POSITISM

適度に適当に。

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M線上のアリア、しのめん追跡編PV


エッセイ

 ハコニワノベルの募集しないといけないけれど、作っちゃったからには見て欲しい。
 自分で書いた物語のPV。なおはなし。


タイキ≒蓮火さんに触発され


いやね、mixi上でタイキ≒蓮火さん(mixiやってないよ!な方はこちら)が
【M線上のアリア】の物語のとあるエピソード部分のPVを作られまして
それを見てたら触発されてしまったというわけです。

■タイキ≒蓮火さん作成のPVはこちら(※YouTube)



それでは作成したPVをどうぞ


※音が出ますので、注意してくださいませ。





[音楽素材]Human Parkさん ザ・マッチメイカァズさん


■M線上のアリア しのめん追跡編はこちら
※mixiに登録されている必要があります。




よっしゃー!ハコニワノベルも頑張りますっ!
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テーマ:楽しく生きる
ジャンル:ライフ

第03回ハコニワノベルのキーワード募集!


ハコニワノベル

 宇宙を作り上げることはできないけれど、
 部品があればロケットだって作れる気がする。
 だからそれを確かめてみようと思うんだ。

 

 という目標と目的があり、そろそろ定期イベント化してきたかもしれません。またみなさんの【キーワード】という部品を下さいませ。



ハコニワノベルとは?(概略)


この記事のコメントに
物語の【キーワード】を、読者である皆さんに書いてもらい
その【キーワード】を元にしのめんが物語を綴るという仕組みです。

例)
 第02回のキーワード募集記事(コメントが【キーワード】です。)

 出来上がった物語


 ただし、【キーワード】を書き込んで頂く場合に注意点があります。


※注意事項
・【キーワード】をコメントで書き込んでください。
 (あらすじのようなものはスルーします。)
・お一人様につき、【キーワード】の投稿は1つまで。
・コメントしてくれた方を無断で物語中に登場させる恐れがあります。
 (それは困る!って方はコメントにでも書いておいてください。)
・何かしらの展開は無いとは思いますが
 出来上がった物語の権利はすべてしのめんにあります。
・書き込まれた【キーワード】をしのめんが曲解して扱う場合があります。
・実在する人物、団体名はお控え下さい。



 ※重要!【キーワード】の募集締め切りは 2008/03/04 12:00 まで。
 ※2008/03/04 12:00 で締切りました!ありがとうございました!




気軽な【キーワード】投稿をお待ちしております!

世界の終わりを変えるモノ - 表紙 -


ハコニワノベル



\第3回ファンタジー小説大賞エントリー中!/

※竹人一条としてエントリーしています。


■ もくじ ■

第一話
第二話
第三話
第四話
第五話
第六話
第七話
第八話
第九話
第十話
第十一話
第十二話
第十三話
第十四話
第十五話
第十六話
第十七話
第十八話
第十九話
第二十話
第二十一話
第二十二話
第二十三話
第二十四話
第二十五話
第二十六話
最終話



■ 感想フォームはこちら ■

■ ハコニワノベルとは? ■


■ 頂いたキーワード ■
・盲腸(虫垂炎)(るどさん)
・タンポポ (なつめさん)
・雨(ひなたさん)
・整骨院(まごすけさん)
・春のパン祭り(RUTYさん)
・ルビー色のハーブティー(まるりーんさん)
・乱舞(志津さん)
・桜吹雪(ミッチーさん)
・オレンジ色のマニキュア(neco*さん)
・緊急回避(黒さん)
・秒速343メートル(蓮火さん)
・合コン(ともさん)
・吉田栄作という存在からの卒業。(蜜蜂リリィさん)
・北欧神話(ずまさん)
・旋盤(ariesさん)
・フィードバック(☆まりモさん)


※この物語はフィクションです。
実在する人物、団体、その他とは一切関係がありません。

世界の終わりを変えるモノ - 第一話 -


ハコニワノベル

 太陽と月が滅び
 世界は何もなくなる
 混沌の大地
 世界の終わり


 四詩からなる終わりの予言。しかし世界は平穏だった。退屈そうに神王は頬杖をついた。

「のう、ヨルド。終わりの予言は真だと思うか?」

「どうされましたかの、神王さま。あなたさまらしくない」

「こうも平穏だと、まるですでに世界は終わっているようではないか」

「フォフォフォ……。それはまた贅沢なお悩みですな。しかし予言は真実に他なりますまい」

「……そうか。いや、そうであろうな。だからこそ準備はしておかねばならん」

 神王は腰を上げると夜空色のマントを翻し、王の間を出て行った。神王の相談役でもある三賢人の一人、星のヨルドはその場に残りあやしく微笑んだ。



   ◇



 深い紫色のハードカバーをゆっくり閉じる。辞典ほどの厚みのあるその本を膝の上に乗せて眺めた。この本を読むのは何十回、いや何百回目だろうか。昔、祖父が海外の古本屋で見つけてきたというその本には「太陽と月の姫」というタイトルが付けられている。
 貰った当時はアイスランド語が読めず挿絵を眺めるだけだったけれど、小学校高学年の頃から辞書を片手に翻訳しながら読み進め始めた。元々読書は好きだったので、読む前に翻訳するという作業が、今まで読んでいた本よりも少しだけ謎めいていて楽しかった。まるで宝箱を開くような感覚で、毎日翻訳しながら読み進めていた。

「ちょっと、ケイ!今の話ちゃんと聞いてた?」

「え?あ、うん。聞いてなかった」

「んもーケイは、本を読み出したら本の世界に入り込んじゃうんだから」

「うん、えっと、ごめんね」

「ま、いいけどさ。ケイにとって読書は呼吸するのと一緒だしね」

 そう言って隣に座り込みながら、ひなちゃんはニカっと笑う。春野日向、幼稚園からの幼馴染であり親友でもある。名前をそのまま表したような人で、明るくてとても優しい。私はいつもひなちゃんに守られていたから、ひなた(太陽)がいないと輝けない月みたいな奴だと、よく男の子達にからかわれていた。その度にひなちゃんが怒って、からかった男の子達を追い掛け回していたけれど。

「でさ、明日の予定は空いてる?」

「えっと、うーんと、あ、図書館に本を返しに行かないといけない」

「そっか、じゃぁ午後からなら空いてる?」

「えーっと、うん、大丈夫だと思う」

「よし! じゃぁ、十五時頃に図書館まで迎えに行くね」

「うん……。あ、あのね、ひなちゃん」

「ん?なーに?」

「その、何するの? 明日」

「そんなの合コンに決まってるじゃない!」

「……合コン?」

「うら若き乙女が二人、こうして毎日寂しく過ごすのも悪くはないんだけれど、やっぱり王子様に抱かれてみたいじゃない?」

 ひなちゃんはきらきらと瞳を輝かせながら自分の肩を抱き寄せている。とても嬉しそうだから、なんとなく微笑んでしまった。ひなちゃんはそれに気付くと恥ずかしそうに「ごほん」とワザとらしく咳払いをした。

「あのね、ケイ」

「なに?」

「ぶっちゃけるとさ、私あなたが心配なの」

「心配……?」

「だってケイったらさ、幼稚園のときも、小学生のときも、中学や高校のときだって、ずーっと好きな人とかいなかったでしょ? このままケイが誰にも恋することなく死んでしまったら、私は悲しいわ!」

 オーバーアクションで泣くような素振りを見せながら、ひなちゃんが力説してくれた。だけど実はひなちゃんが知らないだけで、私は幼稚園のときも、小学生のときも、中学や高校のときにだって好きな人はそれなりにいた。それを誰かに言ってしまうと、魔法が解けてしまうような気がしていたから、誰にも、もちろんひなちゃんにだって話さずにいただけだ。

「とにかくさ、ケイはインドア過ぎるから出会いとかないでしょ? たまには外に出よう! ね?」

「うん……。それは別にいいけど」

「それは、ってことは他にもなにかあるの?」

「あのね、知らない人と会うの、なんだか怖いなぁって」

「あぁ、それは大丈夫だよケイ! 変な男が寄ってきたら私がコテンパンにしてあげるから!」

 どん、と胸を叩くひなちゃんの姿が勇ましくてまた微笑んでしまった。ひなちゃんはじっと私の顔を覗き込んで「ケイはさ、すっごい可愛いと思うんだよね」とか真顔で言ってきたのがまた可笑しくて、それを言ったひなちゃんも可笑しくなったらしく、しばらく二人で笑い合った。

「それじゃ私は寝るけど、ケイはまだ読書?」

「うん。もう少しだけ」

「そっか、解った。けど夜更かしし過ぎるとお肌が荒れるから、ほどほどにしときなよ? 明日はさ、言うなれば戦争なんだからね!」

 握りこぶしを作って真剣な顔をしたひなちゃんは「よし、それじゃ、おやすみ」と言いながら自分の部屋に戻った。
 高校を出て同じ大学に通うことになり、お互いの親同士の了承を得て、私達は間取り3Kの部屋でルームシェアをしている。
 静かになった部屋のカーテンを少しだけ開くと、月が雲から出てくるところだった。ミルクティーを淹れて窓を開ける。夜風がゆっくりと部屋に流れ込んだ。淹れたてのミルクティーを一口飲んでから、再び深い紫色のハードカバーを開いた。



   ◇



 世界に影が落ちる時
 世界を喰らう怪物が現れる。

 その怪物は
 世界を終わりへと導く


 終わりの予言へと続くこの予言には、最近新たに見付かった続きがある。神王はその予言を思い返しながら学者達のいる書庫へと向かっていた。


 怪物はグングニルによって貫かれるだろう。


 つまり、怪物が世界を終わりへと導くが、グングニルと呼ばれる槍で怪物を貫き退治すれば、終わりの予言は変わる。それがこの神の国の学者達が預言書や古い書物を調べて導き出した答えだった。

「ブラム、グングニルがどこにあるか解ったか?」

「神王さま、申し訳ございません。国中の書物を調べてみても、新たに見付かったあの予言以外に、グングニルのことはいずれにも書かれていないのです」

「……そうか。しかし準備はしておかなければならん。終わりの予言は免れねばならんのだ。引き続きグングニルについて調べよ」

「ははっ、かしこまりました」

 神王は世界を制するのは自分だと信じて疑わなかったが、四詩からなる終わりの予言が気になっていた。もしも予言が真実であるなら、世界を制することはできない。神王はヨルドの書斎へと出向いた。

「ヨルドよ、八百年もの間、世界を見てきたその方の知恵を借りたい」

「フォフォフォ……。どのような知恵でございましょう、神王さま」

「グングニルだ。グングニルを我が手にしたい」

「これはこれは……グングニルとは。ふむ、終わりの予言を変えなさるおつもりですかな?」

「そうだ。ワシは世界を変え、世界を制する」

(フォフォフォ……、この男、相当な強欲じゃわい)

「なにか言ったか?」

「いえいえ、なにも。そうですな、わたくしめも名前しか知りませぬが……。ふむ、グングニルを知ろうとするならば、世界中の書物を手に入れることが一番手っ取り早いでしょうな」

「それはつまり……、戦争を起こせということだな?」

「さすが、神王さま。その通りにございます。終わりの予言のその時が来る前に、世界中の書物からグングニルの所在を掴み、グングニルを手にする。それこそが世界を変え、制する近道ですぞ」

「そうか。このまま何もせぬまま滅びることを待つのは愚かなことだ。兵を集め伝えよ! 我が神の国は世界を救うために、世界中の書物を集める。それを邪魔するものは蹴散らせ!」

「ははっ!」

 傍に居た兵が神王の命令を伝えるために走り去るのを見届けて、再びヨルドはあやしく微笑んだ。

(まさかこれが世界を終わりへと近付けているとは思うまいて……、フォフォフォ……)




第二話へ≫

世界の終わりを変えるモノ - 第二話 -


ハコニワノベル

「んもー! 夜更かしはダメって言ったのに! 仕方ないなぁ、ケイは」

 そう言いながら、ひなちゃんは私が出しっぱなしにしていたティーカップを洗っている。テキパキと洗い物を終えると「じゃ、十五時に図書館まで迎えに行くから待っててね」と言って出かけて行った。たぶんバイトだろう。ひなちゃんは喫茶店でウェイトレスのバイトをしている。ちょっとお洒落な喫茶店なので、ひなちゃんがそこで働いているのがあまり想像できない。こんなことを言ったらきっと怒られちゃうだろうけど。
 開けたままだった窓を閉めて立ち上がる。読書したまま眠ってしまったので、首が少し痛かった。軽く伸びをしてからシャワーを浴びる。一応合コンらしいので、少しだけお洒落をしてみることにした。と言っても普段着ている服に薄手で黒地のチェック柄のコート、まだ春先で肌寒いのでパステルホワイトのストールを巻いただけ。それから透明感のあるオレンジ色のマニキュアを手にとってみたけど、流石にすべての指に塗るには時間が足りなかったので左手の小指にだけ塗った。
 昼前に家を出て図書館に向かう。青色を増した空に白い雲、名前も知らない街路樹の木々が葉を伸ばしはじめている。肩に下げたバッグに図書館で借りた三冊の本と「太陽と月の姫」が入っている。軽くランチを食べて、図書館で借りた本の返却処理を済ませても、きっと十五時まで時間があるだろうから、そのまま図書館で「太陽と月の姫」を読むつもりだ。まだ上手く訳せていない部分も、図書館にある辞書を使えばもっと上手く訳せるかもしれない。
 交差点を渡り、商店街の入り口を通り過ぎてすぐの所にあるお惣菜屋さんで、コロッケサンドとペットボトルのミルクティーを買った。ここのコロッケサンドは特に出来たてが美味しい。最寄り駅の近くにある小さな公園のベンチに座って、コロッケサンドを美味しく平らげた。少し休憩してから駅まで移動して、図書館が併設されている四駅先の駅まで向かう。
 土曜日のお昼時なのでそこそこの乗客がいたけれど、運良く角に座ることができた。目的の駅までほんの少し時間があるのでバッグから「太陽と月の姫」を取り出して、深い紫色のハードカバーを開いた。



   ◇



 神王には双子の娘がいた。
 明るく、活発で、時には戦場にも自ら出陣し、男達よりも勇ましく闘う双子の姉、ソル。
 物静かで、大人しく、いつも書庫で本を読み、引っ込み思案な双子の妹、タンクル。

 神王は双子が生まれたとき、終わりの予言が起こらないように、また世界を昼夜見守るようにと、ソルには太陽、タンクルには月の加護を受けさせた。双子はそれぞれ太陽の姫、月の姫と呼ばれるようになった。

「お父様、私もこの度の闘いに参加させて下さい」

「おぉ、我が自慢の娘ソル。お前が出陣してくれるならば、我らの勝利は確実なものとなろう」

「ご期待にお応えできるよう、死力を尽くします」

 ソルは太陽のように橙に輝く甲冑を身に纏い、闘いの準備をはじめた。ソルの目に迷いは微塵にもない。穂先が真紅に輝くルビーで拵えた槍を手にしようとしたとき、部屋の角から何者かが伺うような視線を投げかけていた。

「タンクル。大丈夫よ、心配しないで」

「あの……うん、解ってるんだけど」

「本当に大丈夫よ、これまで私が負けたことがあった?」

「なかった。だけど……」

「あなたがあの弓を持って闘ってくれるなら、もっと安心なのだけどね」

「……ごめんなさい」

「いいのよ、あなたに闘いは向かないわ。それにどんなに危険だとしても、お父様が窮地に立たれたとき、お救いできるのは私しかいないの。だから、解って頂戴ね」

「うん、解ってる。……だからこれを」

「これは、腕輪?」

「うん、悪しきモノを祓うペリドットの腕輪」

「タンクル、あなたの錬金術も相当な腕前になったわね」

「そんなこと……ない」

「ありがとう。これがあれば絶対に負けることはないわ」

 ソルは腕輪を身につけてから、笑顔を零すとルビーの槍を携えて部屋を出て行った。

「お姉様。どうかご無事で」



   ◇



 キィーという電車のブレーキ音とともに、電車が小さく揺れる。扉が開くと何人かが降りて、また何人かが乗車してきた。携帯電話の画面とにらめっこしている人、友達と楽しそうに会話を続けている人、本を一生懸命読んでいる人。様々な人がいる。そんな中で扉の横に少しもたれ掛かりながらイヤホンで音楽を聴いているであろう男の人が目に入ってきた。

(あの人だ……)

 それはたまに図書館で見かける人で、いつも一人で静かに図書館の窓際の指定席に座って本を読んでいる。読んでいるのは様々な物語ばかりということを、彼の読む本の表紙などで知っていた。ふと、読み終えた物語の感想を聞いてみたいと思いながら彼を見ていると、急に彼が顔を上げたので慌てて顔を伏せた。恐る恐る顔を上げて確認してみると、どうやら窓の外を見ているらしい。なんだろう? 大きく首をかしげている。
 これ以上見ていてまた目が合いそうになると恥ずかしいので、そそくさと本の世界に戻った。



   ◇



「神王さま! 妖精軍はじりじりと後退を始めました!」

「これを逃す手はない、前線に伝えよ、攻勢を強めよ! とな」

「ははっ!」

 出陣した神の国の軍は、隣接している妖精の国へと攻め込んだ。圧倒的な武力を持つ神の国の軍ではあったが、妖精の国の深く、複雑な森での戦いになかなか成果を出せずにいた。


 ──最前線

「神王からの命令をお伝えします! 攻勢を強めよ! 攻勢を強めよ!」

 オォー! という勇ましい雄たけびをあげ、神の国の軍は森の奥へと進んでいく。ソルもその中にいた。

(非力ではあるが知力と錬金術に長けた妖精族が、こうも簡単に退くだろうか)

 頭に浮かんだ疑問を反復しながら前へと進む。そこら中で巻き上がる黒煙と深い霧によって視界はほぼ無くなっていた。

「ウォォォ……」

 自分よりも前を進んでいた兵の断末魔が聞こえたかと思うと、鋭い刀身が黒煙と霧を切り裂きながら振り下ろされてきた。ガチンという低い衝突音を鳴らしつつ槍で防いだ。

(くっ……早い)

 次第に視界が晴れてくると自分より前を進んでいた兵はすべて息絶えていた。その中心に先ほど自分を襲ってきた鋭い刀身の剣を構えた男が立っている。

「まさか、君は女か?」

「女であって何が悪い、邪魔立てするなら容赦はせん!」

「悪いことは言わない、今すぐここから立ち去れ!」

「我を侮辱するか。覚悟しろ!」

「……ちっ、仕方ない」

 自分が神の国の中で神王に次いで強いということを、ソルは理解していた。兵隊長などと手合わせをしても負けることなど一度も無かった。それは慢心でも、油断でもなく、確固たる答えとして理解していた。自分よりも強いのは父である神王だけである──と。
 薄い霧に火花が散る。その度にガチンと金属音が響いた。この男、強い。剣と槍という扱っている武器の差で、遠距離からの攻撃に分があるはずなのに、容易く避けられ弾かれる。このままでは決着が付かない。

「貴様、強いな」

「今頃気付いたのか?」

「名を聞こう、我が名はソル。神王の娘、太陽のソル!」

「君が太陽の姫か……。確かに間違いなさそうだ」

「貴様、相手に名乗らせておいて自分は名乗らぬとは、未だ我を侮辱する気か!」

「俺の名は、シュバルツァ。影のシュバルツァ!」

「シュバルツァ。しかと心得た」

 ──ブォーンという角笛の音とともに、森が揺れる。

「ちっ、もうか。時間が無い。急いでここから立ち去れ!」

「ここまできて、更に侮辱するとは。その行為、万死に値する!」

 今までの遠距離からの攻撃を捨て、槍を目の前の男へと向ける。全体重をその穂先へ乗せるように、全速力で駆け出した。

「仕方がない。少しだけ本気を出させてもらう」

「減らず口は、これを凌いでから言ってもらおうか!」

 全身全霊をかけて放ったその一撃は真っ直ぐに男へと伸びた。しかし穂先が男に届いたかどうかの瞬間に、男は目の前から忽然と消えた。

「なっ? 消えた?」

「別に消えちゃいないさ」

 背後からだった。完璧に後ろを取られている。剣の刀身を後頭部に感じる。何が起きた?

「さ、早くここから立ち去れ」

 背後で剣を鞘に納める音が聞こえた。

「情けをかける気か? 我は戦場で死ねるのなら本望だ! 無駄な情けをかけられる覚えはない!」

 鋭く振り返り、槍を突き出した。が、目の前の男はその槍を片手で掴むとそれを強く引いた。槍に引き摺られるように男のほうへ体制が崩れた瞬間、甲冑の隙間から腹部に男の拳がめり込んでいた。

「すまないが時間がない。せめて毒ガスの少ないところへ」

 ソルは薄れいく意識の中で、妖精軍の毒ガスが森全体に蔓延しつつあることに気付いた。そしてそのまま男の手の中で眠るように意識を失った。



   ◇



 小さく電車が揺れる。扉が開くと何人かが降りて、また何人かが乗車してきた。駅名を確認すると目的の駅だったので、私は慌てて電車を降りて大きく息を吐いた。改札へと向かう階段の方へ目をやると、いつも図書館で目にするあの男の人の後ろ姿が見えた。




≪第一話へ
第三話へ≫

世界の終わりを変えるモノ - 第三話 -


ハコニワノベル

 階段を下りて改札を出る。切符をどこにしまったのか解らなくなって、ほんのちょっと焦った。一人でバタバタしてたら、あの男の人を見失ってしまった。きっと行き先は図書館だと思うけれど、なぜか少しだけ残念な気分になった。
 駅に隣接された図書館までは徒歩で五分とかからない。ゆっくりと図書館に向かって歩いていると道端でタンポポを見つけた。ほんの少ししかない地面に根を張って立派に花を咲かせてる。なんとなくその姿がひなちゃんとタブって見えた気がした。
 図書館に到着すると、バッグから借りていた本三冊を取り出して返却する。本の背表紙に付いているバーコードを係りの人に確認してもらって返却処理は終了。ずいぶんと軽くなったバッグを持って、さっきの男の人をなんとなく探してみた。

(あ、いた……)

 図書館と隣りのビルとの間に大きな木が植えてあり、その木が良く見える窓際の指定席。いつものように物静かに本を読んでいる。いつもは遠くからチラっと見たことがある程度だったけれど、いつになく大胆な気分になっていた私は、彼の向かい側の席に腰を下ろした。座ってからあまりに近い距離だという事実に気付いて、すぐに「太陽と月の姫」を開いて視線を本の中へと落とした。



   ◇



 風の音。木々のざわめく音。暖かい何かで包み込まれているようだ。うっすらと瞳を開くと小さく黄色い花が風にゆられている。ゆっくりと起き上がった。

「これは……?」

 自分の身体を中心に薄い緑色に輝く光がドーム状に広がっている。ソルはその光が腕輪から発せられていることに気が付いた。良く周りを確認すると、黒煙も霧もなく視界が開けた小高い丘のような場所にいることに気がついた。そしてそこから見下ろした先に、夥しい数の自軍の兵の亡骸と、紫色に漂うガスをその瞳に映した。

 ──毒ガス。

 圧倒的武力を持つ神の国の軍をワザと進行させ、霧で視界を防ぎ、毒ガスで一網打尽にされたのだ。幸いタンクルが出陣前にくれた腕輪の力で私は一命を取り留めた。いや、あのシュバルツァと名乗った男に、毒ガスの影響が少ない場所まで運ばれたから生きているのかもしれない。なんたる侮辱。敵の剣士に命を救われるとは。

「はっ、お父様!」

 失態を悔いている場合ではない。これだけの数がやられては、本陣にも何かしら影響が出ているはず。ソルはまだ毒ガスが漂っている森を駆けた。「無事戻ったら、タンクルに礼を言わなければならないな」ソルは自身を包む緑色の光に守られながらそう誓った。



   ◇



 視線を本から机の先へと延ばす。あの男の人はまだ本を読んでいる。こんなに近くで見たことが無かったから解らなかったけれど、少し年上だろうか。窓の外ではサァサァと風が木の葉を鳴らしている。
 一度席を立ち、アイスランド語の辞書を取りに移動した。「太陽と月の姫」の大まかなストーリーは既に翻訳して読んではいるけれど、まだまだ細かい部分が訳しきれていない。もしかすると、私が知っている物語の結末とは違うのかも知れない。そう思うと楽しくて、ついつい何度も何度も読み返してしまっている。
 辞書を手にして戻ってくると、事件が発生していた。いや、これは大事件だ。向かいの席に座っているあの男の人が「太陽と月の姫」を読んでいるのだ。あの本には私が何年もかけて訳したメモが沢山張り付けられている。本を読まれていることより、そのメモを読まれているのが無性に恥ずかしくなった。

「えっと、あの……」

 勇気を振り絞って声をかけると、男の人は顔を上げた。初めてまともに顔を見た。優しそうで、どこか物悲しそうにも見えた。彼は片手でゴメンとポーズを取ると、ポケットからメモ帳を取り出して

『その本、面白そうだね』

 と書いて見せてきた。「面白いですよ」と小声で返すと、彼は微笑んでくれた。ここは図書館だからあまり会話は出来ないけれど、なんでわざわざメモに書いたんだろう? と純粋に疑問に思いながらもなんとか本を返してもらい、持ってきた辞書を開く。しばらくすると、彼は立ち上がって貸し出し処理を済ませると、私に手を振って帰っていってしまった。

「あ……、さようなら」

 つられて私も手を振っていた。彼が見えなくなってから急にそれが恥ずかしくなって、私は席を変えた。なぜだろう身体が熱い。
 十五時まで、まだ少し時間がある。別の席に座り、辞書と本を開いてまた読み進めた。



   ◇



「神王! 我軍の前線部隊は壊滅状態です!」

「誘い込んで毒ガスとは、妖精王め、こしゃくな手を……」

「更に本陣にも、敵の部隊が攻撃を仕掛けてきております!」

「このまま、手ぶらで帰れるわけなかろう! 返り討ちにせよ!」

「そ、それが」

「どうした?」

「妖精軍の剣士に、誰も太刀打ち出来ません!」

「圧倒的な武力を誇る我軍の兵が太刀打ち出来ぬだと……?」

「その剣士が中央突破でここに近付いています!」

「くだらぬ! 我軍に対し、たった一人で向かってくるとは、とんだ命知らず! ……よかろう、ワシ自らその剣士を粉砕し、士気を高めてくれる! その剣士に手を出すなと兵に伝えよ! 神王がその剣士を粉砕して見せるとな!」

「し、しかし……」

「お前はワシが負けると思っているのか?」

「い、いえ……、決してそのようなことは」

「ならば兵に伝えてまいれ!」

「は、ははっ!」

 伝令が兵に向かって走り出そうとした瞬間だった。突如現れた漆黒の獣が、神王の目の前にいる兵を軽々と吹き飛ばした。漆黒の獣は神王の前で立ち止まると、ゆっくりと人の姿になった。

「あんたが神王ギュオか?」

「いかにも、ワシが神王ギュオだ。貴様、何者だ? 見たところ妖精族でもなさそうだが……」

「そんなことはどうでもいい。悪いがその首頂く」

「なるほど、兵が言っていた剣士とは貴様か……。ふん、貴様のような小僧にやるほど、ワシの首は安くないわ!」

 神王の持つ巨大な斧が、縦横無尽に振り下ろされる。その度に地面は割れ、竜巻のような風が沸き起こる。神王はこの世界で最大の武力を誇っていた。だが、剣士にはかすりもしない。斧が剣士に届くかどうかの瞬間に剣士は姿を消し、こちらに一太刀を浴びせてくる。神王は乱れる呼吸を整えながら、両手で斧を構え、持てる限りの力を振り絞り、真上から剣士に向かって振り下ろした。

 ──ガキン!

