬉しい。あと、個人的にクリスマスチキンなる唐揚げを食べてみたかったので楽しみだ。
 打ち上げの参加メンバーは森本部長、じゅじゅさんに田中課長。あ、今はルー姉さん。それから三課のメンバー全員だ。

「ひとまず、忙しい中の設営お疲れ様。今日は森本部長の奢りだから、私も気兼ねなく飲み食いするぞ。じゃ、乾杯!」
「どんな乾杯の音頭なんですかそれ」
「細かいことはいいじゃないですか、みんな本当にお疲れ様でした。なんとか無事に間に合って良かったわ」
「それもこれも全て僕のおかげですね」
「お前が立案しなかったら設営せずに済んだんだけどな」
「そうだそうだ。この忙しい中残業するハメになったし」
「いやいや、お二人は一日しか残業してないじゃないですかー」
「はぁ? だから外せない用事があったんだよ」
「忙しい時期に急に残業を言われても困るし」
「まぁまぁ、とにかく無事に設営も終わったんだからいいじゃない。今日は楽しくやりましょう、ね?」
「僕は楽しいですけど、そこのお二人が楽しめるかは知りませんよ」
「おいおい立案者様がご立腹だなー。とりあえず飲め」
「何度も言ってますけどねじゅじゅさん。僕はお酒、飲まないんです」
「ほんとお前ってメンドくせぇなぁ。よし、代わりにルティ飲め」
「もう飲んでるわよ。あんた今日は平日だし控えめにしときなさいよ」
「大丈夫だって。爽太がいる時は、どれだけ飲んでもちゃんと家に帰れるんだからさー」

 まったく、人を何だと思っているのやら。その後も適度に茶化されつつ打ち上げは続いていく。ミッチー先輩はじゅじゅさんに企画とは何かを聞いて感動していたり、長谷川さんは妖精さんの話を高畑に熱く話していた。何度か高畑から助けろというアイコンタクトを受けたけれど無視した。ルー姉さんは森本部長にどうやって部長になったのかという経緯を聞き出そうと必死なようだ。
 トイレに立つとバイトの若い女の子をナンパしている三好を発見した。流石は肉食系である。誤算だったのは、その後で三好がトイレにやって来たことだろう。

「よう」
「お疲れ様です」
「なーんか、今回やけに頑張っちゃう系じゃね?」
「もう少し分かりやすい日本語でしゃべってもらえると有り難いんですけど、どういう意味ですか?」
「要するにお前さぁ、無駄に調子に乗ってないかってことだよ」
「調子に乗る? いやいや、まだまだ乗れますよ」
「何でまたこの時期に調子に乗ってるんだよ? あ、もしかしてあれか。クリスマスだから彼女が欲しいってやつか」
「いやー、別にそんなこと考えたこと無かったですね。それは三好さんが考えてることじゃないですか?」
「うるせーよ。でもな正直な話、うちの会社って女子社員多くていいよな。その中でも総務の野々村はダントツだと思うわー」
「確かにのんさんは美しいと思いますよ」
「でさ、お前野々村と知り合いらしいじゃん。ちょっと紹介してくれよ」
「紹介したらどうするんですか?」
「そんなの決まってるじゃねーか、口説いてヤルんだよ」
「はぁ、それなら自分で勝手に口説けばいいじゃないですか。それに同期なんですよね、確か」
「あーお前マジで萎えるわ。もーいいよ、お前に頼んだ俺がバカだった」
「そうですね。たまには身体じゃなくて頭も鍛えるべきかもしれませんよ」
「お前は先輩を敬う気持ちを養うべきだな」
「敬うべき先輩はしっかり敬いますよ」
「ま、俺はお前に敬われたいとは、これっぽっちも思わないけどな」
「それはどうもどうも」
「あー、お前マジウゼーな。主任や課長がいなかったらシメてやんのによ」
「やめて下さいよ。それかませ犬フラグですから」
「ほんと調子に乗るのいい加減にしとけよ?」
「基本的に僕はいい加減ですけどね」
「お前相手にしてると疲れるわ。とりあえず、これ以上調子に乗ってると痛い目みることになるからな」

 更なるかませ犬フラグを吐き捨てて三好は先に出て行った。まったく彼の頭の中はいったいどうなっているんだろうか。そんなことよりも、もっと分からないのは、さっきナンパされていたバイトの女の子が、自分の連絡先を書いたと思われるメモをこいつに渡したことだ。彼に連絡先を教えるぐらいならば僕に教える方が幸せになれるかもしれないのに。やれやれ、誰も彼も身も心もクリスマスカラーに染められているらしい。
 席に戻るとじゅじゅさんが服を脱ごうとしているところだった。どうやら今日はとてもご機嫌らしい。その姿を三好と高畑が携帯電話で撮影しようとしていたので、それとなく全て妨害しておいた。三好には睨まれ、高畑からは舌打ちされたけれど、撮影するなら本人に確認してからすべきだろう。それが礼儀ってものだ。その代わりに料理を運んで来た店主にその現場を見られた。怒られるのかと思ったが、なぜか大盛りのチャーハンをサービスされたのだけど、じゅじゅさんは不服そうに「私の身体がこんなチャーハンと釣り合う訳がない。せめてチャーハン二つだろ」とか騒ぎ出したので打ち上げはお開きとなった。
 二次会、三次会と引きずられて、お約束のようにルー姉さんとじゅじゅさんをタクシーに放り込んだ。それから僕は上坂中公園前駅前の通りから再び商店街に入る。既に人気ははなく、騒がしかったのが嘘だったように静まり返っている。そう言えば、中華料理屋のクリスマスチキンはとてもジューシーな唐揚げだった。なにか柔らかく仕上げるコツがあるのだろう。
 商店街を出ると風が強くなって寒かった。これぐらい冷え込んできたとなると、今年はホワイトクリスマスになるかもしれない。それはとてもロマンチックだとは思うが、噴水公園で行われるクリスマスイベントへの客足が鈍りそうなのは頂けない。焚き火を設置して参加者が寒くないような措置をすべきだろう。ふふふ、こんなことまで考えられるのは、僕が仕事が出来る男だからだろう。最近働き過ぎて仕事のことばかり考えてしまっている。やれやれ、このままじゃ更に昇進が早まってしまうのではないだろうか。
 自宅のマンションにたどり着いた時、エントランス入り口のガラス戸に映り込んだ男前の顔が、やたらとニヤニヤしていたのが気味悪かった。やれやれ、男ならもっとニヒルに笑った方が渋いというのが分かっていない奴のようだ。五階へ上り、ニヒルな雰囲気で自宅扉に鍵を差し込んで回す。「ただいま」低めの声で言ってみるも、冷え切ったマンションの廊下に虚しく響いて消えた。



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スラッシュ/ゲーム - /12 -


ハコニワノベル

 アルコールを接種していないのに頭が痛い目覚めになったのは、帰宅時間が遅く睡眠時間が十分に取れていないからだろう。それでも遅刻はギリギリしない時間に目が覚めているのは、流石と言わざるを得ないだろう。朝食はいつもより軽めでトースト一枚だけにする。これをかじりながらアニメや漫画のように出勤するわけにはいかない。曲がり角で誰かとぶつかって恋の始まりが訪れられても困るからだ。
 KGCに到着すると、昨日の打ち上げに参加したメンバーは誰も調子が悪そうだった。わざわざ月曜に行わなくても良かったのではと思う。もしくはイベントが全て終了してからとか、祝日前である今日に開催すれば良かったと思う。
 自席に付いてGSにログインすると、普段見慣れた画面に見慣れない文字列が表示されている。



 【/3】



 どうやらリンクが貼られているらしいのでクリックする。しかし表示されたのは真っ白なページだったので、きっと何かの間違いで表示されてしまったリンクだったのだろう。紙コップにコーヒーを入れるためにウォーターサーバーへ移動して、KGC社員であれば誰でも自由に飲むことができるインスタントのコーヒーを選択する。今日の気分は香りを楽しみたいのでアロマ系のコーヒーを選択して紙コップへ入れた。しかし、お湯を注ごうとするとウォーターサーバーの水が切れていた。まったく、こういう物は切らした奴が交換をしなければいけないだろうに。朝から僕に重労働をさせるとはけしからんが、ここで僕が交換しなければ次の利用者も困ってしまうだろう。仕方なく空になったタンクを外し、満タンのタンクを持ち上げてサーバーへ設置する。ほどなくして、無事に紙コップへお湯を注ぎ込むことが出来た。
 自席に戻り、今日のコーヒーを楽しむ。アロマ系を謳うだけあってそこそこ良い香りだ。冷えた指先を紙コップで温めつつモニタに目を移す。

「なんだこれ?」

 普段独り言を口にしないこの僕が口に出してしまったのは、さっきまで真っ白なページが表示されていたはずの画面に、また見慣れないものが表示されているからだ。



 【あなたの願いは何ですか?】



 その下には入力フォームと「次へ」というボタンが表示されている。なるほど、これはきっとKGCからのクリスマスプレゼントみたいなものだろう。こんなアンケートのような形を取っておいて、実は本当に叶えてくれたりするサプライズイベントだろう。僕には全てを見透かされてしまっているけれど、他の気付いていない人たちのサプライズまでを奪ってしまっては申し訳ない。ここは純粋に騙されているフリを続けておくのが紳士中の紳士というものだ。
 早速入力を終えて「次へ」を押すと、次の質問が表示された。



【あなたが扱う武器はなんですか?】



 武器とはどういうことだろうか。――読めたぞ。つまり、ただ単純に願いを叶えてくれるようなイベントではないということだ。何かと戦う必要があるのだろう。そんな戦闘になった時に自分が扱う武器をここで選択させるわけだ。どんな状況で何と戦うのかが分からない状況で、安易に武器の選択は出来ないな。静香だったら迷うことなく弓矢なんだろうけど、僕は特に扱うのに慣れている武器なんてものは無いし、扱いたいというような武器も無い。どんな状況であっても自分が扱えそうな武器を選んでおくのが間違いの無い選択だろう。
 入力を終えて「次へ」を押す。予想通りに次の質問が表示された。



 【合計五個になるように☆を★に塗りつぶして下さい】
  知力:☆☆☆☆☆
  体力:☆☆☆☆☆
  運力:☆☆☆☆☆



 さっきの武器といい、なんだかゲームのようなことを聞く質問だな。そうか、つまりゲームに参加させてその報酬に願いを叶えるということか。なかなか楽しそうなイベントを企画するじゃないか。これもじゅじゅさんが考えた企画かもしれない。社員に希望を楽しみながら与えるという素晴らしい企画じゃないだろうか。まぁ、僕が立案した噴水公園のクリスマスイベントには劣るけれど。
 ここも入力を終えて「次へ」を押す。どうやら質問は終わったらしい。処理中の表示が終わると今度は長文が表示された。



 スラッシュ/ゲームへの参加ありがとうございます。

 このゲームは毎年年末に、帝園グループ傘下の一社が選定されて開催される夢のあるゲームになっています。
 現実的なレベルで叶えることの出来るあなたの願いを、我が帝園グループ本部が責任を持って叶えさせて頂きます。願いによっては叶えることが不可能な場合があり、その場合は叶えられる類似の願いに変更することになりますのでご了承下さい。
 さて、帝園グループ傘下社員の皆さんには、平素より我が帝園グループの一員としてご尽力頂いており、その努力が一つ一つ積み重なってグループ全体の功績となっておりますが、昨今の世界不況の影響を少なからず受けているため、本部側での精一杯の企業努力を行うのはもちろんのこと、グループ傘下各社での企業努力も行って頂くことになりました。その旨理解して頂き、精一杯のご協力をお願いいたします。
 この不況の中、今回のスラッシュ/ゲームの開催が出来ることは大変喜ばしいことと考え、参加者の皆さんにはその首を賭けて精一杯楽しんで頂きたいと本部一同願っております。また参加者の皆さんは以下の要項を良く読み、ゲームを心から楽しんで頂きたく、ここに記します。


 日時:12/23 10:00~
 場所:KGC四階特設フロア
 注意:開始時間に遅れた場合はリタイアとする。
 
 ※リタイアはそのままリストラとなりますのでご注意下さい。


 尚、この画面の表示完了時点で、全ての参加事項に承諾したものとし、参加のキャンセルなどは一切執り行わないものとする。
 このゲームに参加しない社員は自動的にリストラとする。
 以上の項目に対し異論を唱えた場合、他の社員に本内容を教えたりする場合も同様に即時リストラ扱いとする。


 本年、グループ内売上実績ワースト一位 上坂ガーデンカンパニー 社員一同様

 発行:帝園グループ本部



 朝から長文を読むのが面倒なので斜め読みではあるが、どうやら最初に入力した願いは本当に叶えてくれるらしい。これはかなり太っ腹なクリスマスプレゼントだ。KGCが開催するイベントかと思っていたが、どうやら帝園グループ本部が開催するイベントらしいので、願いを叶えてもらえる期待も大きいものになった。注意事項もいろいろ書いてあるようだけれど、要するに明日十時にKGCの四階に行ってゲームを楽しむだけで良いわけだ。これは明日が楽しみになってしょうがない。仕事をしている場合でもない気がする。
 周りをそれとなく伺ってみたけれど、何処と無く誰もが周りを伺っているような気がした。誰も彼もやる気満々だということだろう。楽しい祝日になりそうじゃないか。休みなのに出社するのは好きじゃないけれど、こういうことならその限りじゃない。
 ふふふ。と、心の中でニヒルに笑ってから残りのコーヒーを一気に飲み干す。いつもよりジリリと苦く感じた。



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スラッシュ/ゲーム - /13 -


ハコニワノベル

 昨日は誰もが口数少なく、お互いにお互いを牽制しているような雰囲気が常にあって変な一日だった。まだ開始されてもいないゲームにそこまで入れ込むとは、皆プライベートで満足いくことが無いのだろうか。もっと有意義なプライベートを過ごすことをお勧めしたいところだ。
 いつも有効な時間の使い方をしているため遅刻ギリギリで出社する僕が、今朝は集合時間である十時の二時間前である朝八時に到着した。これはゲームが開催されるからでは決してないし、その仕事ではないから楽しもうとしているわけでもない。決してないと断言しておこう。居ても立ってもいられなくなっただけだ。
 流石にまだ誰も来ていない社内は閑散としていて、暖房も入れられていないので二階フロア全体が冷え切っている。歩けば普段は聞こえない自分の足音が響くし、椅子に座れば椅子の軋む音だって聞こえてくる。誰もいないフロアは、まるで僕が支配している世界のような錯覚まである。今なら嫌いな人の机にイタズラだって出来てしまうほどの支配力だろう。祝日に出社するという通常時では理解出来ない行為がそう思わせているに違いない。
 素敵なゲームが始まるまであと二時間もあるので、コーヒーでも飲もうと自席近くのウォーターサーバーへ行こうとした時だった。自分以外の足音が聞こえたような気がして思わず身を隠したものの、誰も現れる気配が無かった。やれやれ、静か過ぎて自分の足音が反響しているだけだろう。まだイタズラを行っていないのだから、僕には隠れる理由がないというのに。
 ――コツン。
 今度は確実に足音が聞こえた。今僕は立ち止まっているし自分の足音の反響ではないことは確かだ。それにどうやらこのフロアではなくフロア外の階段の方から聞こえて来る。耳を澄ませば何度か足音を確認することが出来た。どうやら僕以外にも早くに来た人がいるみたいだ。ここも隠れる必要はないけれど、こっそりその足音の主を伺うことにして階段側へと移動した。

「私、納得出来ない」
「そんなのおかしいよ」
「……ワタル、絶対隠し事してる」
「そんなの嘘よ! 私、絶対勝ち残ってやる。……あ、ううん何でも無いから」

 どうやら女性らしい。そして電話をしているようだ。声の大きさから一階付近だろう。朝からカップルの痴話喧嘩と言ったところだろうか。やれやれ、そう言うのは他人に聞こえない場所でやってもらいたい。まぁ、普段であれば聞こえるようなことは無いのだし、まして電話の主も既に誰かが社内にいて聞いてしまっただなんて思わないだろうけれど。
 電話の主はそのまま階段を上がってくることは無く、電話もすぐに終わったらしい。きっとエレベーターで上の階へ移動したのだろう。今日、出社して来ているということは十中八九でゲームの参加者だろう。そうでないなら、イタズラをしに来るぐらいしか理由が見当たらない。もしくはオフィス荒らしぐらいだ。
 それ以上は耳を済ましていても特に何も聞こえないので、改めて自席近くのウォーターサーバーへ移動した。手持ち無沙汰なので紙コップにコーヒーを入れて、一人で会話をしてみることにした。

「やぁ、爽太君」
「やぁやぁ、爽太君」

 虚しい。しかし暇を弄ぶには丁度いいぐらいだろう。「今日は早いね」などと続けて行くうちに調子が出てきた。

「今日は何やら楽しげなゲームが開催されるらしいじゃないか」
「そうなんだよ。僕は僕の願いを叶えられることが嬉しくて、仕事がある日よりも早くに会社に来てしまったよ」
「それは相当入れ込んでるようだね」
「失敬だな。僕は入れ込んでいるわけではないよ。ただ、居ても立ってもいられなくなっただけさ。居ても立ってもいられなくなったからいつもより早く起きて、いつもより早く家を出て、いつもより早く到着しただけのことさ」