 鈍い音と共に、神王の斧は吹き飛ばされた。重たい金属音を奏でながら、神王の斧イーミルは地面に突き刺さった。

「ばかな、ワシの攻撃を弾き返す……だと?」

「終わりだ、神王ギュオ」

 剣士は剣を構え、神王へと切りかかった。その刀身が神王に届く間際、赤い閃光が剣士の剣と神王の間を遮った。

「おぉ、ソル。無事だったか……」

「はい、お父様。しかし今は無事を喜んでいる暇はございません。……シュバルツァ! 我と勝負だ!」

「……なに? シュバルツァだと?」

「太陽の姫、そこをどいてくれ」

「我との勝負から逃げるのか? 貴様それでも剣士か?」

「まて、ソル。ここは一旦引くぞ」

「お、お父様? なぜです! 世界を救う闘いから逃げられるのですか?」

「これは王の命令だ」

「くっ……」

「神王ギュオ、あんたこの状況から逃げられると思っているのか?」

「ふん。小僧、貴様がどれだけ強かろうと、貴様の知らぬ力もあるのだ」

「なんの話だ? 俺には関係ない。その首、貰おう」

「時空の使者オーンの力をもって、開け亜空の門!」

 神王がそう唱えると神王とソルの足元に魔方陣が描かれ、二人は淡い光に包まれた。シュバルツァが切りかかると、神王もソルも、先ほどまで周りを囲んでいた神の国の兵が、すべて目の前から消えていた。

「空間移動……、これが魔法か」

 シュバルツァは剣を納めると、森の中へと消えて行った。




≪第二話へ
第四話へ≫

世界の終わりを変えるモノ - 第四話 -


ハコニワノベル

 僕が声を失ったのは、あまり思い出したくない五年前のことだ。当時好きだった女性に気持ちを伝えられないまま、その女性は僕の目の前で交通事故にあって亡くなった。駅前の交差点でじゃあねと繋いだ手を離した直後だった。それ以来、僕は声を失った。病院で診察を受けたりもしたけれど、声帯などに異常はなく精神的なものらしい。
 会話することが出来ないので、僕はいつもメモ帳とペンを持ち歩いている。ただ、とっさに伝えたい内容を書かなければならないので、意思の疎通はかなり難しい。だから人と会うのはあまり好きじゃない。
 図書館は好きだ。基本的に会話をしなくて済む。それに本を読んでいる最中は他のことが気にならない。特に異国の物語が好きで、今は北欧神話やそれを元にした物語の本を、それこそむさぼる様に読んでいる。
 一応大学に在籍してはいるけれど、日々図書館に出かけていて大学には行っていない。借りた本の返却もあるし、まだ読んでいない本を読むためだ。今日もそうで、自宅の最寄り駅から三駅隣の駅に隣接されている図書館へ向かっている。電車の中はそこそこ混んでいて座れそうに無かった。扉の横にもたれ掛かって、ポケットの中からミュージックプレイヤーを取り出す。無造作にランダム再生させて、すぐにポケットに戻した。顔を上げて窓の外を見る。
 イヤフォンから、君を抱いていたいとか、明日は汽車の中といった歌が聴こえる。昔に流行った曲のカバーだ。今乗っているのは汽車じゃなくて電車だ。なんてことを考えながら、一度オリジナルの方を聴いてみようと思った。
 しばらくして、電車は目的の駅に到着した。ホームの階段を降り、改札を抜けて図書館へと向かう。
 借りていた本を返却し、昨日貸し出し中になっていた本を検索してみたけれど、まだ貸し出し中のままだ。返却予定日は今日になっている。まぁ、明日には借りられるだろう。
 本棚からまだ読んでいない物語を二冊手に取って、いつも座っている窓側の席に腰を下ろした。窓から見える大きな落葉樹が、サァサァと葉を鳴らしている。持ってきた本の表紙を捲る。──ふむ。ありがちな物語ではあるけれど、これは借りだな。もう一冊はどうだろう。
 二冊目を読み進めている最中に、普段は誰も座らないこの窓際の席に女の子が座ってきた。他に沢山席があるのにな。と思ったけれど、その子が無我夢中で本を読み始めたので気にしないことにした。

(それにしても、ずいぶん付箋やメモが付いてる本だなぁ。自前かな?)

 そんなことを考えていると、女の子が顔を上げるような素振りをしたので自分の読んでいる本へ視線を移した。しばらくすると女の子は本を置いたまま席を立った。女の子の姿が見えなくなってから、開きっぱなしの辞典のように分厚い本を覗き込んだ。

(これ……英語? じゃないな、アイスランド語か。翻訳されてない原本じゃないか!)

 無性に読みたくなった。最初から翻訳されている物語は、その翻訳者によって物語の雰囲気が変わってしまったりする。その訳し方で物語そのものが変わってしまっているものも多い。あの女の子が戻ってくるまで、せめて開いたままのページだけでも──。



   ◇



「これはこれは、月の姫さま。また読書ですかな?」

「あ……、ブラム。そうなの、えっと、お邪魔かしら?」

 ブラムは長いアゴヒゲを数回撫でて微笑んでから話した。

「いえいえ、もうこの書庫にある書物は全て読んでしまいましたからな」

「ここにある書物、全部? すごい!」

「月の姫さまも、もうかなりの数をお読みになられてしまいましたかな?」

「ううん、まだ全部は読んでないよ」

「それはそれは。書物は読む者によって、様々なことを教え導いてくれるものです。もし、月の姫さまがお読みになられた書物で何か発見されましたら、このブラムにも教えてくださいませ」

「ブラムにも知らないことあるの?」

「それは沢山ございます。現に今、神王さまの望む知識はここの書物にも、このブラムの頭の中ににも、ございません」

「お父様が望む知識?」

「はい、終わりの予言を引き起こすと言われている怪物を貫く槍、グングニルの知識でございます」

「グングニル……」

「それを求めて、神王さまは妖精の国へ戦争をしかけられましたが……」

「もう、闘いは終わったの? ねぇ、お父様とお姉様は無事?」

「……解りませぬ。今、解っているのは、妖精軍の毒ガス攻撃を受け、戦況は大変に不利ということ」

「そんな!」

「あぁ、月の姫さま! お待ち下さい! まだ勝敗が決したわけではございませんぞ」

 タンクルは書庫を飛び出して、透き通る灰色のローブをたくし上げ王の間へと走った。



   ◇



(へぇ、あの子が訳したのかな? 読みやすい。それに、こんな物語があるなんて知らなかった。どんな物語なんだろう。もっと読みたいなぁ)

「えっと、あの……」

 気が付くと女の子が戻ってきていた。手にはアイスランド語の辞書を持っている。僕は片手でゴメンとポーズを取ってから、ポケットのメモ帳を取り出して

『その本、面白そうだね』

 と書いて渡した。するとキラキラした顔で「面白いですよ」と返ってきた。なんだか嬉しい気持ちになった。けれど瞬間、仲良くなることが怖くなって、二冊目の物語が面白そうかどうかも確認しないまま、僕は貸し出し処理をした。彼女の方を見るとこちらを向いていたので軽く手を振ってから僕は図書館を後にした。
 普段よりもずいぶん早く図書館を出てしまったので、行くあてもなくブラブラと歩いた。毎日決まった場所を行き来するだけだったから、妙に新鮮に感じて、冒険をしている気分になった。

(よし、入った事のない店にでも入ってみるか)

 物語の主人公のようだ。と幼稚なことを考えながら歩いていると、大通りから一本入ったところに整骨院が見えた。中で施術を施している院長らしきマッチョが僕に気が付くと爽やかな笑顔と白い歯で「さぁ、カモン!」みたいな表情をしたので、そそくさと通り過ぎた。
 ぐるりと回ってまた大通りに戻ると、妙にお洒落な喫茶店を発見した。何と読むのか解らないけれど「Alfheim」という名前らしい。普段喫茶店などには滅多に入らない。しかし今日は物語の主人公──とはいかないけれど、冒険をしよう。そう決めて喫茶店「Alfheim」へ入った。

「いらっしゃいませ。空いてるお席にどうぞ」

 店員であろうウェイトレスに促されて、僕は通りに面した窓際の席へ座った。テーブルや椅子、照明、壁やオブジェにいたるまで、全体的に統一された店内は異世界のように感じる。大きな目で優しそうなウェイトレスが水とメニューを持ってきてくれた。「灰皿はご入用ですか?」の問いに片手を振っていらないと伝えた。
 メニューを見てみるとなんだかお洒落な名前が並んでいた。値段もお洒落している。特に何か欲しくて店に入っていないので決めかねていると

「お決まりでしょうか?」

 と、さっきのウェイトレスがオーダーを聞きに来てくれた。僕はメニューをそのウェイトレスに見えるように向きを逆にして、適当に指を指した。

「はい、ハーブティーの……カルカデですね。以上でよろしいでしょうか?」

 僕は大きく頷くと、「メニュー失礼します」とウェイトレスがメニューを下げていった。「カルカデ」ってなんだ?と思ったけれど、もう注文してしまったのだから後には引けない。それにしても、さっきのウェイトレスは素晴らしいな。いつも声が出せないから、指などで注文するのだけれど、嫌な顔をされることが多い。さっきのウェイトレスはまったくそんな顔をせずに注文を受け付けてくれた。それだけで、この店に入って良かったとさえ思える。

「お待たせしました。ハーブティーのカルカデになります」

(ありがとう)

 そう心の中で言いながら頭を下げた。
 運ばれてきたのはティーポットらしきものと、それに被さっている帽子のようなもの、それから砂時計。砂時計? 何に使うのか考えようとすると、ウェイトレスがそっと砂時計を逆さにした。

「砂時計が落ちきってからお飲み下さい」

 そう言うと、ウェイトレスは伝票をテーブルに置き、軽く会釈をしてから店の奥へと戻っていった。砂時計とにらめっこをして、帽子のようなものを取るとガラス製のティーポットの中にはルビー色のハーブティーが待ち構えていた。




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世界の終わりを変えるモノ - 第五話 -


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(すっぱっ! ……え、なにこれ酸っぱすぎじゃないか?)

 どうにも紅茶というと甘いものだと思っていたけれど、この「カルカデ」という紅茶は酸味が強い。ミルクが入っていると思っていた小さなカップを覗き込むと、どうやら蜂蜜が入っているようだ。これでなんとか全部飲みきろう。
 この「Alfheim」という店は、そこら中でカチャ、カチャとカップとソーサーの音が鳴っているものの、とても静かだ。図書館と似た雰囲気がある。──そう気付いてから、借りてきたばかりの二冊の本のうち、品定めが終わっていない方を取り出して読み進めた。
 しばらく読んでみたものの、今日図書館であの子が読んでいた本の内容ばかりが気になった。せめてタイトルだけでも見ておけば良かったな。深い紫色の辞典のような本。また図書館に行けば会えるかな。そんなことを考えながら、ほとんど流し読みで手にした本を読み終えた。

「お先に失礼します。お疲れ様でした」

 店の奥からそんな声が聞こえた。声の聞こえた方を見るとさっきのウェイトレスだった。時計を見るともうすぐ十五時になろうとしている。もしかしたら、今から図書館に行けばまだあの子がいるかもしれない。ふとそう思うと残りの「カルカデ」を飲み干して、会計を済ませた。
 「Alfheim」に入る前はまだ明るかったけれど、今は空が青みを増して少し暗くなろうとしている。まだ少しだけ冬を引き摺っているような、そんな空だ。空を見上げ終えてから、図書館までの道を進む。あの子がまだいるかな? と思うと知らずと早足になった。

「あっれー? 君、一人? ちょっと俺らと遊びにいこうよ」

「お断り!」

「ダッセー、お前断られてやんの!」

「うるせーよ。どうせ一人だろ? 俺らと遊ぼうって」

「却下!」

「なんだよ、もしかして、恥ずかしがってんの?」

「あれだ、ツンデレだ! ツンデレ!」

「あんた達と遊んでる暇はないの、じゃあね」

 前を見ると、さっきのウェイトレスが頭の悪そうな男二人にナンパされていた。断っているのに何度もしつこく絡まれている。

「いいかげんにして!」

「なにキレてんの? 逆ギレ?」

「いいかげんにしてあげるよ? だから遊びに行こ~」

「私今、時間がないの。解った?」

「じゃぁ、予定キャンセルしちゃお! そしたら時間でき……っあ! !」

 男の手首を決めて背中へ回す。ふざけた表情だった男の顔が急に青ざめていく。もう一人の男もそれを見てふざけるのを辞めていた。

「ちょ、マジ、マジごめん。もうしません、もうしません、許してください!」

 涙目になった男を解放すると、ウェイトレスは「二度と私の目の前に現れるな!」と言いながら走って行った。ウェイトレスって強いんだな。

「痛ってぇなぁ、くそっ!」

「うわ、ダッセー」

「うるせーって。今度会ったらただじゃおかねーからな、あの女!」

 そんなことを言いながら頭の悪そうな男達は歩き去って行った。
 物語の主人公を気取るなら、今の場面は颯爽と助けに入らないといけない。やっぱり主人公は無理だよな。と考えながら、図書館へと再び歩みだした。



   ◇



 王の間へ駆け込んで、息を整えながら玉座の肘掛に拵えられた水晶に手をかざした。水晶はその手に反応するように球体の中に妖精の国を映し出した。

「そんな、ヒドイ……」

 タンクルは目を逸らした。森に充満する紫色のガス、そしてそれによって呻き、叫びながら絶命していく兵達。堪えきれず、手で水晶を撫でると、水晶は森の外を映し出した。

「良かった。お父様はご無事だわ」

 しばらくすると、神王に向かって一直線に屈強な兵を蹴散らして、物凄い勢いで近付く黒い何かが映り込んだ。そしてその黒い何かはあっという間に神王の前に到達する。

「……獣?」

 ──そこまで映すと、水晶はまた場面を変えた。

「お姉様! 良かった……」

 角度が悪く、映ってはいないけれど、何者かと対峙しているらしい。神王が詠唱をしている。どうやら戦線離脱するようだった。

「そんな! 兵を残してお二人だけで離脱を? このままでは兵の皆が……」

 水晶から手を離し、王の間の中央へ移動する。両手を開き、右の手のひらは上へ、左の手のひらは下へ向けて、呼吸を整え意識を集中させる。──タンクルの両の手のひらにルーン文字が浮かび上がる。

「時空の女神ナトゥ・メティコの力をもって!」

 ──詠唱をし、両手を強く合わせる。白銀の光が両手に集まった。

「翔けろ、超空の翼!」

 左手を右手に添えて、王の間の中央の床に振り下ろす。巨大な魔方陣が現れると城全体が波打つように大きく一度だけ歪んで消えた。はぁはぁと大きく息を吐きながら、タンクルはその場に倒れ込んだ。心配して追いかけてきたブラムが、倒れているタンクルに気が付き、そのままどこかへタンクルを運んで行った。

「遠距離空間移動じゃと? あの娘、とんでもない魔力を持っておるな。それにしても、妖精どももやっかいな奴を味方につけおったわい。いや、これはもしかすると、トレントの……。フォフォフォ、そうに違いない」

 ヨルドは自分の書斎から水晶で一部始終を見終えると、静かに笑った。

「神王さまがご帰還されたぞ!」

 廊下から叫ばれた声を聞き、ヨルドは王の間へと移動した。

「これはこれは、神王さま。ご無事でなにより」

「ふん、負けたのではない、引いたのだ」

「ヨルド! 貴様、お父様を侮辱しに現れたのか!」

「フォフォフォ、太陽の姫さまどうなさいました? イライラされとるようじゃが?」

 瞬間、ソルの脳裏にシュバルツァの顔が浮かび、悔しさと恥ずかしさでどうにかなりそうになった。

「き、貴様っ!」

「もうよい。ソルよ、此度の闘い良くぞ生き延びた。今は身体を休めよ」

「……はっ」

 神王に膝を付き、頭を下げてからソルは王の間から出た。出る間際にヨルドを強くにらみ付けた。ヨルドは深く帽子を被りなおすと「おぉ、おそろしや」と冗談めかして呟いた。

「それにしても神王さま、大した空間移動でございました」

「ん? 何のことを言っておる?」

「生存していた兵全てを同時に移動させるとは……、流石は神族の王でございます」

「ふむ……」

(なにが、「ふむ」じゃ、この能無しめ、あのまま殺されておったら、ワシらの計画が水の泡になるところだったわ)




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世界の終わりを変えるモノ - 第六話 -


ハコニワノベル

「タンクル!」

「……」

「おぉ、太陽の姫さま、ご無事でしたか」

「えぇ、ブラム。お父様の空間移動魔法でなんとか。それよりタンクルはどうしたの?」

「きっと、神王さまと、太陽の姫さまを心配し過ぎたのでしょう。ゆっくり休めば心配ありますまい」

「そう……」

「それでは、私はこれで」

「ありがとう」

 ──タンクルは薄っすらと汗をかきながら、短い呼吸を何度も繰り返している。「あなた、また魔法を……」ソルはタンクルの髪を優しく撫でてから部屋を出た。

「あら、ソルさま。お帰りなさいませ」

 羊と人を掛け合わせたような、ミール族の召使いが挨拶をした。

「ミミル、タンクルをお願いできるかしら」

「そのつもりですよ」

「よろしくお願いね」

 ミミルがタンクルの部屋に入るのを見届け、ソルは自分の部屋に戻った。甲冑を外し、倒れこむようにベッドに入った。頭の中であの剣士に受けた屈辱が蘇り、そうかと思うと剣士の腕に抱かれていた感覚が未だ知らぬ感情を呼び起こすように感じてしまう。ソルは強く首を振ってから硬く目を閉じて眠りに落ちた。

 ──神王は苛立っていた。

「ヨルド、あのシュバルツァという男、もしや……」

「フォフォフォ、察しが早いですな。いかにもあれは闇の一族でありましょう」

「その昔、ワシの祖父が撃ち滅ぼしたという一族の生き残りか?」

「それは解りませぬ。しかしあの力はまさに闇の力。神王さまの力をもってしても、純粋な力で打ち勝つのは、ご無礼を承知で言わせて頂きますと……」

「皆まで言わんでいい。して我祖父は、どうやってあの一族を打ち滅ぼした?」

「それは神王さまも、お気付きのはずです」

「……魔法か」

「フォフォフォ、本来魔法とは神族にのみ許された力。その力をもってすれば、打ち滅ぼせぬものはございますまい」

 ──妖精の国、妖精王の城。

「なに? 逃げられた?」

「一瞬で目の前から消えた。周りに居たやつら全員一緒にだ」

「……魔法か」

「フィフィフィ、妖精王さま。魔法では仕方ありません。次の手を考えましょう。弱っている神の国を叩くなら、今しかございません」

「そうだな、よし作戦会議だ。各部隊の隊長を招集せよ」

 妖精王は玉座を降りると会議室へと向かいながら、側近達に命令した。

(やれやれ。若く、知慮深さのかけらもない、形だけの王だ。まぁ、逆に事を進めやすくて助かるが)

「おい、次は何をすればいい?」

「そう慌てるな、シュバルツァ。お前はこの三賢人の一人、大地のトレントの言うことを聞いておればよいのだ」

「俺は、お前を信じる。何でも言ってくれ」

「解っておる。今は身体を休めて待機しておれ」

「解った」

(しかし、便利なものを拾ったものだ……フィフィフィ」



   ◇



 時計に目をやると十五時を少し過ぎていた。ひなちゃんが遅れるなんて珍しい。バイトが少し長引いたのかなと考えたところに、少しだけ息を切らせたひなちゃんが見えた。立ち上がって軽く手を上げる。

「ごめんごめん。変なのに絡まれちゃってさ」

「え? 大丈夫だった?」

「あぁ、平気平気。軽く捻ってやったから」

 そう言いながらひなちゃんは腰に手を置いて踏ん反り返った。褒められたことではないけど、とても誇らしそうだった。
 図書館を出ると「今日の合コン会場、一条町なのよ」とひなちゃんが説明してくれた。一条町はここから三駅隣。私達の最寄り駅である上条駅の隣りだ。──あの男の人が乗ってきた駅だ。そう思ったとき、ドキリと心臓が鳴ったように感じた。
 移動中「ひなちゃんみたいでしょ?」と来るときに見かけたタンポポを紹介したりしながら駅へと向かい、二人で切符を買って電車に乗り込んだ。乗車中、ひなちゃんは「合コンは戦争なのよ」とひとしきり熱く語っていた。そうこうして一条町に到着し、電車を降りた。

「待ち合わせは十七時だから、軽く買い物でもしよ!」

「うん、いいね」

 目的の無い買い物は楽しい。あれこれ見るだけで幸せな気分になれる。とはひなちゃんの言葉で、私はよくそんなに動き続けられるなぁと感心した。一時間以上歩きっぱなしで、やっとデパートの食事エリアにある喫茶店に腰を下ろした。ちなみに購入したものはまったくない。

「ふー、もっと見たかったなぁ」

「あの、ひなちゃん?」

「ん?」

「今日って、何人参加するの?」

「あぁ、えっとね、女が私達、それから男が2人」

「それって、合コン?」

「んーっとさ、白状しちゃうとケイのこと気になってる奴がいるんだって。だからその、なんて言うかなぁ……、ケイがその人を見て、知って、良ければ付き合っちゃえ!みたいな感じ?」

「騙したー。ひなちゃん、騙したー」

「ごめんって、悪かったよ。だけどさ、私は本当に心配なんだよ? ケイのこれからの人生が」

 ひなちゃんに優しく髪を撫でられた。だけど、なんだか今はどんな人と会ってもダメな気がする。そっとパスケースを取り出して開くと『その本、面白そうだね』と書かれたメモが見えた。──あの人のこと、もっと知りたいな。
 ひなちゃんに引っ張られながら集合場所へと向かう。「ともかく会ってみよう! ダメなら今日だけ我慢して! お願い!」そこまで頼まれると断れなくなることを、きっとひなちゃんは解ってる。ズルいなぁ。と思いながらずるずる引き摺られながら、集合場所の一条町駅の三番出口に到着した。三番出口からすぐのところに男の人が二人立っている。

「おっす、ひなた!」

「おっす! レン!」

「……ど、どうも」

「おー、景子ちゃん久しぶり! あー、紹介するね、こいつが景子ちゃんと、どーしても仲良くなりたいって言ってる、山崎」

「どうも! 山崎です。ヤマサキではなく、ヤマザキです! もう気分は春のパン祭りです!」

「……ちょっと、レン」

「え? なに?」

「いいから、こっち来て」

「なんだよ~?」

「あれはなに?」

「あれ? いや、だから山崎だって」

「いや、そうじゃなくてあの自己紹介の、一発ギャグ?」

「あぁ、あれいつもやるんだよ、初対面の人に」

「そう……、かなりマイナスポイントね」

「厳しいな、もっと大きな心で受け止めてやってよ。あいつ良い奴だしさ」

「却下」

 四人で合コン会場へ移動する。いや、既に合コンではない。レンはひなちゃんの友達で何度か会った事がある。山崎という人はさっきからしきりに話しかけてくれるけど、いまいち会話が噛み合わなくて、時折微妙な沈黙が訪れた。
 そんなピンチを何度か振り切りながら、ひなちゃんに言わせるならば戦場である、小洒落た居酒屋へ到着した。




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世界の終わりを変えるモノ - 第七話 -


ハコニワノベル

 コンビニに寄ってキシリトールのタブレットを購入した。ガムは噛み続けるとアゴが痛くなるし、そもそもクチャクチャという音がうるさい。飴は携帯するには少し大き過ぎるので、タブレットが一番口寂しさを和らげつつ、ポケットとの相性が良い。
 土曜の昼下がりなので人通りはまだまだ多い。駅の方から流れてくる人を避けながら、図書館へと向かう。
 図書館に到着してから喫茶店で読み終えた内容も覚えていない本を返却した。それからすぐに窓側の席を確認してみたけれど、あの子の姿は見つからなかった。なぜかとても残念な気持ちになったけれど、それはあの物語が読めなくて残念なのか、あの子に会えなくて残念なのか解らなかった。
 特に用事もなくなったので、図書館を出る。タブレットを一粒口の中に放り込んだ。爽やかな刺激が口の中に広がる。いつもより歩いたからだろうか。それとも春先の暖かな日差しのせいなのか、電車に乗り込んでからウトウトしてしまう。座った座席が暖房で暖かく、意識は簡単に遠のいた。



   ◆



「どうしたん?」

(え? いや、別に……なんでもないよ)

「今日の朋君、へんやなぁ」

(そんなことないって!)