 これはなかなか楽しくなってきた。自分で自分と会話出来るとは、流石は百年に一度の逸材だ。このまま崇高な会話を続けてしまったら、世界不況とやらを瞬く間に解決する妙案すら浮かんできそうな気がする。そうなれば僕の名は瞬く間に世界に広まって、世界を救ったヒーローとして崇められるに違いない。
 もっとこの一人会話を続けるため、まるで後ろにいる誰かに話しかけるように紙コップを持ったまま振り向くと、そこに見知らぬ人が立っていた。
 顔から察するに十代後半のように見えるものの、その雰囲気は若々しく感じない。きっと髪の毛が全て白髪だからだ。顔は男だと思われるが、女性と見えなくも無いほど整っている。まぁ、僕には及ばないけれど。服はブラックのパンツスーツでネクタイまでしっかりしていて、良く見れば瞳の黒目部分が赤色に近い。左耳には真っ黒なピアスまでしている。これは誰がどう見ても間違いなく不審者だ。KGCで見かけたことがないことから部外者だろうし、祝日のこの時間に侵入していることからオフィス荒らしと呼ばれる泥棒かもしれない。ここは下手に刺激しないように話しかけてみることにする。

「おはようございます」
「おはようございます」
「えーと、お早いですね」
「君こそ」
「僕はあれですよ、居ても立ってもいられなくなっただけです」
「そうですか。それにしても君はおかしな趣味を持ってる。自分で自分と会話する人を初めて見ました」
「いやいや、パテシエは目指してないですよ」
「?」
「あー、伝わりませんでした? おかしな趣味、お菓子、えーとつまりスィーツで、お菓子を作る趣味からパテシエに繋がっているというわけなんですけどね」
「君は本当におかしい人みたいですね」
「いえいえ、そうでもないですよ。それに、あなたの方がおかしな人じゃないですか。祝日のこんな朝早くから社内にいるだなんて、普通は考えられないですよ」
「それは君も同じだと考えますが」
「僕は今日のゲーム開催に、居ても立ってもいられなくなっただけですから大丈夫です」
「……なるほど。参加者の方でしたか」
「と言うことはあなたも参加者ですか?」
「いいえ。私はどちらかと言えば主催者側の者です」
「主催者側? つまりうちの関係者ってことですか?」
「厳密に言うと違いますが、今回のゲームに関して言うのであればそうです」
「ややこしいなぁ、けど要するに関係者なんですね。あぁ良かったー」
「?」
「いや、あなたが部外者でオフィス荒らしだったらどうしようかと思ったんですよ」
「私がオフィス荒らし……笑えない冗談ですね」
「だって、気配なく後ろに立ってるし、その風貌もかなり異質じゃないですか。何と言うかこう暗躍する感じで。ちなみにそれ自毛?」
「私は君の方が部外者で、不法侵入したのかと思ってましたよ」
「もし僕が部外者だったらあれでしょ、排除とか言いながら抹殺する感じですよね」
「よくご存知で」
「あら? なかなか冗談いけるじゃないですか」
「何やら不法侵入されている気がしたので、ちょっと確認しに来ただけですよ。そしたら自分で自分と会話している不審人物を発見したんです」
「そんな人、どこにいたんですか? 不審人物を通り越して危険人物ですよ、まったく怖い社内ですね」
「……。それにしても君は、今回のゲームへの参加が楽しみみたいだね」
「それはもちろんですよ。だって自分の願いを叶えてもらえるんですよ? 最高じゃないですか」
「それなりのリスクを払う覚悟があって、尚それを喜べるとは……やはり君はおかしい人だ」
「リスクを払う? ま、まぁ、何のことかは正直分かってないですけど、リスクなんて言うのは常に存在してますからね。あ、そんなことよりも主催者側ってことは内部事情も知ってるんですよね? これちゃんと願いを叶えてもらえるんですよね?」
「ククク。どうやら少しだけ今回のゲーム、楽しみになりそうです」
「質問は無視ですか? まぁ、全力で楽しむべきですよ。こういうイベントは」
「それじゃぁ、全力で楽しんで下さいね、おかしい人。私は準備があるので失礼しますよ」
「あ、ちょっと待って」
「何でしょう?」
「質問に答えましょうよ」
「質問? あぁ、これは自毛ですよ」

 そう言うと見知らぬ男は薄ら笑いを浮かべたまま二階フロアから出て行った。会話から察するにどうやら関係者らしい。その真偽は確認出来ていないけれど、少なくとも何かを盗みに来たわけではなさそうだ。仮に彼がオフィス荒らしだったら、僕の鉄拳が火を吹いてコテンパンにした挙句、警察に突き出して警視庁から感謝状を貰うほどの騒ぎになったことだろう。無駄に血を流すことにならなくて良かった。



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スラッシュ/ゲーム - /14 -


ハコニワノベル

 先程、後ろを取られた不覚を繰り返さないためにも、崇高な一人会話は辞めて自席にてコーヒーを飲む。「違いの分かる男」つぶやいてみたものの特に意味などない。しいていつもとの違いを言えば、今朝はインスタントのエスプレッソに砂糖とコーヒーフレッシュを入れてしまったので、エスプレッソ的には大間違いだと言うことぐらいだ。別にこだわりはないので問題はないのだけれど。
 ダウト・エスプレッソを飲みつつ、暇なのでインターネットに興じる。ニュースサイトのフィードには失業率だの株価がどうだこうだや、政権交代がどうとかいった内容で溢れていた。どれもこれも年末だと言うのに暗い話題が多い。しかし心配御無用だ。なぜならこの僕が世界不況を瞬く間に解決する妙案を近々思いつくはずだからだ。そう考えれば未来は眩しいほどに明るい。
 そのままフィードを読み漁っているうちに時刻は九時を回っていた。

「爽太!」
「あ、ミッチー先輩。おはよーっす」
「お、おはよう。早いね」
「ミッチー先輩も早いじゃないですか」
「……うん。参加しちゃったものは仕方ないけど、ちょっと怖くてさー」
「何を怖がってるんですか、ミッチー先輩らしくないですよ」
「いや、だって参加しなきゃリストラだし、参加したとしてもリストラされない保証はないし……。それに今って不況だから余計にね」
「リストラって何の話をしてるんですか? それに始まってもいないのに心配するだけ無駄ですよ」
「そ、それはそうだけど。でも、爽太が参加してて少し安心した。あんたいつもみたいにGSのログイン忘れてるんじゃないかと冷や冷やしたんだからね」
「僕はいつでもきちんとGSにログインしてますよ?」
「はいはい。まったく、あんたはいつも通り能天気でいいわね」
「人を勝手に能天気と決めつけるのは良くないと思いますよ。僕はこれでも繊細なんですから」
「それは失礼しました。今まであんたが繊細だなんて考えたこともないけどね」
「ほらそうやってすぐ人の心をえぐる。僕はいつも表に出さなくても傷ついて、毎日枕を濡らして寝てるんですよ」
「え、そうなの?」
「そうですよ。まぁ、ヨダレですけどね」

 言い終わると同時に頭部へ衝撃が走った。ミッチー先輩の強めのツッコミで叩かれたからだ。「傷害罪という言葉を知っていますか?」と聞きそうになったけれど辞めておく。きっともう一発喰らわされることになるだろうから。これ以上、人類の未来を左右する脳細胞を損失してはいけない。僕が最後の希望なのだから。

「で、爽太はどんな願いを叶えてもらうつもりなのよ」
「それは秘密ですよ。そういうことはうっかり喋らない方がいいんです」
「ちぇ、ちょっとだけ興味あったのになぁ」
「そういうミッチー先輩は何を叶えてもらおうとしてるんですか?」
「私は引越しを……って私だって喋らないわよ!」
「ほとんど喋っちゃってますけどね」
「うるさいわね! どうでもいいでしょ」

 なぜか恥ずかしそうに顔を背けて、ミッチー先輩は近くにあった椅子に腰を下ろした。口車に乗ったことがそんなに恥ずかしいことだったのだろうか。そんなことを恥ずかしがるよりも、一週間ほど前に五人分のランチ代を後輩に払わせていることを恥じるべきだと思う。そう言えばあの時のことはお礼も言われていないし、既に忘れ去られている気がする。ここは一つ男らしくビシっと言って返金をしてもらうべきだろう。

「ミッチー先輩、先週の話なんですけどね」
「えっ、え? あ、あーっと……。き、今日はいい天気だね」
「雨が降りそうな曇り空ですよ」
「あ、あれー? 私傘なんて持ってきてないや」
「家を出た時に気が付きませんでした? これは雨が降りそうだなって」
「普通は天気予報とか見て決めるんじゃないの?」
「朝はギリギリまで寝てるので、テレビもネットも見ないんですよ。そもそも天気予報はかなり大雑把なエリアで予報してるだけで、実際自分たちが移動する極小さいエリアでは当たらないことも多いんですよ」
「そうなんだ」
「まぁ、天気の話は置いといてですね、先週の話なんですけど」
「あ、あー! ゲームって何するんだろうね? スラッシュ/ゲームとか言うんだったっけ? 武器とかステータスみたいなの入力したから、ロールプレイングゲームみたいなノリかな」
「うーん。例えば仮想現実空間に飛ばされて、実際のゲームに入ってしまってその世界を冒険したりとかですかね」
「それはちょっと楽しそうだなぁ」
「そう言う場合はあれですよ、敵の攻撃を受けたら本当に傷ついて、ゲーム内で命を落としたら本当に命を失うとかですよ」
「それは小説とか漫画の読み過ぎじゃない? もしくは映画とか。そこまではないと思うけどな」
「あ、そうだ。あのですね、そういう話じゃなくて先週の……」
「も、もしさ! もしもだよ? ゲームの中に入ってロールプレイングゲームみたいに冒険することになったらさ、私と一緒に冒険しない? だ、だめ?」
「……別に構いませんけど」
「本当? よ、よっしゃ! 約束だからね、忘れるんじゃないわよ!」
「上司命令ですからね、忘れませんよ。それよりも先週のランチ……」
「わわっ、私ちょっとお手洗いに……」

 そんなにランチ代を払いたくないのか。やれやれ、先輩だと言うのに情けない。しかもトイレを理由にするとは、言い訳にしては幼稚すぎる。それに僕が先週のランチ代の話をしようとする度に、無理やり話を変えたのも払いたくない一心だというのが丸分かりだ。これ以上追求しても逃げられそうだし、今回は寛大な僕がレディ四人にランチを御馳走したということにしておいてあげよう。
 時刻は間もなく九時半を迎え、チラホラと他の社員がフロア内に入ってくるようになった。ついさっきまで静まり返っていた社内も徐々にいつもの通りの騒がしさになっていく。

「なんだ、お前も参加するのか」

 騒がしくなっていく社内を見ながら物思いにふけっていたのを、無駄に偉そうな声が邪魔した。はっきり言ってこの声は聞きたくないし、声の主を見たくもない。出来る事なら一生関わらずにこれからの人生を満喫したい。関わりたくないものと対峙する覚悟を決めてから、ゆっくりと振り返るといつも以上にメタボな身体を高圧的に揺さぶって歩いてくる、山尾正の姿を確認した。

「おはようございます、山尾部長」
「はっ、お前に挨拶なんてされたくないね」
「それはどうも」
「お前、もう帰れよ。お前みたいなのがうちの会社にしがみつく意味ないだろ? 仕事は出来ない。上司の言うことは聞かない。遅刻は常習犯。今までリストラされなかったのが奇跡みたいなもんじゃねーか。そうだろ? だからさ、お前もう帰っておとなしくリストラされとけよ」
「やだなぁ、山尾部長。自己紹介しなくても知ってますって」
「なんだとっ! ? 貴様、今何を言ったか分かってるのか? あぁ?」
「あ、さっきのじゃ足りないですね。上司の言うことを聞かないばかりか、部下の言うことも聞かない。うん、これを足しとかないと」
「ふざけるなっ! ! フハハ、まぁいい。そこまで調子に乗ったことをゲームが始まったら後悔させてやる。後でお前は、俺に哀願することになると思うぞ。覚悟しとくんだな! フハハ! フハハ!」

 下品な笑い声を発しながら、山尾部長は普段座っているところを見たことがない自席に消えて行った。
 やれやれ、言っていることも意味不明だったな。ミッチー先輩もリストラがどうとか言っていたけれど、一体全体何の話をしているのだろうか。少しだけ考えてみたけれど、人の悩み事についてあれこれ考えても仕方がない。こういう場合はいつだってそうだ、気にしないに限る。



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スラッシュ/ゲーム - /15 -


ハコニワノベル

「ゲーム参加者は速やかに四階特設フロアへ移動すること。繰り返す、ゲーム参加者は速やかに四階特設フロアへ移動すること」

 機械的な社内放送が流れたのは午前九時四十五分。
 やれやれ、随分待たされたな。などと独り言を吐き捨てながら階段に向かう。大勢が同じ建物内で移動をする場合、エレベーターはかえって遅くなることが多い。それに若さがほとばしっている僕にとって、階段を使うことは当たり前のことだろう。

「お? まったく成長してくれない後輩君じゃないか」

 二階から三階へ上がろうとした僕を呼ぶ声を見下ろすと、システム部の黒瀬さんが登ってきているところだった。

「黒瀬さん、おはようございます」
「あぁ、いいよいいよ。リストラされたら先輩も後輩も、上司も部下も無いんだし」
「んー……」
「どうした、悩んでるフリなんてして」
「フリじゃないですよ」
「フリじゃないのか?」
「えぇ、これは悩む真似です」
「同じだな」
「いやいやいや、そこまで気付くなら聞きませんか? 何を悩んでいるんだ、黒瀬さんに話てみなさい。みたく」
「聞かれないと言わないような悩みなんて、大抵の場合ロクな悩みじゃないだろ」
「これは何やら実体験からのお言葉ですかね。有り難や有り難や」
「もういいって。で? 一応聞いてやるけど、どうしたんだ? 悩む真似なんてして」
「黒瀬さんって、他人を拒絶するイメージありますけど、どちらかと言えば他人に流される人ですね」
「もう聞かなくていいか?」
「まぁまぁ、ここは聞いといて下さい。あのですね、何人かの人が今日のゲームについて語る時に、リストラって言葉を何度も使うんですよね。ほら、さっきの黒瀬さんも」
「……」

 黒瀬さんは最初、まるで冗談を言われたかのように呆れた顔をしていたのに、僕の真摯な表情から読み取ったのか驚くほど呆れた顔に変わった。クールな人かと思えば、なかなかリアクションが大きくて分かりやすい人だなと思う。

「それ、本気で言ってるよな、お前」
「僕はいつだって本気ですよ」
「はぁ……。今日のゲーム参加する時に最後に注意書きみたいなの表示されただろ?」
「表示されたような気がします」
「あれに書いてあったんだよ。参加者には首を賭けてとか、リタイアはそのままリストラとするとかな」
「へぇ」
「へぇ……、じゃないだろ」
「あの、ついでに聞いておこうと思うんですけど、リストラって何を意味するんですかね?」

 さっきと同じように、いやさっきよりも驚きと呆れを現してから、黒瀬さんは「ようするにこの会社をクビになるってことだ」と言った。冗談だと思ったのにどうやらそれは本当の話らしい。

「そういうのって企業側が勝手にやれるものなんですかね」
「出来るな。しかも今回の場合はうちの会社の業績不振が根本の理由だから、一方的にリストラすることが出来る」
「あー、あれですか。労働基準法の第二十条にある、やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合又は労働者の責に帰すべき事由に基いて解雇云々の話ですかね」
「携帯で今調べるなよ。まぁ、間違っちゃいない」
「そう言えばミッチー先輩が、ゲームに参加してもリストラされない保証はないとか言ってましたね」
「だろうな。KGCに人事部が無いことぐらい知ってるだろ?」
「え? あっ、あぁーっと、はいはいはい、知ってますよ、もちろんです。
「……まぁいいか。実は帝園グループの傘下にある企業全社に人事部という部門が存在しない」
「それはまた変な話ですね。僕はKGCの入社前に面接をした記憶があるんですけど」
「その面接官、今まででKGC内で見かけたことがあるか?」
「言われてみると無いですね」
「帝園グループ傘下企業の全人事権は、帝園グループ本部が統括してるんだよ。だから今回のリストラを実施するのはうちの会社じゃなくて、帝園グループ本部ってこと。これから実施されるゲームを開催するのだって帝園グループ本部なんだから、リストラは間違いなく執行されると思う」
「へぇ、僕の知らないところでそんな話になっていたんですか」

 だからと言って、それが分かったところで何かが劇的に変化するわけでもない。僕は僕の願いを叶えるために、これから行われるゲームに参加するだけだ。いつの間にか黒瀬さんと階段の踊場で足を止めて会話していたらしく、再度聞こえた社内放送で再び階段を登ることになった。

「とりあえず、このゲーム胡散臭いから気をつけろよ」
「どういう意味ですか?」
「俺、システム部なんだよ。だからGSの内部とかも詳しいんだけどな、ゲームに参加する時の入力画面なんて知らなかった。というか元々そんな画面は存在すらしていなかったんだよ」
「見間違いとかじゃ」
「それは無いな。GS内部は全て把握してる。ただ、GSは本部のシステムと繋がってるっぽいんだよ。その本部側のシステムはなかなかセキュリティが高くて覗けてない」
「ハッキングですか」
「気になったら確認したい性分でね。でだ、あの入力画面は恐らく本部のシステムが無理やり表示させたものなんだよ。リストラをチラつかせてることといい、あえて分かりにくい表記であの画面を無理やり表示させたことといい、あまり気分のいいものじゃない」
「それでも僕は楽しもうと思いますけどね。何せ願いが叶えられるんですから」
「その願いを叶えるってのも怪しいと思うけどな」
「黒瀬さんネガティブ過ぎじゃないですか。そんなに悲観してるなら参加しなければ良かったんじゃ」
「あぁ、俺もそう思ってる。けどちょっとな……、まぁヤボ用だ」
「いろいろ複雑そうですね」

 四階にたどり着いてから特設フロアに入るまでが大変だった。目算で百五十名近くの社員が狭い入口前にひしめき合っていて、特設フロアに入れたのは午前九時五十八分だった。
 特設フロアというからどんなものかと思っていたら、壁の無いワンフロアぶち抜きの巨大な空間があるだけ。等間隔に卓球台を小さくしたような、机のようなものが綺麗に並べられていて体育館のようにも見えた。それなりの広さはあるのだけれど、入っている人数が多過ぎるのと、窓が無かったので狭苦しく感じる。
 その人の多さに辟易している隙に黒瀬さんを見失い、知っている顔を探そうとしてみたもののすぐに面倒になって止めた。やれやれ、こんなに沢山の参加者がいると願いを叶える本部も大変だろうな。そんなことを考えているとブザー音がフロアに鳴り響いた。参加者たちが静まり返る。

「参加者の皆さん、おはようございます」

 窓の無いフロア奥の壁にブラックスーツの女性が映し出された。良く見ると天井にプロジェクターが設置されている。

「十時になりましたので、本年グループ内売上実績ワースト一位の上坂ガーデンカンパニー社員による、スラッシュ/ゲームを開催致します。今回のゲーム進行役を努めさせて頂きます、帝園グループ本部の紙咲と申します」

 中々の美人だ。ロングの黒髪ストレートが美しさに拍車をかけているし、赤フレームのメガネがドSな雰囲気を醸し出していていい。あんな人を屈服させるのが楽しいというものだろう。

「それではまず参加者の皆さんにカードをお配りします。近くに本部の社員が行きますので、IDを見せてカードを受け取って下さい」

 しばらくするとブラックスーツに身をまとった本部の社員と思われる人たちがカードの束をもって現れた。それぞれ適当なタイミングでIDを見せると、五枚のカードを配り始めた。しばらく他の人たちの様子を眺めていると、カードを配っている一人が右手を差し出してきた。一緒に踊ろうというジェスチャーかと一瞬思ってその手を取ろうとしたら、作業服の胸ポケットに入れていたIDを抜き取られた。IDを小さな機械で読取るとIDと一緒にカード五枚を渡された。
 カードはトランプのような形状をしていた。裏側は赤と黒のチェック模様で、表側には星の絵と文字が描かれていた。ちなみに僕に配られた五枚には、運力、運力、運力、運力、運力と描かれている。



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スラッシュ/ゲーム - /16 -


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 他の参加者たちも各々にIDを見せてカードを受け取っていく。それらが落ち着き「カードを受け取っていない方はいませんか」という確認が終ると、プロジェクターに映し出された美人さんが口を開いた。

「それではルールの説明を致します。今、皆さんにお配りしたカードは参加表明時に書き込んだ星の数と同じになっています。知力、体力、運力の三種類が存在しています。三種類の力関係は【知力は体力に勝つ】【体力は運力に勝つ】【運力は知力に勝つ】というもので、ジャンケンと同じ力関係になっています」

 その後も淡々としたルール説明が行われていく。

 一、カードは三種類あり力関係はジャンケンと同じ。
 二、知力は体力に、体力は運力に、運力は知力に勝つ。同じカードは引き分けでカードの受け渡しはなし。
 三、このカードを使って一対一のジャンケンを行う。
 四、勝った場合、その時の相手のカードを受け取る。負け側は一枚カードを失う。
 五、知力、体力、運力のセットを本部社員に渡すことが出来、その時点で手持ちのカードが無くなれば勝ち抜け。
 六、ゲームで負けて手持ちのカード全てを失うとリタイア。

 要するにカードでジャンケンをして勝てば相手のカードを貰い、負ければ相手にカードを渡す。手持ちのカードを増減させながら知力、体力、運力のセットを作って本部社員に渡す。本部社員にカードを渡した時点で手持ちカードが無くなれば勝ち抜けで、手持ちカードを全て奪われるとリタイアになるらしい。

「先程説明させて頂いた通り、そのカードは皆さんが参加表明時に書き込んだ星の数と同じため、種類ごとの総枚数にバラ付きがあります。三種類のセットが本部社員に渡された時点でそのカードは使用出来なくなるため、時間がかかればかかるほどセットを作ることが難しくなりますのでご注意下さい。また、セットが出来た時点で本部社員に渡す必要はありません。皆さんのタイミングで本部社員に渡して下さい」

 周りが少しずつざわつき始めていく。それぞれが受け取ったカードの確認をしたり、他の参加者にカードを見せないようにしている。

「勝負は設置されているテーブル上でのみ有効とし、その各テーブルに配備された本部社員の監視の元で行って下さい。対戦者同士での打ち合わせ等があった場合、その時点でリタイア扱いとなります。また、十五時までに勝ち抜けられない場合も同様にリタイアとなりますのでご注意下さい」

 更にざわつきが大きくなっていく。時計を確認する人、必死にカードとにらめっこしている人、知り合いと何やら話しあっている人。やれやれ、まだ開始されてもいないゲームにそこまで入れ込むとは、なんて落ち着きのない人たちだろうか。僕を見習って頂きたいものだ。堂々とした立ち振る舞い、流石は紳士中の紳士だろう。まぁ、僕が受け取ったカードでは戦略を立てようにも立てられないという事情が、少なからず関係しているとは思うけれど。
 先程カードを配っていた本部の社員たちが卓球台のようなテーブル横に移動を終えると、騒がしかったフロア内が静まった。

「それでは、皆さんの首を賭けたスラッシュ/ゲームを、開始して下さい」

 同時にプロジェクターが消され、一瞬の静寂の後でフロア内は再び騒がしくなった。チラホラと勝負を始める人も出始めている。制限時間は約五時間、それまでに勝ち抜けられなければリタイア、つまりリストラされるということだ。だからなのか、異様な雰囲気がフロア内に渦巻いている。「よっしゃ!」とか「くっそ」などという声が聞こえ始めると、その異様な雰囲気は益々フロア内に広まっていく。

「爽太じゃないか。どうだ、一つ勝負してみるか」
「おや、田中課長も参加されていたんですか」
「課長……ね。今日はルー姉さんでいいぞ」
「いまいちルールを掴かみきれていないので、最初が顔見知りと言うのはいいですね。それじゃぁ、そこの開いてるテーブルでやりましょうか」
「私もルールは飲み込めてないから丁度いいな。覚悟しろよ、真剣勝負だ」
「僕は常に真剣勝負しかしませんからね、ルー姉さんこそ覚悟して下さいよ」

 テーブルを挟んでお互いに向かい合う。本部の社員が「どうぞ始めて下さい」と言い、僕の初戦が始まった。と言ってもカードの種類は運力しかないので、あれこれ考えたり、相手を伺ったりすることなく、とても蛋白にカードの選定が終わった。本部社員に言われるがまま、お互いにカードを伏せてテーブルに出す。

「お互いにカードを表向きにして下さい」

 しばらく田中課長と見つめ合っているところに、本部社員が促してきたので意味もなく「せーの」と声をかけてカードをオープンした。田中課長のカードは体力。僕のカードは運力。華々しい初戦は残念ながら敗戦。悪怯れることなく「悪いな」と言いながら田中課長が僕のカードを奪って行った。

「なるほど、なるほど。こうしてカードを増やして三種類のセットを作ればいいわけか」
「そういうことみたいですね」
「どうだ、ついでに二戦目もやってみないか」
「受けてたちましょう」

 現時点で田中課長には、さっき出してきたカードである体力と、さらに僕から奪った運力のカード。この二枚は確実に持っている。更に合計で六枚所持している状態でもう一戦やろうと言ってきたと言うことは、手持ちカード内で三種類のセットを二組作れないということだろう。ふふふ、手の内が透けて見えてますよ田中課長。と、心の中で勝ち誇ったことをつぶやきつつ思考してみたものの、僕が出せるカードはさっきと変わらず一種類なのであまり意味は無かった。
 お互いにカードを伏せてテーブルに出す。

「せーの」
「おっ、これは幸先の良い二連勝。悪いな爽太、また一枚貰うぞ」
「……ルー姉さん、もう一戦やりましょう」

 少なくとも田中課長が所持しているカードは体力一枚と、運力が二枚だ。流石に三回同じカードを出してくるとは思わないだろうから、田中課長もここで手を変えてくるに違いない。一種類しかカードを持っていない僕が勝つにはこういう戦略がいきてくる。だからこそ田中課長を三戦目に誘ったというものだ。きっと田中課長はそれを察していろいろ思考する。そして僕の裏をかこうとして手を変える。ふふふ、それこそこちらの思う壺とも知らずに。
 三度出されたカードがオープンされる。僕のカードはもちろん運力。それに対して田中課長のカードは体力だった。

「これで三連勝だな。爽太、お前弱いなぁ」
「いやー、ルー姉さんが強いだけじゃないですかね」
「流石にもう辞めておこう。もし私が四連勝なんてことになったら困るだろ」
「……」
「ルールも分かったし、三枚も奪っておいてなんだが、爽太も頑張れよ」
「……もう一戦やりましょう」
「本気か? 辞めとけ辞めとけ。こういうのは流れがあるんだよ。今の流れのまま行くのは良くないぞ?」
「そういう流れだからこそですよ」
「……どうなっても知らないからな」

 四度はあり得ない。普通に考えれば、お互いにランダムで五枚持っている中で四回連続で対戦して四敗する可能性は限りなく低い。三度目の正直は過ぎ去っていったけれど、四度目にだって正直はやってくるはずだ。カードを出し四度目の「せーの」を少し叫ぶように言った。僕のカードは運力、田中課長のカードは――四度目の体力だった。

「な? そういう流れなんだよ。身を引くタイミングを読み間違わないようにするんだぞ若人」
「肝に銘じておきます」
「それにしても素直に喜べないな。部下から四枚も奪ってしまうことになるとは」
「合計九枚じゃないですか、セット作れないんですか?」
「これがワンセットも作れないんだわ」
「なるほど。つまりそれって……」
「人間、身体が資本だからな。はっはっは」

 なるほど。つまり田中課長が最初に持っていたカードは恐らく五枚とも体力だ。つまりどんなに考えても僕に勝ちが訪れることは無かったと言うことだ。

「僕から奪った運力のカードを出す選択肢は無かったんですか?」
「ん? あぁ、同じカードを出し続けてやればお前も勝てるかなと思ったんだよ。それと、体力を持ってて運力を手に入れたら次に欲しいのは知力だろ? だから私が次に出すのは運力で知力を欲しがるとお前が読むと思ってさ、そこでお前に体力を出されたらせっかく貰った運力を返さなきゃいけなくなるからな。最悪でも引き分けになるだろうと思っての体力だよ」
「凄まじい洞察力ですね」
「いや、これぐらいは普通じゃないか? それにしても四枚奪っておいて言えた台詞じゃないが、大丈夫か?」
「……全然大丈夫ですよ。僕ぐらいになるとこのぐらいからじゃないと燃えてこないんで」
「ま、頑張れ。それじゃぁ私は私で、セット作りに行ってくる。四枚もありがとな」

 田中課長は嬉しそうに立ち去っていった。まだまだゲーム開始から二十分。しかし、僕が所持しているカードの枚数は一枚になった。あっという間に崖っぷちに立たすとは、上司らしく手厳しい指導だ。やれやれ、慌てて次の対戦をするよりも、確実に勝てる相手を探す方が良さそうだ。



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スラッシュ/ゲーム - /17 -


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 勝利することだけを求めて焦ってはいけない。負けたからと言ってすぐに連戦してしまえば、簡単に足元をすくわれてしまう。負けたとしても、どうしてその結果に至ったのかを思い返し反省すべき点が無かったか、もっと違うアプローチは無かったのかを考える。次に同じ状況になった時に、同じ過ちをしないようにするためだ。それは成長と言えることだろう。
 さて、開始直後にカードを四枚失った僕は、あれから勝負を焦らずにフロア内をうろうろしながら、確実に勝てる相手を探している。しかし、誰も持っているカードを見せてくれないので、簡単に見つけられそうにない。やれやれ、こそこそとカードを隠すだなんて、誰も彼も武士道精神に欠けている。
 うろうろとフロアの中央付近を歩いていると「すげぇ、また勝ってる……」という声が聞こえたので、その方向のテーブルへ近付く。「アタシに勝てるわけないやんか。ま、残念やったな」そこには、おびただしい枚数のカードを所持している志津バアがいた。

「ん? なんやタノシソウやんか。随分と貧相な枚数を持ち歩いてんねんな」
「志津バアこそ何枚持ってんの? 少し貰っておこうか?」
「辞めとき、辞めとき。目下二十一連勝中のアタシにかなう奴おらんわ」
「それだけカードあればセット作れるんじゃないの?」
「作れるな。だけどな、セットが作れるからといってすぐにセットを本部の連中に渡す奴はアホやで」
「なんで?」
「……そうか、タノシソウもアホやったなぁ。例えばな、最初の五枚で既にセットが作れるとする。けどそのままセットを提出してしまうと所持枚数が二枚になってしまうやろ? かなり戦略の幅が狭くなるし、二回負けただけでリタイアになってまうやんか」
「それはそうだね」
「そこから考えれば、ワンセット作れている状態でいらない二枚で負ける勝負をするか、複数のセットを作ってから提出した方が安全やろ?」
「あー、うんうん、なるほど。分かった気がする」
「タノシソウ、ほんまに分かったんかぁ?」
「そんなことないよ。つまりワンセットの倍数になるまでカードの提出をせずに、最初の提出で所持カード全てを提出出来るようにしてしまうってことでしょ」
「そ。それが一番リスクが少ないやん。ま、今のタノシソウじゃ意味無い戦略やけどな。さてと、アタシもあと少しカード集めないと勝ち抜け出来ひんから行くわ。タノシソウもその貧相な枚数で頑張るんやな」

 志津バアはひらひらと手を振りながら移動して行く。カードを複数枚持っている参加者を見つけると手当たり次第に対戦しながら。それにしても全戦全勝である。相手よりも先にカードを出しているのに引き分けも負けもなく全勝。流石は妖怪だ。
 僕はこれからどうしたものかと、まるで後ろにいる誰かに相談するように振り向いた。そこにあの白髪の男が立っていた。

「やあ、どうもどうも」
「調子はどうですか、おかしな人」
「絶好調ですよ」
「そうですか。それは何よりです。カードの枚数が少ないようですが大丈夫ですか?」
「大丈夫ですね。僕はこれぐらい追い込まれてからじゃないと真剣になれない性分なので」
「そうですか。足元をすくわれないように気をつけて下さいね」
「ご心配なく」
「まだこんなところで楽しみは失いたくないですから」
「え? 何か言いました?」
「いえいえ別に。こちらの話ですのでお気になさらずに」

 その時だった。
 異様な雰囲気だったフロア内が異質な雰囲気に変わった。
 女性の叫び声、誰かが倒れたような音、そして言いようのない臭い。
 その方向を見るとサッカーボールぐらいの何かが飛んでいる。
 放物線を描いていたそれは、ゆっくりと宙を舞ってから――、



 べしゃり。



 と、音を立てて床に落ちた。
 それは男性の首だった。

 その現場付近の参加者たちが声にならない声をあげた。次第にそこを中心に周りへと騒動は広がって、大した時間もかからないうちにフロア内はパニックに陥った。フロアの外に出ようとする参加者が一気に出入口へとなだれ込んでいくものの、なぜか出入口はロックされていて開かない。益々、参加者たちは冷静さを失っていく。
 突然、プロジェクターが映し出された。

「騒ぐのを辞めなさい」

 その一言でフロア内は固唾を飲むように静まり返った。

「何をそんなに騒ぐ必要があるんですか。先程最初のリタイアが発生しただけです。私は最初に言ったはずです。皆さんの首を賭けたスラッシュ/ゲームだと。皆さんがこのゲームで差し出しているのは、リストラなどのクビではなく、その首ですよ」

 プロジェクターに映し出された美人さんの顔が、気味悪く歪んで笑っている。「そんなの聞いてない」どこかで誰かが叫んだ。

「聞いてないから何でしょうか? このゲームに参加した時点で、皆さんには首を賭けて頂いております。何のリスクもなく願いが叶うわけはありません。嫌なら勝ち抜ければいいんです。単純な話でしょう?」
「こんなのやってられるか!」
「本部の売上に貢献すらできないゴミのくせに、私に意見しないで下さい。死にたくないなら勝てばいい。負けてカードを全て失ったら、遠慮なくその首を貰ってア・ゲ・ル。フフフ」
「おいおい、こんなのおかしいだろ! いい加減に……」

 今、どこかで叫んだ参加者がプロジェクターに映し出されたと思ったら、そのままその参加者の首が飛んだ。
 跳ねるように飛ぶ首、まるで噴水のように飛び散る血、痙攣を起こしながら倒れていく首のない身体。――べしゃり。
 悲鳴、嗚咽が木霊して、フロアは再び混乱状態に陥った。