「あぁ、そっか。いつもへんやもんね?」

(いや、だから……その、なんでもないって)

「はっきり言うてくれたらええのに」

(……え?)

「あたしのこと、好きなんやろ?」

(いや、えっと、その……えーっと)

「……もうええわ。ほんま意気地なしやなぁ朋君。ここまで乙女に言わせて、酷い!」

(ご、ごめん)

「べ、別に責めてるわけと違うんやから、謝らんでもええのに」

(あの、ご、ごめ)

「ほらまた謝ってるやん。これほとんどSMやんか。朋君Mやろ?」

(いや、わかんない……)

「ええで、あたしSやからな。たっぷりいぢめてあげんで?」

 そう言ってから由香里は、二度三度と僕の肩を叩いて「あはは」と笑った。



   ◆



 扉の閉まる音で目が覚める。慌てて駅名を確認すると二条町、次が降りる駅だった。ため息にも似た息を一つ大きく吐いた。それにしても由香里の夢を見るなんて──。



   ◆



 大学に入って最初にやった居酒屋のバイトで僕は由香里と出会った。同い年なのにやたらと上目線な態度に、最初は嫌な奴だとさえ思っていた。けれど、シフトが同じになる度に由香里と話をして、一緒に笑い、時には相談に乗ったり乗られたりするようになった。そのまま気が付けば、僕は由香里を好きになっていた。
 日に日に由香里への想いが大きくなったけれど、想いを伝える事で今の関係が壊れてしまうんじゃないだろうか、由香里も僕のことを想ってくれているように勘違いしているだけなんじゃないだろうか、と考えてしまって何も伝えられないままでいた。
 ある日、由香里と同じシフトになり、予定を大幅に過ぎて深夜近くに上がった。話の流れから一緒に晩御飯を食べに行くことになったものの、開いてる店も少ないので大通りに面したファミレスに二人で入った。

「疲れたわー」

(お疲れ)

「ほんま、店長仕事振り過ぎやわ。あたしらもう上がろうとしてたの解ってたはずやで、あれは」

(そうだろうね。けど、それだけ信頼されてるってことじゃない?)

「それやったらそれで、もうちょっと時給あげてもらわんと、やってられへんよ」

(そんなに今の時給不満?)

「そうやなぁ。あたしぐらいなら時給七千円ぐらいもらわんと」

(それは高過ぎでしょ? しかも中途半端な額だし……)

「なに言っとん! こんな若くて可愛い子、キャバクラなら一時間七千円が妥当やろ?」

(いや、行ったことないから解らないけどさ、居酒屋の店員はキャバ嬢じゃないでしょ)

「なんや、朋章はあたしが七千円には不釣合いやって言うんか?」

(いや、金額じゃないでしょ?)

「ええこと言うやんかぁ。やっぱ中身。心やな、ハートや。ハート」

(そうそう、そういうことにしとこ)

「じゃ、朋章の時給の半分は私がもらわなね」

(ちょ、なんで! ?)

「え? こんなピュアなハートをほぼ毎日味わせてあげてるから、朋章は辛いバイトも頑張れてるやろ? そのお礼やん、お・れ・い♪」

(あぁ、ファーストフード店とかに行くと、飲み物とハンバーガー乗せて運ぶやつね)

「それはトレイや!」

(え? 漏れそうなの?)

「トイレ違う!」

(あぁ! 解ったフラメンコ踊って最後のキメ台詞だ!)

「そうそう、こうやってタッタラタッタラタッタラタンタンタン♪ オレィ! って違うわ!」

(あっはっは……、今の結構踊れてた踊れてた)

「当たり前やろ、中途半端に乗っかったら大ケガしてまうもん。……それにしても朋章も随分上手くなってきたやないか。やっと漫才コンビになってくれる決心が付いたんやな。あたし、嬉しいわぁ」

(一緒にいたら勝手に仕込まれてくだけだって。てか乗ったりかぶせたりしなかったら、いつも怒ってたじゃないか)

「あたし一人だけが一生懸命笑いを取ろうとしてたら寂しいやない」

(別に僕は笑いを取らなくても良いと思うけどなぁ)

「あかん。常に貪欲に笑いを狙わな、この世界では生きていかれへんで?」

(それどこの世界だよ……)



   ◆



 由香里のことを思い出してみたけれど、自分の声は思い出せなかった。
 少しだけ泣いていた。それは失ってしまったから流した涙なのか、それとも失ってしまったものに出会えて嬉しかったから流した涙なのか。電車は速度を緩め、一条町という文字が数回流れて、また現れた一条町と書かれた看板の一つが目の前にゆっくりと止まった。




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第八話へ≫

世界の終わりを変えるモノ - 第八話 -


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 掘りごたつの個室。淡い照明と他の部屋からの賑やかな声。お酒と料理、それからタバコが入り混じったニオイ。席に着くと改めて自己紹介が始まった。

「えっと、知ってるとは思うけど、俺はレン。ステージの上では蓮火だけど、レンでいいからね」

「はい! 山崎です! ヤマサキではなくてヤマザキです! 身も心も春のパ……」

「私、春野日向。よろしく」

「わっ……えっと、城谷景子です」

「……えーっと、とりあえず飲み物頼もうか。みんな生でいい?」

「私は生でいいけど、ケイはお酒飲めないから。ケイ、ウーロン茶でいい?」

「うん、ありがと」

 飲み物が届き、レンとひなちゃんが食べ物をオーダーして、微妙な合コンは始まってしまった。山崎という人はなんとか笑わせようと虎視眈々とタイミングを狙い、会話の合間にネタのようなものを挟んできた。その都度、この個室に沈黙が訪れる。ひなちゃんではないけれど、これはある種闘いのような気がしてきた。
 レンは音楽をやっている人で、何度か演奏も聞かせてもらったことがある。ひなちゃんに言わせると「ベースを弾いているときは三割り増しでかっこ良く見える」らしい。なぜか面白い動画編集をしてたり、最近は釣りなんかもしていて趣味や特技が多彩で会話のボキャブラリーも多くて話しやすい。ひなちゃんと馬が合うのか、よく一緒に遊んでいる。
 山崎という人は大学で私のことを知ったらしい。「大和なでしこタイプが大好きっス!」とか言ってた。ひなちゃんみたいにいきなり拒絶するような態度が取れないので、頑張って会話を続けてみたけれど「好きな本とかありますか?」に対して「週刊少年ジャンプです!」と返されて、そこから話が続かないので断念した。
 どれぐらいの時間、そこにいたのか正確には解らないけれど、ひなちゃんが「ちょっとトイレ~」と若干ふらつきながら個室を出て行った。生の中ジョッキを軽く二桁飲んでたけれど大丈夫かな?


 ──居酒屋のカウンター席に座る男二人が、飲み散らかしながら会話をしている。

「それにしてもさー、今日のお前面白かったわ。女に腕決められて、『マジ、マジごめん』とか言ってんの」

「ほんとうるせーな、お前。あの後ナンパも全敗だしよー。今日はあの女に会って最悪だったわ……って、お?」

「なんだよ? どうしたよ?」

「ほら、あいつ。あの女だ」

「ほんとだ」

「相当酔っ払ってるな……よし」

「行きますか」

 ──二人の男がふら付いている女の子の両腕を取って店の外に出て行った。


「遅いなぁ、ひなちゃん。大丈夫かな?」

「あいつ今日ちょっと飲み過ぎてるから時間かかるかもね」

「それよりも、景子さん! 自分、景子さんのことが好きっス!」

「えぇ! ? えっと……」

「ちょ、バカ! 初対面でいきなり告白って、もうちょっと考えろよ。ほら、景子ちゃん困ってるじゃん」

「自分の気持ちに嘘は付けません!」

「……」

「あー、ごめんね景子ちゃん。こいつも相当酔っ払ってるからさ、ちょっとトイレで頭冷やさせてくるね」

 軽くわめき散らしている山崎を連れて、レンが部屋を出て行った。空いてるお皿と、グラスを片付けようとしたとき、左手の小指だけに塗っていたオレンジ色のマニキュアが削れて落ちた。ひなちゃんのように明るく優しいオレンジがお皿の角でその色を失っていくようだった。


「なにすんのよ! やめろ、バカ!」

「いいことしようぜ、お姉ちゃん」

「そこの路地の裏に回ろうぜ」

「放せ! やめろ! 人呼ぶぞ!」

「はいはい、酔っ払いは困るわぁ」

 周りを歩く人達が苦笑しながらその光景を見ていた。酔っ払った女の子を、男二人で介抱しているようにでも見えるのだろう。抵抗するものの、酔いが深いのとトイレを我慢しているのとで力が入らない。ズルズルと人気のいない路地裏に引きずり込まれていく。

(なんとかレンに連絡しないと……)

 ポケットの中を探るけれど携帯電話はテーブルに置いてきたままだ。まともに動けさえすればこんな二人に良いようにはさせないのに。悔しくて下唇を思い切り噛みしめた。
 ──ゴミ捨て場、ゴミは回収された後なのか何もなかったが、独特の嫌な臭いが立ち込める。そこへ軽く投げ捨てられた。

「なにするんだよ! 警察呼ぶぞ!」

「呼べば?」

「ほら、呼んでみてよ」

「……くっ」

「ま、酔いが冷めちゃう前にとっとと始めますかね」

「さっさとヤっちまおうぜ」

 一人が後ろから羽交い絞めにしてくる、もう一人が気色悪い顔で笑いながら服に手をかけてきた。

(ちくしょう、なんでこんな奴らに……)




≪第七話へ
第九話へ≫

世界の終わりを変えるモノ - 第九話 -


ハコニワノベル

 家に帰ったものの、晩御飯の材料がまったく無かったことに気が付いた。そして渋々買い物をするために再び家を出た。近所にあるスーパーは、たまに訳のわからない金額を設定することがある。今日は鳥のムネ肉が100グラムで20円だった。この近所にこれだけの人が住んでいるのか? と疑うほどの人ごみ、いやおばちゃんの群れを掻き分けて、カゴに1キロぶんの鶏肉を入れることに成功した。

(これ焼いて、あとご飯とインスタントのスープでいいや)

 会計を済ませて商店街を歩く。コロッケの誘惑に負けそうになったけれどなんとか我慢した。その隣にある昔ながらの映画館では、ちょっと前に流行った映画と、ポルノ映画のポスターが同列に並んでいる。立ち食いソバ屋、たばこ屋、洋食屋を通り過ぎて路地に入る。ファミリー向けのマンションが立ち並んでいる先に堂々と聳え立つ、雑誌などに必ず載っている有名なラブホテルを見ながら狭い路地を通り抜け、自分の住むマンションへ辿り着いた。
 間取り2LDKの部屋に入り、手を洗って戦利品である鳥肉を一食分ずつに切り分ける。そのうちの一食分を残して後は全てラップをして冷凍庫に放り込んだ。残しておいた一食分の鶏肉をフライパンで焼く。無駄に綺麗に片付いた、ほとんど生活感の無い自分の部屋に、鶏肉の焼ける音と匂いが広がった。



   ◆



(あのね、一応女の子でしょ?)

「当たり前やん、どっからどう見ても乙女やんか」

(そうかなぁ?)

 部屋は綺麗に片付けておきたい。それなのに由香里が部屋にいると、ものの数分でぐちゃぐちゃにされてしまう。雑誌や本はそこら中に投げ出され、今日着ていただろうと思われる服は玄関から転々と脱ぎ散らかされていた。それをひとつひとつ拾い、痛みやすいものはネットに入れて自分の洗濯物と一緒に洗濯機にかけた。
 僕達は付き合っているのだろうか? 僕が居酒屋のバイトを辞めて引越しをするときに、なぜか一緒に居酒屋のバイトを辞めた由香里。僕の新居からほど近い場所にあるブティックでバイトをするようになると、週に二日から三日は僕の部屋に住み着いていた。どちらとも好きだとは言わないし、バイトが休みの日に特別二人でどこかに出かけるということも無かった。由香里が僕の部屋に来た日は、部屋全体に生活感があふれ出していた。その雰囲気は嫌いじゃなかった。
 洗濯機が水を入れ終わり、ガタゴトと揺れながら回り始めたのを確認してから、僕はシャワーを浴びた。大学も順調に行くなら残り半分。単位も順調に取得しているし、そろそろ就職のことも考え始めないと。そんなことを考えながら髪を洗う。
 ──すぅっと冷たい空気が浴室の中に入り込んだ。
 かと思うと照明が消され、真っ暗になった。

(ちょっと、由香里? イタズラするなよ……)

「お背中、流しましょうか?」

(って、中に入って来てるの?)

「……あかん?」

(いや、いいけどさ)

「……ええの? ほんまに? ……ありがと!」

 背中から抱きついてきた由香里は裸だった。今までそういうことを由香里とはしたことが無かった。好きだけど、いや、好きだからこそ越えたくない一線があった。けれど、その一線は出しっぱなしのシャワーで綺麗に流され消えていく。
 ──シャワーを止めて由香里の方に向き直って抱きしめた。

「ごめんな、我慢できへんかってん」

(……)

「こんなん、卑怯やんな……。でも、でもな」

(ここまでさせた僕も卑怯だ)

「ははは、ならお互い様やね?」

 目が慣れて薄暗い浴室の中で由香里はにっこり微笑んで抱き返してきた。しばらく抱きしめあっていると暗闇に目が慣れて、由香里に盲腸の手術跡があることまで解った。とたんに現実に引き戻された気持ちにる。それから恥ずかしくなって、どちらともなくお互いに離れた。僕は泡も消えてガチガチになった髪の毛を乱暴に流して先に出た。扉を閉めてから照明のスイッチを入れて、そそくさと身体を拭いて部屋に戻った。浴室からは再びシャワーの音が聞こえ始めた。



   ◆



(うわ! 焦げてる!)

 白色から灰色に変わった煙が目の前のフライパンから立ち昇っている。火を消して炭になりそうな鶏肉を無理やりに救出して皿に盛り付けた。ほとんど黒い塊になっている。少しだけかじってみたけれど、それはとても食べられたものじゃ無かった。僕は料理を諦めて外食することにした。
 コートと今日の昼間に着ていた薄手のパーカーで迷って、パーカーを選択したことを少しだけ後悔した。日も落ちてしまって風は肌寒い。
 今日はやけに由香里のことを思い出してしまう。それがなんだか落ち着かない。由香里との思い出がない、自分もまだ入ったことの無い店で晩御飯を食べようと、駅の方へと向かった。しかし大通りに面した店はほとんど入ったことがあるし、駅が近付くにつれてあの交差点が頭を過ぎったので、小さな人通りの無い路地に入った。

「ま、酔いが冷めちゃう前にとっとと始めますかね」

「さっさとヤっちまおうぜ」

 品の無い声が聞こえる。物陰から覗き込むと薄暗くて良くは見えないけれど男が二人いて、女の子が一人いる。女の子が嫌がっているのは解った。そのうち男の一人が女の子を羽交い絞めにして、もう一人が女の子の服を脱がし始めた。女の子が力なく暴れると、履いていた居酒屋か何かのツッカケが地面に転がった。



   ◆



「どうしたん?」

(え? いや、別に……なんでもないよ)

「今日の朋君、へんやなぁ」

(そんなことないって!)

「あぁ、そっか。いつもへんやもんね?」

(いや、だから……その、なんでもないって)

「はっきり言うてくれたらええのに」

(……え?)

「あたしのこと、好きなんやろ?」

(いや、えっと、その……えーっと)

「……もうええわ。ほんま意気地なしやなぁ朋君。ここまで乙女に言わせて、酷い!」

(ご、ごめん)

「べ、別に責めてるわけと違うんやから、謝らんでもええのに」

(あの、ご、ごめ)

「ほらまた謝ってるやん。これほとんどSMやんか。朋君Mやろ?」

(いや、わかんない……)

「ええで、あたしSやからな。たっぷりいぢめてあげんで?」

 そう言ってから由香里は、二度三度と僕の肩を叩いて「あはは」と笑った。
 そして、そのあとでそっと手を繋いできた。

「あたしは、朋章のこと……好きやで。めっちゃ好きや」

(……)

「無理に言わんでええよ? 朋章がほんまにそう思ってくれたときに、朋章の口からちゃんと聞かせてくれたらええから」

(……)

「ほら、もう駅だし……あたし帰るね」

 由香里は手を放して横断歩道を途中まで進むと、くるりと振り返った。

「じゃあね」

 小さく手を振る由香里に合わせて手を振った直後だった。車のヘッドライトが強く由香里を照らしたかと思うと、目の前から由香里が消えて無くなった。耳に残るブレーキ音、目に映る歩行者信号は青く光り続けていた。
 由香里が消えた、いや吹き飛ばされたであろう方向へ恐る恐る視線を移動させていく。止まった車の向こうに由香里の履いていたミュールがぽつんと転がっていた。




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世界の終わりを変えるモノ - 第十話 -


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 乱暴に上半身の服を毟り取られた。抵抗しようとしても力が入らない。薄汚い笑い声が渦巻いている。もうダメだ。きっと抵抗しても結果は変わらない。それなら早く終わってくれた方がマシだ。

「あっれー? 抵抗しないの? 諦めちゃった?」

「もっと抵抗してくれた方が、俺興奮するんだけどなぁ」

「……」

「なんとか言えよ。これ終わったらなんとかなるとか思ってんだろ? ちゃんと写真撮ってバラまいてあげるから、安心しなよ?」

「そうそう。そこら中にばら撒くし、ネットにもばら撒いてあげるからネー」

「なっ……」

 言葉を失った。きっとこいつらはそれをネタに何度も現れるだろう。最低だ。だけど打開策が無い。どうしようもなく、何も希望は感じられないままにただ口を開いた。

「誰か、助け……て」

「お? 泣いちゃったの? あらあら可愛そうに」

「ちゃんと俺らが可愛がってあげるから」

「さて、さっさと始めるか」

 涙が流れ落ちて、必死に整えた化粧も崩れていく。硬く目を閉じた。

「おい、お前誰だよ?」

「おいおい、邪魔すんなよ? 解ってるよな?」

「……」

「な、なにシカトしてんだよっ! 殺すぞ?」

 薄く目を開けるとパーカーを着た男が立っている。私の服を剥いだ男が殴りかかろうとした瞬間、目の前のパーカーの男は軽々と身をかわし、男はつんのめるようにバランスを崩した。

「調子こいてんじゃねーぞ!」

 再び殴りかかった男の腕をかいくぐると、パーカーの男の手が殴りかかった男の腹に勢いよくめり込んだ。

「ぐぅ……」

 息苦しそうに男がしゃがみこんだ。

「おいおい、なにしてくれてんだよ、テメー?」

 私を羽交い絞めにしていた男が私の腕を離すと、パーカーの男に掴みかかろうとした。その瞬間、パーカーの男は身軽にそれを避けると、掴みかかろうとした男の足を引っ掛けるように足を出した。引っ掛けられてバランスを失い、まだしゃがんで苦しんでいる男にぶつかって派手に転んだ。

「えーっと、これは、その、ほんの冗談だって……なぁ?」

「そうそう、ジョークだよ、ジョーク」

 パーカーの男は何も言わないまま二人に詰め寄る。「に、逃げるぞ」と叫んでから男二人は駆け出して路地裏の闇に消えていった。

「……あの、ありがとうございます」

 隠すべき場所をなんとかボロボロの服で隠してからお礼を言うと、パーカーの男が振り返り、ゆっくり近付いてくる。フードを被っているのと薄暗いのとで、顔は良く見えない。その人は私の目の前にしゃがみ込むとさっとパーカーを脱いだ。

(え、ちょっと、この人もそういうことしようと……)

 でもこの人だったら。なんて変な想像をしていると、薄手のパーカーが私に羽織られるように重ねられた。よく見ると私の服は所々が破けていてあまり隠せていなかった。慌ててパーカーのファスナーを上まで引き上げる。

「あ、ありがとうございます」

 恥ずかしくて、顔もまともに見れないでいると、その人はへたり込んでいる私の片手を引いて立ち上がらせてくれて、軽く手を上げて何も言わないまま行ってしまおうとした。

「あ、あの!」

 思わず声を出すとその人は振り返った。

「お礼、ちゃんとさせてください」

 しかしその声に対して、その人は軽く首を振るとさっきと同じように軽く手を上げて、何も言わないまま走り去ってしまった。あっけに取られたのと、安心して力が抜けたのとで、再びその場にへたり込んだ。

「ひなちゃん!」

「おい、ヒナ大丈夫か?」

「……うん、まだ大丈夫だったよ」

「景子ちゃんがお前がどこかで助けを呼んでる気がするって言うから、探してたんだ。すまん! もっと俺が注意して、早く探していれば……」

「だから、大丈夫だって。服破かれたぐらいで、まだ何もされてないよ。それよりさ……、トイレ行きたいんだよね」

 とりあえず一度居酒屋に戻った。私は無事にトイレを済ませ、個室で何が起きたのか簡単に説明した。すると、実は法学部で弁護士を目指している山崎が警察に届け出ることを薦めてくれた。必要な書類などもすべて準備すると言って一人先に帰ってしまった。なんだ、意外に役に立つじゃないか山崎。

「その助けてくれた人が……、あそこを通ってくれて良かった、ほんとに良かった……」

「で、何も言わなかったの? その人」

「うん。かっこ良かったなぁ、現れてから去るまで何も言わないの。パーカーも貸してくれたし」

「ちゃんと返さないとダメだよ? ひなちゃん」

「もちろん!」

「……てか、その人の連絡先とか知ってるの?」

「あ、聞いてないや」

「ひなちゃん……」

 その日はそのままお開きになった。警察への届出は山崎に任せることになり、レンが呼んでくれたタクシーで私とケイは家へと向かった。ケイはずっと泣いていたので疲れたのか、タクシーの中で私の腕に絡みついたまま眠っていた。
 着ているパーカーは私にはかなり大きめで、なぜか焦げ臭い匂いがした。




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世界の終わりを変えるモノ - 第十一話 -


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 消したい思い出だった。いや、とても大切な思い出でもある。だけど僕は由香里を思い出すと、目の前から由香里が消えてしまったことを思い出してしまうのが辛くて、その辛さから逃れたい一心に忘れよう、考えないようにしようと思っていた。
 ──あれから五年。
 僕は大学で何をするわけでもなく、単位も取得せぬまま日々を過ごした。日払いのバイトを二、三ほど掛け持ちしながら生活費と学費を稼ぎ、大学には行かずに図書館での読書ばかりしている。大学を卒業してしまうと、由香里と過ごした大学時代が過ぎ去ってしまうように感じていた。つまり、結局のところ忘れることも出来ずに、ただ日々を過ごしていたに過ぎない。由香里を失い、声を失い、人との接点を極力避けた。そうやって自分の心に鍵をかけて、いろんなものを見て見ない振りを続けていた。
 今日はやけに由香里のことを思い出してしまう。今、ほんのすぐ目の前で転がっている居酒屋のツッカケと、由香里があのとき履いていたミュールがタブって見えた。あのとき、僕は車の先にある現実を見るのが怖くて、ずっと動けずにいた。もし、すぐに駆けつけたら、由香里は最後になにか言えたのかもしれない。
 ──背筋が凍るような思いがした。
 またこのまま現実から逃げたら、二度と現実を受け入れられないような気がした。きっとそれは、由香里が悲しむことだ。今まで、現実から逃げるための言い訳に由香里を使っていたんだろう。僕はずっと負のフィードバックを繰り返していただけだ。そんな自分に嫌気がさす。
 僕は首を軽く振ってから、今までの自分を振り切るようにフードを深く被った。そして目の前にある、今までずっと目を背けてきた現実と対峙するために、覚悟を決めて一歩前に出た。

(おい、辞めろ! ……ってあれ? どこかで見たような……)

「おい、お前誰だよ?」

「おいおい、邪魔すんなよ? 解ってるよな?」

(とにかくだ、その子を放せ)

「な、なにシカトしてんだよっ! 殺すぞ?」

 声に苛立ちが混ざり始める。手前の男があからさまに敵意をむき出しにして近付いてきた。

(お前ら自分のしてることが、どういうことなのか解ってるのか?)