「文句を言われる方の首は頂きます。ゲームを続行しない方の首も頂きます。何もしない方の首も頂きます。逃げ出そうとする方の首も頂きます。私が気に入らない方の首は、全て頂きます。イタダギマス。それでは、引き続きスラッシュ/ゲームをお楽しみ下さい、ゴミクズども」

 何かが起きている。
 この場合、人が殺されたということではなく、その方法の話だ。
 あの紙咲と名乗った本部の社員がやっているのか? それともテーブル横に待機している他の本部社員がやっているのか。どうやって首をはねているのか分からない。その分からないものに対してパニックを起こしてはいけない。まずは冷静に行動すべきだ。ひとまず騒動が起きる前に見ていた方向へ向き直ると、白髪の男は既にいなくなっていた。
 二人目の犠牲者が殺害された場所へ近づくと生臭い臭いがまとわりついてきた。別々に転がっている首と胴体を確認した。辺り一面が大量の血で溢れかえっている。首と身体の切断面は、まるでカッターナイフで切られたようにまっすぐに切られていた。つまり、鋭利な刃物などで切られたということだろう。その現場近くにいる本部社員たちをそれとなく確認してみたものの、こんな状況になっているのに持ち場を離れずただ立っているだけだった。
 そのまま殺害現場にずっといると気分が悪くなる。壁際へ移動して壁に背をつけてフロア内を見渡すようにした。
 フロア内は相変わらず異質な雰囲気のままだ。静まり返っているわけではなく、あちこちで女性の泣く声が聞こえるし、参加者同士の話し声で騒がしい。恐れている参加者たちは全員落ち着きがない。まるで割れる寸前の風船のように張り詰めている。

「もう無理よ!」

 ここから肉眼で確認できる距離にある出入口付近で女性が叫び、持っていたカードを破り捨てた。
 次の瞬間、女性の首が宙を舞った。それを皮切りにフロア中で犠牲者が出始める。恐怖から逃れられないパニック状態で冷静な判断が出来なくなったのだろう。四人目、五人目、六人目――。逃げる場所もなく逃げ惑う人、人、人。
 やれやれ、焦って行動するとロクでもないことにしかならないことを知らないのだろうか。ほらまた七人目、八人目、九人目、十人目。それでも助かりたくて逃げ惑う参加者たち。既に何人が犠牲になったのか数えられなくなった頃だった。

「おぉ! やっと揃ったでぇ」

 騒然とするフロアに呑気な関西弁が聞こえた。フロア中がその声に注目するように視線が集まる。その視線の先にいたのは、ざっと見て三十枚ほどのカードを持っている妖怪――、じゃなくて志津バアだった。
 志津バアはフロア中の注目の中で本部社員に三十三枚のカードを渡すと、「ほなお先に」とまるで先に仕事から上がるように、本部社員に連れられてフロアから出て行った。



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 相変わらずフロア内は異質な雰囲気のままだったが、誰も逃げようとしたり自暴自棄にならなくなった。それもこれも、志津バアが勝ち抜いてフロアの外に出て行くのを誰もが見たからだ。それにしても三十三枚は集めすぎだと思う。
 あちこちに転がっていた首と胴体は本部社員によって機械的に片付けられ、フロア内には血のにじんだ跡と臭いだけが残っている。
 ここに来て参加者は大きく二つのグループに分割されている。残り僅かで勝ち抜けるため、すぐにでも勝負をしたい裕福層。それと、残り僅かでリタイアになるため、確実な勝負をしたい貧困層。僕は後者のグループに所属していると言えるだろう。まぁ、カードは少なくても心は錦。紳士中の紳士であることには変わりはない。
 裕福層の参加者同士で、お互いにリタイアのリスクを背負わないぬるい勝負がまばらに再開され始め、時間の経過と共に一人、また一人と勝ち抜けしていく参加者が出始めた。貧困層の参加者が裕福層の参加者に勝負を持ちかけると、相手をリタイア――殺したくない一心で勝負は断られてしまう。徐々にその流れは確立してしまい、カードの貧富差による溝が深まっていく。
 所持枚数の少ないグループは身動きが取れないまま、時間だけが過ぎて行く。

「美知恵の彼氏君じゃないか」
「えーと確か、秋山さん」
「おっ、正解。だけど私、君に名乗ったっけ?」
「いやいや、あの時ネームプレートを見て覚えてただけですよ」
「ふーん。なかなか抜け目のない奴だな君」
「秋山さん、調子はどうですか?」
「私? 私はやっと揃ったんだけどな。智子がまだなんだよ」

 言いながら秋山さんは親指で自分の後ろを指す。その方向に視線を移すと青白い顔をした智子さんが立っていた。二枚のカードを辛うじて持っている。きっとこの異常な状況に自分を保つのもままならないのだろう。「大丈夫ですか?」大丈夫じゃないのが見て取れるのに聞いてしまうと「真樹と朋美はもう勝ち抜けちゃった……」と、なんとか聞き取れる声でつぶやいていた。

「智子、落ち込むな。あと一枚で揃うから。な?」
「だけど……」
「そんなに深く考えるなって。とりあえず勝ち抜いてさ、さっさとここから出よう」
「だけ……ど……」
「そんなに暗い顔するなって、大丈夫。落ち着いて相手を見付ければ大丈夫だから」
「……ません……は、ですよね……」
「ん? なんだ、どうした智子?」

 突然、肩を支えている秋山さんの腕を智子さんが振り払って叫んだ。

「秋山先輩はいいですよね! そりゃ、もうカード揃ってますもんね! 私のことなんて他人事ですもんね! こんな状況で、こんな状況になってるのに、落ち着けるわけなんかないのにっ!」
「……い、いや、まぁそうだけどな。だからって叫んでたって始まらないだろう?」
「じゃぁ、先輩のカードを下さいよッ! なんでこんなことになるの? もう……こんなの嫌、嫌なんです」
「……」

 同じようなやり取りは既に周りでも一通り起きていたので、目の前のこのやり取りを気にする人は周りにはいなかった。
 秋山さんは一瞬バツの悪そうな顔をしていたものの、両手でパンパンと強く叩いて顔を正しすと、既に泣き崩れている智子さんの胸ぐらを掴んで無理やり立たせた。秋山さんが醸し出す雰囲気があまりにも男勝りだったので、一瞬本当に男の人なんじゃないかと疑ってしまうほどだ。それにしても胸ぐらを掴む姿が似合いすぎなのはどうなんだろうか。これは今突発的に掴んでいるわけじゃなく、普段から掴み慣れているということだろう。そう言えばサービス課は体育会系のノリだということを聞いたことがある。

「何……するんですか……」
「言いたいことはそれだけか、中居?」
「やめて下さい。こ、こんな状況でお説教なんて、されたくなんかないです」
「質問に答えろ、中居。言いたいことはそれだけか?」
「……そうですよ、それだけですよ」
「そうか分かった……」

 そこまで言ったかと思うと、強烈な右フック――のような秋山さんのビンタが智子さんの頬を打ち抜いた。かんしゃく玉が破裂したような音がフロア内に響く。流石に周りの参加者の視線が一気に集まり、一瞬騒然とした。秋山さんはそんなもの気にしようともしない。

「私はな、あんたに同情してるわけじゃない。あんたに情けをかけてるわけでもない。あんたに助けてと頼まれてもない。今のあんたに私が言いたいことは、たった一つだよ」
「……なんですか」
「甘ったれてんじゃねぇっ!」

 再度、今度は誇張ではなく左フックが智子さんの頬を打ち抜いていた。

「中居! このままここで泣いてていいのか?」
「よ……よくない、ですよ」
「そうだろう? だったら立て。あと一枚揃えてさっさと出るぞ」
「……はい。……すいませんでした」

 智子さんは涙を拭いてから、力強く立ち上がった。「本気で殴らなくてもいいじゃないですか」と笑いながら言うと「左だっただけでもありがたく思えよ」と返されていた。なるほど、サービス課というのは、生半可な体育会系ではないと言うことが分かった。これは間違いなく傷害罪に該当する。病院に行って診断書をもらえば、確実な証拠が手に入る。訴えればかなり有利に進むだろう。みたいなことを考えながら慰謝料と治療費の請求を妄想しようとすると、秋山さんが話しかけてきた。

「悪い。変なもん見せたな」
「あー、はい。でも、気にしないで下さい」
「爽太君、ごめんね」
「いや、でも大丈夫なんですか? 赤くなってますけど」
「いつものことだから心配ご無用だ。な、智子」
「はい。二週間もすれば治ってるから大丈夫」

 二人ともさっきまでの殺伐とした雰囲気は微塵にも感じさせず笑い合っている。殴られたのに笑えるということは異常なように感じる。これはすぐにでも病院に行くべきだろう。きっと脳が揺れすぎたんじゃないだろうか。

「それじゃ、私たちは対戦相手探しに行くわ。美知恵の彼氏君も諦めず、さっさとこんなとこ出た方がいいぞ」
「よし、気合入れなおして頑張ろうっと。爽太君も頑張ってね!」

 特に異常な素振りもなく、二人は普段のようにリラックスした様子で進んで行く。その後ろ姿を見てなんとなく、秋山さんの男気に押されっぱなしなのが悔しくなった。いいのだろうか、この紳士中の紳士である僕が男気で女性に負けているというこの状況は。いや、よくない。ここはこの僕の紳士らしいエールを送って、男としての寛大さをアピールしておかなければならないだろう。

「智子さん」
「ん? なあに?」
「智子さんは大丈夫ですよ。僕なんて、カード一枚しかないですから」

 笑いながら「うん、ありがと」と小さく言うと、秋山さんと智子さんは貧困層の集団へと消えていった。我ながら素晴らしいエールだった。寛大さがほとばしっている。流石は紳士中の紳士だ。
 その余韻に浸っていると、聞きたくない声が横から聞こえた。

「爽太君、勝負しようかぁ? ん? フハハ! フハハ!」

 確認するまでもなくその声の主は、メタボ中のメタボとでも言うべき山尾部長だった。



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「勝っちゃいるんだが、セットが揃わなくてなぁ」

 そう言うと山尾部長は十枚以上あるカードをチラつかせ、相変わらずのメタボな身体を揺らしつつ近づいてくる。やれやれ、せっかく自分に酔いしれていたというのに台無しだ。

「山尾部長、まだ勝ち抜けて無かったんですか?」
「さっき言っただろ、勝負には勝ってるがカードが揃わなくてな。それよりもだ、あまり時間もないしさっさと勝負しようじゃないか。お前も勝負しないことにはどうにもならんだろ? まぁ、お前はこのまま時間切れになったって誰も困らないから気楽なもんだろうけどな! ワハハ!」
「いや、だから自己紹介しなくてもいいですって」
「なんだとっ! ? 貴様、今何を言ったか分かってるのか? あぁ?」
「毎回同じセリフで凄まなくてもいいですよ。と言うかですね、それ飽きたんで別のパターンにして下さい」
「何をわけの解らんことをベラベラとっ! ……まぁそれはいい。で、何だ、お前今カード何枚持ってるんだ? もしかして一枚ってことは無いよな? ん? どうなんだ?」

 知ってて聞いてるのだから手に負えない。山尾部長は実に嬉しそうにこちらを見下しながら「どうなんだ? ほら、言ってみろ。何枚なんだ?」と何度も聞いてくる。やれやれ、どうしても言わせて優越感に浸りたいらしい。

「一枚ですよ」
「えぇー! ? なんだってっ! それはお前! 大変じゃないか」
「わざとらし過ぎですよそれ」
「あー、困ったな。……うん、そうだこうしよう。俺は今カードが多いから、お前のカードを読んでお前に負けるカードをうまく出してやる。そうしたらほら、お前助かるだろ?」

 そこまでわざとらしく言ってから、今までで一番醜い笑顔を見せて山尾部長は更に口を開いた。

「だからな、勝負して下さいって土下座しろよ」

 実に嫌らしい性格をしていらっしゃる。この口ぶりは僕を助けようなどとは微塵にも思っていないのが丸分かりだ。それに、もし土下座をして頼んだとしたら、間違いなく断ってくるのが目に見えている。やれやれ、こう言う大人にはなりたくないもんだ。

「土下座してまで勝負したくないですよ」
「なんだ、お前もうビビって諦めてるのかぁ? フハハ! まぁ、このタイミングでカードが一枚しか無いんじゃそれもしょうが無いか。フハハ!」
「別に諦めたわけじゃないですけどね」
「でも怖いんだろぉ? 負けたらポーンと、首が跳ねるんだからなぁ」
「怖くはないですよ。負けなければいいだけですし。それよりも、どうやって首を飛ばしてるんですかね?」
「はぁ? そんなの俺が知ってるわけねーだろうが。お前、頭おかしくなったんじゃないか? あ、元からか。フハハ! フハハ!」
「いや、実際問題として疑問になりません? 別に本部の社員さんが手を下しているようには見えないし、このフロアがそれなりに広いとは言っても、沢山いる参加者の中から狙った相手の首だけ跳ねてるんですよ?」
「そ、そんなのはだな、鋭利な刃物で目にも止まらぬ速さで……」
「だから、刃物を振り回したら大勢に被害が出るじゃないですか。話聞いてました? あ、いつも聞いてないのか」
「馬鹿にするな! 相変わらずお前は腹の立つ野郎だ……。いい加減にしとけよ? さもないと……」

 あからさまな舌打ちをしてから山尾部長が「んー? おぉ、そうだそうだ」と何か妙案を思い付いたらしい。間違いなく愚策だ。しかもこの場合は、僕に取って良い話になるわけがない。ここは早々に立ち去ってしまうべきだろう。

「それじゃぁ、山尾部長。僕は考えることがあるので失礼します」
「まぁ、待て待て。そんなくだらないこと考えるよりだな。お前、やっぱり俺と勝負しておけ」
「くだらないですかね?」
「しかもだ、勝負は二回しよう」
「二回?」
「お前、一枚しか持ってないだろ? 心優しい俺が、お前に勝ち抜けるチャンスをやると言うわけだ。この状況だ、一枚しか持っていない奴と喜んで勝負してくれる奴なんていないだろぉ? だから俺がお前と二回勝負する。連続で勝てばだな、もしかするとお前すぐに勝ち抜けるかもしれないだろ?」
「理屈は分かりますけど、出来れば女性と勝負したいんですよ。仮にですよ? ここで自分が死ぬことになったとして、最後に見るのが山尾部長っていうのは冥土の土産にするにしても、最低なチョイスじゃないですか」
「俺だってお前が死んでいくところなんて見たくねぇよ。とにかくだ、二回ほど勝負してやるって言ってるんだぞ。それともこのまま時間切れで死にたいのか? そうじゃないなら早くしろよ。残り時間だってそんなに無いんだぞ」
「どうしてもですか?」
「どうしてもだ」
「うーん。そこまで言われたら断わりづらいなぁ」
「そうだろう。お互いにメリットがあるじゃないか、な?」
「じゃぁ……」
「おぉ、やる気になったか。それじゃぁ、テーブルは……」
「あ、ちょっと待ってください」
「なんだ?」
「勝負して下さいって土下座して下さいよ」

 フロアが静まり返ったのは、山尾部長の「ぶざけるなっ!」と言う怒鳴り声があまりにも大きかったからだ。最初に自分で要求したことを要求されて怒鳴るとは、なんとわがままな人なんだろう。顔が真っ赤を通り越して赤黒くなっている。まるで首を絞められているみたいに見えた。

「さっさとテーブルにつけ! もう拒否さえ認めんぞぉ。いいか二回だからな、二回」
「分かりましたよ。やればいいんでしょ、やれば」

 これ以上山尾部長の相手をするのも面倒なので、さっさと勝負を引き受けることにした。テーブルの向かい側には怒り過ぎて鼻息が荒い豚――じゃない、山尾部長がいる。あまり長時間見たくはないが、勝負中は仕方がない。

「待て、爽太!」

 山尾部長の怒鳴り声で集まったギャラリーを掻き分けて、僕の目の前に一人の参加者が飛び出して来た。

「じゅじゅさんじゃないですか。随分疲れてません? いつもみたいに颯爽と登場すればいいのに」
「あのな、じゅじゅさんにもいろいろあるんだよ。それよりも爽太、お前この勝負降りろ」
「あぁん? 近重、お前邪魔するなよ。この勝負はもう決まったことだ。そうだろ、爽太?」
「まぁ、渋々ですけどね」
「駄目だ。この勝負は降りろ。今すぐに」
「男と男の勝負に口出しするんじゃねーよ!」
「だ、そうですよ。さっさとやってしまうんで、大丈夫ですよ」
「大丈夫なわけないだろ。お前、山尾が何で二回勝負にこだわってるのか分かってるか?」
「僕に勝ち抜けるチャンスをくれるかららしいですよ」
「お前はメンドくせぇうえに、馬鹿で困る」
「こんな大勢の人が見てる中で褒めないで下さいよ」
「褒めてないし、冗談で勝負するななんて言ってるんじゃない……」

 いつも以上に真面目に、今までに見せたことの無いほど緊張した表情をして、じゅじゅさんは口を開いた。

「この勝負に乗ったら、お前は確実に負ける」

 瞬間、目の前の赤黒い生き物が大きく舌打ちした。

「どういうことですか?」
「普通に考えてみろよ。一回勝負ならお前が生き残る可能性は2/3、勝つか引き分けるかだ。でもな、二回勝負になると生き残る可能性は1/3になる」
「じゅじゅさん、言ってる意味がよく分かりません」
「一回勝負なら勝つか引き分けでいい。でもな、二回勝負になると一回目で引き分けたら、二回目で確実に負けるだろうが」
「あぁ、なるほど。一枚しかないカードが何かバレた時点で負けが確定すると」
「そうだ。一回目で勝たない限り、お前に勝ち目は無い。だから山尾は二回勝負にこだわってるんだよ。こいつ、私が知ってるだけでも同じような手口で三人をリタイアさせやがったんだ」

 もう一度大きく舌打ちをしてから、山尾部長は「知ってたのか」とつぶやいた。

「このゲームは最高だ。追い詰めた相手の希望にすがる顔が、奈落に落ちていく様を目の前で拝めるんだぞ? 最高だと思わないか? こんな最高なゲーム、カードが揃ったとしても時間ギリギリまで楽しむべきだろう。フハハ! フハハ!」

 よく見れば、山尾部長のズボンには赤黒い斑点がいくつも付いている。今の話が本当なら、その斑点はリタイアした参加者の――血。

「性格だけでなく、人としても腐ってやがる」
「フハハ、まぁいい。お前をこの手で殺せないのは残念だが……、他にも追い詰められている奴らは沢山いるからなぁ」
「いい加減にしろよ! 自分が何してるのか分かってるのか?」
「あぁ、よく分かってる。それはな……ゲームだよ! フハハ! フハハ!」

 悪びれる素振りもなく、大げさに両手を開いて山尾部長はそう言い放った。少しだけ目の前に立つじゅじゅさんは何も言わないものの、見て取れるほどに怒りを現わにしている。確かに、山尾部長のしていることは下劣なことだ。けれど、このゲーム自体が最初から下劣なのだから仕方がない。
 それにしても普段はいつでも余裕たっぷりで、何でも自分の思い通りにしているようなじゅじゅさんが、目の前の山尾部長に何も出来ずに悔しがっているというのは珍しい状況だ。握りしめた拳が震えているのが分かる。どうにかしてやりたいのに、どうにもならないジレンマだろう。やれやれ、仮にもレディが悔しがっているところに遭遇して、何もしないままでいるのは紳士的な行動に反するじゃないか。紳士中の紳士である僕が、ここでやるべきことは一つだ。

「あの、山尾部長。早く勝負しましょうよ」



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スラッシュ/ゲーム - /20 -


ハコニワノベル

「ば、馬鹿野郎! 何言い出してるんだよ! ほんとに馬鹿なのか?」
「大丈夫ですよ、じゅじゅさん。僕は運が良いですから」
「そういう問題じゃねぇっ!」
「前言撤回は無しだぞ? フハハ! お前は本当に頭が悪いらしいな」
「こんな勝負やるわけねぇだろ! 口が滑っただけだよな、爽太?」
「滑らすわけないじゃないですか。僕みたいな男の中の男はですね、一度引き受けた勝負は降りないってものですよ」
「フハハ! せっかく助けて貰った命を投げ捨てるとは、頭が良い悪いの問題じゃねぇな。こいつは本当におかしくなってやがるらしい。フハハ! 強がって勝負に乗ったことを後悔するんだな。憎たらしいお前が死んでいく様を、俺がしっかり見届けてやるから安心して死ねよ? フハハ! フハハ!」
「爽太! 今からでもいいから降りろ!」
「だから大丈夫ですって。僕は運が良いですから。ね? 運が、良いんですよ、運が」

 テーブルの向こう側で山尾部長が手持ちのカードから何を出すか吟味している。チラチラとこちらを伺いながら「フハハ!」と気色悪く笑っている。やれやれ、どのカードを出すか迷うなんて情けない。こういう勝負はサッと出すものを決めてしまうのが、男らしさというものだろう。もちろん、僕には選ぶようなカードはないのだけれど。

「運が良い……ね。フハハ! お前、自分で手の内を晒してることに気が付かないとはな。助けて貰った命をすぐに捨ててしまう愚か者だったってことだ。近重、そいつに助ける価値なんかねぇぞ。ま、そこでそいつが死んでいく様を見届けてやれよな。そいつは今からお前のせいで死ぬようなもんなんだからなぁ」
「なんで私のせいになるんだよ、このイカレ野郎」
「フハハ! お前が、俺に、悔しがってるからだよ。お前、企画は出来るけど男心が分かってないんだよなぁ。だから彼氏の一人も出来ねえんじゃないか? フハハ! フハハ!」
「関係ない話を喋ってないで、この勝負を辞めろ」
「はぁ? 別に俺はさっき辞めてやったじゃねぇか。勝負を挑んだのはそいつだろ?」
「はいはい。山尾部長、喋ってないで出すカード決めちゃって下さいよ」
「爽太!」
「じゅじゅさん、もう勝負始まってますし、もしもの場合を考えると離れてた方がいいですよ? ほら、服が汚れちゃうでしょうし」
「縁起の悪いことを言うなよ、それじゃぁまるでお前が……」
「フハハ! そいつを心配するだけ無駄だなぁ。そいつもおかしくなってるんだよ。このゲームにはそういう魔力みたいなものがあるよな。……よし、決めたぞ。しかしだな、一回目ぐらいは引き分けにしておくか? その方が絶望するだろう?」
「絶望? 何に絶望するんですか?」
「ふん、ここまで来て強がれる度胸だけは褒めてやるが、お前の散々な侮辱行為の罰を受けるんだな。一回目で終りにしてやるよ。お前、運が良いんだろぉ?」
「良いに決まってるじゃないですか」
「爽太、本当にどうするんだ。まずいだろ!」
「ま、見てて下さいよ」

 無言でテーブルの横に立つ本部社員に促され、お互いに出したカードに手を添える。山尾部長は相変わらずの汚い笑顔でジロジロと嬉しそうにこちらを見ている。

「運が、良い。つまり、運が欲しいってことはだ、お前の出すカードは体力! でも甘いな、俺はそれを読んで知力を出す」
「……」
「……とでも思ったか? フハハハハハ!」
「……」
「運が、良い。そんな言葉で心理戦を挑んだつもりかもしれんが、この極限状態でお前が口を滑らせた言葉にはしっかり真意が現れてるなぁ。つまり運が欲しいか、運力しか持っていないということを相手に晒してしまってるんだよ、お前。要するにだ、俺がここで出すべきは体力なんだよっ!」

 言いながら山尾部長が自分のカードをオープンさせる。そこには確かに体力のカードが出されている。

「お前が運を欲しがって体力のカードを出したとしても引き分け。お前が運力のカードしか持っていないなら俺の勝ちということだ。フハハ! フハハ! どうした? ん? そのカードを早くめくって見せてみろ。俺がそんな子供だましの心理戦に引っかかるとでも思ってたのか? ん? 早くしろ、そして目の前で首を切られてしまえよ」
「……」
「ここに来て怖くなったのか? 安心しろ。どんなに怖くなってもお前の出した運力のカードは変わってくれないからな。フハハ! フハハ!」
「……やれやれ、心理戦とか意味の分からないことを言ってないで、ちゃんと目の前の現実を見つめて下さいね」

 自分で出したカードをオープンにする。
 そこに出されているのは知力のカード。

「はっ? ちょっと待て、おかしいぞ。お前の持ってるカードは運力だけだっただろうが! イカサマだ、おい本部のお前! これはイカサマだ!」
「人聞きの悪いことを言う人ですね。ちゃんと現実は受け止めましょうよ」

 騒ぎ散らしている山尾部長そっちのけで、山尾部長が出した体力のカードを受け取った。

「待て待て、明らかにおかしいじゃねぇか! お前、一枚しか持ってないって言ってたじゃねぇかよ! 何で今、俺のカードを受け取った状態で三枚持ってるんだ! ? 完全なイカサマじゃねぇか! ほら、本部のお前見たか? イカサマは問答無用でリタイアだろぉっ?」
「だから、イカサマじゃないですよ」
「嘘を言うな! 俺はな、ちゃんと見てたんだよ! お前の持ってるカードが運力の一枚だけなのを確認した。だからこそ、お前に勝負を挑んだんだ。一回目に引き分けて、二回目でトドメを刺すためにな。何度も確認したんだから間違いないはずだ、お前の所持カードは運力一枚だけだったぞ! だからこれは確実にイカサマだっ! なぁ、そうだろ? 本部のお前っ!」
「それでもですね、こうして首を切られていないわけですから、イカサマじゃないってことは本部が認めているってことですよ。だから、ちゃんと現実を受け入れましょうね、山尾部長」
「こんな、イカサマ勝負やってられるか! 俺は他の奴と勝負しに行くぞ」
「……待って下さいよ、勝負は二回するんじゃないんですか?」
「そんなもん知るかっ! イカサマしてくる奴とまともに勝負なんてする訳ないだろうがっ!」
「それじゃぁ、勝負を辞退させて下さいって土下座は?」
「するかっ! ふん」

 メタボな身体を揺らしながら、あからさまに苛立って山尾部長は参加者の群れに消えて行った。それを見届けてから、隣にいたじゅじゅさんが肩を組んできた。いや、これは正確に言い表すならヘッドロックだろう。メキメキという音が自分の頭蓋骨から響いてくる。――ちょっとこれは力を入れ過ぎじゃないだろうか。このままでは、人類の未来を左右する僕の脳細胞を損失させてしまいかねない。

「ギリギリだったじゃねーかよ! 何が運が良いだ、究極に悪いじゃねーかよ。あん? どうなんだ、なんとか言えよ爽太」
「でも、こうして生きてるわけじゃないですか。やっぱり運は良いと思いますよ。読んで字のごとく悪運の方が。そ、それよりですね、その、ヘッドロック辞めてもらえませんかね? 普通に痛いんですけど」
「……はぁ、やれやれ。しかし今のは本当に焦ったぞ」
「いやぁ、すごいじゃないですか。山尾部長が戻ってくる前に、コソコソ勝負して僕にカードくれるなんて」
「コソコソは余計だろ。お前が運が良いってヒントを言わなかったら、私の手でお前をリタイアさせるところだったんだぞ。はっきり言って賭けだったしな」
「結果オーライですよ、結果オーライ。ほら、なんて言うんですっけこういうの……待てば海路の日和有り、ですっけ?」
「お前の場合は棚から牡丹餅だろうが」
「どっちでもいいですけどね。一応、お礼言っておきますよ、じゅじゅさん。ありがとうございました」
「気にするな。お前にはクリスマスイベント立案っていう借りがあったからな。チャラってことにしといてやるよ」
「仕方ないですね。そういうことにしておいてあげましょうかね」
「……さてと、お前のおかげでいい時間稼ぎが出来たし、そろそろ準備も整うはずだな」
「準備? そもそも、じゅじゅさんは何をしてたんですか? そんなに疲れてる所を見たの初めてですよ」
「あぁ、このゲームの被害者を最小限にしようと思ってイロイロとだよ」
「ヒーローみたいじゃないですか、そう言うのは僕に任せてもらいたいもんですけどね」
「はっ、お前じゃ荷が重いんだよ。ところでお前、カード揃っただろ?」
「揃いましたね。まぁ、当然のことなんですけどね」
「調子いいこと言ってんじゃねーよ、いったい誰のおかげだと思ってるんだか」
「もちろん、僕自身の勇気ある行動の……」

 瞬間、ヘッドロックが強力になった。かなりの数の脳細胞が破裂したんじゃないかと思う。
 ――人類の未来よ、すまない。



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スラッシュ/ゲーム - /21 -


ハコニワノベル

「よし、爽太。ちょっと手伝え」

 それだけ言われてからやっとヘッドロックが外された。やれやれ、と思っているとすぐに腕を掴まれて引っ張られた。

「拉致ですか」
「拉致だ」
「優しく、して下さいね」
「何の話をしてるんだ。ちょっと手伝え」
「拉致をですか?」
「まぁ、拉致みたいなもんだ」
「優しく、するからね」
「相変わらずお前はメンドくせぇな」
「嫌いじゃないでしょ?」
「ま、嫌いじゃないけどな。でも今は時間が無いからお前に構ってる時間が勿体無い」
「時間が無いって……、そう言えば今何時ですか?」
「自分で確認しろよ、自分で」
「いやぁ、とある深い事情があってですね。時計というものを所持していないんですよ」
「携帯でもなんでも確認出来るだろ?」
「ポケットから取り出すのが面倒だなぁと……」
「……はぁ」
「どうしたんですか、ため息なんてついちゃって。もしかして、恋?」
「十四時十分だよ」

 軽いげんこつをしながらもじゅじゅさんは時間を教えてくれた。げんこつは不必要だったと思うけれど、今それを訴えても聞いてもらえないだろう。むしろ、これ以上ユーモラスな受け答えは、追加で何発のげんこつをもらうのか見当がつかないので辞めておこう。流石にこれ以上の脳細胞が失われることだけは防がなければ。

「で、何を手伝えばいいんですか?」
「急に素直になるなよ気持ち悪い」
「やれやれ、あまり時間はないんですよ、じゅじゅさん」
「お前が言うな。お前が」
「もう一度聞いちゃいますけど、何を手伝えば?」
「……おおっぴらに説明は出来ないんだがなぁ。とりあえず、あそこに何が見える?」

 そう言いながらじゅじゅさんがフロアの左奥を指差すので、合わせるように視線を移す。
 そこにはかなりの数の参加者たちが固まっていた。よくよく辺りを見回してみると、左奥以外はあまり参加者がいなくなっている。

「なにやら固まってますね」
「固めるのも大変だったんだよ」
「じゅじゅさん、ゲーム中に何をしてるのかと思えば人集めですか」
「ただ集めただけじゃない。私が嫌いな奴には声すらかけてない」
「選り好みは感心しませんね。僕にも声はかかってないですし」
「まぁ、話は最後まで聞いておこうぜ、爽太」

 そこからまた肩を組むと言うよりヘッドロックの状態で、じゅじゅさんが妙に小さな声で説明を続けた。

「いいか、あそこの集団をよく見ると三つに別れてるだろ。あの三グループの左から”知力を多く持っているグループ”、”体力を多く持っているグループ”、”運力を多く持っているグループ”になってる。でだ、お前に手伝って欲しいのはカード貰いだ」
「カード貰い?」
「あまり大きい声でしゃべるんじゃねーよ。対戦者同士の打ち合わせは禁止されてるんだからな。最初は”知力を多く持っているグループ”の参加者に勝負を挑め。勝負前に”直径九メートルのタイヤ”とつぶやいてから運力のカードを出すんだ。そうすれば相手は知力を出してくる。次は”体力を多く持っているグループ” の参加者に同じく”直径九メートルのタイヤ”とつぶやいて、今度は知力のカードを出せ。相手は体力を出してくる。その次は”運力を多く持っているグループ”で同じように体力を出す」
「つまり、予め出すカードが決まってるわけですか」
「そうだ。それを理解してもらって集まって貰うのにかなり時間がかかったよ」
「あ、一つ質問があるんですけど、集まっている人の中で例えば同じカードしか持ってない人とかはどうなるんですか?」
「集めた方が早く揃うようになった奴から、カード貰いになってもらってる」
「なるほど」
「残り四十分……だから、あと三十分で出来る限りあそこに集まってる参加者を勝ち抜けさせるぞ。私は運力側から始めるから、さっき言った通りに、お前は知力側から作業開始しろ。頼んだぞ」
「了解」

 じゅじゅさんが集めた参加者の集団を行ったり来たりしながら、カードを受け取っていく。ある程度のカードを増やしたらカード貰いをしている人に必要なだけ渡していく。カードが欲しい人は”直径九メートルのタイヤ”とつぶやき、勝負するテーブルの位置によって渡すカードを決定する。
 それにしても大混乱の中、これだけの人数相手に助かる方法を模索して実施しているとは、流石は企画部一課の課長だ。この企画力こそが、超人的な評判の根本だと思う。

「爽太、調子はどうだ?」
「随分改修して、随分と渡しましたよ」
「お、渡すとこまでやってくれるなんて、お前にしては冴えてるな」
「残り時間が僅かですからね」
「一応、自分のカードにも気を付けとけよ? セットにならなかったらお前もアウトだからな」
「え、あ。はい、大丈夫ですよ……うん、大丈夫です」
「お前、今確認したろ……。頼むぞ? 手伝わせたせいでお前が死んだら、呪われそうで嫌だからな」
「毎日、冷蔵庫前に立ってあげますよ」
「枕元じゃないのか」
「お酒を飲ませてあげなくするんですよ」
「よし、お前絶対に死ぬな」

 その後もカードを受け取り、カードを渡し、次第に集まった参加者から勝ち抜けしていき集団の人数も残り僅かになってきた。

「あれ? ルー姉さんじゃないですか」
「爽太、あんた生きてたんだ。てっきり私との四連敗でリタイアになったかと思ってたよ」
「残念ながら生きてますよ。それに言ったじゃないですか。僕はあれぐらい追い込まれてからじゃないと、燃えてこないんですよ」
「そうかそうか。とにかく良かった、良かった」
「さてと……、”直径九メートルのタイヤ”」
「お? なるほど、今はじゅじゅの手先になってるってわけか」
「流石に五連敗は死守させてもらいますね」
「あんたのことだから分からないぞ?」
「それでは……いざ、勝負!」
「かかってきなさい」