 声の出ていない言葉が聞こえるわけも無く、男が殴りかかろうとしてくる。この男、酔っているのだろうか、ふらふらしていて動きがそんなに早くない。避けると男はバランスを崩して倒れそうになった。

「調子こいてんじゃねーぞ!」

 再び殴りかかってきた男の攻撃を避けようとすると、男もふらつくのか、こちらが避けた方にふら付いてきた。ふいに近付かれてことに慌てて、それを避けようと手を伸ばすと、手のひらが男の腹部に強く突き刺さった。

「ぐぅ……」

 息苦しそうに男がしゃがみこんでしまった。

(あ! おーい……大丈夫?)

「おいおい、なにしてくれてんだよ、テメー?」

 女の子を羽交い絞めにしていた男が掴みかかろうとしてきたので、それを緊急回避しようと後ろに避けようとした。だけど日頃の運動不足がたたったのか足が付いてこず、片足を残したまま半歩ほど後ろに下がる格好になった。しかし、その残っていた片足に掴みかかろうとした男が躓き、腹部を圧迫されて苦しんでいる男ともみくちゃになって派手にコケた。

(あの、大丈夫? 別に手を出すつもりはまったく……)

「えーっと、これは、その、ほんの冗談だって……なぁ?」

(は?)

「そうそう、ジョークだよ、ジョーク」

 わけのわからない言い訳をしてから、二人組みはどこかへ逃げて行った。

「……あの、ありがとうございます」

 後ろから声が聞こえた。振り返ると女の子の服がボロボロになっている。片手でシャツを引っ張って隠そうとしているけれど、立ち上がったら丸見えになってしまいそうだ。近くまで行ってしゃがみ込む。着ていた薄手のパーカーを脱いで羽織るように重ねた。

(これだと少し寒いかもしれないけど……)

「あ、ありがとうございます」

 一瞬、女の子が怯えた表情をして、それから妙に緊張感を解いたような気がした。きっと怖かったんだろう。片手を差し出して女の子を引き起こす。しかしそこで気が付いた。自分がパーカーの下に遠山の金さんをモチーフにした桜吹雪の、何と言うか人にはあまり見られたくないTシャツしか着ていないことを。なんとかして早くここから帰りたくなった。すぐに軽く手を上げて帰ろうとした。

「あ、あの!」

(うわぁ、まだ何かあるの? 早く帰りたいんだけどなぁ……)

 そう思いながら振り返った。

「お礼、ちゃんとさせてください」

(お礼? トレイ……トイレ、タッタラタッタラタッタラタンタンタン♪オレ! ……いや違う違う)

 薄暗くて良く見えないだろうけど、軽く首を振って、さっきと同じように軽く手を上げた。今度は何を言われても振り向かずに帰ろう。桜吹雪をむなしく背中で散らしながら、なんとか路地を抜けた。
 もう店に入れるような格好ではなかったので、そのまま家まで走って帰った。走ったのでよけいにお腹が空いて、部屋にそのまま放置していた黒い鶏肉をガジリとかみ締めた。それは驚くほど苦く感じた。
 部屋はまだ焦げ臭くて、窓を少しだけ開ると、三日月が夜空に浮かんでいるのが見えた。久しぶりに走ったからなのか、そのまま意識が遠くなった──。



   ◆



「人はいつか死ぬやんか」

(そりゃ死ぬよね)

「例えば好きな人を残して自分が死んでしまうとするやんか」

(どうしたの? 今日はやけにセンチメンタルだね?)

「まぁ、ええやん。そういう日があっても。でな、好きな人を残して自分が死んでしまったらさ、朋章は残された人にどうして欲しい?」

(うーん、どうだろう。考えたことないなぁ)

「あたしはな、死んでしまったあたしのこと、忘れないでいてほしい」

(へぇ)

「けどな、あたしのこと忘れられへんのは、まぁ、当然やけど。それを引き摺ってほしくはないんよ」

(引き摺る?)

「要するに新しい恋が出来へんとか、落ち込み過ぎて普段の生活もままならなくなってまうのは、嫌やねん」

(んー、忘れずにいて、なおかつポジティブに生きて欲しいってこと?)

「そりゃ、他の女と付き合われるのはしゃくやけど、その人の一生が幸せに過ごせるなら、やっぱりそっちのほうがええやん」

(……んー)

「どうしたん?」

(久しぶり、いや、初めて……かな? 由香里って乙女なんだなって思った)

「アホ、どこからどう見ても、あたしこそが乙女オブ乙女やんか」




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世界の終わりを変えるモノ - 第十二話 -


ハコニワノベル

 タクシーで寝てしまい、到着してから引き摺られるように自分達の部屋に帰ってきた。無言のまま、ひなちゃんは私を浴室前に連れて行くと、そのまま服を全て脱がされた。すぐにひなちゃんも服を脱いだ。着ていた服を洗濯機の中に放り込んで、洗濯機の上にパーカーを丁寧に畳んで置いたひなちゃんに、無言のまま浴室に連れ込まれた。勢いの強いシャワーを乱暴に浴びると、ひなちゃんは浴槽に浸かった。

「ごめん……」

「ううん、いいよ。一緒に入ろう」

「うん。ありがとう」

 外にいるときは「大丈夫」と言っていたけれど、きっと怖かったんだろう。今は一人になりたくないんだと思う。軽くシャワーを浴び、ぬるま湯だったので追い炊きのボタンを押してから、私も浴槽に入った。

「……」

「ひなちゃん、怖かったよね」

「……ケイ、怖かっ……た、怖かったよ……」

 蛇口を開いたようにひなちゃんが泣き出す。普段自分の弱い部分をまったく見せないひなちゃんが、まるで子供のように泣いている。そっとひなちゃんを抱きしめた。浴槽のお湯が激しく波打ち、次第に収まっていく。お湯が温かくなり始めると、ひなちゃんも泣き止んでいた。

「良かった。ひなちゃんが無事でほんとに良かった。あのパーカーの人が、あの場所を通りかかってくれて、ほんとに良かった」

「ほんとほんと、しかもかっこよかったよー。何も言わずに颯爽と現れてさ、バシバシっと二人組みをやっつけちゃって、パーカーをさっと羽織ってくれたし。また何も言わずに行っちゃうなんてさ、まさに漫画とかに出てくる王子様だよ。……って、もしかして彼が私の王子様なのかな?」

「どうだろうね? 顔も見えなかったんでしょ?」

「うん。だけど、もしもまた会えたらさ、きっと私運命感じちゃうよ」

「運命かぁ、ちょっと素敵だね」

 髪の毛を洗って、二人で身体を流し合った。もう一度浴槽に浸かってから、浴室を出た。髪の毛を乾かしながら私はミルクティーを淹れた。「甘過ぎだよ」とひなちゃんに言われたけれど、二人でゆっくりと味わった。

「ケイ……、あのね」

「うん、なあに?」

「その、き、今日さ……」

「うん」

「一緒に寝てもいい?」

「もちろん、いいよ」

「ありがと!」

 力強くお礼を言うと、ひなちゃんは立ち上がって自分の部屋から枕を抱えて走ってきた。

「あはは。なんか、子供の頃みたいだね」

「そう言えばそうだね」

 ひなちゃんは背中を向けて「ありがと」と小さく、小さくつぶやいてから緊張の糸が切れるように眠りについた。閉め切っていたカーテンを少しだけ開いて空を見上げると、細い三日月が見える。
 タクシーで眠っていたからなのか、まだ興奮しているからなのか、どうにも眠れそうになかったので、ひなちゃんを起こさないように気を付けながらベッドを抜け出して、カバンの中からあの本を取り出した。暖めなおしたミルクティーをカップに入れ、ベッドを背もたれに深い紫色のハードカバーを捲った。



   ◇



「お姉様!」

「あら、タンクルおはよう。随分とお寝坊さんね」

 そう言われて寝癖を慌てて押さえながら、タンクルは恥ずかしそうに笑った。

「お父様は……?」

「大丈夫、みんな無事だわ。生き残った兵達もみんな、ね」

「良かったぁ……」

「あぁ、そうだタンクル」

「なんですか? お姉様」

 ソルはタンクルを優しく抱きしめた。

「お、お姉様! ど、どうされたのですか?」

「あなたが出陣前にくれたこの腕輪のおかげで、私はここに帰ってくることが出来たのよ。だから、ありがとう、タンクル」

 タンクルの顔がどんどん赤くなる。ソルの腕から解放されるとソワソワ、モジモジと落ち着かない。その姿を、ソルは優しく微笑んで見つめていた。


 ──妖精の国、トレントの書斎。


「さぁて、そろそろ次の計画に移らねば……。おるか? シュバルツァ」

「俺が次にするべきことが決まったのか? トレント」

「そうじゃ、その通り。お前はこれから竜を退治してきてもらう」

「竜?」

「そう、炎の国のグルガン火山に棲む、火竜スルートを退治してくるのじゃ」

「そいつがいると、あんたの計画とやらが進まないんだな?」

「そうだ、その火竜が……。まぁ、細かい話はいい。出来るな? シュバルツァ」

「あんたの頼みなら、なんだってやるさ」

「フィフィフィ……。頼んだぞ」

(さてと、ワシはワシで急がねばな……)


 ──神の国、王の間。


「ヨルド、我祖父が封印したと伝えられている魔法の秘術はどこにある?」

「氷の国、雪山ドゥムラに棲む、風竜フレスヴェルクがその封印を護っておりましょう」

「ふむ、ドゥムラか。親衛隊に準備をさせよ! 我は雪山ドゥムラに赴くとな」

「神王さま、ドゥムラは寒うございます。この薬をお持ち下さい。どんな寒さでも体温を奪われない魔法の薬にございます」

「それは役に立つ。礼を言うぞヨルド。しばらく留守にするが城と娘達を頼む」

「お任せ下さい」

 神王は夜空色のマントを翻し、王の間を出て行った。

(これで残すは、巨人の国の封印のみ。上手くやれよ、ヘイルーズ。フォフォフォ……)


 ──妖精の国、妖精王の城。


「妖精王さま、わたくしめが魔法で映し出したところ、神王は今、城を空けている様子……。今こそ神の国を叩く絶好の機会ですぞ」

「先日の戦で兵力も減っているしな、確かに好機。トレントの情報も確かなものであろう。よし、戦艦スヴァルトを試してみるか。全軍へ知らせよ、妖精軍は神の国へ進軍を開始する!」

(戦艦スヴァルトか……。錬金術に長けた妖精、ドワーフ族の中でも天才と呼ばれたヴォルドが作りし空を翔る移動型兵器じゃな。確かヴォルドが行方知れずになって、完成しなかったはずじゃが……。まぁよいわ。それにしても、この国のやつらは自然の摂理を壊すばかりで見ておれんわい)


 ──巨人の国、巨人王の城。


「フェフェフェ……。巨人王さま。各国がそれぞれの思惑で蠢いておりますぞ」

「そのようだな、ヘイルーズ。そちの先見ではどう出ている」

「そうですなぁ……。まず、妖精の国が神の国へ進軍しますが、これはきっと失敗に終わりましょう。いや、ただの失敗では済みますまい。それから、暑き国と寒き国に住む竜の終わりが近付いておるようです」

「なぁるほど。つまり、敵は神の国……神王ギュオだけだな」

「はい。しかし、妖精軍の進軍でかなりの手負いを受けるのが見えております。攻め入るならばその後がよろしいかと」

「はっはっは、これで我国が世界を制するのが目に見えてきおったわ!」

「しかしながら巨人王さま」

「どうした、ヘイルーズ。遠慮せずに申してみい」

「ははぁー。あの神王ギュオが魔法を使ってくるとなると、この国では太刀打ちするすべが……」

「ないと申すのか!」

「いえ、太刀打ちするすべがあるとすれば、一つしかございません」

「それはなんだ? 早よう言わぬか!」

「それは、全てを飲み込む谷に棲む、竜王ギンヌガップが護る封印を解くことにございます」

「封印?」

「はい、その封印が解ければたちまち巨人王さまは、この世界で一番強くなられることでしょう」

「世界で一番……。ふはははは! 実に愉快! どうすればその封印は解かれるのだ?」

「私を竜王ギンヌガップの棲家へ連れて行って下さいませ。この三賢人の一人、海のヘイルーズが必ずや封印を解いて見せましょう」

「あの巨人の谷の一番底へ、お前を連れて行けばよいのだな。よかろう! この巨人王ボルソルンについてまいれ!」

「御意にございます」

(なんという単細胞じゃ。これでは騙し甲斐もないわい。しかし、我らの計画も大詰めになってきよったわ。ヨルドとトレントも上手くやっておるようだな、フェフェフェ!)




≪第十一話へ
第十三話へ≫

世界の終わりを変えるモノ - 第十三話 -


ハコニワノベル

 目が覚めると布団もかけずに眠っていた。なんだか由香里の夢を見た気がした。いつもの些細な会話をしていた気がする。起き上がってシャワーを浴びた。
 日曜日は図書館の開館が遅くて、更に閉館が早い。あの子に、いやあの子が持ってたあの物語に、もう一度会えないかなと、考えながら準備をした。焦げ付いたフライパンを洗うのは帰ってきてからにしよう。
 昨日着てたパーカーを着ようと思い、探し出してしばらくしてから、昨日路地裏にいた女の子に渡してしまったことに気が付いた。仕方なく薄手のジャケットを引っ張り出して袖を通した。「よし」と張り切って玄関を開けると、外は雨が振っている。
 普段、雨が降っていたら図書館には出かけないのだけど、どうしてもあの子の持っていた本に出会いたくて、傘を差して駅へと向かう。日曜だったけれど、雨のだからか人通りは思った以上に少なかった。上半身とカバンは傘で濡れずに済んだものの、駅に到着するころには膝下はずぶ濡れ状態になった。

(雨、か……)



   ◆



「えー! ? 雨降ってんの? サイアクやん」

(一緒に入ってく?)

「えー! ? なんで朋章と同じ傘に入らなあかんの?」

(嫌なら別にいいけどさ)

「なら、あたしが傘、借りてあげるわ。ほな、さいなら」

(えー! ? )



   ◆



 由香里と出会って、まだ間もない頃に傘を奪われたことを思い出した。あのときは濡れて帰ったおかげで、翌日から一週間近く風邪をひいて寝込んだ。寝込んでから三日目か四日目に、由香里がバイト先の店長から無理やり住所を聞きだして、お見舞いに来てくれたことがある。



   ◆



「生きてるかーい?」

(なんとかね……)

「はい、これ差し入れ」

(ちょ、お前さ、風邪ひいてる人にカップラーメンばっかりって変だろ!)

「なんでよ? お湯入れて三分で食べられる。もう、人類が生み出した英知やん!」

(いやいやいや、味濃いし、脂っこいのは食べたくない……)

「……」

(あ、あぁ! えっと、その、ね! うーん、ほら、お見舞いは嬉しいんだよ? 差し入れがさ、もっと消化に良くてあっさりしてたらなぁって。ほんと、それだけだから、ね? 解るかなぁ……?)

「消化に良くてあっさり……」

(そうそうそう、でもね、気にしなくていいから。ほんとお見舞いだけでも嬉しいから。ここ数日間、誰とも会ってないしさ)

「うどんやな?」

(そうそうそう。って、へ? なにが?)

「消化に良くてあっさり……、まさにうどんやな。関西風の!」

(え? は? なにが?)

「任せとき! めっちゃ美味いの、作ったるから!」

 そこから、由香里の関西風うどんが出来上がるまでに丸二日が過ぎる。「あかん、ダシがなってない」とか言いながら由香里は僕の部屋で丸二日間、買い物で外出する以外はずっとうどんを作っていた。ただのうどんでもいいからと食べようとすると「これが関西風やなんて思われたら、あたし関西の土を二度と踏まれへんようになる! だから、絶対にこれは食べさせられへん!」とか言われて食べさせてもらえなかった。仕方なく僕は、差し入れのカップラーメンを食べて過ごしていた。

「出来た……ヤバイわぁ、あたし天才やわ。これが世界最高のおうどんやわ。これ店出せるわぁ。ほら、朋章! 食べてええで! めっちゃ美味いから! ほら! 食べ!」

(どうしよう、もう風邪治ったっぽいんだよね。まぁ、そんなこと言えるはずないんだけど)

「なにモタモタしてんねん、早よこの世界最高のおうどんの香り、味、喉越しに感動してーな」

(喉越し? うどんはスーパーのお徳用五玉冷凍パックのうどんじゃない? ってこれも言えないけどさ)

 由香里の作ったうどんは確かに世界最高だと思えるほど美味しかった。「美味い!」を連発して食べたのは、随分久しぶりのように感じた。

「な? めっちゃ美味いやろ? 関西風が世界最高やで? いや、あたしの作ったこのおうどんが世界最高やわ。あかん、テンション上がりすぎて倒れそうやわ……」

 と言ってから、由香里は本当に倒れた。見事に風邪がうつって、そこから更に丸二日、由香里は僕の部屋で寝込んだ。僕は必死に看病した。おかゆを作って食べさせたり、コンビニで肌着も買ったりした。このときの由香里の風邪が治ってから、由香里はたまに僕の部屋に来るようになった。
 しばらくバイトでお金を貯めてから、大学へ通いやすい場所へと引越しをすることを決めたのだけど。引越しをすると、今のバイト先が遠くなるので、僕はバイトを辞めた。なぜか由香里も同じタイミングでバイトを辞めた。

(なんで、バイト辞めたの?)

「んー、次のバイトがあたしを待ってる気がすんねん」

(なんだよ、それ)

「ほら、あたしの可能性って、まだまだ無限大でしょ? 新しいことに挑戦しなさい! って神様が言ってる気がするのよ」

(へ、へぇー。由香里ってもしかして、宗教の勧誘とかしてる?)

「そんなんするわけないやんか! どうせするなら宗教を開くよ。由香里教」

(絶対入りたくないな……)

「もう、入ってるやん、朋章は」



   ◆



 窓から雨に濡れている下条町の駅名看板を眺める。電車が停まり、しばらくすると扉が開いた。僕はゆっくりと電車を降りた。

 ──「好きな人を残して自分が死んでしまったらさ、朋章は残された人にどうして欲しい?」

 耳の奥で由香里の言った台詞が蘇った。

(僕は、どうして欲しいんだろう……)




≪第十二話へ
第十四話へ≫

世界の終わりを変えるモノ - 第十四話 -


ハコニワノベル

 目が覚めると、ひなちゃんはまだベッドで寝たままだった。よほど疲れているのだろう。そっとカーテンを開いて、窓の外を確認すると雨が降っていた。開いたままになっている本を軽く眺めた。この物語は大好きだけれど、ここから先を読むときはいつも複雑な気持ちになる。──視線の先の物語は世界の終わりを描いていく。



   ◇



 ──炎の国、グルガン火山。


「貴様、たった一人で我輩と戦うというのか?」

「そのつもりだ」

「ふはははは! なんという愚かな男よ。各国の国王が戦いにくるのならばいざ知らず、貴様のような非力な男が我輩に一人で挑んで来るとは、なんという身の程知らずか」

「俺はお前とくだらない会話をしに来たんじゃない」

「ふはは! まぁ、そんなに死に急ぐ必要はあるまい。どうせすぐに決着は付く。名を聞いておこうか、愚かな男よ。我輩は火竜スルート!」

「俺の名は、影のシュバルツァ。覚えなくていい。すぐに覚える意味などなくなるからな」

「竜族の牙と爪は、貴様らの作るどんな武器より鋭く、鱗はどんな鎧よりも強い。翼はどんなものより速く、そして我輩の炎は世界をも焼き尽くすぞ! さぁ、愚かな男シュバルツァよ。貴様の血をもって、愚かな行為の罪を償うがいい!」

 火竜スルートは高く舞い上がり、恐ろしいまでのスピードでシュバルツァに襲い掛かる。シュバルツァはその突進による牙、爪、時折吐き出される火炎を避け続けるだけで、反撃することが出来ずにいた。

「どうした、シュバルツァ。あれだけの大口を叩いておいてこの程度か? ならば、すぐに楽にしてやろう。影すら残らぬほどに焼き尽くしてくれる!」

 火竜スルートは燃え滾る溶岩の中に飛び込むと、竜鱗を更に赤々と輝かせて舞い戻る。空中で力を溜め込んで、今までの数倍の速さで、全身に灼熱の溶岩を纏いながら一直線にシュバルツァに襲い掛かる。

「ぐっ……」

 ──重たい衝突音。それから大量の土煙。それから熱。巨大な溶岩の塊となった火竜スルートが地面を溶かし、抉りながら大岩に衝突して止まった。

「んー? 跡形も無く消し飛んだか? ふはははは!」

 火竜スルートの唸り声にも似た笑い声が、静けさを取り戻したグルガン火山の山頂に木霊する。

「竜族も、あんがいトロいんだな」

「なっ! ? ……ぐぁ! !」

 振り向こうとした火竜スルートの片翼が、おもちゃのようにちぎり取られ無造作に落ちた。シュバルツァは火竜スルートの背中に乗っていた。

「貴様、影の……シュバルツァと名乗ったな。貴様が、終わりの予言を呼び起こす、影か……」

「もう一度言う。俺はお前とくだらない会話をしに来たんじゃない」

 何のためらいもなく、シュバルツァは剣を振りかざす。その瞳に迷いや躊躇いは一切映り込んでいなかった。

「……これもまた宿命か。良かろう。火竜スルートの首、くれてやる。貴様が、世界の終わりで苦しみ死ぬのを、先に逝って見物させてもらうぞ」

 刀身が振り下ろされたとき、グルガン火山が小さく噴火してから、急激にその温度を失っていった。その火山口の奥底で何かが蠢きはじめようとしていた。

「神の国への進軍が始まるな。……太陽の姫」

 シュバルツァは自分の腕をしばらく眺めてから前を見据えて力を込める。一瞬のうちに足元の影が身体を多い尽くし、漆黒の獣に姿を変えた。そして風のような速さで駆け出していた。


 ──氷の国、雪山ドゥムラ。


「何用だ、神の国の王」

「我祖父が封印したという、秘術を受け取りに来た」

「オーディンの孫にしては、強欲で意地汚い。ここに秘術など封印されておらぬ」

「隠すとためにならんぞ? ワシにはその秘術を受け取る権利がある」

「ここに無いものを受け取る権利だと? はははっ! 片腹痛いわ」

 風竜フレスヴェルクが舞い上がり、その翼を羽ばたかせると、雪山の冷たい空気が吹雪となって神王を襲った。

「我の翼はこの世界の隅々まで届く風。氷付けになりたくなければ、すぐに引き返すがよい」

「秘術を持って打ち倒さねばならぬ一族がいる。その一族はこの世界に影を落とすであろう」

「終わりの予言だな。それを私利私欲で曲げようとしているか……。我にはそなた達こそ、世界に落ちる影に見えるがな」

 更に風竜フレスヴェルクが翼を動かすと、神王の身体が凍り付き始めた。

(これでは凍ってしまうな。ヨルドに貰った薬を飲むしかあるまい……)

 まるでルビーのような色をした液体を飲み干すと、すぐに寒さを感じなくなった。神王は一歩ずつ、風竜フレスヴェルクへ近付いていく。その度に、身体は大量の熱を放射する。汗をかき、身体に吹き付ける吹雪との温度差で、蒸気のような湯気が身体全体から噴出する。またそれに伴って、一歩近付くごとに神王は意識が朦朧としていった。

「聞き分けの悪い、愚かな神の王よ! ここに秘術など封印されておらぬ! 下がれ! それ以上近付くならば、我はそなたを敵と認識する。凍らせて、バラバラに刻み付けることになるであろう」

 その言葉は、既に神王に届いていなかった。


 ──神の国、王の間。


「フォフォフォ……。やっと飲んだか。強制的に秘術を引き起こすヘスペリデスの酒を。そこに封印されておるのは秘術とは別のもの。……さぁ、世界に影を落としてもらうぞ、神王ギュオ!」

 ヨルドは杖を強く振りかざし、空中に魔方陣を描いていく。

「これぞ、先々代の神王オーディンが作りし秘術。神王ギュオよ、無敵の超人となれ、アーグルボゥザ!」

 赤い光が一直線に雪山ドゥムラへと伸びていった。


 ──妖精の国、妖精王の城。


「妖精王さま、戦艦スヴァルトの準備整いました!」

「よし、出陣だ。神王のいないうちに神の国を制圧してくれる!」

「妖精王さま! トレントさまが先ほどからどこにも見当たりません!」

「ふむ。トレントは放っておけ。どのみち戦争ではさほど役に立たぬわ」

「はっ!」

「世界を制するは、この妖精王ベルルよ!」

 黒き蒸気をあげ、戦艦スヴァルトが空に浮かぶ。その主砲が神の国へ照準を合わせる。

「まずは、主砲の威力、思い知らせてくれよう。主砲、放てぇっ!」

 主砲から放たれた弾は、神の国の領土に落ちると一瞬でその周辺を炎で包み込んでいく。

「素晴らしい……。これこそ我力! 一気に神の国へ入り、城を落とすのだ!」

 戦艦スヴァルトが神の城へと進路を取り進みだした。


 ──氷の国、雪山ドゥムラ。


「グォォォォッ……」

 赤い光が一直線に神王ギュオに届くと、心臓が脈打つように、神王の身体が赤く点滅しはじめ、その度に神王は低く唸り声をあげた。風竜フレスヴェルクは戦闘態勢を取っている。