 田中課長から運力のカードを受け取った。これは多分、僕が最初に渡した四枚のうちの一枚だろう。これで僕が今所持しているカードは丁度十二枚。それぞれが四枚ずつで、クリア条件を満たしている。「すいませんけど、今何時ですか?」と田中課長に聞いて見ると「十四時五十分」ということらしい。
 じゅじゅさんが集めた参加者の残りは田中課長を入れて三人まで減っている。田中課長の所持枚数を確認すると二、三、――五枚。そうこうしているうちに田中課長以外の二人が目の前で勝ち抜けてしまった。

「爽太、あんた今揃ってるのか?」
「揃ってますね」
「それならもう、ここは良いから勝ち抜けしてしまいなさい」
「いや、でもそう言うわけにもいかないでしょう」

 そこへじゅじゅさんが戻ってくる。ルー姉さんの現状を把握して頭を抱えた。

「私も今丁度揃ってるんだよ」
「二人とも勝ち抜けしてしまっていいよ」
「いや良くないですよ」
「しかし、どうするかな……残り五分か」
「私は大丈夫だから、早く勝ち抜けしといてくれる? じゃないとそろそろ時間切れになる」

 めぼしい解決策も思い浮かばないまま、ゲーム終了の時間が迫ってくる。落ち着いたように見える田中課長も、頭を抱え込んでいるじゅじゅさんもかなり焦っているのがよく分かる。人類の未来を左右する僕の脳細胞は、さっきじゅじゅさんに破壊され過ぎたのか妙案が思いつかない。やれやれ、ヘッドロックをし過ぎるからだ。

「チッ。どうなってやがる、ここらにいる参加者は俺との勝負をしないくせにどんどん勝ち抜けやがって。あいつら、イカサマに決まってる」

 本日三度目の聞きたくない声が後ろから聞こえた。
 それと同時に、じゅじゅさんの顔が恐ろしく笑顔になったのが分かった。



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スラッシュ/ゲーム - /22 -


ハコニワノベル

「これはこれは、山尾部長じゃないですか」
「あん? なんだ近重か。それに爽太か……。ふん、イカサマコンビめ」
「お困りみたいじゃないですか、お助けしましょうか?」
「お前らの口車に二度と乗るか」

 僕たちを無視して山尾部長が通り過ぎていく。どうやら本当に焦っているようで、手当たり次第に参加者に勝負を持ちかけながら動き回っている。

「くそっ」

 小さく吐き捨てるようにじゅじゅさんが言ったのが聞こえた。
 このままだと田中課長がリタイアになってしまう。きっとじゅじゅさんが考案したであろうこの計画を、田中課長も知っていたに違いない。自分発案の計画に協力してくれた田中課長が犠牲になるかもしれないのだから、憤りを感じているのだろう。確かにもう時間はない。

「爽太、お前は勝ち抜けしとけ」
「この状況で、はい分かりました……とは言えないですよ」
「いいから早く行けって」
「……じゅじゅさん、責任取って自分が犠牲になろうとか思ってるでしょ。そういうのすぐ分かっちゃうんですよね」
「仕方ないだろ、私の口車に乗ったせいでルティを犠牲になんてしてたまるか」
「だからってじゅじゅさんが犠牲になるのも違うと思いますよ」
「じゃぁ、どうしろって言うんだよ!」
「まだ残ってる参加者に勝負を挑んでカードを手に入れるとか」
「時間を考えろよ」
「それじゃぁ、例えば僕が犠牲になるという手はどうですか」
「却下」
「案外良い手だと思うんですけどね」
「あのな、その手は私が犠牲になるのと意味は同じだろ?」
「確かに」
「くっそ、山尾の野郎……いらないところで慎重になりやがって」
「僕に負けたのが相当悔しかったみたいですね、あれは」
「ちくしょう、時間が無さ過ぎる!」

 携帯電話で確認すると十四時五十八分と表示されている。――残り二分。
 まだ勝ち抜けられない参加者のほとんどは、既に諦めたかのように呆然としている。まるで立ち尽くしている人が木のようだ。その木の間をドスドスと駆け回っている山尾部長が見えた。ほとんどの人が諦めている状況で、未だ尚諦めずに生に執着する姿はたくましい。

「山尾部長じゃないですか」

 突然、田中課長の声が聞こえた。この声の出し方は外部の人と電話するときの声だ。妙に女性らしいその声は、目を閉じて聞けば理想の美人が喋っているようにしか聞き取れないほど綺麗だ。この電話の声だけで、配送会社のお兄さんが何人も恋に落ちた伝説があるらしく、中には社内へ来た時に「田中さんはどなたですか?」などと、見なくてもいい現実を確認しに来てしまう猛者までいたと言う。もちろん、確認後は何事も無かったかのように猛スピードで帰って行ってしまうのだけれど。

「ん? 田中じゃねーか、お前も勝ち抜け出来てないみたいだな」
「そうなんですよー、あと一枚無くなれば勝ち抜けなんですけど……。もう諦めた方がいいんですかねぇ」
「一枚多いのか? ふーん、確かに四枚しか持っていないみたいだな」
「誰かがこの余ってる一枚を取ってくれたら勝ち抜け出来たんですけどね」
「……例えばだな、お前が一枚多く持ってるカードは健康に関するカードだったりしないか?」
「え? それはそのままの意味で受けとれば、そうですよ」
「そうか。実は俺もあと一枚で勝ち抜けなんだが、勝負する相手がいなくて困ってたんだよ。健康に関するカードが足りなくてなぁ……。どうだ、ここは俺と勝負しないか? これはもしかすると、お互いに取ってメリットになると思うんだが」
「このまま時間切れを待つよりいいかも知れないですね。いいですよ、最後の勝負といきましょう」

 物凄くにこやかに話を続ける田中課長と、自身の生き残りに貪欲な山尾部長の勝負が始まってしまった。仮にお互いが言っていることが正しければ、二人とも勝ち抜け出来ることになる。――残り時間は一分と数十秒。

「……」
「どうしたんですか、じゅじゅさん」
「爽太、今持ってるカードを全部本部社員に渡せ」
「いや、でもルー姉さんが……」
「いいから早くしろ。私も全部出す」
「どういうことですか?」
「すぐに分かる。あと、時間切れになった時に例え勝ち抜けてたとしても、このフロアにいたら死ぬぞ」
「もう一分無いじゃないですか」
「だから今のうちにカードを渡して走る準備しろ」
「今走ったら駄目なんですか? 今からでもギリギリなんじゃないかと」
「駄目だ。今慌てて走ったらルティが勝ち抜け出来なくなる」
「え、ルー姉さん勝ち抜け出来るんですか? 確かルー姉さんカード五枚持ってるんですよ? だから山尾部長に一枚取られたって勝ち抜けは……」
「声がでかい。とにかく、勝ち抜け条件を達成させて走る準備だ」

 じゅじゅさんに口を抑えられたままで、二人とも本部社員にカードを全て渡した。これで一応は勝ち抜けたことになる。しかし、本部社員に確認すると、時間切れまでにフロアの外に出ていないとリタイア扱いになるのは本当らしい。ここから出入口の扉まで走って二十秒かからないぐらいだろうか。やれやれ、またまた若さをほとばしらせなくてはいけないらしい。
 そんなことよりも奇妙なのは、この状況で田中課長が勝ち抜けるということを、じゅじゅさんが確信していることだ。田中課長はカードを五枚持っているのだから、最短ならカードを一枚増やさないといけない。それなのに山尾部長に一枚差し出す――ん? 山尾部長はさっき何って言っていた? 田中課長と勝負する前に、確か田中課長が電話応対用の声で話しかけてそれに対して山尾部長が”確かに四枚しか持っていないみたいだな”とか言ってなかったか? つまり田中課長は一枚を隠し持って勝負を挑んだということか。

「なるほど読めましたよ、じゅじゅさん」
「よしよし、だから今は静かにしとけよ」

 そう言われてから、僕もじゅじゅさんが見つめる方向へ視線を移動させる。

「田中、急げよ。本当にもう時間がない」
「はい。出しました」
「俺も出したぞ、よしさっさと交換しよう」

 山尾部長が出したカードは知力、対して田中課長の出したカードは――運力。

「なっ……」
「山尾部長ごめんなさいね。よし、カード二組揃ったな」

 大きく開いた胸元に隠していた一枚を取り出しつつ電話応対用の声を元に戻すと、田中課長はテーブル横に立っている本部社員にカードを渡した。

「ルティ、走れ!」

 じゅじゅさんの掛け声で一斉に走り出す。残り時間は確認していないけれど数十秒だろう。
 走る、走る、走る。こんな広さがあったのかと思うほどに出入口までが遠く感じる。
 急げ、急げ、急げ。もう少しで辿り着ける距離になると、出入口付近にいた本部社員がタイミングよく扉を開けてくれた。扉前で一旦立ち止まろうとしたら、後ろからじゅじゅさんに蹴り出されてしまった。世界が反転して見えるのは僕がひっくり返っているかららしい。
 その逆さまの視線の先、僕たちの最後方を走っている田中課長の更に後ろから、怒り狂った山尾部長が追いかけて来ているのが見える。

「ふざけるなぁっ! 絶対に許さんぞ、お前らぁっ! !」
「許して貰う必要はないですので、ごきげんよう」
「飛び込め、ルティ!」

 出入口で待ち構えていたじゅじゅさんが田中課長の伸ばした腕を引っ張りつつ、その反動で自分も外に転がりでた。それとほぼ同時に本部社員が扉を閉めていく。山尾部長は扉に辿り着けないまま、扉は重々しい音を立てて閉じた。
 ただ、扉が完全に閉じるその間際――、追いかけてきていた山尾部長の上顎から上が音も無く切り取られたのが見えた。
 扉のすぐ向こう側で、べしゃりと音が鳴った。



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スラッシュ/ゲーム - /23 -


ハコニワノベル

「危なかったな」
「ほんとだよ、まったく。もう少し早くじゅじゅと出会うべきだったな」

 二人は座り込んだままで会話を続けている。ギリギリだった。ほんの数秒でも遅れていたら、あの最後に見えた山尾部長のように首を切り取られていただろう。いや、あれは正確には首ではなく上顎から上を切り取られていた。一度間近で調べた時に、その切口がカッターナイフで切られたようにまっすぐだと言うことは知っている。でも山尾部長は何も無い場所で、僕たちがほんの数秒前に走った場所で、音も無く切り取られてしまった。近くにいた本部社員は扉を開閉していただけだったし、その他の本部社員は近くにはいなかったと思う。あれは一体どうやって切られているのだろうか。
 そんなことを考えていると気分が悪くなった。腹の中に重たい鉛でも詰め込まれたような感覚、胃が何かを吐き出してしまいそうだ。理由は単純明快だ――。

「あの、そろそろ二人とも降りてくれませんか?」
「ん? なんだ、座り心地の悪い椅子だと思ったら爽太だったのか。どうりで」
「確かにこいつは座り心地が悪いな」
「だったらすぐにでも降りてもらえます? 案外、お二人とも重た……」

 二人から同時にボディブローを喰らった。レディに対してしてはいけない発言をしてしまうとは、さっきのゲームで少々頭を使いすぎたようだ。紳士中の紳士たる僕としては、なんたる不覚だろうか。やれやれ、これは気を引き締める必要があるな。

「とりあえず、勝ち抜けられて良かったですね」
「それでも相当数が犠牲になったな……」
「半分ぐらい? 勝ち抜けできたのは」
「半分より少ないぐらいだと思う。……くそっ、もっと早くルールに気付いて対策すれば良かったな」
「じゅじゅがいなかったらもっと犠牲になってるわよ」
「そうですよ、じゅじゅさん。あの状況下であれだけ勝ち抜けさせたんだから良かったじゃないですか」
「……」
「出来る限りのことはしたじゃないですか、ね? ひとまず勝ち抜けできたことを喜びましょうよ」
「……んじゃない」
「え?」
「まだ、安心じゃない」
「どういう意味ですか?」
「多分……、ゲームはまだ終わってない」
「またまたぁ、そんなこと言って脅そうったってそうはいきませんよ」
「こんなもんで済むわけがないんだよ。わざわざ名前に”スラッシュ”を入れてるんだからな……」
「それってどういう意味なんですか?」
「……ルティ、化粧直ししとこうぜ。今日はまだまだ長くなりそうだ」
「おっけー」
「ちょ、僕は無視ですか」
「ん? 今爽太の声が聞こえたかルティ?」
「えぇ? 爽太の声? 聞こえてないわよ。そこにあるのは座り心地の悪い椅子だけだし」

 これはイジメだ。部下を人とも思わない卑劣な行為だ。
 これは労働相談センターに訴えかけてなんとかしてもらう必要があるな。最終的には労働基準監督署からキツく叱って頂くことになるだろう。こんなにも素敵な紳士中の紳士を、椅子だと罵られたんだからそれぐらいは仕方がない。そこまで考えてから「訴えますよ」と言ってみたものの、すでにそこには誰もいなくなっていた。――少しだけ虚しい。
 誰もいない場所で佇んでいるわけにはいかない。転がって汚れた部分をはたいてから大きく伸びをしてトイレを済ませた。そう言えば朝食以降何も食べていなかったことに気がついて、リフレッシュスペースにある自動販売機の前まで移動した。そこでパンでも買おうと思ったものの、あんなものを沢山見たことを思い出して食べる気がしなくなったのでやめた。買おうとしたのがジャムパンだったので、心底買わなくて良かったと階段を降りながら思った。
 とりあえず二階の自席に戻ろうと思って階段を降りていたけれど、下に降りるほどに騒がしくなっていく。二階に辿り着くと騒ぎの理由が分かった。一階ヘ降りる階段が防火用シャッターによって封鎖されている。横に付いている通行口も外側からロックされていて開けることが出来ないらしい。騒いでいる人たちの話によるとエレベーターも一階ヘ降りれなくなっているらしい。この分だと非常階段も封鎖されているだろう。
 防火シャッター前で「出せ!」だの「殺す気か」と騒いでいる人たちを避けながら、フロア内に入り自席へと向かった。目的はウォーターサーバーで無料のコーヒーに在り付くことだ。食欲はないものの水分ぐらいは口にしておくべきだろう。
 自席に向かう途中でふわふわとしている人に話しかけられた。

「爽太君! 無事だったんだね。よ、良かった。きっとジェシカちゃんが助けてくれたお礼に護ってくれたんだね」
「妖精さ……、長谷川さんも無事でなによりです」
「三連敗したあと、一回勝っただけでカードが揃ったんだ。お花たちが導いてくれたんだよ」
「そ、そうですね。きっとね、うん。そうに違いない」
「だけど、お外に出られないからお花たちのお世話に行けなくて困ってたところなんだ」
「なぜか封鎖されてますよね。僕、今降りてきたところなんで良く分かってないんですけど、長谷川さんが降りてきたときからずっと封鎖されてたんですか?」
「私が降りてきたときにはもう閉じ込められてたよ」

 長谷川さんの言う「閉じ込められた」という言葉を聞いて、なるほどそうだなと感じた。長谷川さんはそれからも「お花たちが私を待っているんだ」と、かなり本気で何度か語ってからどこかへ行ってしまった。相変わらずの妖精さんぶりである。
 辺りを伺ってみると、ゲーム開始前から随分と人が減っている。防火シャッター前に集まっている人を含めてもそんなに人数はいない。じゅじゅさんが勝ち抜けできたのは半分より少ないと言っていたので、実際にその通りなんだろうと思う。流石に目の前で何人もの人が死んで――いや、殺されてしまったので、誰もが平常心を失っているようだ。まぁ、それもそうだろう。一般的に目の前で誰かが殺される瞬間に立ち会うことは稀だ。その稀なことが五時間の間に何度も訪れたのだから、一般人であれば平常心を失うのも仕方がない。
 ウォーターサーバーでコーヒーを入れ、久しぶりに自席に座る。「久しぶり?」なぜか声に出た。たかだか五時間ほど座ってないだけなのに、感覚として何十時間も経っているように思える。それだけ緊迫した時間を過ごしたからだろうか。

「良かったぁ」

 後ろから気の抜けた声が聞こえたので振り返る。そこには安心しきった顔で柱にもたれかかったミッチー先輩がいた。

「あ、ミッチー先輩。ちぃーっす」
「……ちぃーっす」
「お疲れですね」
「そりゃぁ、まぁ、ね」
「無事でなによりです」
「あんたこそ。私、あんたは勝ち抜け出来ないと思って、ずっと探してたのに見つからなくて。……もしかしたら、なんて考えちゃったじゃない」
「心配しなくても大丈夫ですよ。ほら、ご覧の通り」
「はぁ。とにかくあんたが無事で安心した」
「ご心配おかけしました……って、何泣いてるんですか! ? 僕、何か悪いことしましたっけ?」
「私さ、そこで長谷川さんと出会ってさ、あんたがいるって聞いたから慌てて来たの。そしたらあんたいつもみたいにコーヒーなんか飲んでるし、私の心配はなんだったんだろうって考えたら安心しちゃって、もう、なんて言えばいいんだろ……もう、爽太のバカ」
「なんでバカ呼ばわりするんですか。やれやれ、名誉毀損で訴えますよ?」
「私にもコーヒー入れて」
「思いっきり無視ですか」

 ミッチー先輩と二人でコーヒーを飲みながら「落ち着きますな」と言ったら「こんな状況で落ち着けるわけないでしょ」と言われた。心にゆとりがない人はピリピリしていてよろしくない。こういう状況だからこそ落ち着いて冷静になるべきだ。
 コーヒーの入っている紙コップを見つめながら思考する。
 最初、参加者は百五十名ぐらいだった。そのおよそ半分の人たちはさっきのゲームで殺されたのだろう。一体何の意味があってこのゲームは開催されたのだろうか。そう言えばじゅじゅさんが「ゲームはまだ終わってない」と言っていたことと、KGCの社ビルから外に出られなくなっている状況を考えると、もっと多くの犠牲が出るのかもしれない。

「……多分やで、多分あんたの近くで誰か死ぬ」
「一人や二人じゃないと思うねん。はっきりとは見えへんかったけど、間違いないと思う」
「とにかく、気を付けや。変なもんに不用意に足突っ込んだらあかんで?」

 不意に静香が言っていたことを思い出して「あぁ、コレのことか」とつぶやいた。見つめていた紙コップに残ったコーヒーを一気に飲み干す。やれやれ、これは無事に帰ってもかなりキツく怒られることになりそうだ。



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スラッシュ/ゲーム - /24 -


ハコニワノベル

 紙コップを潰してゴミ箱に捨ててから「ちょっとトイレに行ってきます」とだけミッチー先輩に言って移動する。
 階段は相変わらず封鎖されているし、試しに乗ってみたエレベーターは一階のボタンだけが反応しなかった。非常階段に通じる扉も調べてみようと思ったけれど、階段と同じように廊下が途中で封鎖されていたので調べるまでもなかった。
 ふと思い立ってエレベーターで六階に向かう。あの全戦全勝した妖怪はきっと六階にいるだろう。あれだけ早く勝ち抜けていたのだから、僕たちが見知った情報なんかより、もっと有益な何かを知っているんじゃないだろうか。そんなことを思い立ったからだ。
 六階に到着してから廊下側の扉へ向かう。リストラどころか本当に首を切られたりしているのに、相変わらず「STAFF ONLY」と扉には書かれていた。そのままノックもせずに中に入る。パーテーションの迷路を進んだその先で、腕を組んで座っている妖怪――、志津バアを発見した。

「何勝手に入って来てんねん、タノシソウ」
「あ、ノックするの忘れてた」
「ちゃんとノックしいや? あと、失礼しますぐらい言わんかい」
「じゃ、失礼しまーす」
「……で、何しに来たんや? アタシに会いたくなったんか? そら仕方ないわな」
「いや、違うよ。あのさ、社ビルから外に出られなくなってるでしょ? それって志津バアが勝ち抜けたときから外に出られなくなってたのかなぁと思ってさ」
「なんや、そんなこと聞きに来たんか」
「なんで残念がってるの? 会いに来て欲しかった?」
「別に……」
「会いたかったよ、志津バア!」
「抱きつくのやめーや、もー、しゃーないなぁタノシソウは。んーよしよし」

 まるで飼い犬を撫で回すように頭を撫でられながら「それで、志津バアが勝ち抜けたときから外には出られなくなってたの?」と聞いた。「どうやろうなぁ」と、しばらく僕を撫で回してから志津バアは答えた。

「アタシ勝ち抜けたあとすぐに、ここに来たから知らんのよ。正直なところ」
「そっか……」
「でも多分、参加者があのフロアに入ってゲームが開始された時点で、出入口は封鎖されてたんとちゃうか。アタシの後で勝ち抜けした奴らから順番に騒ぎ始めてたし。静かな社内で騒ぐからうるさくてかなわんわ」
「そうなんだ。うーん、本部の人たちはさ、なんのためにこんなことしてるんだろうね」
「業績が悪かった傘下企業の人員削減やろ。それこそ文字通りの人員削減」
「だからって人殺しはよくないと思うんだけどね」
「人は遅かれ早かれいずれ死ぬ」
「僕と志津バアの二人なら、間違いなく志津バアの方が早く死んじゃうだろうけどね」
「それはどうか分からへんで? こう見えてもアタシはな……」
「妖怪」
「そう、溶解する妖怪。その寿命は一世紀、まだまだ青春真っ盛り! そんなアタシになんかようかい? ……って、何言わせとんねん」
「え、違うの?」
「まぁ、青春真っ盛りなのは間違いないけどな」
「そんな歳でもないくせに?」
「そんなに歳でもないからな」
「孫がいるのに?」
「孫は可愛いもんやでぇ」
「確かにね」

 志津バアは僕を撫で回すのをやめてポットのお湯を急須に入れて「タノシソウも飲むか?」と聞いてきたので「いただきます」と答えた。しばらくして、志津バアが湯のみ二つを出して緑茶を入れてくれた。

「落ち着きますな」
「せやなぁ、落ち着くわぁ。アタシが入れたお茶がうまいからやろな」
「これ来客用のお茶じゃないの?」
「一番高いやつやから、客になんかもったいなくて出すわけないやろ。アタシ専用に決まってるやん」
「お客さんを大切にしようぜ」
「ま、もう客が来ることもないやろ。この会社は実質潰れてしまったのと同じやし」
「えっ、そうなの?」
「すべての決定権は本部が握ってる状態やしなぁ。それにこのゲームで生き残ったとしても、KGCが存続する保証はされとらんしなぁ」
「やれやれ、転職でもしますか」
「あぁ、それも多分無理やと思うで? 帝園グループ傘下の企業で働いてたってだけで、帝園グループと繋がりのある企業からは採用してもらわれへんねん。どこの企業も帝園グループとは良好な関係を築いておきたいらしいからな」
「じゃ、帝園グループと繋がりのないとこに行けばいいんじゃないの?」
「アホか。帝園グループがどんだけ巨大が分かってないやろ。国内で帝園グループと繋がりのない企業なんてほぼ皆無やわ。国外にしたって日本と何かしら繋がってるような企業なら、どこかしらに帝園グループが絡んでるんやで」
「へぇ、帝園グループってすごいんだねぇ」
「仮にも帝園グループ傘下の企業で働いてるやつの言葉じゃないな、それ」

 志津バアが立ち上がってごそごそと戸棚の中から煎餅を出して来た。「ん」と促されたので一枚を手に取ってかじると微妙に湿気っていた。僕に差し出されたのは袋を洗濯バサミで閉じていた煎餅で、志津バアが小気味よい音を立ててかじっている煎餅は開けたてのものらしい。やれやれ、歯のことを考えれば逆の方がいいだろうに。

「なんか言ったか?」
「言ってないよ。思っただけで」
「ほうか」
「あぁ、そう言えば。じゅじゅさんがさ、ゲームはまだ終わってないって言ってたよ」
「そりゃそうやろ」
「なんでそう思うの」
「あのゲーム、タノシソウも勝ち抜けたんやろ?」
「そりゃ、こうして生きてるからね」
「勝ち抜けやで?」
「うん」
「仮にあのゲームだけで終了なら、わざわざ”勝ち抜け”とは言わんやろ」
「つまり?」
「まだ続きがあるから勝ち抜けなんやってこと。あのゲームだけで終わりなら、ゲーム開始前の説明で言ってたと思うで。だからこそ、誰も出れないようにしてるんやろうしな」
「そうなのか、それは困ったな」
「タノシソウが困るとは珍しいな」
「無事に帰れたとしても、無事で済まない複雑な事情があったりするもんでね……」
「ふーん、それは難儀やな」
「とりあえず、無事に帰れるように努力はしてみるかな」
「……」
「志津バアどうしたの、急に黙り込んじゃってさ。もしかしてお腹でも壊した?」

 言った瞬間に後頭部を叩かれた。これが本場のツッコミか。やたらとスナップが効いていて、痛みは少ないのに、音だけはパシンと響いた。それでも人類の未来を左右する脳細胞が破壊されたことは否めない。やれやれ、このぶんだと人類もそう長くはないだろう。
 志津バアは黙ったまま立ち上がると「タノシソウはいらんもんまで背負うからなぁ……」と独り言をつぶやいて、しばらくそのまま何かを考えて「しゃーない」と僕の方を見てきた。

「なに?」
「今からアタシがとっても、とーっても素敵な応援歌を歌ったるから、死ぬ気で覚えるんやで?」
「え、なに? 歌?」
「そうや、中宇宙ウサウサの歌や」
「ち、中宇宙ウサウサ?」
「いくでぇ……」



 中佐さ、ウサウサ、中宇宙~♪
 チューチューしたいよウサウサ~♪
 さ、ウサウサ、チューしよ~ウッ♪
 チュウ♪



 振り付けまであった。
 短い歌の中で激しく踊り終えて、最後のチュウ♪で接吻を迫ってきた妖怪の頭を押さえつける。

「ええやないか、減るもんじゃなし」
「いや、志津バアと接吻したら、生気吸われて命が減るから」



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スラッシュ/ゲーム - /25 -


ハコニワノベル

 志津バアの接吻から逃れるように総務課を出て階段を降りる。エレベーターで降りようかと思っていたけれど、到着に時間がかかりそうな雰囲気だったので階段を利用することにした。降りている最中に志津バアのダンスを思い出しかけたので強めに頭を振ると、足を踏み外しかけて驚いた。なんという危険なダンスだったのだろうか。妖怪め。

「真樹、大丈夫?」
「……うん、もう大丈夫」
「早めに勝ち抜けられたのは運が良かったなー」
「そう、だね……。でも、外に出られないってことは……」
「そうだな。多分、まだ何かあるんだろうな」
「私、耐えられないかも……」
「大丈夫、真樹には私が付いてるじゃない」
「ありがとう、朋美」
「あとは智子なんだよな……」
「智子、かなり落ち込んでたからね」
「秋山先輩が一緒にいてくれてるから大丈夫だとは思うけど、あれはちょっと心配だなー」
「これが終わったらちゃんと励ましてあげないとね」
「そうしよう」

 六階と五階を結ぶ階段に二人組が座り込んで話をしている。どうやらあの騒がしい三人組のうちの二人のようだ。確か真樹さんと、朋美さんだったかな。しかしこれは、あの日のランチ代を請求するいい機会かもしれない。驚かさないように少し離れた場所から「これはこれは、どうもどうも」と声を出すと、驚いた二人が一緒のタイミングで振り返った。

「爽太君か、驚かさないでよ」
「脅すつもりはまったくなかったんですけどね」
「あんたも勝ち抜けできたのかー。ひとまず良かったねー」
「ギリギリでしたけどね。色んな意味で」
「私たちが聞くのも違う気がするけど……、こんなところで何をしてたの?」
「ちょっと妖怪に会いにきてたんですよ」
「妖怪?」
「それってカッパとか、ゲゲゲ的なやつの話かー?」
「いやぁ、もっとたちが悪い奴でしてね、今回は下手をしたら生気を全部吸付くされるところでしたよ」
「冗談、だよね?」
「何がですか?」
「いや、その話がだよー」
「この僕が冗談を言うように見えますか?」
「うーん、正直な話で悪いけど、あんたは腹の中がよく見えないタイプだからなー。いまいち何を考えてるのか見えてこない」
「私もそう思ってた……。あ! ごめんなさい。こんなこと言うつもりじゃなくって……」
「別に何を言われても気にならないので構いませんよ。で、お二人はここで何を?」
「私たちはそこそこ早く勝ち抜け出来たんだけど、智子がなかなか勝ち抜けられなくて……。一応、秋山先輩と一緒に勝ち抜けしてきたんだけど、かなり疲弊しちゃっててね。今、運営部のフロアで休んでるんだけど人が沢山いても休めないから、朋美と二人でちょっと話てたの」
「下のほうは人が沢山いてうるさいから、徐々に登ってきてこんな場所になったんだよー」
「あぁ、確かに下のほうはうるさかったですね」

 下のほうからは耳を澄ませばガヤガヤと大勢の声や音が聞こえてくる。「ちょっと失礼します」とだけ言って朋美さんの隣に腰掛けた。

「爽太君はまだ続きがあると思う? このゲームについてなんだけど」
「そうですね、あれで終りと言われてないですしね。あと外に出られなくなってるから、まだ何かありそうだなとは思いますよ」

 崇高で冷静な判断を醸し出しつつ、自分の考えを回答してみせた。これはひょっとするとこの二人が僕に感心して、心酔して、しまいには惚れてくるかもしれないな。おいおい、それはちょっと困っちゃうぜ。僕にはれっきとした――と言っても別に公にはしていないけれど、婚約者がいるんだからさ。ふふふ。
 まぁ、さっき仕入れた志津バアの考えをそのまま言ったに過ぎないのだけれど。

「そうだろうなー。これちゃんと無事に帰れるのかねー」
「私、すごく不安だよ」
「あまり不安に感じないほうがいいと思いますよ。病は気からって言いますし」
「微妙にブレてるなー」
「励ましてくれてありがとう、爽太君」
「礼には及びませんよ」

 その後もこれからどうすべきか、仮に次のゲームがあったとしたら協力しようといった内容をしばらく話していた。途中で「ところで、ミッチー先輩とはどうなのよー」と朋美さんから聞かれたけれど、一体全体何のことかさっぱり分からなかった。適当にはぐらかしてみたけれど「恥ずかしがっちゃって」とか言われた。やれやれ、何のことを言われているかは分からないけれど、僕には恥ずかしい部分など微塵もないと言うことが分かっていないらしい。いつかそのことをしっかり教えてあげなければならないらしい。
 僕はそろそろ二階の自席に向かうことにして立ち上がった。軽く「それじゃ、また」とだけ言い残して階段を降りていく。しばらく降りると「聞き忘れてたけど、小谷先輩は……」と真樹さんに聞かれた。確かに聞きづらいし、もしかしたら知りたくない結果を聞くことになるのだから、真樹さんは神妙な顔をしていた。努めて明るく「ちゃんと勝ち抜けしてますよ」と答えると、ほっとした表情に変わった。それから軽くてを振って二人と別れた。
 朋美さんはそうでもない様子だったけれど、真樹さんはかなり疲弊している様子が伺えた。智子さんは真樹さんよりも更に疲弊しているということは、かなり重症なのだろう。ちょうど四階に差し掛かったのでフロアの方を伺いながら階段を降りていく。さっきこの中で智子さんと会ったときは、かなり錯乱していたっけ。秋山さんが体育会系的な励ましをしてたんだよな。あの左フックは鮮烈だった。きっとあれが秋山さんのフィニッシュブローなんだろう。胸ぐらを掴まれた状態であれを出されたら避ける術がない。ほんの少し右頬を震わせながら階段を降りていく。
 人影のない階段に僕の足音が響く。その足音を響かせながら三階へ降りる最中に、また誰かの会話が聞こえてきた。その声が切迫した雰囲気を出していたので、僕は無意識に身体を隠すように身構えた。やれやれ、僕には隠れるような理由は一切ないというのに何をしているんだろうか。

「どうして? やっぱり何か隠してるんでしょ!」
「そんなの、変だよ。おかしいよ」
「……ワタル、どうして隠し事してるのよ!」
「私、どんなことをしたって勝ち残るから。例えワタルを……殺すことになっても!」
「それじゃぁ……」

 どうやら女性らしい。そして電話をしているようだ。どうにも今朝聞かされたカップルの痴話喧嘩の主らしい。やれやれ、そう言うのは他人に聞こえない場所でやってもらいたいものだ。内容が穏やかじゃないのだから余計にそう思う。痴話喧嘩の言い争いで強烈な言葉を言ってしまうことはあるのだけれど、大抵は仲直りしたい気持ちの裏返しなのだろう。僕もよく静香から「死にたいんか? ええで、一思いにやったるわ」とか言われてるけど、それだって愛情の裏返しということは第三者が聞いたって明白だと思う。首筋に矢が突き刺さってたりするほど明白だ。
 電話の主を伺うように下を覗き込むと、ちょうど立ち去る女性の後ろ姿だけが見えたけれど、それが誰なのかまでは分からなかった。追いかけるような無粋な真似は、紳士中の紳士であるところの僕がするはずもなく、ちょっとだけ女性が立ち去った方を伺うだけに押さえて、僕は二階へと降りた。



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スラッシュ/ゲーム - /26 -


ハコニワノベル

 階段を降りきって自席につき、暇つぶしにニュースサイトのフィードをチェックしようとPCの電源を入れた。無機質な機械音、ファンの回転音が高速になるのとほぼ同時に、社内放送が聞こえた。

「勝ち抜けた参加者の皆さん、次のゲームは七階の応接室で行います。十六時までに七階へ来るようにしてください。遅れますと命の保証はございません。繰り返します……」

 周りに見える人達がそんなに驚いていないところを見ると、誰もがこうなることを半ば予想していたということだろう。階段の方で騒いでいた人たちの声も聞こえなくなった。しばらくすると、みんなぞろぞろと移動して行く。もはや自分の意志のない操り人形のようにも見える。見えない糸で吊るされているんじゃないかと疑いたくなった。やれやれ、みんなもっと自分の意志を貫くべきだと強く思う。この僕のように。

「ほら爽太、ぼーっとしてないで行くよ」
「ミッチー先輩、あのですね、僕は今六階から降りてきたところなんですよ。それをまた今度は七階まで登るんですか?」
「いや、七階に行かなきゃ命がないじゃない。……って、あんたなんで六階まで行ってたの?」
「え? それはあれですよ、ほら。トイレが混んでたり清掃中だったりで、気がついたら六階に」
「そうなんだ。まぁ、それはいいから、ほら行くよ」
「そんなに焦って行くほどのことじゃないですよ。十六時でしょ? ……で、今何時ですか?」
「あんたの立ち上げたPCの画面に時計ぐらい表示されてるでしょ……。十五時四十五分よ」
「あと十五分もあるなら、フィードの数十件ぐらいは確認出きますね」
「そんなもんの確認を今しなくてもいいでしょうが」
「ちょ、ミッチー先輩、耳をそんなに強く引っ張るのは良くないと思います」
「あんたがモタモタしてるからでしょ! ほら、行くったら行くの」
「わ、分かりました。とてもとても分かったので、そろそろ耳を……」
「行くわよ!」