「そなた、既に秘術アーグルボゥザを? ……いや、これは無理やり発動させられておるのか……。なるほど、あの三賢人達め。世界を手にしようなどと考えたか!」

 神王は点滅を繰り返すごとに身体が大きくなっていく。既に瞳は焦点を失い、意識は定かではない。ただ、脈々と殺意のみが溢れ出し、身体は巨大になっていく。

「先々代の神王オーディンが、闇の一族による世界崩壊を救うために作った秘術アーグルボゥザ。その使用者は意識を失い、目に映る全てのものを滅するまで破壊を続け、最後は自身を死に至らしめる禁術。神王ギュオよ! 悪いがそなたが世界に影を落とす前に、我がその命喰らい尽くしてくれよう!」

 神王ギュオの身体はすでに風竜フレスヴェルクに匹敵する大きさになろうとしていた。風竜フレスヴェルクは空に舞い上がると、口から絶対零度の吹雪を吐き出した。神王がその吹雪を左腕で防ぐと、一瞬のうちに左腕が氷付けになった。

「既に意識はあるまい。せめてその雄雄しき姿のまま、氷の中で死するがよい……」

 風竜フレスヴェルクが更に勢いを強めて吹雪を吐き出す。神王ギュオの左腕から全身に向けて、徐々に凍っている箇所が増えていく。

「グォォォォッ! !」

 氷付けになっていた左腕を引き千切り、神王ギュオはその巨体からは想像できない速さで、身体とおなじく巨大化した斧イーミルを振り下ろしていた。直後、吹き付けていた吹雪がピタリとおさまっている。

「我盟友オーディンよ、そなたの孫を世界の影に、してしまうこ……とを、許、せ……」

 風竜フレスヴェルクはそう言い残し、その瞳から生気が失われていく。ズルリと音を立てて、その首が落ちた。
 それと同時に爆撃音が遠く、神の国の方角から聞こえる。爆撃音の方を見据えると「グォォ」と低く唸ってから、神王ギュオはその爆撃音に向かって一直線に進みだした。
 静まり返り、吹雪の無くなった雪山ドゥムラの地中深くで、何かが蠢きはじめようとしていた。




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世界の終わりを変えるモノ - 第十五話 -


ハコニワノベル

 本を閉じて、背伸びをする。ひなちゃんはまだ眠ったままだ。
 雨降りの日曜日。昨日は疲れたし、今日一日は家の中でゆっくりしよう。そう思いながら顔を洗うために洗面所へと移動した。
 鏡に映る自分の顔を見ながら、あの本に出てくる太陽の姫はひなちゃんのような顔だと思う。じゃぁ、私は誰なんだろう? と想像を膨らませながら、顔を洗った。洗濯機の上にある棚からタオルを無造作に引っ張り出すと、タオルで何かを引っかけてバサリと床に落とした。
 タオルで顔を拭いてから、もう一度鏡を見る。ひなちゃんが太陽の姫なら、私は月の姫かな。そんなことを漠然と考えてから、床に落としたものを見ると、昨日ひなちゃんを助けてくれた人が着ていたパーカーだった。

「あれ? このパーカーって」

 右斜め上を見ながら考える。どこかで見たことのあるこのパーカーのことを。どこで見たんだろう? 昨日、ひなちゃんとぶらぶら買い物をしていた時? ううん、もっと前だ。確かその前は図書館にいて──。

「あーっ! ! !」

 思わず走って、寝ているひなちゃんを起こす。

「ひなちゃん! 起きて! ねぇ、起きてって!」

「んーー」

「ちょっと! ひなちゃん! 起きてってば!」

「んもー。今日は私、休業日ぃ……」

「寝てる場合なんかじゃないって! 解ったの!」

「何がぁ? ……またあの本の、新しい発見?」

「違う違う! 昨日、ひなちゃんを助けてくれた人!」

「……あぁ、そう。それは、素敵素敵。……私の王子様がね」

「んもー! その人が誰なのか、解ったんだって!」

「……えぇ! ?」

「私、その人知ってるよ。昨日、ちょっとだけ一緒にいた人だと……思う」

 いきなりベッドがか飛び出して、私の両手を掴むひなちゃん。「それで、どこの、誰?」とか興奮気味だ。途切れ途切れになりながら夢中で説明して、時には抱き合いながら「これは運命かもね」と二人で乱舞した。
 日曜日、しかも雨が降っている。彼は図書館に来るだろうか。それでもひなちゃんを助けてくれたことのお礼、それから今、洗濯機の中で洗われ、じきに乾燥されるであろうあのパーカーを返したい。洗濯乾燥機が動いている間に、私達はそれぞれ出かける準備をした。ひなちゃんは昨日よりも気合を入れてメイクをしている。
 洗濯乾燥機が作業の終了を告げると、ホカホカになったパーカーを綺麗に畳んで紙袋に入れた。もし、あの人と会えたら、きっとひなちゃんは、二人きりで話したいことが沢山あるはず。そう思って一人で待てるように「太陽と月の姫」をバッグに入れた。なぜかその瞬間、胸がざわついた気がした。

「ねぇ、その人ってどんな人?」

「んー、寡黙って感じかな。いつも図書館で見かけてるからかもしれないけど……」

「そっか、寡黙かぁ。確かに昨日も何も言わなかったしなぁ」

「そ、そうだね」

 胸がチクチクと痛み出した。ひなちゃんに彼のことを話す度、それを聞いたひなちゃんの表情が少しだけ緩むのを見る度に、その痛みを強く感じる。

「日曜日だし、しかも雨降ってるし、今日は来てないかも知れないよ?」

「うん。だけどさ、もしかしたら来るかも知れないじゃん」

「う、うん。そうだね」

 チクチクと胸に何かが刺さる。降り注ぐ雨が傘にぶつかってパラパラと音を奏でている。人通りも少ない道を、ひなちゃんと並んで図書館へと向かった。

(私、もしかして……嫉妬、してるのかな)

 電車の中で窓の外をボーっと眺めているひなちゃんの横顔を見ながら、そんなことを考えていた。意識しないようにしようと思えば思うほど、私の中のでひなちゃんと彼を会わせたくない気持ちが芽生えてしまう。変なことを考えてしまわないように、私は本を開いた。



   ◇



 ──巨人の国、全てを飲み込む谷。


 その深さは世界中の海水を入れても満たされないとされる、世界に空いた巨大な割れ目。その谷を黙々と織り続ける巨人王とヘイルーズ。永遠に続くかと思われたその谷もついに底が見えた。

「竜王ギンヌガップよ! どこにおる? 出てこんか!」

「何者だ? 我の眠りを妨げるな……」

「我は巨人王ボルソルン! お主が護っておるという封印を解きに来た!」

「貴様らか。我らの封印を解いてしまおうとする愚か者達は……」

「我は世界一強い男になるのだ! さぁ、封印を解け!」

「愚かなり、巨人王。騙されておるとも知らぬとは……」

「騙されているだと?」

「フェフェフェ……。巨人王さま、戯言です。ここはわたくしにお任せ下さい」

「……うむ」

「さぁて、竜の王よ。そのお姿を現してくださりませ」

「くだらぬ。我はすでに姿を見せておるわ!」

 バキバキと谷全体が音を鳴らして揺れた。

(なんと、この谷全体が竜王ギンヌガップの口であったか……)

「火竜スルート、風竜フレスヴェルクの持つ封印は既に解かれてしまった。そのほう、世界の封印グレイプニルを解こうとしておるな……」

「フェフェフェ……。いかにも」

「ならばここでその野望ごと、貴様らを飲み込んでくれよう!」

 谷全体が激しく揺れ、徐々に谷間が、竜王ギンヌガップの顎が閉じられていく。

「ヘイルーズ、何の話だ?」

 ヘイルーズは魔法でふわふわと空中を浮遊しながら巨人王に近付き、杖を振りかざして巨人王の両腕に魔方陣を描きだした。

「巨人王さま、封印は竜王ギンヌガップを打ち倒さねば解けぬようですじゃ。この竜を我らで倒しましょうぞ」

「そういうことか。うむ、解った。しかし、これほどの巨体をどうやって打ち倒す?」

「巨人王さまの力を、魔法の力で増幅させまする……。闘いの英雄ニーベルンゲンの力をもって! 響け、豪腕の唄!」

 描かれた両腕の魔方陣から溢れんばかりの力が巨人王に漲る。その腕が徐々に膨れ始め、閉じていく竜王ギンヌガップの顎を内側から止めた。

「おぉっ! 力が溢れてくる。これならば、竜王と言えども倒せるであろう!」

「わたくしはこの竜の外から魔法で攻撃しますゆえ……」

「ならば我は、このままこの口を引き裂いてくれるわ!」

「フェフェフェ……。それではわたくしは外へ行きます」

「頼んだぞ! ぬぉ! こしゃくな大口めぇ! んぉぉぉおおおおおっ!」

 巨人王が竜王の顎をこじ開けようとしたおかげで、ヘイルーズはふわふわと浮かびながら竜王ギンヌガップの口から抜け出した。完全に抜け出してからヘイルーズは杖を振りかざし、力を込める。すると竜王の口の中にいる巨人王の腕が更に大きく、力強くなる。更に杖に力を込めると、巨人王の腕は更に大きく強くなっていく。

「はっはっはっは! どうだ、竜王ギンヌガップよ! 我の力を前に口を閉ざすことも出来まい!」

 ヘイルーズはその状況を上空でただ見ていた。次第に巨人王の力によって、竜王の口が開かれていくようになるのを見届けると、不気味に笑った。そして杖を掲げ詠唱を唱えて振り下ろす。

「散れ! 破壊の腕!」

 杖が振り下ろされたのと同時に、竜王の口の中で爆発が巻き起こった。一瞬のうちに竜王ギンヌガップは口から身体全体を、上顎側と下顎側に真っ二つに引き裂かれた。竜王ギンヌガップの中で巨人王は両腕を失い、意識を失っている。しばらくすると、竜王ギンヌガップの奥底で蠢きはじめた何かが、まるで与えられた餌のように巨人王を飲み込んでいく。

「世界の終わりが近付いておるわ、フェフェフェ……」

 それを見届けると、ヘイルーズは魔方陣の中に消えて行った──。




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世界の終わりを変えるモノ - 第十六話 -


ハコニワノベル

 ──神の国、王の間。


 何者かによる爆撃によって、何度も地響きが起きている。ブラムが水晶を操り映像を映し出すと、見たことも無い巨大な何かが、城に向かって近付いて来ている。

「なんだ、あれは?」

「あ、あれは戦艦スヴァルト! ? まさか、完成したと言うのか……」

「ブラム、知っておるのか?」

「はい。あれはドワーフ族の中でも天才と呼ばれしヴォルドが作った、錬金術の結晶、空翔る移動型兵器にございます」

「移動型兵器。お父様がいないというのに……」

 ソルは奥歯を噛み締め思考した。この状況をどう切り抜けるかを。


 ──戦艦スヴァルト、操縦室。


「ふん、他愛も無い。グズグズ闘っているのも飽きたわ。主砲! 照準を神の城へ合わせよ!」

「はっ!」

「よぉし、撃てぇっ!」

 主砲から放たれた弾は一直線に神の城へ向かっていき着弾した。城全体が揺れている。煙が立ち昇り、しばらくすると視界が回復していく。

「なにぃ? 無傷だと?」

「妖精王さま! どうやら何者かが魔法の力によって、城全体を護っているようです!」

「神王以外に、これだけ巨大な魔法を操る者がいるのかっ! ? ちっ! 腹立たしい!」


 ──神の城、タンクルの部屋。


「土の騎士ダーインの力をもって! 聳えよ! 防壁の盾!」

 タンクルの魔法によって城は護られていた。しかし、何度も魔法を使っているのだろう。タンクルは肩で大きく息をしてふらついていた。

「素晴らしい魔力じゃ……」

 驚いて振り返ると、タンクルのすぐ後ろにヨルドが立っていた。ヨルドの右手がタンクルの顔の前に置かれたかと思うと、タンクルは力なくその場に倒れこんだ。
 時を同じくして、王の間に土人形が現れ、兵達に襲い掛かる。全ての土人形をソルが粉砕すると、突然魔方陣の中から人影が現れた。

「き、貴様、何者だっ!」

「フィフィフィ……。さすがは太陽の姫どの。これしきのゴーレムでは歯が立たんな」

「そんなもので我を倒せるなどと思うな! この侵入者め!」

 素早い動作で槍を構えると、招かざる来訪者へ攻撃をしかける。しかし、槍は空を切った。周りにはゴーレムの攻撃を受けて全ての兵が倒れてしまっている。

「直接闘えば、こちらに分が悪い。ヨルドよ、そろそろ高みの見物を終えたらどうだ。あまり時間もないぞ」

「フォフォフォ……。我らが三賢人の一人、大地のトレントよ。久しぶりじゃな」

 振り返ると、何もない空間に突然描かれた魔法陣から、ヨルドが現れた。その手にタンクルを引き摺っている。

「タンクル! ……ヨルド! 貴様、裏切ったか!」

「裏切る? はて、元々仲間になった記憶などございませぬが?」

「貴様っ!」

「おっと、あまり慌てない方がいいですぞ、太陽の姫。あなたさまの妹がどうなってもよろしいので?」

「くっ……。この、外道が!」

 トレントと呼ばれた来訪者がソルの後ろに回り込み、魔法によってソルの身動きを取れなくした。どんなにもがいても身動きが取れない。タンクルを引き摺ったまま、不気味な笑みを従えて、ヨルドはゆっくり近付いてくる。そして甲冑と衣類を乱暴に剥ぎ取られ、裸にされた。

「くっ、こんなもので辱めたつもりか?」

「フォフォフォ……。流石に威勢がいいの。じゃが、お前を辱めるつもりはないわ。お前達姉妹には、我らの盾になってもらう」

「盾だと……?」

「もうまもなく、神王が世界に影を落とす」

「お、お父様がっ! ?」

「まぁ、既に自我は失っておろう。しかし、その力はあの怪物をも凌駕するやもしれん」

「フィフィフィ……。実の娘が人質であれば、神王も我らに従うであろう」

「き、貴様ら……、何が目的だ?」

「太陽の姫よ、世界を終わりに導く怪物を知っておるか?」

「予言の一つに出てくる、世界を喰らう怪物か? そんな怪物など、この世界のどこにも存在しない!」

「それが、存在しておるのじゃよ。この世界の裏側にな。その怪物は、お前の曽祖父である先々代の神王オーディンが、世界各国と協力して作り上げた最大最強の封印術、世界の封印グレイプニルによって、この世界の裏側に縛り付けられておる。狼のような体、尾は三匹の蛇、大きさは天に届くほど巨大。……その怪物の名は、終焉のガロムガンド」

「フィフィフィ……。そして我らはその世界の封印グレイプニルを解いた。残すは鍵を開くだけ」

「その怪物を解き放てば、予言通りに世界は終わるだけではないか! なぜ、そのような馬鹿げたことをする!」

「フォフォフォ……。例えば、その怪物を意のままに操る事が出来たらどうじゃ?」

「操るだと? ま、まさか……」

「そう、我らはガロムガンドを操り、世界の王となる! 怪物も世界も我らに平伏すのだ!」

 ──ヨルドに引き摺られているタンクルが目を覚ました。

「そんな、得たいの知れない……怪物を、操ることなんて、出来るはずがない……」

「タンクル!」

「フィフィフィ……。ガロムガンドは闇の一族。その闇の一族を操る術はすでに完成しておる。たまたま拾った男が、闇の一族の力を持っておってのぅ。その術の開発に十分な成果を出してくれおったわ」

 そのときだった。突如、王の間に風が巻き起こる。そしてソルを捕らえていたトレントが吹き飛び、ヨルドの手からタンクルがいなくなった。風が収まると、ソルの目の前にシュバルツァが立っていた。彼は抱き抱えているタンクルをそっとソルの隣りに下ろした。一度だけソルへ視線を送ると、甲冑の飾り布を引き千切り、それをソルに羽織る。

「つまり俺は、騙されていたというわけか……」

「ちっ、シュバルツァ! なぜここに来た! 貴様はあの戦艦に戻り、戦艦もろとも……」

「なぜだろうな……。だが、ここに来て良かったと思っているさ。騙されていた今までの精算を、今ここで出来るからな。トレント! それからついでに三賢人のもう一人も、覚悟しろ」

 構えた剣がトレントを捉えようとした瞬間。今までのものとは比べようにならない地響きが起こり、シュバルツァの攻撃は途中で止まった。

「なんだ?」

「フォフォフォ……。世界に影が落ちる時がきた」

 薄気味悪く笑うと、ヨルドとトレントは魔方陣の中に消えて行った──。



   ◇




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世界の終わりを変えるモノ - 第十七話 -


ハコニワノベル

 顔を上げると一条町の駅だった。彼が乗り込んでこないか見渡せる範囲で探してみたけれど、特にそれらしい人は見付からなかった。

(もし、ひなちゃんを助けてくれたのがあの人なら、なんだかシュバルツァみたい……)

 物語の中で太陽の姫のピンチに颯爽と現れ、何も言わず助けてくれる謎めいた剣士。きっとあの剣士は太陽の姫のことを愛していると思う。彼は自分でもその気持ちに気付いていないのかもしれない。
 隣りに座るひなちゃんは、まだ窓の外をぼんやり眺めている。私は再び、視線を本へ向けた。



   ◇



「何事だ! ?」

 揺れる戦艦スヴァルトの中に、妖精王のうろたえた声が響く。これまで神の国から反撃を食らうことなく、城の見える位置まで進軍してきたというのに、ここに来て主砲は魔法によって効果を失い、更には何らかの反撃を受けていることに、妖精王は焦っていた。

「妖精王さま! 神王です! 神王がこの戦艦に対峙しています!」

「なんだと? 神王は留守ではなかったのか! ?」

 巻き上がった土煙が収まり、妖精王の瞳に目の前のものが映った。それは左腕を失ってはいるものの、確かに神王ギュオの姿であった。ただし、見知っている神王と違うのは、この戦艦スヴァルトよりも、その姿が巨大になっていたことだった。

「くっ……、これが魔法の力だと言うのか? 認めん、断じて認めんぞ! 世界を制するのは我だ! 全砲門を神王ギュオへ合わせよ!」

 ──妖精王が砲撃を下すより先に、巨大化した神王の斧イーミルは振り下ろされる。

「よし! 撃て……」

 イーミルは妖精王ごと、戦艦スヴァルトを粉砕した。妖精王ベルルの王冠に埋め込まれたラピスラズリが音も無く崩れ去っていく。
 ──その様を、遠く離れた場所で見守る二つの影。

「王が私欲のために、王を討つ。ついに世界に影が落ちたか……。フォフォフォ!」

「世界の封印グレイプニルの鍵、ラピスラズリも崩れ去った。いよいよ、我らが世界の王になる時が来る……。フィフィフィ!」

「あの様子では神王も、そう長くあるまい……」

 崩れ落ちる戦艦スヴァルトを嘲笑い、ヨルドとトレントは再び魔方陣の中へ消えた。


 ──妖精の国、妖精王の城。


 城の地中深くで何かが目を覚ました。ソレが少し力を込めると、妖精王の城は音も無く地中へと引き摺り込まれ、跡形も無く消え去った。ソレはゆっくりと地上へ這い出ると、地中へめり込んでいる自分の三本の尾を引き摺りだした。
 ──同時に世界が大きく揺れる。
 グルガン火山が陥没し、行き場を失った溶岩は木々を燃やし始める。雪山ドゥムラも陥没し、雪や氷が溶け、雪崩が押し寄せる。主を失った巨人王の城も陥没し崩れ去った。
 引き出された尾は巨大な蛇。その大きさは世界を縛るほど巨大で、餌を捜し求めて辺りを伺っている。蛇の尾を持つソレ自体の大きさは天に届くほどの巨体。巨人の国に縛られていた蛇の口は大きく膨らみ、何者かの足がその口からはみ出ている。他の二匹がその足を発見すると、奪い合うようにそれを噛み砕き、飲み込んだ。

「お目覚めか?」

 ソレが目を凝らすと、自分の目の高さほどに小さなものが三つ浮いている。

「我は三賢人が一人、星のヨルド」

「同じく、大地のトレント」

「同じく、海のヘイルーズ」

 小さなものはそう名乗った。

「我らに従え! ガロムガンドよ! 我らが貴様の主人である! さぁ、闇の一族を操りし秘術、ナグルファルを受けてみよ!」

 三賢人がガロムガンドを取り囲んで杖を振りかざす。巨大な魔方陣が現れ、ガロムガンドを縛り付けていく。

「フォフォフォ……! さぁ、我らを世界の王にするのじゃ!」

「フィフィフィ……! さぁ、世界を制するのじゃ!」

「フェフェフェ……! さぁ、その力を世界に見せ付けるのじゃ!」

 ギュウギュウと魔方陣によってガロムガンドは縛り付けられていく。──しかし、ガロムガンドがふぅと息を吹き出すと、三賢人の作り出した魔方陣は闇に覆われ消し飛んだ。吹き出された息吹は地面にぶつかると、一瞬でその地面を闇に染めた。そこから生きているとも死んでいるとも言えない、得体の知れない者達がウヨウヨと現れる。

「フィフィ! ? なんと、我ら三人の魔力を使ったナグルファルが効かぬとは」

「こうなっては、仕方あるまい。トレント、ヘイルーズよ。ガロムガンドを討ち滅ぼし、我らの力だけで、世界を制するとしようではないか」

「フェフェフェ……。そうじゃな。高を括っていられると思うなよ、ガロムガンド。貴様を操れなかった時のことも、我らは考えておる。予言によれば、貴様は世界を終わりに導くだけで、世界を終わらせるのは貴様ではないのだ」

「フィフィフィ……! 受けてみるがよい、グングニルを!」

 ヘイルーズが、小刀で左手の親指の腹を切る。滴り落ちる血で右腕にルーン文字を描き、魔力を込める。すると世界中の海が荒れ、嵐が巻き起こった。トレントは右手の親指の腹を切り、その血で左腕にルーン文字を描き、魔力を込める。すると世界中の大地が揺れ、活火山がすべて同時に噴火した。ヨルドは両腕にルーン文字を描き、魔力を込めて海と大地のエネルギーを天へと導く。

「フォフォフォ……。これが、我らの導き出した世界最大の雷の槍、グングニルじゃ。貫かれよ! ガロムガンド! !」

 ヨルドが両腕を振り下ろすと同時に、巨大な雷がガロムガンドに降り注いだ。雷はガロムガンドに命中し、世界を大きく揺らし爆発を起こした。

「フィフィフィ! 雷の直撃を受けて、流石のガロムガンドも消し飛んだか……」

「フェフェフェ! 海と大地、そして星の力が合わされば、あれほどの天変地異をも巻き起こす。我らが力を合わせれば、世界を制するのは赤子の手を捻るようなものじゃ」

「フォフォフォ! 予言通り。まさに予言通りじゃな。ガロムガンドは貫か……」

 ヨルドが言い終わる瞬間に、ドス黒い蛇がヨルドの下半身を食い千切った。「ま、さ……かっ」困惑の表情に変わったヨルドの上半身を、今度は別の蛇が飲み込んだ。

「フィフィ! 蛇が生きておったか! ?」

 雷が落ち、砕けた大地の粉塵で視界の悪い場所から、二匹の蛇はうねうねと伸びてきている。トレントとヘイルーズが追撃を加えようと詠唱を始めたその瞬間、三匹目の蛇がヘイルーズの左半身を食い千切った。
 絶命の瞬間も解らぬままに、落下を始めたヘイルーズの右半身が三匹の蛇によって食い散らかされる。

「フィ……、ひぃっ!」

 ガロムガンドは目の前で起こったことに、まったく興味がなかった。そして「辞めてくれっ! 命ばかりは……」と命乞いをするトレントのことなど、まったく意に介さぬまま歩き出す。その足はトレントを踏み潰して進んでいった。トレントはそのまま息絶え、その亡骸を三匹の蛇が乱雑に食い散らかした。



   ◇




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世界の終わりを変えるモノ - 第十八話 -


ハコニワノベル

 電車が揺れたので顔を上げると、まだ二条町を出たところで、隣りを見るとひなちゃんも本を覗き込んできていた。

「うわー、なんか怖いね。この世の終わりみたい」

「うん、そうだね。この本大好きなんだけど、最後の方を読むと複雑な気持ちになるよ……」

「そうなんだ、ねぇねぇ、早く次のページに進もうよ」

「あ、うん」



   ◇



 ガロムガンドは退屈していた。数千年という長きに渡って世界の裏側に縛られていたが、恨みや憎しみという感情は持ち合わせていない。ただ解き放たれた自分が何をすべきなのかが解らずにいた。しかし、導かれるように、強い生命力を感じる方向へと進んでいく。その足跡とも言うべき闇の跡から、生死不明の者達が次々と現れてくる。


 ──神の国、王の間。


 戦艦スヴァルトの爆風をタンクルが魔法で防ぎ、なんとか城は城としての形を残した。しかし、魔法で防ぐことができたのは城壁までで、緑豊かで雄大だった大地は爆撃によって見る影もなく、無残な姿を晒している。
 城壁の外にいた兵はすべて爆風に飲まれてしまった。城の中にいた兵もトレントの生み出したゴーレム達によって命を奪われ、まともに動ける者はソル、タンクル、シュバルツァ、ブラムの四人だけになっていた。