 二階のフロアを出てエレベーター前の混雑と対面したときも、僕の耳は引っ張られたままだった。このままだと耳が千切られる可能性も出てきている。これは立派な傷害罪――、以前こんなやり取りがあったような気がする。やれやれ、ミッチー先輩は僕に対する傷害の常習犯だな。人に危害を加えた罪をきちんと償ってもらう必要があるだろう。あと、いつぞやのランチ代に色を付けて慰謝料を請求するしかない。
 と、そこで僕の耳は開放された。

「どうする?」
「どうするって何をですか?」
「いや、エレベーターすごい混んでるからさ」
「階段にしましょうよ、じっと待ってるよりは気が楽じゃないですか」
「そう? あんたさっき六階から降りてきたとかどうとか言ってたから、てっきりしんどいのかと思ってた」
「若さがほとばしってますからね、僕は」
「なんで”僕は”を強く言うのよ? もしかして私には若さがないとか、そう言いたいわけ?」
「別に強調して言ったわけじゃないですよ。そういう風に捉えてしまうミッチー先輩が悪いんじゃないですかね」
「へぇ……」

 えー、人類の未来よ。僕は謝らなければならないらしい。もう間もなく、人類の未来を左右する僕の脳細胞は、耳の穴から流れ出て消滅することになるだろう。それもこれも、笑顔のままで僕の両耳を引っ張り捻っている、この目の前にいる傷害常習犯の無差別傷害事件が原因なのだ。もう僕の両耳は痛みを通り越して、まるで大きさが二倍ぐらいになっているような感覚にさえ陥っている。

「先輩は敬いなさいね」
「……敬うような先輩なら、自然と敬ってますよ」
「なにか言った?」
「それはもう、まったく何も」
「そ。じゃ、早く七階に行きましょうか」
「……そ、そーっすね」

 階段もそれなりの人が移動していて、バタバタと足音で騒がしくなっている。ただ、誰も会話らしい会話をしていない。周りにいる人たちで言えば僕とミッチー先輩ぐらいしかしゃべっていない。まぁ、ミッチー先輩の場合は会話ではなく、暴力とそれにまつわる言葉の暴力なので、正確に言うならば会話ではないのだけれど。
 ぞろぞろと誰もが重たい足を進めて階段を登っていく。数十名は未だにエレベーターを待っているようだ。
 二階から三階。さっきここで痴話喧嘩をしていた女性がどこに消えたのか少し気になったけれど、立ち止まって考えてしまえば僕の両耳が三倍の大きさになるのは間違いないので足を進める。
 三階から四階。あのゲームで被害にあった人たちの遺体はどこにいったのだろうか。外に出られなくなっている以上は、まだ社内に安置されているのかも知れない。あれだけの数を外部の人の目に晒すことはないだろうから、もしかするとまだフロア内にあるのかもしれない。
 四階から五階。さっきPCを立ち上げてネットに繋がったのだから、今日もサーバーは稼働しているのだろう。もしかしたら誰かがサーバー管理の業務を行っているかもしれない。
 五階から六階。周りの口数は更に減ってきている気がする。やれやれ、みんな若さが足りないな。ミッチー先輩なんて「ふぅー」とか言ってる状態だ。運動不足は老化を促進しますよ。と言いかけて辞めておいた。あぁ、そう言えばあのまま妖怪と一緒にいたら七階に移動するのも楽だったな。まぁ、その場合は生気を吸付くされて命がなかったかも知れないけれど。
 六階から七階。階段の踊場まで登ったところで、金属と金属をぶつけたような音が聞こえ出した。次第にその音は感覚を狭めて鳴り響いていく。





 キン――キン――キン。




 キン――キン――キン。



 キンキン、キン。


 キンキンキンキンキン。

 キンキンキンキンキンキンキンキンキン。



 その直後にブツリと鳴ったかと思うと、すぐにごうごうと何かが高速で動いていくような音に変わった。

「な、なになに、この音なに?」
「あまりいい予感はしませんけどね。ミッチー先輩、何かが起こる前に七階に入るべきですよこれは」
「え? うん。だけど、この音何な……」



 はじめに、衝突音がドン。
 次に、ガラスのような破裂音。
 その次に、鈍い振動。
 最後に、七階のエレベーター扉の奥底から聞こえる悲鳴。



 エレベーターが落ちた。
 階段の踊場で尻餅を付いたミッチー先輩を残したまま階段を登りきって、無理矢理にエレベーター扉を開いて恐る恐る下を覗き込む。粉塵が充満していて下まで見えなかったので視線を戻すと、目の前に引き千切られたエレベーターのワイヤーが揺れている。その千切れた断面は自然に千切れたと言うよりも、作為的に千切られたように見える。

「爽太、置いてかないでよ……。さっきのってもしかして……」
「エレベーターが落ちたみたいです。良かったですね、さっきエレベーターを選択しなくて」
「いや、そうだけど……。乗ってた人いるんじゃない? 大丈夫かな」
「そこはあまり深刻に考えない方がいいと思いますよ。……あれ?」

 開けっ放しのエレベーター扉の方へ振り返る。「ど、どうしたの?」とミッチー先輩に聞かれたけれど無視をした。しばらくエレベーターの方を見ていると「なんなのよ? ほら、もう行こう。時間もないし」と軽く腕を引かれたので、扉を閉めてミッチー先輩の方へ向き直る。

「本当に何? 何かあったの?」
「えっとですね、早く応接室に入りましょう。今すぐにでも」
「え、ちょ! な、何? え? えぇ?」
「ほら、行きますよ」

 そこまで言ってミッチー先輩の腕を引っ張って七階の一番大きな応接室へと向かう。他の参加者もエレベーター側を気にしながら応接室へと吸い込まれて行く。「何? 何かあったの? って答えてよ、気になるじゃない」とかなんとかミッチー先輩は叫ぶように言った。それに対して僕は「なんでもないですって」としか言わなかった。



 キン――キン――キン。



 後ろで金属と金属をぶつけたような音が少しずつ鳴り出している。きっと、もう一台のエレベーターも同じ運命になるのだろう。



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スラッシュ/ゲーム - /27 -


ハコニワノベル

 応接室に入ってほんの少しあとで、ドンというさっき聞いた衝突音と同じ音が聞こえた。ミッチー先輩は「え?」としか言わなかったけれど、その事実を確認しに行くわけでもなく、僕に対して事実を確認するようなことを聞くこともしなかった。多分、何が起きたのかは分かったのだろう。
 あれは事故じゃない。最初に落ちたエレベーターを動かしていたワイヤーは作為的に千切られたように見えた。誰かがワイヤーに細工したに違いないだろう。冷静に考えてみれば、今この応接室にいる誰かがその細工をした可能性が高い。もちろん、僕とミッチー先輩はその細工をしていない。あのワイヤーを千切ろうと思えばそれなりの時間が必要だろうし、もちろん素手じゃ出来ない芸当だ。

「一番怪しいのは、本部の社員」
「何が?」
「あ、こっちの話ですよ。こっちの」
「あんたはたまに隠し事するよね。平気で嘘付いたりさ」
「紳士中の紳士である僕がそんなことするはずないじゃないですか。それは気のせいですよ」
「当番サボったり、電話で連絡したら清掃してるとかって嘘付いてなかったっけ?」
「そんなことありましたっけ? そんな記憶ないで……あぁ、ありましたよね! あった! ありました!」

 ナチュラルに耳を掴まれたので正直に白状しておいた。引っ張られたり、捻られたりするのだけは免れたので良い判断だったのだろう。呆れてるミッチー先輩を余所にして、それとなく応接室内にいる人を観察してみる。小さな机と椅子が等間隔に並べられている。その椅子に座り込んでいる人、壁にもたれかかってる人、少人数でこそこそと会話している人。そして所々に立っている本部社員の姿が見える。

「よう」

 少し離れた所から聞こえた声に振り向くと茶髪でチャラチャラした姿が目に入った。

「あぁ、三好さんじゃないですか。お疲れ様です」
「お前もさー張り切っちゃう系なわけ?」
「毎回で悪いんですけど、もう少し分かりやすい日本語でしゃべってもらえます?」
「要するにお前もさぁ、こんなチャンスなかなかお目にかかれないから張り切ってんじゃねーの?」
「チャンス?」
「そりゃそうだろう、なにせ願いが叶えてもらえるんだぜ? そんなチャンス人生に何度も来ないだろ? それともお前はあれか、最初の入力画面で適当な願いしか書かなかったのか」
「いやー、別にそんなことはないですよ。とても叶えたい願いを記入しましたから。で、三好さんはどんな願いを?」
「決まってるだろ、金だよ金」
「お寺とかにある」
「ちげーし、現金だよ現金。一生金に困ることのない額の現金だよ」
「現実的というか何と言うか、夢がない願いですね」
「はっ、綺麗事言っても仕方ないだろ。世の中金さえあれば大抵のことは解決するんだからな」
「それはまぁ、そうですけどね」
「それでお前の願いは何よ?」
「教える気はないですよ」
「はぁ? ま、お前がどんな願いを叶えようとしても、俺がいる限りその可能性はないしな」
「そうですね。まぁ、三好さんの願いが叶ったら何か奢ってくださいよ」
「お前みたいな奴に使う金はねーのよ、残念ながら」
「期待はしてませんけどね」
「はっ、期待しなくていいよ」
「あ、そうだ。三好さんって身体鍛えてるじゃないですか」
「だからなんだよ?」
「例えば素手でワイヤーとか千切れます?」
「なんだそれ? ワイヤーだろ……、試したことないけど無理なんじゃねーの? なんでそんな変なこと聞くんだよ」
「いやぁ、三好さんのマッスルパワーがどれほどのものなのか知りたかっただけです」
「相変わらず、お前相手にしてると疲れるわ。小谷先輩もよくこんなのと一緒にいれますよね」
「わ、私は別に……」
「お前、小谷先輩の足引っ張ってるんだろ? そろそろ独り立ちしてくだちゃいねぇ」
「それは、いやでちゅー」
「キモッ、お前キモ過ぎるわ」
「いやいや、それほどでもないですよ」
「褒めてねーし。ま、精々死なないように逃げ回れよ。ハハハ」

 三好がどこかへ行ってからしばらくすると、ぞろぞろと人が集まって来た。ミッチー先輩に時間を確認すると丁度十六時になる所だった。突然、応接室の照明が落とされて辺りが真っ暗になって、入り口の方からロックがかかる音が聞こえた。ブラインドは閉められていないので、どうやら外も暗いらしい。そう言えば今朝は雨が降りそうな曇り空だった。もしかすると既に降り出しているかもしれない。
 暗い応接室の壁にまたプロジェクターが映し出され、その中で紙咲と名乗ったあの本部社員が話し始めた。

「知力のゲームを勝ち抜けた皆さん、お疲れ様です。知力のゲームに参加した総参加者数は百五十五名、うち勝ち抜け者数七十二名。生存率は46.45%。この数字には驚かされました。四割以下になると想定していたのですが……、なにやらお節介な方が参加者の中に紛れていたのが原因のようですが」

 ドSな雰囲気の赤フレームメガネをかけ直しつつ、話は続く。

「しかし、これから始まるゲームにはそのお節介も介入出来ないでしょう。今から皆さんに行って頂くのは運力のゲームです。先程の知力のゲームでは、皆さんの知力を存分に奮って頂きましたが、今回のゲームでは単純明快に運だけを使って頂きます」

 少しずつ応接室内がざわつき始めていく。誰かが「ということは、体力のゲームもあるってことか?」と声に出すと「その通りです」と紙咲さんは答えて続けた。

「今から皆さんの前に三枚のカードが伏せられた状態で設置されます。皆さんにはその中から一枚を選択して表向きにして頂きます。たったそれだけのゲームです。そして選択したカードが見事運力のカードであれば勝ち抜けです。残念ながら知力のカードを選択された方は……、言わなくても分かっているとは思いますが、その首を頂きます。重要なのは体力のカードを選択してしまった場合です。その場合は再度カードをシャッフルして、別の誰かにカードを選択してもらいます。別の誰かが運力のカードを選択した場合、勝ち抜けるか【自主リタイア】するかどちらかを選択することができます。この【自主リタイア】はスラッシュ/ゲームからのリタイアになるので、願いを叶えられる権利は剥奪されます。ただし、首を差し出して頂く必要はありません。ここから先のゲームを勝ち抜く自信がなければ、そこで自主リタイアするのも一つの手でしょう。ちなみに、このタイミング以外で【自主リタイア】を選択することはできませんのであしからず。また、別の誰かが選択したカードが知力であった場合は、自分で選択した場合と同じく、その首を頂くことになります。カードを選択した人の首は関係ありません。あくまでカードが設置されている人の首が賭けられます。別の誰かが体力のカードを選択してしまった場合は、更に別の誰かにカードを選択してもらいます」

 聞き取れた内容でルールをまとめるとこうなるようだ。

 一、三枚の中から一枚を選択する
 二、選択したカードが運力なら勝ち抜け
   選択したカードが体力なら再度シャッフルして別の人に一枚選択してもらう
   選択したカードが知力なら首を切られる
 三、別の人に選択してもらったカードが運力の場合
    次のゲームに進むか、自主リタイアかを選択できる
    この自主リタイア選択時に首を切られることはない
   別の人に選択してもらったカードが体力の場合
    再度シャッフルして更に別の人に一枚選択してもらう
   別の人に選択してもらったカードが知力の場合
    カードを選択してもらった人のみ、首を切られる

 概ねのルールは以上らしい。簡単な説明が終わるとすぐに設置されたテーブルの上にカードが三枚設置されていった。「お好きな場所に座ってください」という案内のあと、それぞれが思い思いの席につくと紙咲さんがゲームの開始を宣言した。

「それでは、皆さんの首を賭けたスラッシュ/ゲームを、開始して下さい」

 その声が聞こえたあと、照明が再び付けられたものの誰もすぐには動かなかった。お互いを牽制するように観察している人や、頭を抱え込んで悩んでいる人もいる。隣に座っているミッチー先輩も動けずに固まっているようだった。
 ピシャリ、という音が鳴ったかと思うと「ありゃ? これは残念やな」と声がした。到底人間の声ではないけれど、聞き慣れた声でもある。この妖怪声が聞こえた先に志津バアがいた。

「体力かー、残念なカード引いてもうたなぁ。誰か、ちゃっちゃと次の一枚選んでくれへん?」

 そう言っているものの、誰もその役を引き受けようとしない。自分の選択で自分の命を賭けるのはまだ納得がいくだろうけれど、自分以外の命が賭かってくる選択は容易にはできない。もしも、その選択で相手の命が失われたりしたら――、そんなことが少なからず頭の中に過ぎってしまうからだ。仮にそうなってしまったあとで自分が無事だったとしても、心持ちは最悪だろう。
 ふいに、志津バアにちらりと見られた。僕にやれと言っているようにも見える。

「えい!」

 隣から勢いに任せた声が聞こえたのが気になって視線を隣に移すと、一枚を選択したミッチー先輩が見えた。
 その選択されたカードは――、運力。

「わ! よ、よよ、良かった……」
「おめでとうございます」
「え? あ、うん。でも状況的にはあまり喜べないんだけどね」
「無事ならそれが一番ですよ」
「そうだね……。爽太は選択しないの?」
「え? もちろん選択はしますよ」
「もし、もしも爽太が選んだカードが体力だったら、私が次のを選択してあげるね。多分今の私は運がいいから」
「もしそうなったら、その運にあやからせてもらいますよ」

 自分の前に置かれたカードに視線を落とす。どれだけ眺めてみても裏側の模様にズレや、曲がっているなどの特徴は無かった。と言うことは単純に運を使うゲームなのは間違いないだろう。少なくともミッチー先輩が勝ち抜けたのだから、カードに運力が入っていないということでもなさそうだ。悩んで見分けられるわけでもないので、適当にカードを選択した。
 その時、ごとり。という音が鳴った。
 その音がした目の前の席に座っていた男性の首が切られている。座っているからなのだろうか、ゆっくりと机の上に首が落ちた音だったらしい。首から上を失った身体が何の抵抗もなく倒れ込んでいく。軽く辺りを確認してみたけれど、近くに本部の社員はいない。どうやら最初のゲームと同じ手段で首を切られたらしい。あまりに至近距離だったのでミッチー先輩は顔を机に伏せて動かなくなった。更に視線の先で一人、二人と首が切り取られていく。最初のゲームのように首が跳ねるようなことはなく、首だけが机の上に残り、身体だけが床に倒れ込んでいく。
 その光景を眺めていると、ふと何かが光った。
 確かに何かが光ったのを見たけれど、それが何なのかは確認することができなかった。
 やれやれ、命を奪うゲームを開催することに何の意味があるのだろうか。人類の未来を左右する妙案を今こそ思いつかなければ行け無い気がするけれど、かなりの脳細胞を失ってしまったからなのか妙案も何も思い浮かばなかった。
 気を取り直しつつ、僕は自分が選んだ真ん中のカードを表向きにした。



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