「まさか、お父様が……」

「あれは、禁術アーグルボゥザですな……」

 力なく崩れ落ちているソルにブラムは説明を続ける。

「先々代の神王であるオーディンさまが作った秘術。その昔、闇の一族との戦いで使用されたのです。しかし、その術の代償は……」

「代償? その代償はなんなの? ブラム、答えて」

「それは、その……」

「……代償とは、使用者の命」

「なんですって? それは本当なのタンクル?」

「……うん、古い書物にはそう書かれてた」

(なんということだ……。月の姫さまは既に、ルーン文字まで解読なさったと言うのか)

「おい、何かデカいのが来るぞ!」

 ずっと表を伺っていたシュバルツァの声を聞き、ブラムが水晶でその姿を映し出すと、天に届くほど巨大で、真っ黒な狼のような怪物が映し出された。

「これが、終焉ガロムガント。三賢人の姿が見えないところを見ると、やはり世界は終わりに導かれていくのか……」

「諦めてる場合じぁないわ。過去に闇の一族に打ち勝っているのでしょう? お父様があの怪物を打ち倒せば、世界が終わる前に止められるかもしれない」

「しかし、太陽の姫さま。神王さまは既に意識を失っておられます。ガロムガンドと戦闘になったとしても、まともに戦える状態ではございません。禁術の代償も、もうまもなく訪れるてしまうでしょう。我々に出来ることは、もうなにもございますまい……」


 ──神の国、大いなる大地。


 目標を失った神王ギュオの視界に、ドス黒い怪物が映り込んだ。意識はすでにないというのに、神王は薄く笑いながら怪物の方へと進んだ。
 ガロムガンドの尾の蛇達が神王を見つけると素早く襲い掛かる。一匹が左足に喰らい付き、一匹は右腕、もう一匹は腹を突き破る。神王はそれでも一直線にガロムガンドへ向かっていく。
 ガロムガンドの目の前まで進むと、神王は右腕に喰らい付いた蛇を斧イーミルで切断した。この世のものとは思えない叫び声をあげながら、蛇はのた打ち回る。そしてそのまま斧イーミルを振りかざし、ガロムガンドへ振り下ろした。
 ──斧イーミルは音もなく、ガロムガンドの身体を真っ二つに切り裂いた。ガロムガンドの左半身が轟々と音を立てて崩れ落ちていく。


 ──神の国、王の間。


「なんと、ガロムガンドを切り裂くとは……」

「このままいければ、世界は終わらないかも知れないわね、ブラム」

 誰もがほんの一瞬だけ希望を感じかけていた。しかし次の瞬間、水晶に映し出されたのは、崩れ落ちたガロムガンドの左半身が、神王の首を食い千切る様だった。その場にいた全員が言葉を失う。
 二つに分かれたガロムガンドは再び一つに再生し、切り落とされた蛇の切り口から、生死不明の者達が溢れ出てくる。森も、大地も、海もその生死不明の者達によって徐々に埋め尽くされた。生気という生気を吸い取られ、混沌の大地に変わっていく。そして、世界でたった一つ城の形を残しているこの神の城へ、その者達は押し寄せ始めた。

「あれは、闇の住人カオス……。終わりの予言にある『世界は何もなくなる』と『混沌の大地』とは、世界中がカオス達で埋め尽くされてしまうことなのか……」


  暗き淵より新たな太陽が昇る
  世界樹はその種子を撒き
  そこに新たな世界が芽吹く
  そして世界の始まり。


 ブラムは世界が生まれた時の始まりの予言を力なく呟やく──。

「数千年前に始まったとされる世界に、終わりが訪れるとは……」

「ブラム。まだ、まだ諦めてはいけないわ。あのカオスをすべてを打ち倒せば、まだ世界は終わらない。終わらせはしない」

 ソルは立ち上がると、槍を手にする。シュバルツァも剣を手にした。

「なぜ、貴様も戦おうとする? 貴様は元々この国の者ではない。さっさと逃げろ。……貴様ほどの腕があれば、今ならまだ逃げ切れるかもしれん。さぁ! さっさと行け!」

「断る」

「なんだと?」

「何度も言わせるな。断る」

「なぜだ! 私は貴様にそこまでして助けられる覚えなどない!」

「……」

「なんとか言ったらどうだ!」

「……俺は、いや、なんでもない」

 シュバルツァは何かを言いかけたまま、敵を迎え撃つべく城壁へ向かった。そのやり取りの後でタンクルは意を決し、自分の部屋から三つの指輪を取り出して右手の親指、中指、小指へ装着すると、城壁へと向かおうとした。

「つ、月の姫さま! お待ち下さい! 失礼ながら、あなた様ではどうすることも……」

 タンクルを制止しようとしたブラムをソルが止めた。

「ブラム、あなたは大きな勘違いをしているわ。今、世界に残されている者の中で、一番強いのはあの子よ」

「まさか、そんな……」

「確かに、あの子は戦いには向いていない。けれど、あの子があの弓で本気を出したら、きっと私や、あのシュバルツァでも勝てはしないわ……」

「弓と申されても、月の姫さまは何も手にしておられませんぞ!」

「いいえ、あの子は確かに持っているわ。ヴァルキューレを……」

 その時、空から鳥のように翼を持ったカオスが、腐敗臭を撒き散らしながら王の間へと入り込んだ。ソルが槍を構えるより早く、タンクルは左手をカオスへ向け、右手の親指に取り付けたルビーの指輪に力を込めた。

「燃え射れ! 紅き炎の矢! エリュトロン!」

 タンクルの詠唱に合わせて、右手の親指から紅い矢がカオスへ一直線に放たれると、カオスは一瞬で燃え散った。「ブラム……、ごめんなさい」と頭を下げて言うと、タンクルは城壁へと向かっていった。

「ブラム、ここも危ないわ。あなただけでも地下へ避難して!」

「し、しかし、姫様たちを戦わせておいて、私だけ避難するわけには」

「ブラム、あなたはその水晶で私達が世界を救うところを見ておいて欲しいの。そして、どうやって世界は救われたかを書物に残してくれないかしら。これは、あなたにしか出来ない」

「……か、かしこまりました。その大役、このブラムが勤めさせて頂きます!」

 ソルはその返事ににこやかに笑って答えると、自らも城壁へと向かった。

「おぉ、神よ。世界を救いし者達に祝福を」

 ブラムは強く祈りをささげてから城の地下室へ移動し、内側から結界魔法を施した。手にした水晶には迫り来るカオスの群れと、それに対峙する三人の姿が映し出されている。



   ◇




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世界の終わりを変えるモノ - 第十九話 -


ハコニワノベル

 図書館の中はいつも以上に人が少なかった。膝から下がずぶ濡れになっている以外は概ね問題ない。そのまま、本を物色することもなく図書館内をうろうろしてみた。

(流石にいないか……)

 一通り探してみたものの、あの子はどこにもいなかった。それでもあの子が、どこかにいるんじゃないかと何度も何度も探す。どうして、こんなに必死に探しているんだろう? あの子の持っていた本が気になるからだろうか。ただ、あのときチラッと読んだだけの物語なのに。気が付くと、いつもの窓際の席とアイスランド語の辞書が置かれている本棚の間を、行ったり来たりしていた。



   ◆



 どうしても入りたくなかった。そこには僕にとって、終わりに等しい現実があることを知っていたから。けれど、入らなければならないということも解っていた。扉に手をかけては開けられずに、また扉の前で行ったり来たりを繰り返す。
 ──病院、本人確認、親族はいない。
 暑くないのに汗が出て、寒くないのに身体が震えている。口の中の水分が全て無くなる気がした。行ったり来たりを繰り返しても何も変わらず、どうしようもなくなってから覚悟を決め、固く目を閉じてから、扉を開いて中へと入った。薬品のキツイ臭いと線香の香りが入り交じって漂っている。
 恐る恐る目を開くと、寝台の上でシーツだろうか、白い布をかけられている。顔には一回り小さい布。線香をあげ、リンを鳴らして手を合わせる。それはどことなく、思い描いている現実ではありませんように、と祈っているような気がした。恐る恐る小さな布を、ゆっくりと持ち上げ、見てはいけないものを見るように覗き込む。

「松野由香里さんでしょうか?」

(……はい、本人です)

「ご愁傷様でした」

 警察官なのか、医者なのか解らない男性に、深く頭を下げられた。だけど、「ご愁傷様」という言葉に嫌気がさした。もう、由香里に会おうにも取り返しがつかない、どうしようもないのは解っている。解っているけど、それでも他人に「取り返しつきませんね」と改めて宣言されているみたいで、ぶつけようの無い憤りだけが、心に残った。
 男性が安置室を出て行ってからも、僕は昨日まで明るく元気だったのに、寝台の上で眠るように目を閉じて、何か言いたそうに、ほんの少しだけ口が開いている由香里の傍で、そのまま立ち尽くしていた。

(どうして、こんなことになったんだろう……)

(あのとき、どうして由香里は振り返ったんだろう……)

(僕に何を言いたかったんだろう……)

(……違うか。何を言って欲しかったんだろう)

 気付いているのに、解っているのに、その答えを考えることが怖かった。目を閉じると由香里との思い出が、目まぐるしく思考を埋め尽くしていく。



   ◆◆



「あたしは、朋章のこと……好きやで。めっちゃ好きや」

(……)

「無理に言わんでええよ? 朋章がほんまにそう思ってくれたときに、朋章の口からちゃんと聞かせてくれたらええから」

(……)

「ほら、もう駅だし……あたし帰るね」

 由香里は手を放して横断歩道を途中まで進むと、くるりと振り返った。



   ◆◆



(どうして、振り向いたりなんかするんだよ……)

(僕が、言わなかったから……?)

(あのとき、僕が、由香里への想いを伝えなかったから……?)

 ──頬に涙が伝う。

(僕が、想いを伝えていたら、由香里は横断歩道を渡らなかった……?)

(この想いを伝えるだけで、僕は、由香里を救うことが出来たのかな……)

(ただ、好きだと、伝えるだけで……)

(だけど、もう、由香里には届かない……)

(届かない想いなんて無意味だよ……、届けられない言葉なんて、……無意味だよ)

(届かないよ。届かない。誰にも聞こえない……)

(誰……に、も……、聞こ、え……ない……)

 線香が燃え尽きていた。涙も乾いていた。空っぽのまま僕は安置室から逃げ出すように出て行った。何も考えないようにしていても、由香里のことばかりを考えてしまう。どうやっても、由香里に会えないことを強く自覚してしまう。それが辛くて、それを忘れたくて、左の手の甲を強く噛んだ。それでも血がにじむだけで、思考は止まらない。何度も何度も強く噛んだ。噛めば噛むほどに、現実を現実として理解しようとしている自分がいる。左の手の甲に血のにじんだ歯形を増やしながら、感情と思考が逆さまに突っ走っている。



   ◆



 図書館の中でしばらく立ち尽くしていた。
 ふと左の手の甲を確認すると、何事も無かったかのように、あのときの歯形は残っていなかった。

(こいつみたいに、何事も無かったことになればいいのに……)

 由香里を失って、声を失った。しゃべらなくても問題の少ない、日雇いの肉体労働を掛け持ちしながら、行きもしない大学の授業料を払い、ただ生きていた。
 神話の物語が好きなのは、人も神も魔物も等しく繁栄し、滅んでいくところだ。この世に絶対の神がいるなんて信じられない。だけど、それと同じぐらいに、絶対の神がいるなら、あのときに戻して欲しいと願う。そんな自分が幼稚でくだらない存在に思えた。
 いつもの窓際の席の方を見ると、その先の窓に大きな木が見える。ふと思いついて、その木を調べてみようと思った。植物図鑑を手にとって、いつもの窓際の席に座った。

(写真と見比べると、モクセイ科の落葉樹トネリコ……に近いかな。あの木、原産は日本じゃないかもしれない……)

 雨はまだ降っていたけれど、なんとなく気になってその木の近くまで行くことにした。植物図鑑を本棚へ戻し、そのまま図書館を出て目的の木へと移動する。木が植えてあるそばに立て札があり、その立て札に「みんなの木、ユグドラシル」と書かれていた。

(ユグドラシル……って、確か、世界樹の名前だよな……)

 傘をさしたまま、そのユグドラシルを見上げる。木の葉で大きくなった雨粒が降り注ぎ、少しだけ頬を塗らした。



   ◆



「あたしはな、死んでしまったあたしのこと、忘れないでいてほしい」

「けどな、あたしのこと忘れられへんのは、まぁ、当然やけど。それを引き摺ってほしくはないんよ」

「要するに新しい恋が出来へんとか、落ち込み過ぎて普段の生活もままならなくなってまうのは、嫌やねん」

「そりゃ、他の女と付き合われるのはしゃくやけど、その人の一生が幸せに過ごせるなら、やっぱりそっちのほうがええやん」



   ◆


(由香里、残した側の気持ちは解ったよ……)

(けどさ、残された側の気持ちは……、どうしたらいいんだよ)

(君を忘れずに、それでも前を見て生きていく。それはとても難しいんだ……)

(君を忘れることすら出来ないよ……)

(逆に君が残されたなら、僕は君にどうして欲しいかなんて、やっぱり解らない……)

(だけど、今、こうして残されてみて、残された側としてどうしたいか)

(それは少しだけ、ほんの少しだけ、解ったような気がするよ)

 見上げたユグドラシルから、雨粒が落ちて何度も頬を塗らす。それに混ざるように涙も流れて行った。




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世界の終わりを変えるモノ - 第二十話 -


ハコニワノベル




   ◇



 ──神の国、城の城壁。


 何千、何万という数のカオスが、生気を求めて押し寄せる。
 ソルが太陽の槍を構えて、力を込める。突き出された槍から一直線に熱を帯びた風が吹きぬけ、カオスが散り消えていく。また、シュバルツァが力を込めると剣の影が伸び、一太刀ごとにその影に触れたカオスを切り裂いた。それでもカオスは一向に減る様子もない。むしろその数は瞬く間に増えてきている。
 タンクルは左手をかざし、右手の中指に取り付けたエメラルドの指輪に力を込めた。

「刻み射れ! 緑の風の矢! クローロン!」

 一直線に緑色の矢が走ると、風の刃が巻き起こり、矢の軌道上にいたカオスが切り刻まれ消えていく。続けて左手をかざし、右手小指に取り付けたサファイアの指輪に力を込めた。

「流し射れ! 青き水の矢! スイーニー!」

 蛇行しながら青色の矢が走ると、たちまち激流が巻き起こり、一瞬にして多くのカオスが飲み込まれて消えていく。しかし、それでも尚、新たなカオスが次々に溢れ出してきていた。


 ──神の国、城の地下室。


 水晶で外の様子を伺うブラムは、奇妙な違和感を覚えていた。

「終わりの予言では、『太陽と月が滅び』、『世界は何もなくなる』とある。しかし、太陽も月も滅びてなどいない」

 ──はっと顔を上げ、ブラムは目を見開いた。

「……もしや! 太陽と月というのは、……姫さまお二人のこと! ?」

 そのことを伝えようと外に出ようとするも、死ぬ気でかけた結界魔法はいつも以上に強力で、既に自分でも外に出ることができなくなっていた。ブラムは涙を流し、床に崩れ落ちた。

「申し訳ございませぬ、太陽の姫さま、月の姫さま。このブラム、一生の不覚にございます! 予言を読み違えておりました……、護るべきはお二人だったのでございましょう。世界の終わりとは、お二人の命が尽きてしまうことによって訪れる予言……。つまり、このままでは、くっ……」

 ブラムは溢れる涙をそのままに、奥歯を噛み締めた──。


 ──神の国、城の城壁。


 徐々に三人はジリジリと後退していた。
 ソルは肩で大きく息をしている。シュバルツァも影の力を使う度に苦悶の表情を浮かべるようになっていた。
 今までは、ただ向かって来るだけだったカオスは、少しずつ徒党を組み、連携しながら押し寄せて来るようになった。また、数だけでなく個体にも違いが現れ、中には巨大なカオスまで現れ始める。それはまるで急速に進化をしていくように、より強力になっていく。押し切られるのも時間の問題になっていた。
 巨大なカオスがソルに襲い掛かかる。その攻撃を防ぐのに精一杯で、ソルは反撃することが出来ないでいた。その巨大な腕がソル目掛けて振り下ろされる。──その瞬間、ソルをシュバルツァが抱きかかえてその攻撃を避けた。

「礼は言わん!」

「あぁ……、言わなくていい」

 今度は二人目掛けて巨大な腕が振り回される。その攻撃を避けながらソルは突き、シュバルツァは切りかかるが、致命的なダメージは与えられなかった。

「轟き射れ! 黄の稲妻の矢! クサントン!」

 二人よりも後ろに下がっていたタンクルが親指と中指の指輪に力を込め、赤と緑を混ぜた黄色の矢が、巨大なカオスへ稲妻となって降り注ぐ。カオスは稲妻によって苦しみ始めた。そこへ、ソルとシュバルツァが同時に攻撃を繰り出し、巨大なカオスはついに消え去った。しかし、次に三人が目にしたのは、今のカオスより更に巨大な三体のカオスの姿だった。
 タンクルはすぐに左手をかざし、右手中指と小指の指輪に力を込める。緑と青が混ざっていく──。

「凍え射れ! 蒼き氷の矢! キュアノエイデス!」

 放たれた矢は、二体の巨大なカオスを氷付けにし、バラバラに砕け散らせた。しかし、その矢の攻撃を避けた一体がソルとシュバルツァに襲い掛かる。
 カオスの攻撃によって吹き飛ばされたソルへ、容赦ない追撃が迫ったが、それをシュバルツァが防いだ。──しかし、その瞬間、防いだカオスの腕から別のカオスが生まれ、その腕がソルの胸を貫いていた。

「……なっ、なんだと」

「ぐぅっ……。す、すまんな、シュバルツァ……、私は貴様に、護られてばか……りだ……」

「おい! しっかりしろ!」

「あり、が……」

「待て! 俺はまだ、君に……」

 ソルは穏やかな表情のまま崩れ去った。その亡骸を貪ろうとカオスが群がる。シュバルツァはソルを抱きしめ、そしてそのままカオスの群れの中へと消えて行った。
 時を同じくして、立ち尽くしていたガロムガンドは空に浮かんでいた太陽を飲み込んだ。
 ──世界は影に覆われる。

(お姉様……)

 視線を巨大なカオスへと向き直し、タンクルは左手をかざす。親指と小指の指輪に力を込めた。赤と青が混ざり合っていく。

「滅び射れ! 紫の死の矢! ポイニークーン!」

 禍々しい矢が巨大なカオスに命中すると、辺りに紫色のガスが広がっていく。次々とカオスが息絶え、消滅していく。しかし、静寂が続いたのはほんの一瞬だった。消滅したカオスよりも、更に数を増やしたカオスは一気にタンクルを飲み込んでいく。最後の力を振り絞り、右腕をカオスの外へ突き出し力を込める。しかし指輪はその役目を終えたかのように、力なく砕け散った。そしてゆっくりとその右腕もカオスの群れに飲み込まれていく。
 ガロムガンドは、上りかけていた月をも飲み込んだ。


 ──神の国、城の地下室。


「太陽であるソル、月であるタンクルが滅びた……。既に世界には何も残ってはいまい。全ての生気を吸われ混沌の大地に成り果てるだろう……。これが、世界の終わり。予言を見誤り、最後まで生き残って、終わる世界を見届けることになるとは……。なんと無残な運命か……」


 すべての生ある者は飲み込まれ
 ありとあらゆる物は無に帰える。
 そこにはただ、混沌の大地が何も語らず残された。


 ブロムはそこまでを書くと、静かに筆を置いた。同時に結界の隙間から、夥しい数のカオスが地下室を埋め尽くしていった。


 直後、太陽と月を失い、秩序を失った天体が次々と世界へ降り注ぐ。


 こうして、世界は終わりを迎えた──。



 Fin.



   ◇



「ちょっと! これってハッピーエンドものじゃなかったの! ?」

 ひなちゃんが電車の中で大声で言った。「ほとんどの神話は、何かしらバッドエンドなんだよ」と小声で言った。ひなちゃんは「私は絶対ハッピーエンドがいい!」と宣言してふくれっ面になった。
 電車は三条町を過ぎ、まもなく下条町に到着するところだった。「太陽と月の姫」をバッグにしまう。そこで、あの人がいたとして、あの人とひなちゃんが二人きりで話をする間、自分に何もすることが無くなったことに気が付いた。すぐに図書館の本でも読めばいいかと思いなおすと、車内アナウンスが下條町に到着することを告げる。まだ降り続く雨の中、期待と不安とほんの少しの嫉妬を持って、私達は図書館へと向かった。




≪第十九話へ
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世界の終わりを変えるモノ - 第二十一話 -


ハコニワノベル

 誰にも話したことがない。いや、声を失ってから話すこと自体が出来ないのだから、誰にも話せはしないのだけれど。それでも筆談や、メールでさえ、誰にも教えたことがない。
 実は自分の両親にさえ、声を失ったことすら伝えてはいない。あの日から僕は様々なものと極端に距離を取るようになった。僕はずっと独りで由香里という存在を抱きながら、現実でも夢でもない中間地点で、ぶつぶつと孤独を悲しみながら生きてきた。それはきっと、由香里が望んでいたことと正反対のことだろう。
 濡れた頬をジャケットの袖で拭く。それから僕は図書館へと戻った。
 窓際のいつもの席に座ると、さっきまで近くで見ていた木が妙に大きく感じた。特にすることもなく、ただその木を見続けていた。

「あ、あの……」

 顔を上げると、二人の女の子が立っていた。自分の周りには他に誰もいない。一人はあの本の子。もう一人は──、あの喫茶店のウェイトレスの子だ。

「これ、あんたのパーカー?」

 ウェイトレスの子がいきなり紙袋を突き出して聞いてきた。「ちょ、ちょっと、ひなちゃん!」と本の子に言われているが、お構いなさそうだ。紙袋を覗き込むと、間違いなく僕のパーカーだった。とすると、このウェイトレスの子が昨日、あいつらに──。そうか、思い出した。あいつらは、昨日の昼間にこのウェイトレスの子をナンパしようとして、腕を捻られていた二人組みじゃないか。
 ウェイトレスの子は瞳を輝かせながら「ねぇ、あなたのなの? あなたが私の王子様?」とかなんとか言っている。本の子は隣で顔を赤くしたり青くしたりしながらうろたえている。

(そうだよ……)

 聞こえない言葉の代わりに、大きく頷いた。

「やっぱりー! いやー! ほんとさー昨日はサンキューね! 助かったよー! 人生の大ピンチだったからさ! いや、ほんと」

 図書館中にウェイトレスの子の声が響いた。周りからの大注目を浴びたまま、本の子と目を合わせてから「なに? どうかした」というウェイトレスの子を引き摺るようにして、三人で図書館を出た。近くで目に付いたファミレスに入る。それでもウェイトレスの子は止まらなかった。

「ほんと、マジでもうダメかと思ったよ。あんたがさー、って名前なんて言うの?」

「も、もう! ひなちゃん、順番が滅茶苦茶だよ……ぅ」

「まー細かい話は抜きでさ。私は日向。春野日向。日向とか好きに呼んで。んで、こっちが景子、私はケイって呼んでる。それで、あんたは?」

 完全にこの空間を支配されているような気分になった。僕は多少怯えながら、メモ帳に『朋章(ともあき)』と書いて、それを見せた。

「へぇー、朋章っていうのか。てかなんで書くわけ? ここ、図書館じゃないから声出しても大丈夫だって!」

 と言いながら、ウェイトレスの──、日向という子は笑っている。隣りに座っている本の──、景子という子は伺うようにこちらをしばらく見てから、何かを察したような顔になった。

「ひ、ひなちゃん待って。ねぇ、ちょ、ちょっと……」

「んー? どうしたケイ? メニュー見るの?」

「ち、違うよ。と、とと、朋章さんって、もしかして……」

 もう一度伺うように上目遣いで見つめられた。この状況で隠せるわけが無い。いや、別にもう隠すつもりなんてない。『僕は声が出せない』とメモ帳に書いて、それをまた二人に見せた。

「え、冗談じゃなくて?」

 日向という子が聞いてくるので、大きく頷く。「だから、待ってって言ったのにぃ……」と景子という子は両手で顔を隠してから「すみません」と何度も頭を下げてきた。

「いやー、あんたもさー、そういうこと早く言ってよ! 私、てっきり超恥ずかしがり屋なのかと思っちゃったじゃん」

「だ、だからひなちゃん! 言わなかったんじゃなくて……、だからその、言えないんだよ!」

「……あーそうか! なるほど!」

「んもぉ、ひなちゃんのバカ!」

 この二人を見ていると、和やかな気持ちになった。しゃべれないことを気味悪がったり、面白がる人には出会ったことがあるけれど、拒絶したりせずに真正面から受け止めてくる人には初めて会った。それから昨日のことの感謝を何度も何度もされ、年齢や血液型に始まり、ありとあらゆることを質問攻めされた。それを必死にメモ帳に書いて、見せて、書いて、見せてを繰り返す。年齢が二十五だということを教えると、途中から敬語に換わったのが可笑しかった。
 そして、やっと質問攻めから解放された頃、日向という子がほんの少し躊躇してから聞いてきた。

「えっと、これ聞いちゃったらマズいならスルーでいいんだけどさ……」

「ちょっと! ? ひなちゃん……! ?」

「朋章さんって、なんで声出なくなったの? 生まれつき?」

「ご、ごめんなさい! ほ、ほらっ! ひなちゃんもちゃんと謝って!!」

 景子という子が慌てていたので、それを片手で落ち着かせる。今まで誰にも話したことなんて無いけれど、話すべきなんじゃないかと思った。今まで、それを誰かに話すことで、同情されたりするのが嫌だった。だけど今はそうじゃない。他人に話して何を言われたり、思われたとしても、その全てを受け入れて前を向ける気がする。



   ◆



「あたしはな、死んでしまったあたしのこと、忘れないでいてほしい」

(へぇ)

「けどな、あたしのこと忘れられへんのは、まぁ、当然やけど。それを引き摺ってほしくはないんよ」

(引き摺る?)

「要するに新しい恋が出来へんとか、落ち込み過ぎて普段の生活もままならなくなってまうのは、嫌やねん」

(んー、忘れずにいて、なおかつポジティブに生きて欲しいってこと?)

「そりゃ、他の女と付き合われるのはしゃくやけど、その人の一生が幸せに過ごせるなら、やっぱりそっちのほうがええやん」



   ◆



 現実から逃げたり、それを隠したりするのはもう辞めよう。由香里を一生忘れられないのなら、一生覚えて生きてやる。

(僕は、僕に起こった全てを受け入れて生きていこう)

 しばらく目を閉じて考えてから、僕はメモ帳を取り出してペンを走らせた。

『君の持ってるあの本を貸してくれるなら、全部話しても良いよ』

 それを見た景子という子は、自分のバッグからゴソゴソと本を出して「これですか?」と聞いてきた。──「太陽と月の姫」という物語だったのか。まるで目の前にその太陽と月の姫がいるような気持ちになった。
 『そう、それ。貸してくれる?』と書いたメモを見せると、なぜか日向という子が「もちろん!」と言っていた。景子という子はその声に遅れて「……いいですよ」と言いながら頷いた。『ありがとう』と書いたメモ帳を見せてから、新しいページを開く。そしてペンを走らせた。



 ──1ページ書いてちぎって二人に渡す。
 ──それを二人が読む。
 ──また1ページ書いてちぎって二人に渡す。
 ──またそれを二人が読む。



 書いている最中に涙が溢れた。でもそれを気にすることなく必死にペンを走らせた。それを読む二人も途中から何も言わなくなり、先に日向という子が泣き出して、しばらくしてから景子という子も泣いていた。



 ──1ページ書いてちぎって二人に渡す。
 ──それを二人が読む。
 ──また1ページ書いてちぎって二人に渡す。
 ──またそれを二人が読む。



 それから僕は、僕と由香里のことを、まるで物語のように書き続けた。




≪第二十話へ
第二十二話へ≫

世界の終わりを変えるモノ - 第二十二話 -


ハコニワノベル

 あの日曜日は不思議な一日だった。ファミレスで朋章さんと長く話をして、いや話をしたと言っても、朋章さんはとある事情で声が出せない人なので、ずっとメモ帳に文字を書いていたので筆談だったのだけれど。
 ひなちゃんがなぜ声が出なくなったのかをストレートに聞いたときはどうしようかと思った。でも、「太陽と月の姫」を貸してくれるなら話してもいいということになり、私も内心、どうして声が出なくなったのか知りたかったので貸すことにした。強く貸すことをひなちゃんは勝手に了承していたっけ。半分好奇心で聞きたかったその理由は、想像を絶する内容だった。
 私もひなちゃんもずっと泣いていたし、その内容をメモ帳に書いている朋章さん自身も泣いていた。他の人から見れば奇妙な光景だったと思う。私はそのちぎられた膨大な数のメモ帳を持って帰ってきてしまったのだけど、きっと二度と読むことは出来ないと思う。
 あの後、私達はお互いに連絡先を交換して、私と朋章さんは毎日メールで「太陽と月の姫」の話題で盛り上がった。朋章さんが読み進めた場所までの感想や、思っていることなど、今まであの本の内容を誰かと話題にすることなんて無かったから、会話やメールが苦手な私も、自然と話題が出てきて楽しかった。ひなちゃんはたまに、朋章さんに電話をかけて言いたいことを言うだけ言って電話を切っている。後からメールでその返事が来るのが楽しいらしい。失礼かと思ってメールで聞いてみたけれど、朋章さんは『電話なんてずっとしてないから楽しいよ』と返事をくれていた。
 一週間後の日曜日、朋章さんから『読み終えたから、返すね』と太陽と月の絵文字付きメールが届いた。

「おーいたいた! 朋章さーん!」

 下条町の駅を出て、図書館とその隣りのビルとの間に植えられた大きな木へと向かうと、朋章さんはすでに来ていて、ベンチに腰掛けたままで軽く手をあげてくれた。

「朋章さん、なんで図書館じゃなくてここで待ち合わせなの?」

 三人がけのベンチに座り込みながら、ひなちゃんは楽しそうに質問をしている。そしてなぜか私の腕を引っ張ると、私を中央に座らせた。朋章さんは本が入っているであろう紙袋を私に差し出して、『ありがとう、すごく面白い物語だった』とメモ帳に書いて見せてくれた。

「この本、人に貸すの初めてだったんです。面白かったみたいで良かったです」

『日向ちゃんは、ソルみたいだよね(笑)』

「そうですよね! 私、いつも思うんです。ソルはひなちゃんみたいだなぁって」

「えー? ソルってあの素直じゃないお姫様? こんなに純粋で素直な私のどこが似てるのよ?」

 そう言いながらひなちゃんは紙袋から本を取り出して、パラパラと捲り挿絵を見ながら「似てるかなぁ?」と首をかしげていた。その姿を見て、『そっくりだよね(これ見せなくていいから)』と朋章さんが書いて見せたので、私は笑ってしまった。

「おーい、なに二人だけの世界で楽しんでんのよ?」

「え? 別に、そういうことじゃないって……。ほ、ほら! ひなちゃんは素敵だなぁって言ってたの」

「あー、やっぱり?」

 そう言うとひなちゃんは本をベンチに置いてから、勢い良く立ち上がって朋章さんの目の前に移動した。

「朋章さんって……、私のこと好きでしょ?」

「ちょ……ぇ?」

 ひなちゃんの突然の行動に驚いた。けれど私はその答えを聞きたいような、聞きたくないようなあやふやな気持ちで固まってしまった。

「別に、無理に言わなくてもいいんですよ? 言いたいなぁ、と思ったときにサッと言ってくれればいいですから」

「ち、ちょっと。……ひ、ひなちゃん?」

「冗談だよーだ!」

「え? えぇっ?」

「ケイ、なんで焦ってんの? あれ? なんでかなぁ? なんでだろうなぁ?」

 ひなちゃんにからかわれる度に、顔が赤くなっていく気がした。

「あっれー? もしかして……」

「ばっ!……ちょ、ちょっと! ひなちゃん! からかわないでよ!」

 泣きそうになっていると、ひなちゃんが「ちょっと飲み物買ってくるから!」と言って走って行ってしまった。朋章さんとベンチで二人きりになる。変にからかわれたので余計に意識してしまい、妙に間を空けて座ってしまった。

『仲良しだね、二人とも』

 そう書かれたメモと可笑しそうに笑う朋章さんを見て、少しだけ力が抜けた。
 それから「太陽と月の姫」についていろいろ感想を話した。私は話すだけで、朋章さんはメモ帳に自分の感想を書いてくれた。共感したり、朋章さんの感想が、今まで自分が思いもしなかった部分に及んでいたりして、なるほどなぁと思ったりした。
 物語の最後で世界の終わりを描いていく場面の話題になると、今まで以上に会話が盛り上がっていく。

「私もあのラストは納得いかないんだよねー。というかラストしか知らないんだけどさ」

 いつの間にか戻ってきたひなちゃんがベンチの裏から覗き込むように言ってきた。そして私の耳元で「いい雰囲気じゃない。頑張りなよ」と小声で言われた。

「ほら、ケイもっと詰めてよ。いくらスレンダー美人な私でも、これは狭すぎるから」

 と半ば強引に朋章さんの方へ押された。朋章さんとの距離が、あの図書館で接近したとき以上に近くなる。心臓が物凄い勢いで高鳴っていく。

「あっれー?」

 急に間抜けな声が聞こえて振り返ると、ひなちゃんが本を開いて首をかしげている。

「どうしたの? ひなちゃん」

「いや、もう一回さ、ラストの部分を読もうと思ったんだけどさぁ。ここから先って真っ白だったっけ?」

「えぇ?」

 驚いて確認すると、ガロムガンドが解き放たれた後のページが全て真っ白になっている。私が訳したメモなどはそのまま張り付いているので、元から白紙だったなんてことはなく、そこらから先のページには世界が終わっていくさまが描かれていたはずだ。朋章さんも身を乗り出して確認する。『ここって全員がカオスに飲み込まれていくとこだよね?』とメモを見せてくれたので、間違いないはず。

「ちょ、ちょっと貸して、ひなちゃん!」

 手に取り、真っ白なページを指で触る。無理やり消された痕跡なんてまったくないし、まるでインクが消えてしまったかのようになっているだけだった。そのあとで本を閉じたり、開いたりを続けていると、急に本が光りだした。表紙に描かれていた魔方陣が目の前に浮かび上がり、そう思っているうちに身体が空白ページに吸い込まれていく。

「うわっ!」

 ──目をゆっくりと開くと、何度も何度も読んで鮮明に覚えている、あの本の挿絵と同じ場所に私はいた。




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世界の終わりを変えるモノ - 第二十三話 -


ハコニワノベル

 ──神の国、王の間へと続く回廊。


 驚いた。恐る恐る頬をつねってみると痛かった。どうにも現実らしい。しかし、明らかにここは「太陽と月の姫」の中だ。

(たしかこっちが王の間だよね……)

 恐る恐る、王の間へと向かう。中から声が聞こえる。

「まさか、お父様が……」

「あれは、禁術アーグルボゥザですな……。先々代の神王であるオーディンさまが作った秘術。その昔、闇の一族との戦いで使用されたのです。しかし、その術の代償は……」

「代償? その代償はなんなの? ブラム、答えて」

「それは、その……」

 王の間を覗き込むとブラムと呼ばれた立派な顎ヒゲを携えた、聡明そうで小柄な人が見えた。ということはあの橙色の甲冑を着ているのが太陽の姫、ソルだ。その顔はやはりひなちゃんに似ている。

(ひなちゃんもこの世界に来てるんだ!)

 そう考えると急にテンションが上がってきた。一人だけだったらどんなに心細かっただろう。私はなぜか嬉しくなって、とりあえず今の状況を楽しむために考えた。次はタンクルが禁術アーグルボゥザの代償について説明するはず。よし、台詞を頭に思い浮かべながら王の間に飛び込もうとすると、中から声が聞こえた。

「……それは、使用者の命」

「なんですって? それは本当なのタンクル?」

 え?誰かが私の言おうとした台詞を言ってしまった。いや、ちょっと待って。世界の終わりが描かれている物語の後半、そこには4人しか生き残りはいないはず。ブラムとソルは王の間にいて、タンクルの声が聞こえた。本当にタンクルの声は聞こえた?

「……えっと、古い書物にはそう書かれてた」

 もう一度その声が聞こえてから、私は後ずさりをして王の間からそっと離れた。回廊に取り付けられた大きな鏡を覗き込む。そこには漆黒の甲冑と破れている深い紫色の飾り布。腰には禍々しい剣を携えた、どこか闇を引き摺っている青年が映し出されていた。

(シ、シュバルツァなの……私! ?)

 遠くで地鳴りが聞こえる。回廊の窓から確認すると、巨大で黒い狼の姿をした怪物が見えた。

(ガ、ガロムガンドだ……。あ! 私がシュバルツァなら、これを王の間のみんなに伝えないと!)

 回廊を走る。甲冑であまりうまく動けないことに気が付いた。それにこの甲冑やたらと重たい。転びそうになるのを必死に堪えて、私は王の間へと駆け込んだ。

(えっと確か……)

「おい、ガロ……、何かデカいのが、来るぞ!」

 ブラムが水晶に手をかざすと、まるでテレビのように映像が浮かび上がる。そこには天に届くほど巨大で、真っ黒な狼のような怪物がはっきりと映し出された。

「これが、終焉ガロムガント。三賢人の姿が見えないところを見ると、やはり世界は終わりに導かれていくのか……」

「諦めてる場合じぁないわ。過去に闇の一族に打ち勝っているのでしょう? お父様があの怪物を打ち倒せば、世界が終わる前に止められるかもしれない」

「しかし、太陽の姫さま。神王さまは既に意識を失っておられます。ガロムガンドと戦闘になったとしても、まともに戦える状態ではございません。禁術の代償も、もうまもなく訪れるてしまうでしょう。我々に出来ることは、もうなにもございますまい……」

 水晶はガロムガンドに向かっていく神王を映し出す。ガロムガンドの尾の蛇が神王に襲い掛かる。私はそっとソルへ近付いて「ひなちゃん?」と小声を出して聞いてみたけれど、ソルは目だけで「?」を聞き返し、すぐに水晶に向き直った。

(……あれ? ひなちゃんじゃないの?)

 また自分が独りだと感じて怖くなった。
 そのとき、水晶の中で神王の一撃によってガロムガンドが真っ二つにされる様が映し出される。

「なんと、ガロムガンドを切り裂くとは……」

「このままいければ、世界は終わらないかも知れないわね、ブラム」

 その会話が終わるか終わらないかの瞬間に、水晶の中で神王の首が食い千切られ、カオス達が溢れ出てくる。急に冷静になって考えてみると、恐ろしくなってきた。これが現実だとして、このまま物語が進むと世界は終わりを迎えてしまう。物語のラストでブラムは予言を「読み違えた」と言っていた。どこで、何を読み違えたんだろうか。物語を思い出しながら、どうすればこの世界の終わりを防ぐことが出来るのかを必死になって考えた──。

(どうして、この場面からなんだろう。もし私がシュバルツァだとして、物語の最初の頃へ戻してくれたなら、大地のトレントを止めてしまうか、その指示に従わなければ、きっと世界は終わりになんて向かわなかったのに……)

「あれは、闇の住人カオス……。終わりの予言にある『世界は何もなくなる』と『混沌の大地』とは、世界中がカオス達で埋め尽くされてしまうことなのか……」


  暗き淵より新たな太陽が昇る
  世界樹はその種子を撒き
  そこに新たな世界が芽吹く
  そして世界の始まり。


 ブラムが世界が生まれた時の始まりの予言を力なく呟やいた。

「数千年前に始まったとされる世界に、終わりが訪れるとは……」

(このままじゃ、世界は終わってしまう。どうしよう、どうしよう……。どうしたらいいんだろう)

「ブラム。わ、私、前から気になってたんだけど……」

(え? 次ってこんな台詞だったっけ?)

 水晶から声の方へ視線を向けると、灰色のローブを身に纏ったタンクルが見えた。

「タンクル、今はそれどころじゃないわ! 早くどうにかしなければ、世界が終わってしまう!」

「お待ちください太陽の姫さま。どうか、月の姫さまのお話を聞かせて頂けませぬか」

「ブラムがそこまで言うなら構わないわ」

「ありがとうございます。さて、どうなさいましたかな? 月の姫さま」

「あ、あのね……、さっきの! ほら、カオスだっけ? それが出てきたときにブラムが言ってたこと……」

「終わりの予言にございますか?」

「えっと、それじゃなくて……。えーっと、始まりの予言?」


  暗き淵より新たな太陽が昇る
  世界樹はその種子を撒き
  そこに新たな世界が芽吹く
  そして世界の始まり。


 ブラムはもう一度始まりの予言を呟くと「これのことにございましょうか?」と聞いた。

「そう! それ! その予言って変だよね」

「変、にございますか?」

「タンクル! いい加減にしなさい!」

「え、えっと。……お、お姉様、ちょ、ちょっと待って下さい。これまでの予言は、全て未来のことを指し示してますよね? だけど、この始まりの予言は、どうして過去のものなんでしょうか?」

「それは、世界が始まったときの予言なのだから、当たり前じゃない。さぁ、もういいでしょう? カオスを迎え撃つ準備をあなたもするのよ、タンクル」

「……お、お待ちください! 太陽の姫さま!」

「ブラム、どうしたというの?」

「確かに今、月の姫さまがおっしゃったことは、私も『当たり前』だと思っておりました。しかしながら、この世界中に残された予言はすべて、大預言者ミーツヴァ・チリーのものです」

「だから、それがどうしたというの?」

「大預言者ミーツヴァ・チリーが始まりの予言を残したのだとすると、おかしいのです」

「おかしい?」

「はい、大預言者ミーツヴァ・チリー……いや、この世界に生きている者すべては、世界が始まった以降に存在していることになります。つまり、この世界にいる者は『世界の始まり』を予言することが不可能なのでございます!」

「えっと、その、だから……、始まりの予言と呼ばれている予言は、本当は別の予言なんじゃないかなと思ったんです」

「確かに。確かにそうかも知れませぬ。太陽の姫さま! 緊急事態だということは解っております……、しかし! 今しばらく時間を頂けませぬか? 我々は大きな読み違えをしているやもしれませぬ」

 タンクルの方を見ると、少しだけニッと笑った気がした。そしてこの後の展開をゆっくり思い出す。すると怖いシーンが近付いていることに気が付いた。

(確かこのあたりで……、うわぁ、怖いなぁ……)

 私はゆっくりと腰の剣を抜いて構えた。

「貴様、何をしている? そもそも貴様はこの国の者ではない。さっさと逃げろ。……貴様ほどの腕があれば、今ならまだ逃げ切れるかもしれん。さぁ! さっさと行け!」

「……」

「私を無視するのか! なんとか答えたら……」

 突然、窓を破壊しながら翼を持ったカオスが王の間に入り込んできた。その近くにいた無防備なソルにカオスが襲い掛かる。私が駆け出すと、まるで周りの時が止まったかのように素早く動けた。

(すごい! 剣を抜いているときは別人みたい! 甲冑の重さも気にならない!)

 驚いているソルの顔は、やっぱりひなちゃんにそっくりだった。
 カオスの目の前まで移動すると、私は剣を滅茶苦茶に振り下ろした。その剣は羽毛のように軽く感じ、伸びた影にも鋭利な感覚を宿していた。真っ二つになり消え行くカオスを見届けて、私はホッとして剣を収めた。

「な……、なぜカオスが来ると解った? どこにも気配など無かったと言うのに……。くそっ! 私は貴様に助けなど頼んでいない! なぜ、なぜ私を助ける! ? 答えろシュバルツァ!」

 困惑と怒りで大声を出しているソル。そして自分がシュバルツァであることを思い返す。シュバルツァがソルのことをどう思っているかなんて決まってる。だから私がここでシュバルツァに言わせたいのは──。

「そ、それは……あな……き、君のことを、あ、愛しているからだ」




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世界の終わりを変えるモノ - 第二十四話 -


ハコニワノベル

 王の間に静寂が訪れていた。
 ソルは私が言ったことを理解できないでいるように見えた。ブラムは様々な書物を広げて云々と予言の紐解きに集中していて、カオスが襲ってきたことも、今のやり取りにも気付いていないようだった。タンクルと目が合うと、そっと右手の親指をグッとあげて微笑んでいた。
 そっとタンクルに近付いて小声で聞いてみる。

「も、もしかして……、朋章さん?」

「正解。なんだか本の世界に入っちゃったみたいだね。日向ちゃんはどうやら入っていないみたいだから、本を全部読んでないと入れないのかも知れない」

「うん、そうみたい。……って、朋章さん、声! !」

「シーっ、どうやらこの世界では声が出せるみたい。変な感覚だよ、声出すの五年ぶりだから」

 見た目は大人しそうな少女で、その声もその見た目と同じように女の子の声だったけれど、朋章さんは声が出せることに少し困ったような顔をした。それから朋章さんは「あの指輪取ってくる」とタンクルの部屋へと出て行った。視線をソルへ向けると、まだ困惑しているような表情をしていた。

「あ、愛している……だと? この私を? き、貴様、バカにしてるのか! シュバルツァ!」

「君を愛することが、君をバカにすることになるのか?」

「なっ……」

「俺は、君のことを愛している。ただそれだけだ」

 朋章さんも本の世界に入ってきていることを知って気が大きくなったのか、私は大胆な台詞を言えるようになっていた。更に困惑するソルは益々ひなちゃんとそっくりで、それがまた可笑しく思えた。

「く、くだらん。そのような戯言で、我を欺こうとしているのだな!」

「いいや、違う。俺は、あのとき妖精の国で君と出会ったときから、ずっと心のどこかで君を想っていた。君のことを想うことは罪になるのか? 君を愛していることは罪なのか?」

「な、何度も何度も、あ、あぁ……、愛しているなどと……」

「あはは……」

 指輪を持って戻ってきた朋章さんがそのやり取りをみて笑った。

「な、何が可笑しいのだタンクル!」

「いや……、お姉様も実は、シュバルツァ様のことがお好きなんじゃないかなぁと思って」

「そ、そんなことは無い! 断じてない!」

「おぉ……、そうかそうか……」

 そうブラムが言うと「なんだ? どうした? 何か解ったか?」とやたらと大げさにソルはブラムの近くへと移動した。それを見て「やっぱりソルはひなちゃんそっくり」と小声で話して、朋章さんと笑い合ってから、私達もブラムのいる方へと近付いた。

「まだ全てを紐解いたわけではございませぬが、この始まりの予言と呼ばれていたものを、未来に起こることだとして考えますと……」


  暗き淵より新たな太陽が昇る
  世界樹はその種子を撒き
  そこに新たな世界が芽吹く
  そして世界の始まり。


「世界樹が種子を撒くことで、新たな世界が芽吹くとあります。これは世界樹が世界を救うことを指し示しているように思います」

「世界樹? そのようなものがどこかにあると言うのか? ブラム」

「はい、ございます」

「どこにある?」

「妖精族よりも更に高度な文明を持っていたものの、太古に滅んだとされる人間の国に、世界樹と呼ばれる木がございます」

「人間の国……、世界の中心の大地のことか?」

「さようにございます。世界の中心の大地、その更に中心に、世界樹と呼ばれる木がございます」

「その世界樹が世界を救う手助けとなるのだな? よし……」

 ソルは朋章さんを見て、ほんのちょっとだけ私を見てから「行くぞ」と言った。私は小さく頷き、朋章さんは少し恥ずかしそうに「はい、お姉様」と言った。

「ブラム、城の地下室に結界を張って、予言の解読を続けてくれ。そして予言の正しい解釈を書物に記し、後世に残すのだ。私達は世界樹に赴き、世界を救う」

「……か、かしこまりました。その大役、このブラムが勤めさせて頂きます!」

 三人で城壁へ出向く。視界に膨大な数のカオスが入り込んできた。まるで津波のようだ。私は朋章さんに近付いて小声で話す。

「私ね、ずっとタンクルのその弓で、考えてたことがあって……」

「あ、僕も考えてた。これでしょ?」

 朋章さんは右手の親指、中指、小指の全てを差し出して見せた。

「そうそう、それそれ。もし、このまま上手く進めたら、世界を救えるのかな?」

「解らない。けど、やっぱりあの終わり方は変だと思ったんだ。やれることはやってみようよ」

「うん」

「何をごちゃごちゃ話している! このカオスの群れを蹴散らして、世界の中心の大地まで行かねばならぬのだぞ! ……シュバルツァ、もしかしたらこの先言えぬかも知れんから、先に言っておく。私もそなたを……いや、なんでもな……」

「……お姉様! きちんと言って下さい!」

「なっ、タンクル! べ、別にこれは言わなくても……」

「言えなくなったとき、どうするんですか! やっぱり言っておけば良かったと、おっしゃるつもりですか! ほら! 早く! あとで気付いたって遅いんですからっ!」

 物凄い剣幕で朋章さんがソルに詰め寄った。きっと由香里さんのことを思い出したのだろう。少し複雑な気持ちになった。どんな気持ちで、今の台詞を言っているんだろうか──。

「ここまで来て、想いを伝えることも出来ないほど、お姉様は意気地なしなのですか! ?」

「そ、そんなことは断じてない! ! シュバルツァ! 私も、そなた……を……愛して、いる」

「あぁ、俺もソルを愛しているよ」

「なら、死ぬなよ……シュバルツァ!」

 ソルがカオスの群れへと駆け出した。慌てて私もそれに続く。慣れない剣を振り回しながら、ソルと一緒にカオスの群れを切り裂いて、先へと進む。しかし、強引な中央突破は上手く行かず、あっという間に周りを囲まれてしまった。

「く、なんて数だ。いくら蹴散らしても増えていく!」

「ソル、とにかく目的地に行くのが最優先だ。あまり倒すことを考えない方がいい」

「言われなくとも、そうしたい! だがこれは、あまりにも数が多すぎる」

 周りをぐるりと取り囲まれ、ほぼ身動きが取れなくなった。
 ──犇めき合うカオスが一斉に襲い掛かろうとしていた。

「輝き射れ! 白き光の矢! リュミエールヴァイス!」

 城壁の上から親指、中指、小指の全ての指輪に力を込めて放たれた矢は、一瞬で視界に入るすべてのカオスを無に帰した。しかし、それでも地平線の先からじわじわとカオスが溢れてくるのが見えている。

「流石ね、タンクル! そのヴァルキューレで戦ってくれるなら、きっと世界を救えるはず! さぁ、今のうちに世界樹へ突き進むぞ!」

 矢を放った朋章さんと合流して、「詠唱は考えてたの?」と聞くと、「いや、勝手に口が動いてた」と困惑と興奮を込めて言われた。それならと、私は自分の影を動かすことを強くイメージしてみた。すると影が私を包み込んでいき、私は黒い獣の姿に変わった。ソルと朋章さんを背中に乗せて走り出す。まるで自分が風になったような感覚に陥った。
 駆ける私達を追いかけて来るカオスを、ソルの槍と朋章さんの弓で防ぎながら、ソルの指差す方向へただひたすらに走った。そして到着した草木の無い荒れ狂う大地の中心に目をやると、ガロムガンドよりも巨大と思われる木が姿を現していた。
 その木が見えるようになってから、カオス達の追いかけてくる気配が無くなった。というより、追いかけられなくなったように感じる。きっと世界樹はカオスにとって近付き難い何かを発しているのだろう。
 その巨大な木に近付くと、どこかしら声が聞こえてくる。

「ついに、この時が、きたか」




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世界の終わりを変えるモノ - 第二十五話 -


ハコニワノベル

「誰だ! ? どこに居る! ?」

「ここだ、汝らの、目の前に、おる」

 辺りを探すが人影などまったくない。むしろ生き物の気配すらなかった。「まさか、木! ?」私がその木の方へ視線を移すと、また声が聞こえた。

「そう、木だ。私は、既に、木となって、おる」

 その言葉が聞こえる方へゆっくりと近付く。すると、根がせり出し空洞のようになっている部分の中に、年老いてやつれたドワーフの姿があった。しかし、そのドワーフの首には木の根が刺さり、伸ばした左腕の先からは枝を生やして──、いや枝が腕を突き破っている。身体の半分は既に木と同化しているようにも見えた。

「私の、名は、ヴォルド」

「えっ……、天才ドワーフの! ?」

「そうだ、剣士、よく、解った、な。」

「その天才ドワーフが、なぜこんなところにいる?」

「私は、この世界の、ありと、あらゆる、ものを、錬金術に、よって、加工、してきた。世界に、あるもの、すべてを、加工したと、そう、思って、いた」

 ヴォルドは詰まりながら言葉を続けていく。

「戦艦、スヴァルト。あれが、私の、最後の、作品に、なるはず、だった。これを、見付ける、までは」

 さび付いているかと思われるほどに、ギィギィと音を鳴らして右腕を伸ばしてくる。その手に書物を握り締めていた。朋章さんがそれを受け取って広げた。古い預言書のようだ。


  世界の中心に聳えし巨木。
  その名は世界樹ユグドラシル。
  その根は世界の裏側にまで届き
  その幹は炎でも焼かれず
  その葉は天体にまで届く。


「私は、世界樹を、加工して、みたくなった。しかし、世界樹は、どんな、工具でも、魔法でも、その姿を、変えることは、無かった。だから私は、世界中を、旅して、様々な、書物を、調べた。そして、見付けたのが、これだ」

 ヴォルドは不器用に腕を動かすと、半分ほど木に埋まっている鞄に腕を入れ、乱暴に探ってからその腕を引き抜いた。ミシミシと木の軋む音が響く。朋章さんがその腕に捕まれた書物を受け取り広げる。上半分が破れてしまっている預言書だった。


  ラグナロクによって
  世界樹はその姿を変える


「これも……預言書?」

「そう、世界樹と、世界樹が、姿を変える、ことを、予言、している」

「でも、これじゃぁ、ラグナロクが何か解らないではないか、ヴォルドとやら! 知ってることを全て話せ! もう時間がない!」

「もちろん、私は、ラグナロクを、探した。世界中、探し回って、やっと、この予言書の、上半分を、見つけたのだ」

 そこまで話すと、ヴォルドは上着の内側からもう一枚の書物を取り出し、それを私に向かって投げた。落ちた書物を拾って広げていく。どうやら本当にさっきの預言書の上半分のようだ。


  愛する者を貫く剣
  その名をラグナロク


「あ、愛する者を貫く剣?」

「そう、世界樹の、姿を変える、には、ラグナロクが、必要。しかし、ラグナロクは、愛し合う者の、どちらかが、愛している者を、剣で、貫く、必要がある。愛する者の、いない、私には、ラグナロクを、作り出すことが、出来ない」

 ゆっくり、目を上げると朋章さんと目が合った。それからゆっくりと視線をソルへと移していく。ソルはしばらく考え込んでから口を開いた。

「ヴォルド……、ラグナロクはどんな剣でもいいのか?」

「愛し合う者の、どちらかが、愛する者を、剣で、貫けば、その剣は、ラグナロクと、なる」

「そのラグナロクがあれば、世界樹は姿を変えるのだな? お前にはそれが出来るのだな?」

「出来る。私は、ここで、来るべき時に、備えていた……」

「……待て、来るべき時だと?」

「私は、何かを、加工、するときに、その完成した、姿を、イメージする。今まで、その、イメージ、以外の物は、出来上がった、ことが、ない」

「何をイメージしたと言うのだ?」

「私には、世界樹が、つなぎ目なく、削りだされ、その姿が、槍に、なる、イメージが、ある」

「槍! ! ……ま、まさか、その槍の名は……」

「さよう、槍の名は、グングニル」

 全員が顔を見合わせた。
 ブラムが導き出した予言の中に、世界樹が世界を救うという解釈があった。その世界樹は加工することで、グングニルとなる──。グングニルは怪物を貫く槍。怪物とはガロムガンド。つまり、世界樹を加工し、グングニルを手に入れ、ガロムガンドを貫く。そうすることで世界は救われる。
 でも、世界樹を加工するために必要なラグナロクは──。

「シュバルツァ。私を貫け」

 見上げると、背中を向けたままソルが甲冑を外し、両手を開いた。

「で、でも……」

「世界を救うためならば、喜んでこの命を捧げよう。……私に言った愛が偽りでないのなら、私を貫け、シュバルツァ!」

「簡単に、死のうとするな!」

 朋章さんが突然叫んだ。その姿は大人しそうな少女だと言うのに、その目は朋章さんそのものだった。その視線は一度も逸らされることなく、ソルへと伸びている。

「タンクル……、あなたにはまだ解らないかもしれない。だけど、あなたは生きなさい。そうだ……シュバルツァ。私が死んだら、タンクルをお願い。私の可愛い妹を護ってやって欲しい」

「そ、そんな……」

「残される側の気持ちを考えろよ!」

「それなら……タンクル。……残す側の気持ちが解る? 私が残される者達へ、どうして欲しいと思っているのか」

「くっ……」

「さぁ、シュバルツァ! 時間がない。タンクルと共に世界を救え! 私を愛し、私が愛している男なら、それぐらいやってのけろ!」

 私は気が付いてしまった。朋章さんが強く叫んでいる理由が。それは由香里さんとのことがあったから──、じゃない。
 きっと、それは──。
 考え終わるより早く私は剣を抜き、ソルに向かって走り出した。
 剣を構える。それを見るとソルは穏やかな笑顔を見せてから、再び背中を向け両手を開いた。柄を前に押し出すようにして、ソルの右手にその柄を握らせ、私は剣を自分の胸に突き刺した。

「シュバルツァ! ? な、なにをっ!」

 途中で引き抜こうとするソルの腕を掴み、更に剣を突き刺していく。ズブズブと身体へ埋まっていく。それに伴って強烈な痛みが走った。背中が寒いのは出血のせいだろうか──。私は意識が朦朧とする中で、両腕を伸ばしてソルを抱きしめた。

「あ、あと……は……、と、ともあ……き、さん……、お願いしま……す」

「景子ちゃん! !」




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世界の終わりを変えるモノ - 第二十六話 -


ハコニワノベル

 目の前でソルの背中にもたれかかるようになる黒い剣士。
 駆け寄って景子ちゃんを抱きしめようとすると、既に力なくその腕はぶら下がったまま動かない。剣の柄を握り締めたままのソルは、呆然と立ち尽くしていた。その剣を奪うように一気に引き抜くと、剣士は無造作に倒れた。

「そんな、なんで……」

 引き抜いた剣の刀身は血で赤く染まっている。まるでもともと刀身すべてがルビーで出来ているみたいに思えた。

「おぉ、それぞ、まさしく、ラグナロク。その剣を、私に、命の旋盤に、突き立てよ」

 ヴォルドという人は、そう言ってから羽織っていた上着を破り捨てた。その腹に世界樹の枝が縦に突き刺さっている。

「タンクル……剣を」

 ソルはそう言うと赤く染まった剣を持ち、ヴォルドに向かって突き立てた。剣はヴォルドの身体に深く突き刺さる。

「これが、私の、最後の、仕事に、なる」

 そう言うと、ヴォルドは枝が突き刺さっている腹に、深く指を差し込んだ。その腹が木の軋む音を鳴らすと、突き刺さった世界樹の枝が高速回転を始める。どうやらそれは、ヴォルド自身が自分の身体に埋め込んだ機械のようだ。木とドワーフが同化しているのではなく、その木を加工するためだけに自らを改造し、その身体に根や枝を突き刺して、長い年月をここで待っていたのだろう。
 突き立てられた赤い剣が、ヴォルドに徐々に深く埋まり込みながら世界樹を削っていく。その振動で世界樹の葉に溜まっていた雫が、ソルとシュバルツァに降り注いだ。
 しばらくして、命の旋盤の動きが止まった。ただしそれは、ヴォルドの命の終わりを意味していたらしく、ヴォルドは安らかな顔をしたまま息絶えていた。世界樹の枝は、つなぎ目なく削りだされている。

「これが、グングニル……。ヴォルドよ、そしてシュバルツァよ。そなた達の命は無駄にはせん! 行くぞ、タンクル!」

「……」

 息絶えた剣士を世界樹に寄りかかるように座らせ立ち上がる。言うべき言葉が見付からなかった。
 現実世界から本の世界に来たことを、最初は嬉しく感じていた。しかし、今は恐怖や後悔とも違う、言いようのない気分になっている。ソルは一直線にガロムガンドへと駆け出していた。

(残されてばかりだな……)

 一瞬そう考えてから頭を強く振り、もう何も考えなくて済むように、前を走るソルの背中をだけを追いかけて進んだ。


 ──神の国、大いなる大地。


 遠目に見たガロムガンドは退屈に見えた。戦うべき相手もいないし、既にほぼ全ての地上はカオスで満たされているからだろう。沈みかけの太陽と、上りかけの月を眺めながら大きく舌なめずりをしているようにも見えた。
 あまり深く考えていなかった。物語が終わりを迎えれば元の世界に戻れるような気がしていた。予想していた物語の終わりは、全員が助かるというハッピーエンドだった。だけど、現時点でシュバルツァ、いや景子ちゃんは──。
 今はいろんなことを考えることが出来そうにない。「とにかくガロムガンドを倒そう」それだけを考えて一直線にガロムガンドへ向かっていく。夥しい数のカオスが襲い掛かってくる度に、ソルの槍と自分の魔法の弓で蹴散らしていく。ただただ無心で進んでいく。自分が何のために戦っているのかすら解らなくなったころ、とうとうガロムガンドが間近に見るところまで来ていた。
 ガロムガンドに残された二匹の蛇が、こちらを確認すると容赦なく襲い掛かってくる。ソルは素早くグングニルをその一匹に突き刺した。──しかし、蛇はグングニルを乱暴に振り落とすと、何事も無かったように攻撃体制を整える。落ちたグングニルを避けるようにカオス達が逃げ惑った。

「ガロムガンドはグングニルによって、貫かれるのではないのか! ?」

 急に、それまでソルに向けられていた二匹の蛇の視線がこちらを向いた。次の瞬間、二匹の蛇が襲い掛かってきた。左手をかざし、右手の指輪に力を込める。赤と緑と青が混ざり合っていく。

「輝き射れ! 白き光の矢! リュミエールヴァイス!」

 放たれた白き矢は、一匹の蛇に命中し、蛇はしばらく悶絶してから動かなくなった。すかさず二匹目が襲い掛かってくる。再び左手をかざし、右手の指輪に力を込める──と、そこで三つの指輪が呆気なく崩れた。

「そんな、ここまでかよ……」

 蛇の大きな口が迫る。飲み込まれたと半ば諦めて目を閉じたものの、とくになにも起こらなかった。恐る恐る目を開けると、襲いかかってきた蛇の口の中に、ソルが飛び込んで両手両足で蛇の口を押さえていた。

「タンクル、グングニルを! きっと、魔力のあるあなたなら、グングニルを使いこなせるはず!」

「わ、解った! 解ったから、早くそこから逃げろ!」

「気にするな、世界を救えるなら、この命、いつでも捧げられる!」

「……」

「何をしてるタンクル! 急げ!」

「いい加減にしろ! 俺は、……何度、何度残されればいいんだよ!」

「……」

「言ってたよな……、『残す側の気持ちが解る? 残された者達へ、どうして欲しいと思っているのか』って。そんなもん、解ってたまるか! ……そっちこそ、残された側の気持ちは解るのかよ!」

「……」

「なんとか言えよ!」

「……」

「なんとか言えよ……」

「……」

「なんとか言えよ! ……由香里!」

 急に世界は色を失い、襲い来る蛇も、ひしめき合うカオスもスローモーションになっていく。

「……バレてたんや」

 蛇の口の中で背中を向けたまま、ソル──、いや由香里は続けた。

「あんたさー、あかんで? 気付いたとしても最後まで演じ切らな。あと話すときの言葉遣いもちゃんと役に合わせなあかんよ。そういう中途半端は一番やったらあかんねんで?」

「……この状況で説教かよ。相変わらずだな」

「アホ、今めっちゃ必死やで? ちょっとでも力抜いたら食べられてまうわ」

「……なんでここに由香里がいるんだよ?」

「えー、説明するんしんどいわー」

「いや、しろよそこは」

「んーとなー、ここはなんて言うんやろな、夢を見てるのと同じような場所やねん。想いが具現化してる世界。だからあたしも入れるんよ。まぁ、ほんとは三人がここに入ってくるみたいやってんけど、その一人と交代してもらってん。容姿があたしだとすぐバレるから、容姿だけその子のを借りて」

「つまり奪ったわけね」

「ちゃうわ人聞きの悪い! 譲ってもらったんよ。……まぁ、相手に了承得てないけどな。でも、いやー、まいったわー。ラグナロク作るところで、あたしの出番は終わりにするつもりやってんで? 朋章と少しでも一緒にいられたから十分やと思ったし。だけど、ほら、あの子がさー、まさか自分を刺すなんて思いもせんかったわ」

「それは僕だって驚いてる。だけど、本のタイトルに合わせた選択って考えれば……」

「どアホ! 朋章、あんたまったく変わってへんねんな。全然解ってないわ」

「なにがだよ!」

「あの子がなんで、自分を刺したと思っとんの?」

「いや、だからこの物語のタイトルに合わせた……」

「あんたのこと好きやからに決まってるやんか!」

「……は?」

「あんた、すぐに目を逸らす情けない男のままやん。ええかげんに目を逸らすのやめーや!」

「それとこれは関係な……」

「あの子、死ぬ間際にあたしが誰なのか解ってたで? それでも自分を刺した。それは朋章の為に選択したんやろ! あの子が朋章とあたしを残してくれたのは、なんでやと思ってんの?」

「……」

「ほんまに解ってへんのか……、どアホにもほどがあるわ。もおええ。ほな、ぼちぼち、物語に戻るで?」

「……ちょっと待てって」

「なんやのん? スローモーション中でも大変やねんで、この蛇の口押さえ続けるんわ」

 大きく深呼吸をする。
 本の世界に入ってから声が出せるようになっていた。それでも、きちんと声を出すことを意識して深呼吸をした。
 それから視線を由香里から離さないようにして、口を開く。

「……僕は、由香里のことが好きだった。大好きだった。あの時、言えなくてごめん。あの時、僕がちゃんと言えてたら……」

「……アホか。ちゃんと気持ち伝えられとったら、あたし嬉しくて交差点に飛び出してるわ。きっと同じ運命やってん……、だから気にせんでええよ。でも、それでもな、ちゃんと言うてくれて、ありがとう。……あぁーあー、ほんまは気付かれずにこっそり楽しもうと思ってたんやけどなぁ」

「……」

「それに、好きだったーとか過去形やしぃ。もうあたしは現在進行形にはなられへんのが悔しいわぁ。……せやけど、朋章が幸せならそれでええわ。ほんま、それだけでええわ。あの子にお礼言わなあかんね。あたしからは言われへんから伝えといて『しゃーないから譲ったる』って」

「由香里……」

「どうせ朋章は鈍感やから、まだ自分の気持ちにも気付いてへんねやろ? でも今度は恥ずかしがらんと、ちゃんと自分の口で言うねんで? 自分の気持ちは自分で伝えなあかんよ?」

 そこまで言うと、由香里はゆっくり振り返った。穏やかな笑顔に涙が伝っている。

「めっちゃ、楽しかった。また会えて嬉しかったわ……」

「……由香里?」

「朋章、じゃぁね」

 瞬間、世界に色が戻り、蛇の口が乱暴に閉じた。

「由香里ーっ!」

 それと同時にガロムガンドは沈みかけの太陽を飲み込んだ。
 ──世界は影に覆われる。

 更に襲い来る蛇の攻撃を無意識にかわしながら、転がっていたグングニルを手にして走る。
 ──いつの間にか出ていた雲が晴れ、まだ輝きを失っていない丸い月が昇っていく。

 何も考えないままに、口が勝手に詠唱を始める。

「月の姫、タンクル・マールの力をもって!」

 手にしているグングニルが淡く光ったかと思うと、ただの木だったその槍は瞬く間にギヤマンの輝きを放ち始め、穂先にはルーン文字が浮かび上がった。その光に蛇は苦しみもがいて襲い掛かってこれなくなった。手にしたグングニルに、自分の持てる全ての力を込めるて叫ぶ。

「貫け! グングニル! !」

 手から放れたグングニルはまるで意思を持っているかのように飛び、ガロムガンドの心臓部分に突き刺さる。更にそのままガロムガンドを浮かび上がらせ、高く高く舞い上がっていく。



 ──そのままグングニルは、ガロムガンドもろとも月に突き刺さった。



 断末魔を上げながらガロムガンドは絶命した。
 それと同時にタンクルの胸に何かが突き刺さるような衝撃が走り、タンクルはズルリとその場に倒れこんだ。




≪第二十五話へ
最終話へ≫

世界の終わりを変えるモノ - 最終話 -


ハコニワノベル

 ──神の国、城の地下室。


  太陽と月が滅び
  暗き淵より新たな太陽が昇る
  世界は何もなくなる
  世界樹はその種子を撒き
  混沌の大地
  そこに新たな世界が芽吹く
  世界の終わり
  そして世界の始まり。


「『始まりの予言』は『終わりの予言』の各詩に続くもの。つまり、世界が一度終わり、新たな世界として再生することを予言している。『終わりと再生の予言』……解けましたぞ姫さま。私の使命もここまで……」

 ブラムはその言葉を最後に、カオスに飲み込まれていった。


 ──世界の中心、混沌の大地。


 太陽は失われ、月は満ち欠けを繰り返すようになった。
 まるで大きな蛇が光を遮るように。

 絶命したガロムガンドの腹から、小さな太陽が空へと昇る。
 世界樹はその光を集め、その種子を世界に撒く。
 葉に溜まった雫が雨のように降り注ぐと、やがてそれは川へと姿を変えた。

 新たな太陽の光によって、カオス達は消え去り
 混沌の大地に草木が芽生えていく。



 世界樹の下で、男は目を覚ました。胸に残った傷跡を手で確認してから、何かを思い出したかのように辺りを探る。そして男は駆け出した。



 大いなる大地で、女は目を覚ました。自分の橙の甲冑に小さな太陽の光が反射して、眩しくて目を細める。その視線の先から黒い獣に見える風が、こちらに近付いてくるのが見えた。



 新たな大地に聳える世界樹が、その葉を一枚落とす。その一片に文字が描かれている。






  新たな世界に残されし
  二人は始祖であり神になる。
  新たな世界を護り
  新たな世界を導くであろう。


  『始まりの予言』ミーツヴァ・チリー






 Fin.



   ◇



 目を覚ますとみんなの木、ユグドラシルの側にあるベンチだった。辺りはすっかり暗くなっている。

「朋章さん! 大丈夫ですかっ! ? わ、私……心配で、心配で。あと、その、……勝手なことして、ごめんなさい!」

 急に抱きつかれた。景子ちゃんは泣いて抱きついたままで何度も謝っている。

「おいおい、二人して居眠りしてたくせに、起きたかと思ったらケイはずっと本読んでるし、朋章さんが起きたと思ったらこれか……、なに寝ぼけてんの? おーいケイ、しっかりしろよー」

 日向ちゃんは「まいったなぁ、すいませんね……」とまんざらでもない苦笑いを浮かべている。



   ◆



「どうせ朋章は鈍感やから、まだ自分の気持ちも解ってへんねやろ? でも今度は恥ずかしがらんと、ちゃんと自分の口で言うねんで? 自分の気持ちは自分で伝えなあかんよ?」



   ◆



 本の世界で由香里に言われたことを思い出した。
 ずっとあの本のことが気になっているんだと思い込んでいた。だけど実際は違う。誰かを好きになることを怖がっていただけだ。それを本が気になるんだ、物語が気になるんだと思い込むようにしていただけだ。僕はゆっくり大きく深呼吸をする。きちんと声を出すことを意識して、何度も深呼吸をする。それから視線を景子ちゃんから離さないようにして、口を開いた。

「景子ちゃん。僕は、君が……」

 立っている日向ちゃんは「おいおい、朋章さんまでおかしくなっちゃったよ……」とあきれた声を出してから、「あ、あれ? 朋章さん! こ、声? 声出てるんじゃ……」と慌てていた。景子ちゃんはじっと僕を見詰め返すばかりだった。






  届くかな? 君まで。
  僕の心から、君の心まで。
  僕の唇から、君の耳まで。






 ──数十分前。みんなの木、ユグドラシル。


 目を覚ますと、ベンチの上だった。「やっと起きたよー、本読みながらいきなり二人とも寝るからびっくりしたんだぞー」とひなちゃんが言っている。辺りはすっかり暗くなって、月まで昇っていた。何を読んでいたんだっけ? 本? ──本! !
 飛び起きて本を開く。そこにはシュバルツァが犠牲になって、ソルとタンクルがグングニルを手にし、ガロムガンドを打ち倒す様が描かれている。その途中でソルは蛇に飲み込まれてしまうけれど、タンクルは持てる魔力を全て振り絞って、グングニルをガロムガンドの心臓に突き刺して倒している。

(良かった、物語は無事に終わるみたい……)

 ひなちゃんはベンチの後ろで「鮮やかに無視されてるし」と自傷気味につぶやいた。



   ◇



 新たな世界に残されし
 二人は始祖であり神になる。
 新たな世界を護り
 新たな世界を導くであろう。
 
 
 『始まりの予言』ミーツヴァ・チリー






 Fin.



   ◇



 あの世界が終わることなく救われたことは、とても嬉しいことだけれど、新たな世界に残されたのはソルとシュバルツァだけだ。タンクルは、いや朋章さんはどうなるのだろう。隣りで寝ている朋章さんが、このまま戻ってこないんじゃないかと不安になった。そう思って本を閉じようとすると、最後のページだと思っていたページの後ろに、まだページがあることに気が付いた。
 ──そっとそのページを捲る。



   ◇



 この物語を最初に正しく読み終えた者に祝福を与えん。
 汝の願いを一つだけ叶えて進ぜよう。
 さぁ、汝の願いを唱えたまえ!



   ◇



 その文字はまるで頭の中に直接語りかけてくるようだった。一度だけ、朋章さんを見てから空を見上げた。もう随分と丸くなった月が真上に輝いている。
 私の願いは決まっている。これ以外に考えられなかった。



(好きな人の声が聞きたい!)



 そう心に願うと、最終ページに文字が浮かび上がる。



   ◇



 汝に幸多からんことを。
           人間王ミズ・ガルズ



   ◇



 そっと本を閉じると、朋章さんがゆっくりと目を覚ました。驚いた私は勢い余って抱きついた。

「朋章さん! 大丈夫ですかっ! ? わ、私……心配で、心配で。あと、その、……勝手なことして、ごめんなさい!」

「おいおい、二人して居眠りしてたくせに、起きたかと思ったらケイはずっと本読んでるし、朋章さんが起きたと思ったらこれか……、なに寝ぼけてんの? おーいケイ、しっかりしろよー。まいったなぁ、すいませんね……」

 朋章さんはゆっくり現状を把握するように辺りを見回した。それから目を閉じて深呼吸をしている。私は絶対に聞き逃さないように、じっと朋章さんを見つめた。

「景子ちゃん。僕は、君が……」

「おいおい、朋章さんまでおかしくなっちゃったよ……。あ、あれ? 朋章さん! こ、声? 声出てるんじゃ……」

 急に朋章さんは立ち上がると、空まで──、そらに浮かぶ月まで届くような声で叫んだ。

「景子ちゃん! 僕は君が好きです!」






  届いたよ、私の耳まで。
  あなたの心から、私の心まで。
  あなたの唇から、私の耳まで。






 それは世界の終わりを変えるモノ。

 秒速343メートルのスピードで
 過去のトラウマを貫いて、月に刺さったグングニル。



「私も、朋章さんが大好きです」



 完。




≪第二十六話へ

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